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こル・ココる  作者:
第二章 『志』
10/62

待った、そして見惚れた。

 



 ◆




 二日間にわたる中間テストも終わり、そこはかとない解放感に学校中が包まれる。

 僕も例に洩れず今日は金曜でしかも学校が午前中で終わることに途轍もない解放感が訪れる―――はずもなかった。


 僕にはテストをも超える漆黒よりもどす黒い憂鬱がまだ残っている。

 僕はその黒い黒い憂鬱と向き合うためにも一日振りの相談室の部室へと向かった。

 すでに定位置となったドア正面のパイプ椅子に座り先日の相談者である横縞巧くんを待っていた。

 ついでに医月も待ってみた。


 だけど待ち出して時計の長い針が一周しても門戸を開く者は現れなかった。

 教室で昼食を食べ終わった部活動生がテストの憂さを晴らすためか、いつも以上に騒がしく練習場所へと向かう気配しかしない。

 みんなが友達と楽しそうにしているであろう時間に僕は何をしているんだろう。


 代なんかはボクシングの試合が近いとか言って今ごろ頑張っている時間だ。

 今まで語っていなかったけどアスカはそんなボクシング部のマネージャーだから一所懸命、選手をサポートしている時間だろう。

 天灯先生のことだからテスト一日目の化学の採点を早々に終わらせて一服コーヒーでも飲んでいる時間だと思いたい。

 場所は変わって僕の従姉のハルは女子バスケ部の仲間と女子トークでもして盛り上がっている時間かもしれない。


 それに比べて僕はどうだ。

 この一時間をどれだけ無駄に無為に無機質に過ごしたことだろう。

 まるで青春を謳歌できていないこと嘆いているようなそんな柄にもないことを考える―――遊びをしてしまうくらい暇な一時間だった。

 なかなか来ないのでバカみたいに待ってても仕方がないから帰ったかどうか確かめるために一年生の靴箱に行くことにした。


 行ってみるとほとんどの生徒の棚には革靴ではなくシューズが置かれていた。

 まずは横縞くんの靴箱を探してみる。

 彼は確か一年六組だと言っていたから………ってそこにあったのは学年の色である青いシューズだけだった。

 なんだ帰ってしまっていたのか。

 またもや僕が勝手に気疲れした話になってしまったな。

 最近、ホントに何か良いことないのかな。

 そんな存在もしない期待をしながら(いや、これはもうしてないか)、一応医月の靴箱も確認してみる。


 彼女は確か一年三組だと言っていたから………ってそこにあったのはまたもや青いシューズだった。

 どうやら僕の待ち人は二人とももうすでに帰宅しているようだった。

 なら僕も帰ろうかと思っていると、医月の靴箱にシューズ以外にも何かメモ用紙みたいな小さな紙切れが入っていることに気づいた。

 なんとなく手に取ってみるとそこには「一円先輩へ」と書かれていた。

 置き手紙なんて普通、僕の靴箱にするものなんじゃ?とか疑問に思ってその紙切れを裏返してみる。

 それでそこに書いてあったのは、


「サビシイヒトデスネ」


「………………」

 なぜわかった、そしてなぜカタカナなんだ?


