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彩桜学園物語~在りし日の思い出~  作者: ルーラー
嵐の前の静けさ編
6/29

第五話 演劇部の三人娘

 その日の放課後。

 僕たちは第二図書室で待ち合わせ、第一演劇部の部室に向かって歩を進めていた。

 ちなみに、この学園には演劇部が全部で三つ存在する。なんでも方針の違いとやらが理由で、一緒に活動することができなくなったのだとか。

 ともあれ、辿りついたのは高等部の校舎の二階の端も端。

 ドアのガラス部分に『第一演劇部』という紙がセロハンテープで貼られている一室だった。……なんとも、手作り感にあふれている。


 どうやって入っていこうかと力也と顔を見合わせるも、やることなんて決まってるわけで。

 コンコン、とノックをし、中からドアが開かれるのを待つ僕。

 見れば、あすかは顔を緊張に強張らせ、ちょっと泣きそうにすらなっていた。

 まあ、彼女が自分の口から断らなければいけないという状況は変わっていないのだから、当然といえば当然か。


 少しして、「はい」という控えめな返事と共にドアが横に開かれた。

 顔を見せたのはセーラー服に身を包んだ少女。上履きのラインの色は赤だから、一年生か。

 黒い髪は肩の辺りで切り揃えられており、年不相応な落ちつきを感じさせる。……いやまあ、年不相応な落ちつきって点に関しては、梢ちゃんだって大概たいがいなのだけれど。


 なにから話したものか迷っていると、僕の後ろにいるあすかの姿に気づいたのだろう、少女が明るい声をあげた。


「あっ! 来てくださったんですね、天王寺さん! ――部長! 天王寺さんです! 天王寺さんが来てくださりましたよ~!」


 室内に顔を向け、少し大きな声で彼女はそう告げる。

 対して、部室の中からは「落ちつけ、西川。でないと、せっかく来てくれたものも逃げてしまうぞ」という、淡々としていながらも綺麗な声が。

 西川と呼ばれた一年生は、ドアをガラガラと全開にして「どうぞ」と笑顔を向けてくる。

 スカウトを断りにきた身ではあるけれど、形だけでも笑みを返し、僕たちは室内へと足を踏み入れることにした。


 部室の中に机はなく、部員たちは適当な位置にイスを置いて座っていた。

 ちょっと殺風景な感は否めないけど、ここは『劇の練習をするための部屋』だ。スペースを広くとるため、必要ない物は置かないようにしているのだろう。


 中にいる部員の人数は、決して多いとはいえなかった。

 けれど、やる気に満ちた瞳で座っている女生徒の姿が真正面にあって、それだけで場の空気は活気に満ちたものになるのだな、と妙なところで感心してしまった。

 その少女は立ちあがるや否や、パンと両手を打ち鳴らし、


「ようこそ、第一演劇部へ! 歓迎するよ!」


 と、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 それは、ひとつの嘘もない喜びの表情。


 ……うん、正直言って、これは辛い。

 僕たちはスカウトを断るためにここを訪れたのだ。

 なのに、ここまでストレートに歓迎の意を示されると、こう、色々と申し訳なくなってきてしまう。

 あすかに同行してきて正解だったな、これは。

 なんだかんだで根はお人好しな彼女のことだ。ひとりだったら、ここまでの歓迎を無視して部室を去ることなんて、絶対にできないだろう。


 背後を振り返り、あすかの様子を見る。

 いまので萎縮いしゅくしてしまったのか、それとも断るのに罪悪感を覚え始めているのか、彼女は力也の学ランの裾を掴んでうつむいてしまっていた。

