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こル・ココる  作者:
第一章 『憎』
1/62

出会った、そして脅された。

 



 ◆




 入学式を明日に控えた僕たち在校生は来たる新入生のために学校の大掃除にとりかかっていた。

 と言っても人数の三分の一くらいは式の設営に勤しんでいる。

 それも終わり、いよいよ一年のときのクラスとはお別れだ。


 クラス替え。

 僕たちの通う『露草高校』は二年次からは文理に分かれクラスが編成される。

 僕は文系を選択していたのだが、クラスのほとんどが理系ということもあってクラスが変わると途端に顔見知りが減ってしまうのだ。


 新しいクラスの教室に入るとすでに生徒の半数以上が席に座ったりなんなりして周りの人たちと話に花を咲かせていた。

「また同じクラスかよ~」という憎まれ口とか。

「やったぁーまた同じクラスだねっ」という喜びとか。

「なぜお前がここにいる!?」という驚きとか。

 

 どうやらこの”二年一組”というクラスは僕とは違ってお互いに顔見知りという人達が多いようだ。

 それはそれで良いけれど。

 みんな初対面で休み時間には静まりかえるよりはよっぽど。


 クラスの観察はこれくらいにして自分の席に座るとするか。

 黒板に貼られている座席表を見て席を確認。

 ”予想通り”窓側の一番前の席だった。


 黒板を横切って席に着く。

 とりあえず座ってみたもののやることがない。

 他のみんなに倣って新しいクラスメイトと親睦を深めるとするか。

 そう思いさっそく隣の席を窺う。

 すると一枚のプリントとにらめっこをしている女子がいた。

 彼女はこちらの視線に気づくと話しかけてきた。


「ねぇ、ねぇ。これってどう読むの?」

 初対面だというのに気まずさを表に出さずに持っていた紙を僕に見せてきた。

 それはクラス名簿だった。

 クラスの出席番号と名前が示されている。

 だがそれには不親切にも名前に読み仮名が記されていなかった。

 おそらく彼女は何か読めない名前でもあったのだろう。


「どれが?」

 どんな珍しい名前だろうか?

 すこしわくわくだ。


「これ………っていうかキミの名前」

 僕の名前だった。

 彼女は名簿の一番上の名前を指さしてきた。


 ”出席番号1番 一円 向介"


 改めまして僕の名前だった。

 世界で一番この名前を書き読みしてきた。

 間違えるはずもない。


「……いちえん」

 僕は相手に聞こえませんようにと願いながらぼそりと呟いた。

 この名字はあまり得意ではない。

 なにかと昔からからかわれたり、相手を戸惑わせたりと良いことがない。

 いや、確かに覚えてはもらえるんだけどそれも『一円(笑)』と面白がられること必至だった。

 そんな名字コンプレックス(?)な僕の心中など知るはずもない彼女は、


「へぇー。やっぱりそのままかー。珍しいね、その名前。でも私は好きだよ一円玉」

 ね、いちえん君。と、にこっと笑顔で言ってのけた。


 こんな反応をする人は初めてだったので多少面喰ってしまった。

 少し落ち着くために彼女を見てみる。

 人受けの良さそうな顔の造形。腰まで伸びている黒髪を後ろで結っているという日本人形のような容貌をした女の子だった。

 我が学校の制服である黒いセーラによく合っている。

 和風美人。清楚。優美高妙。

 同じ学年にこんな子いたんだぁ、と思わずに、

 同じ学校にこんな子いたんだぁ、と思った僕の交友関係もたかが知れている。


 どうやらクラスメイトの名前を確認しているらしい彼女は誰もが見惚れそうな笑顔で再びこちらを向く。


「ねぇ、一円くんはさぁ……」

 僕の心が爪楊枝でつつかれているみたいにささくれだす。

 名字で呼ばないでほしいのになぁ。


「あのー。できれば下の名前で呼んでくれないかな」

 僕はおずおずとそう所望する。

 初めて会ったのに少し厚かましかったか。


「下の名前?」


「こうすけ」


「ああっ!これって『こうすけ』って読むんだね!」

『向介』も読めてなかったのかよ。

 というか『こうすけ』以外にどう読む余地がある?