 ◇


 待っていた後輩二人が帰ってしまったことが分かった僕はそのまま学校に残っていても仕様がないので、素直に僕も帰宅することにした。

 朝に登校するときは青空広がる晴天だったのに帰る頃には暗灰色広がる曇天になっていたので急いで自転車のペダルをこいでの帰宅だった。

 まだ誰も帰ってきていない家に入るのとほぼ同時に土砂降りの雨が降り出した。

 危ないところだったーと安心したけれど僕の家に居候している従姉のハルが傘を持って行っていないことに気づいた。

 外の様子を見てみても当分は雨は止みそうになかった。


「バイトも辞めたことだし、暇だから傘でも持って行ってやるか」

 そんな殊勝なことを考えて、さっそく私服に着替えてハルの部活が終わる頃合いまで寛いでから僕のとハルの傘二本を携え本日二度目の外出をするのだった。


 外は相変わらずの大雨。

 こんなだと道路が冠水しないか心配になる。

 さすがに自転車では無理なのでハルがいつもそうしている様にバスを使ってのお使いになる。


 ハルが通う学校は僕が通う露草高校ではなくて白粉おしろい女子学園というここからは少し離れた女子校だ。

 親の転勤で我が家に厄介になることになったハルは前とは違う環境になったものの二カ月も経った今ではすっかり馴染んでいるみたいで本当に良かった。

 特段、僕たち家族に迷惑をかけるでもなくむしろ親の帰りが遅い僕の身としては食に関して非常に助かっていたりする。

 いつも晩食はカップラーメンで済ませていた僕はそれでも全然大丈夫なんだけど、きちんとした料理の方がやはり嬉しい。

 だからまぁ、日頃感謝している僕は今日のようにこうやって恩返しをするわけだけど、この気遣いも最近のように空振りしたら少し嫌だなぁとか思いながらバスに乗る。

 何回も停車しながらも白粉女子学園に一番近いバス停で降りて五分ほど傘を差しながら歩いて目的地に到着。

「バス停から少し遠いのが不満なんだよねぇ」と言っていたハルの言葉も頷ける。

 このような距離を傘なしでこの大雨のなか出歩いたらすぐさまびしょ濡れになることだろう。


 女子校だというのに躊躇いなく僕は普段縁のない領域に足を踏み入れる。

 同じ学び舎だというのにここまで構造が違うのかと興味津々と目が移りやすくなる。

 時刻は五時。

 露草高校と同じでテスト期間だったこともあり部活を終えた生徒が結構な量、玄関などの雨がしのげる場所で迎えを待っていた。

 楽しそうに談笑していた女子達は居るはずのない同年代の男子の出現に動揺を見せる。


 今言うのもなんだけど余談として。

 白粉女子学園(以下、白女)の制服は露草高校(以下、草高)の男子の中でも密かに人気がある。

 というのもの草高の制服は伝統的な学ランセーラなので白女の赤いチェックスカートのブレザーの制服は慣れないものであり憧れがあるらしい。

 僕はその意味が測りかねていたけれど、いざ目の前にしてみると確かにドギマギしてしまう。

 ハルで慣れているものと思っていたのに不覚だった。


 そのまま見惚れているだけでは僕は医月に言われるまでもなく変態になるのでさっさと目的を果たそうとハルを探すことにする。

 とりあえずは玄関でたむろする集団の比較的話し易そうな背の低い小柄な人を選んで尋ねてみることにしよう。


「あのーすみません。ハル………いや、百角晴夏っていうバスケ部二年の子を知っていますか?」


「えっ?ああ、うん知ってるけど……」

 少しだけ警戒されている。

 それもそうだろう。

 今の僕は制服ではなく私服だから身元が分からない男に話かけられているのだ。

 ここで警戒しなければ女子ではない。


「えっと、晴夏になんの用なの?」


「傘を届けに来ただけなんですけれど………」

 僕がそう答えると四、五人の集団がにわかに色めきだす。

「えーうそ」「なになに~」「彼氏?」とか勝手に盛り上がってしまった。

 さすが女子だ。

 警戒の黄色の信号から色恋話の桃色に変化した。

 なんという変わり身。


「晴夏なら部室の鍵を戻しに行っているだけだからすぐに来ると思うよ」

 さっきまで渋めな顔をしていた僕に話かけられた女子も幾分、和らいだ表情になる。

 ただ傘を届けたと言っただけでここまで緩くなるのか……!

 言っちゃなんだけどチョロ過ぎないか?


「あ、きたきた」

 僕と話していた彼女は後ろの靴箱を見てそう言うと、より一層集団は騒ぎ出す。


「いやーこんなに雨降るなんて思わなかったねーみんな………って、うわわっ!」

 僕には見せない友達同士のテンションで出てきたハルは僕を見た途端に素っ頓狂な声をあげる。

 僕がここにいるはずないと思っているから仕方ないと思うけど、それにしても驚きすぎでは?


「なんでコウがここに………?」

 なんとか僕がこの場にいる情報を頭で処理したのかやっとの思いで尋ねてきた。

 それに対して答えようとしたが、周りの女子達が僕とハルの間に割り込んで、


「キャー名前の呼び方がなんかそれっぽーい」

「えっ!やっぱり二人ってそんな関係?」

「そりゃそうでしょ。雨の中迎えに来るくらいなんだから」

 矢継ぎ早にどんどんと迫ってくる


「うわ………ちょっ………」

 エネルギーが……エネルギーが眩しい!