 それに気づいたのだろう、少女は訝しげな表情を浮かべて、ポリポリと頬を掻く。


「ええと、とりあえず適当なところに座って。んで、アタシのほうから自己紹介していいかな?」


 促されるままに、僕たちは空いているイスに座り、彼女のほうへと視線を向けた。


「アタシは瀬羽せば深空みそら。この第一演劇部の部長よ。あ、クラスは高等部の三年五組ね」


 やはり彼女が部長だったか、と心の中だけでうなずく僕。

 この、気持ちいいくらいの、人を引っ張っていくような快活さは、美花ちゃんが持っているそれと少し似ているだろうか。部長さん自身、なにげにかなりの美少女だし。

 ちなみに彼女の制服はブレザータイプで、髪はロングのストレート……に見えて、実際には下のほうで二つにくくっていた。


 僕たちも「三年一組の立川たちかわ理緒です」などといったふうに、順番に自己紹介を返していく。

 それが終わると、部長さんは髪をわしゃわしゃとやりながら、ちょっとだけ顔をしかめた。


「しっかし、まさかこんな大勢で来てくれるとはね~。まあ、全員が全員、入部希望者ってわけじゃないんだろうけど」


 ちょっと彼女らしくない、皮肉げな物言い。その視線の先にいるのは……力也だ。


「特に、佐野。あんたが来るとは思わなかったわ。かつては、校内でも一、二を争う不良だったってのに」


「なんだよ、来ちゃ悪りぃかよ。いいか? オレは……じゃねえな、オレたちはな、ここの手伝いをされそうになってるあすかの手助けをしに来たんだよ」


「手助け?」


 きょとんとした表情になり、首を傾げる部長さん。……って、力也! その言い方だとケンカ売ってるってとられちゃうよ!


「おうよ。いいか? あすかはな――」


「力也、ストップ!」


 もうちょっと穏便なやり方があるだろう、と僕は慌てて隣に座る彼の口を塞いだ。

 そもそも、それはあすかから言わせなきゃいけないことだし。


 口を塞いだそのままで、力也の隣にいるあすかへと視線を向ける。

 しかし彼女は、うつむいたまま、無言のままでいた。……ああ、もう。


「部長さん、あすかが演劇やりたくないってことは、西川さんから聞いてます?」


「……へ? そうなの?」


 返答は、意外なものだった。

 部長さんは西川さんのほうを向いて確認をとる。


「ちょっとちょっと話が違うじゃない、詩織。昨日、喜んで引き受けてくれたって言ってたのに」


「あはは……。ええと、まあ、その、なんといいますか……。一日考えて、気が向いてくれたらいいなあ、なんて思っていたといいますか……」


「……ちょい。そりゃ佐野が乗り込んでも来るわけだよ。こいつ、なんだかんだで情に厚いんだから。――それはあんたが一番よく知ってるでしょ? 立川くん」


 そういう振り方をしてくるとは思ってなかったので、僕は面食らってしまった。


「え? ええと、まあ、確かに。……ところで、なんか行き違いがあったみたいですし、あすかをスカウトするって話はなかったことになった……んでしょうか?」


「これは行き違いっていうのかしらねえ。詩織が自覚的にやってるから……。まあ、こっちの対応が申し訳ないことだったってのは間違いないけど」


 よかった。なんか思っていたよりも簡単に話がまとまってくれそうだ。

 不満があるとすれば、あすかが一言も発さないうちに、ということくらいだろうか。


「じゃあ、僕たちはこれで」


「ちょい待ち! あすかのほうは仕方ないとしてさ、美花のほうはどうなの? 声はかけたけどダメだったって報告受けてるんだけど、なのに来てくれたってことは、やる気になってくれたの?」