『むこうのすけ』か?知らんけれども。


「うーん。人の名前って難しいね。『月』と書いて『らいと』って呼んだり、『神龍』と書いて『しぇんろん』って呼んだり。歴史上の人物なんてもはや理解不能だね」


「いや、『向介』もろくに読めない女子高生の理解力をさも当然のように語るんじゃないよ」

 あと神龍は人じゃない。

 まったくおおよそ初対面だとは思えないようなそんな会話だった。


 この子は見た目がお淑やかで古風な雰囲気なのに中身はそうではないみたいだ。

 かなりのギャップはあるがそのうち慣れるだろう。


「ねぇ君って………」


「そろそろ静かにしようか」


 この僕が珍しく人に興味を持ったというのにそれを阻む者が現れた。

 まるで今日から僕たちのクラスを担任する未婚女性が怒っているような声だったが、真相は果たして。


「HR。始めていいかな?」

 案の定だった。

 窓側の席のくせに先生が来ているに全く気付かなかった。

 不覚だ。 


「お構いなく」


 バシッ!!



 入学式を明日に控える今日(こんにち)この日。

 僕は頭にたんこぶをつくりながら、学年間の教師の中で雑用係に任命されてしまった。




 ◆




 今日の日程はクラス替え、学校の大掃除、諸連絡の三つだけなので比較的早く帰れるはずだったが、僕は今朝のHRでやらかしたので新担任教師である化学担当の(てん)(とう)先生から職員室にお呼ばれされたのだった。

 全然、嬉しくないね。


「私はね、一円。一年の頃からお前のことは見てきたけれど、あんなに落ち着きがないなんて思わなかったよ」

 溜息をつきながらそんな言葉を僕に投げかける。

 天灯先生は見るからに女教師然とした人なのでこんな風に言われると本気で心がへこんでくる。


「だってあの子…………?あれ?そういえば名前聞いてない……」

 今更のように頭を抱える。


「出席番号21番。飛鳥田(あすかだ)祀梨(まつり)だ。隣の子の名前ぐらい覚えておきなさい。それにしても、よくもまぁ名前も知らない女子とあんなにも和気藹藹と話せるものだな」

 正確には一学期も始まっていないというのに番号と名前を覚えているなんて流石だと思った。

 流石、担任だと。 

 それから先生は腕を組んで考える素振りを見せてからさらに口を開く。


「お前は、まさかあれか。女誑しか。ジゴロか。女の敵か」


「『?』をつけてくださいよ、天灯先生。なんで妙に断定的なんですか……」


「これも一年の頃からお前を見てきた私の見解だよ。お前は頼まれたことを絶対に断らないだろう?」

 ジロリ、とこちらを見てくる。

 こんな目で見られていたのか……。


「そうかもしれませんけど……」


「それは意外と女子から好印象に映るからな。気をつけたまえよ」


「はぁ」

 どうにもそんな曖昧な返事しかできない。

 どう気をつければいいのやら。


 ところで閑話休題。

 そろそろ本題に入ってみようか。僕が呼ばれた理由はおそらくは今朝の件のことではないことは察しはついている。なぜならば――


「天灯先生。どうして僕は職員室ではなく、生徒相談室に連れられているのでしょうか」

 この学校の職員室は学年ごとに教員の席は仕分けられており、入り口の手前から一年、二年、三年と続くのだが、そのさらに奥には『生徒進路相談室』という特別な空間が枠組みされている。