 根暗な僕なんか圧倒されるばかりで言葉を発するタイミングを逸してしまう。

 そうやって僕にしては珍しくオロオロしていると先ほどの小柄な彼女が僕に迫る盛り上がりきった女子達を抑えながら、


「はいはい。二人の邪魔しちゃダメだから中に入りましょうね~」

 と言って、その小さめな身体のどこにそんな力があるのか四、五人の集団を建物の中へと抑え込んでいった。

 嵐が過ぎ去ったかのように僕とハルの間で静寂が訪れる。

 地面を打ちつける雨の音がよく聞こえる。


「あーごめんね。まさかこんなに騒がれるとは思わなくて」

 このことがきっかけでハルの機嫌を損なうのは、さすがの僕でも嫌なので一応謝っておく。


「傘」


「えっ?」


「傘………ありがと……。届けてきてくれて」

 友達にからかわれて恥ずかしいのかさっきから俯いたままのハルはボソッとそう呟いた。

 雨足が少しだけ弱まっていたから問題なく聞きとれた。


「全然いいよ、そんなことは……。いつもハルには世話になってるし、たまにはお返ししないとね。でも学校の中まで入るのはまずかったかな……」


「ううん。迎えに来てくれて嬉しかった。じゃ、帰ろっか………あ、みんなにあいさつしないと」

 ちょっと待っててと言いながらいまだ好奇の目を向けている彼女たちのところへと向かう。

 ひと騒ぎあってしばらくするとゲッソリしたハルが戻ってきた。

 大丈夫か?


「か、帰ろうか……」


「うん………」

 僕は何も言わず持ってきたハルの傘を渡してヒューヒューと冷やかしてくる声と雨の中帰途についた。

 僕が降りたバス停までお互いに黙ったままだった。

 今のハルに話しかけても反応があるとは思えなかったから黙ってたけどこのままっていうのも寂しいよな。

 そう思っていたらハルが意外といつもの調子で、


「せっかくだし次のバス停まで歩こうよ」

 と言った。

 たまにはそんなのもいいかと思い承諾をハルに伝え、傘を差して仲良く並んで帰る。


「まずは……ありがとう、だね。コウが来てくれなかったらずぶ濡れで帰るとこだった。今月は大事な試合もあるし、風邪ひいて出られなくなったらイヤだもん」


「へぇー試合かー。いつあるの?」


「えーっとね、来週だったかな」


「応援しに行ってもいい?」


「えっホントに?来てくれるの!?………ってやっぱり、止めておいて」

一瞬喜んだ顔を傘の合間から見せたけど、すぐに困ったように下を向いた。


「どうした?」


「もしコウが応援に来たらまたさっきみたいにからかわれるかもしれないし……」


「嫌なのか?」


「あたしは平気だけど………コウはイヤじゃない?」

不安げに僕を見上げてくる。

うしろで結んでいるハルのポニーテールが揺れる。

僕に迷惑かけないか心配しているようだ。

ハルはいつもそうだ。

僕のことを僕以上に考えてくれて気にかけてくれる。


「全然イヤじゃないさ」

僕はなるだけハルを安心させるように言う。


「ハルと恋人だって勘違いされるのも、案外悪い気もしなかったしね」

笑いかけながらそう言うと、


「もう……ばか………」

ハルは呟いた。

言葉ほどに悪態をついている様子はなくホッとしているみたいだ。

これで少しは恩返しできたかな?