 ああ、そういえば美花ちゃんもスカウトされたって言ってたっけ。……なんか、部室を出るタイミングを逃しちゃった気がするぞ。

 彼女は苦笑して手をパタパタと振る。


「ああ、いえ。私はただ理緒くんに脅されて来ただけです」


「脅してないよ!」


 あっさりとした口調でなんてことを言うんだ、この娘は。


「へえ、脅されて来たんだ。苦労してるのね~」


 しかも、部長さんは僕の言葉を無視して美花ちゃんと話を続ける始末。


「ええ。こう見えて理緒くんは割と……いえ、なんでもないです。これ以上は本気で怒りそうだから、ふざけるのはこのあたりでやめておきますです、はい」


 軽く睨んだらやっと止まってくれた。やれやれだ。

 と、今度は部長さんの隣で控えていた西川さんが口を開いた。


「でも実際、どう思いますか? 副部長。このままだと主演やれる人が誰もいなくなりかねないですよ?」


 それに嘆息して足を組んだのは、二人からは離れたところで静観していた少女だった。

 着ている制服は西川さんと同じセーラー服タイプ。長い黒髪は後ろでポニーテールにされていて、ともすればあすかとイメージが被りそうだ。

 なのに、冷たい雰囲気をまとっているせいだろうか、あすかが動なら彼女は静と、まるで対極の印象を受けた。


 副部長って呼ばれてたけど……なるほど、彼女が国本美鈴さん。

 美花ちゃんのクラスメイトだという人か。


「私の知ったことではない。……と言いたいところだが、そうもいかないか」


 その声を聞いて、僕は知らず目をみはる。それほどの美声だったのだ。

 そして、この淡々としていながらも美しい声は、おそらく、僕たちが部室に入る前に中から聞こえてきたあの声と同じもの。

 第一演劇部の副部長は、変わらぬ美しくも冷たい声音で西川さんに指示を飛ばす。


「とりあえず、適当に雑談でもして時間を稼いだらどうだ? そうしているうちに気が変わることもあるだろう」


「了解です!」


 ……いや、あの。

 僕たちに聞こえるように、そういうことを言うのはどうなのだろう。

 同じことを思ったのか、それともいい加減に焦れたのか、隣で力也が声をあげる。


「おい。無駄なあがきはやめたほうがいいんじゃねえか? そういうのは、むしろマイナスに働くぜ? ほれ、あれだ。来るもの拒まず、猿も樹から落ちずってやつだ」


 それ、昨日も聞いたよ……。

 僕はがっくりと肩を落としたものの、これをチャンスとみてとったのだろう、部長さんが明るい声で力也に突っ込んだ。


「いやいや、猿は樹から落ちるものでしょ。これ常識」


「なに言ってんだよ、落ちねえよ。動物園行ったことねえのか、てめえ」


「もちろん現実には落ちないでしょうけどね、でもことわざ的には落ちるものでしょ」


「いーや、落ちないね! ぜってぇに落ちないね! そりゃ、サルモネル菌でも持ってりゃ、眠って落ちちまうこともあるかもしれねえけどよ」


 出たよ、サルモネル菌! 出そうな予感はしてたけどさ!!

 と、ここでようやく部長さんに加勢する人間が。もちろん、彼女の隣に座る西川さんだ。


「でも、カッパの川流れとか、弘法にも筆の誤りとか、ありますよ?」


 当然、力也も反論しようとする。

 ところが、彼が口を開く前に副部長さんが足を組み替え、言い放った。


「待て。弘法は筆を選ばない」


「あんた、どっちの味方よ!?」


「副部長がそちらに回られてどうするんですか!?」


「私は、私が正しいと信じた側につく。いまのは佐野にも一理あると思ったからそうしたまでだ」


 ニヤリと力也に笑みを送る副部長。彼もそれに笑顔を向ける。


「ありがとよ。まさか敵地で味方ができるとは思わなかったぜ。よし、いまからオレとお前は戦友だ!」


「うむ、共に青春の汗を流すとしよう。主に、我が第一演劇部で」


「おうよ!」


 ……ん?


「待って待って待って待って! なんか力也のほうが仲間に引き入れられちゃってない!?」


「あん? そうか? ま、些細なことだ! 気にすんな!」


「気にするよ! あすかのスカウトを断りに来たのに、どうして力也が演劇部の手伝いをすることになってるのさ! これ、絶対に外堀から埋めにかかってきてるって!!」


 見れば、副部長さんは肩をすくめて「気づかれたか」と嘆息していた。……さ、策士だ。


「あとさ、副部長さんは一応、二年生だよね? 上履きのラインの色、緑だもんね!? なのに三年生の力也にその態度ってのはどうなのかなあ!」


「気にするな。そうすべきと判断した人間には、私だってちゃんと敬意を払う」


「いま、さりげなく酷いこと言った!」


「勘違いしないでほしい。別に、佐野や立川が敬意を払うに値しない人間だと言っているつもりはない」


「本当かなあ。だったらなんで、僕まで苗字で呼び捨てにするのかなあ……」


「性分なんだ。許せ」


「うわあ、そこまで上から目線な『許せ』は、あすかでもなかなかしないよ……。……って、そうだ。あすかだ。ねえ、あす――」


 力也の隣に目をやって、僕は絶句した。

 だって、いつの間にやってきたのか、彼女の傍らには部長さんの姿があって、


「うん、これはやっぱり原石ね! 磨けば間違いなく光る!」


 なんてことを言っていたのだから。

 あすかもあすかで、


「原石……? あたしがか? 本当にそうなのか?」


「もちろん! ダイヤの原石ってやつよ! アタシは一目見てそう感じたわね!」


「そうなのか? ……そうなのか」


 二度目の、小さな声での『そうなのか』には、どこか納得に近い響きがあった。いやいやいやいや! なにその気になり始めてるのさ、あすか!