 その部屋では生徒の進路や先生方の話し合いなどが普通では行われる。

 なのに天灯先生は僕をここに連れ込んだ。

 当然僕は先生に進路とかの相談を持ちかけた覚えもない。

 つまり、先生の方が僕に相談があるということだ。


「僕って今朝のこと以外で何かやらかしましたかね……」


「よくもまぁ、そんなにシラがきれるよなぁ」

 現在、僕と先生はテーブルをはさんで対面して座っている状態なのだが。

 先生の容赦のない睨みを効かした眼光が僕の心を射抜いてくる。

 あーこわいこわい。


「シラってなんですか?先生、僕のこと一年のころから見てるってさっき言ってたじゃないですか。だったらいかに僕が真面目な生徒だって分かってるんじゃないんですか」

 こんなセリフが先ほどの先生のセリフに繋がってくるんだろうな。

 しかし、あの剣幕に物怖じしない僕は本当にどうかしている。


「真面目だって?いやいやお前は立派な不良だよ。間違いなくな」

 生意気な口をきいている僕を大人な先生が嘲笑う。

 教師にあるまじき行為だ。


「そんな僕のことを不良だなんて。なにを根拠に言っているんです?」


「根拠なら………いや、証拠ならあるよ」

 と言いながら一枚の写真を懐から出して、そしてそのまま僕に見えるように突き出す。

 僕はその写真を見た瞬間、久しぶりにギョッとなった。


「なぜ、それを………!」


「いやー、見事な営業スマイルだよな。慣れてる感じからすると随分と長いようだが」


「……ははは。かれこれ一年になりますかね」


「お前、うちの学校がバイト禁止だって知っているよなぁ?」


 そう。

 先生が持っている写真と言うのは、僕が校則を破ってコンビニで汗水流して働いている姿が映し出されていた。


「校則破ったら、退学だぞ?」

 勝ち誇った先生がひらひらと写真をあちこちに振り回す。

 ここ『生徒相談室』は話声が外に聞こえないだけで、外からは中の様子を窺うことは容易い。

 つまり先生は例の写真を外―――職員室に勢ぞろいしている先生方に知らしめようと脅しているわけだ。


 しかし。


「僕はなにをすればいいんですか」

 脅されている本人である僕はあくまで淡白だった。

 もちろん先生の行動の意味はわかっている。

 自分が置かれている状況も。

 十分に。わかっている。


「やはり、お前はそういう反応か」

 先生もわかってくれているようだ。

 こんな僕のことを。

 欠陥的な僕のことを。


「まあ、とりあえずこの写真はお前に渡しておく」

 そう言って写真を僕にディーラーがトランプでも配るかのように投げつけた。


「と言っても代わりの写真はいくらでもあるが」

 またもや懐から、目測で十枚ほどの写真の束をちらつかせる。


「渡す意味あったんですか………」


「記念だよ、きねん」

 なんのだ。

 僕の弱みをゲット記念か。


 そういえばこの写真は誰が撮ったのだろうか。

 よく撮れているけれど。

 もしも先生なら僕が気付かないはずがないし。

 質問してみようと思ったが、はぐらかされそうで止めておくことにする。


「しかし、あれだな」


「なんです?」


「相変わらずのようだな、あの反応」

『あの反応』というのは先生の脅しに僕が慌てなかったことを言っているのだろう。


「まぁ、よく言われますよ。友達から。なんでも『受け入れる性格』だって」


「性格?」

 はっは、と快活に笑う先生。


「性格だって?お前の『それ』は性格じゃなくて『性質』だろうに」


「………………」

 性質、ねぇ。

 性格とどう違うのだろうか。

 ただの揚げ足取りにしか思えないが。


「『性格』は変わり、『性質』は変わらないものという違いだよ」


「勝手に心を読まないでください」


「許可をとればいいのか?」

 あー言えばこー言うな。

 でも、性格なんてそんなに変わるものかな。

 思い出してみても、僕は昔からこんな性格だった気もするし。

 周りの人間にしてもそうだと思うけれど。


「バカ言え、いやバカ思え。性格なんてその時その場の環境、人間関係で変わるものだよ。例えば昔は地味だったのに久しぶりに会ってみるとギャル語を炸裂する奴とか、のび太くん並みに優しかった奴が剛くんみたいに傍若無人自分勝手となり果てていたりな」

 ジャイヤンを剛くん呼ばわりする人は初めて見たけど、確かにそういう風に極端な例を言われると分かりやすいな。

 人間という生き物は適応していく生き物だ。

 環境に慣れるために変化していくわけか。

 僕みたいにいつまでも変わらない奴もいるにはいるけれどね。


「そして、『性質』は――――」

 天灯先生はそう言葉を不自然に途切らせて僕の方を見る。

 いや、睨むと言った方が適切か。

 僕の中にある『それ』を見ているのかもしれない。

 僕の唯一の親友である倉河(くらかわ)(だい)がことあるごとに指摘してくる『それ』を。


 先生はどこまで僕のことを見通して、そして見定めているのだろうか。

 僕の中にある『問題』を。


「はぁ。でも、セイシツ、性質ね。うん。なんだかしっくりしますよ。」

 ここは素直に頷いておこう。今後のためにも。


「お前が納得するのは重畳だが、そろそろ本題に入らせてもらおう」

 本題。

 おそらくそれを僕に引き受けさせるための『脅し』だったのだろう。

 引き受けなければお前を退学にするぞっていう『脅し』。

 そうまでして天灯先生は僕にさせたいことがある。

 他でもないこの僕に。


 でも。

 先生は用人深い人だなぁ。

 あんな写真がなくても僕はなんでも引き受ける、いや『受け入れる』のに。

 それが僕の――――『性質』なのだから。


「お前、生徒会に入れ」




 ◆




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