僕は満足していると思い出したことがある。


「まぁどうせ勘違いされるなら僕よりも代の方がハル的には嬉しいんだろうけどね」

実を言うとハルと代は面識があってそれどころか代はハルの想い人でもある。

そのことをいつ知ったのかは忘れてしまったけれど女子にモテる代のことだ、いつだろうと不思議ではない。

従姉が親友に恋をしているのだ、それこそ応援しないわけにはいかないだろう。

まったくもってお節介だろうし、ハルはイヤがるけれど。

現にハルは僕のからかいに対して、うぐっと言って呻くのだった。


「あまりそーゆーこと言わないでって言ってるでしょ!」

怒っていた。

想像以上に怒っていた。

だから戸惑ってしまう、こんなとき僕にできることと言ったら………。


「え、えっとー。さっき学校に居たのってハルの友達?」

話を逸らすことだった。


「………………」

ジトーっと睨まれている気がするけど僕は気にしない、してられない。


「そうだけど、っていうか同じ部活の子達だよ。コウと話してた背が低めの女の子がいたでしょ?あの子とは仲が良くってコウにとってのダイちゃんみたいにあたしの親友みたいなものだよ」


「名前はなんて?」


「アヤちゃん。かけあやっていうの。会う機会はあんまりないと思うけど仲良くしてね」


「言われなくても」

ハルの親友というのなら是非もない。

たとえあっちが僕のこと嫌いになっても仲良くしてみせるさ。


「コウさ。前にあたしが言ったこと覚えてる?」

何か言われたことあったっけ?


「『世知原姓一朗』には気をつけてって………その様子だと覚えてないんだね……。一応忠告のつもりだったんだけどなぁ」

ああ!

そんなこと言われたな。

実際、気をつけるまでもなくそこそこ深い付き合いになってしまっているけど。

でもあの時聞いていたほど世知原くんは悪い人ではなかったけれど……って、ああそうか、『今は』ってことか。


「で?それがどうした?」

今の話の流れとは関係ないように思うんだけど。


「その世知原姓一朗に恨みを持ってる友達っていうのがアヤちゃんなんだよね」


「ッ!」


「?どうしたの、急に立ち止まっちゃって」


「え?ああ、いや……なんでも」

そんな。

あんな小柄で可愛らしいあの子が世知原くんを恨んでいるなんて……。

僕はこのことを知ってどうすればいいんだろう。


今では世知原くんは更生して、昔のようなことはしていない。

昔の世知原くんを知らない僕には確かなことは言えないけれど、多分そうなのだろう。

そして今の彼は謝ることができる。

この前の須磨くんのときのように。

和解できるかどうかは分からない、ヘタすれば悪化するかもしれない。

だから知られてはならない。

掛井文さんに僕が世知原くんと知り合いだってことを。

ハルにだって。


「ところでさ」

多少、無理やりにでも話を変える。

みんなを守るためだ、不審がられても気にしてられない。


「ハルはバスケの試合で負けたらどうする?」


「え?あ、え?どうするって……」

相当に戸惑っているな。

僕だって突然、話を変えられたら驚く。


「どう思うかでもいいんだけど」


「試合で負けたらそりゃ悔しいよ~。たとえ試合に出ていなくても悔しい。あたりまえじゃん」


「そう、だよな……」

話の内容は横縞くんの相談になってしまったけど、実はハルにも聞きたかったことだ。


「じゃあ勝った時は?」


「そりゃ嬉しいよ。練習頑張ってよかった~って思うもん」


「それじゃあハルは勝つために練習してるんだな?」


「決まってるじゃん」


「最後もうひとつ聞いてもいい?」

さっきから歩くのを止めて、二人して雨のなか立ちつくしている。

さっさと帰らないと日が暮れる。

だから手短に。


「ハルにとって試合って何かな?」

変な質問してるって自覚してるから怪訝な顔をするハルなんて平気の平左だ。

これで横縞くんの相談の解決へのヒントになればいいのだが。


「勝つ。勝たなきゃ意味ないし、それが一番なんだぁって中学の頃は思ってた」

え?中学?

なんでそんな昔のことを……?

気付くとハルは僕のことを真剣なまなざしで見つめていた。

大きめの綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。


「でも今は……勝つ以前に楽しむことが大事なんだって思うようになった」

誰かさんのおかげでね!っと微笑みながら言うハルに不覚にも見惚れてしまう。

顔が赤くなっていないか心配になる前にハルは僕の前を歩きだす。


「さ、かえろっ」


そして少女のように振り向きざまに明るく笑うハルに返事できたか定かじゃない。

それくらいにハルは可憐で僕はらしくなかった。


ゲームのタイムリミットまであと三日。





 ◆




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