 ちょっと部長さんにお世辞言われたくらいで揺らがないでよ!


「うう、しかし……自慢じゃないが、あたしは暗記が苦手だ。とても苦手だ。それはもう、どうしようもないくらい、壊滅的に苦手だ」


「大丈夫! 最初は誰だって素人なんだから!」


 グッと親指を立て、イイ感じの笑顔をあすかに向ける部長さん。

 おまけに、


「あすかちゃん、なにごともチャレンジしてみるのは、いいことなんじゃないかな?」


「ちょっと! なんで梢ちゃんまで部長さんの側についてるの!?」


 これにはさすがに、声を大にせずにはいられない。


「ちょっと落ちつこうよ、あすか! 梢ちゃん! それと力也! 僕たちはスカウトを断るためにここに来たんだよね! そうだよね!?」


「……理緒さん。とりあえず、まずは理緒さんが落ちつきましょう?」


「え? なんで僕が梢ちゃんになだめられてるの? 違うよね? いま雰囲気に呑まれそうになってるの、梢ちゃんたちのほうだよね?」


 そうつぶやき、僕は味方はいないかと部室の中を見渡した。そして、


「美花ちゃん! 美花ちゃんは手伝うとか言いださないよね!? バイトあるもんね!?」


「そりゃそうだよ。さすがにバイトのほうはおろそかにできないって。でもさ、理緒くん。梢ちゃんも言ってたけど、なにごともチャレンジだよ? あすかちゃんがやる気になってるなら、止める理由はないんじゃない?」


「それは……」


 言われてみれば、そのとおりなのかもしれない。

 あすかに演劇ができるのかという点においては、一抹いちまつどころじゃない不安があるけど、確かにチャレンジしてみるのはいいことだ。

 なので僕は再度、本人に確認をとってみる。


「あすか。あすかはやりたくなったの? 演劇。昨日は『ないな』って即答だったけど」


 果たして、彼女の返答は。


「……みんなも、つきあってくれるなら」


 小さい声だった。

 でも、間違いなく興味を抱いている声だった。

 正直、僕は絵の勉強があるから、暇を持て余してるとはいえない。

 でも、勉強なんて大学部に入ってからが本番なのだし、それを理由に断るのは友達甲斐がないってものだろう。

 少なくとも、力也だったらそう言うだろうし、彼自身も協力する気でいるに違いない。……だったら。


「わかったよ、協力する」


「オレもいいぜ。力仕事があるなら任せな。……あ、でも、こまごまとした作業はやらねえからな。衣装作ったりとか」


 力也に続き、梢ちゃんと美花ちゃんも、


「大家の仕事はありますけど、融通ゆうずうは利きますから大丈夫だと思います。よろしくお願いしますね」


「私はあんまり融通利かないから、空いたときだけ顔出す感じになると思うけど、それでもいいなら。……もちろん、主演とかはできないからね?」


 そして最後に、自信なさげな表情であすかが締める。


「その……頑張る。よろしく」


 正直、昨夜の話し合いはなんだったんだって気はするけど。

 それでもきっと、これはこれでいいところに落ちついたんだよね、きっと。

 ……まあ、もっとも、


「よっしゃあ! フィーーーーーーーーーーッシュ!!」


 ものすごくイイ笑顔でガッツポーズを決める部長さんを見ていると、ものすごく釈然としない感覚に襲われる僕がいるわけなのだけれど。

 でもまあ、それはそれ、ということで……。

いかがでしたでしょうか?

今回はようやく、演劇部の三人娘が初登場となりました!

三人も一度に出しましたから、正直、キャラと名前が読者の頭の中で合わさっていないのではないか、と一抹の不安を覚えております(汗)。


ともあれ、これからは彼女たちを交えて、演劇の練習をメインに進めていこうかと。

ある意味、ここからが本番ともいえますので、引き続き読み続けていただければ嬉しいです。

もちろん、合い間にちょこちょこと他のことも入れていきますけどね(笑)。

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