第三話 あなたがほしいと願ったものは
ちょっとだけ自室で時間を潰し、そろそろいいかな、と部屋を出る。
忘れずに力也の部屋に寄っていって、彼の分の筆記用具と教科書、そしてノートを鞄ごと持ち、炊事場へ。
「お帰り~」
入って最初に声をかけてくれたのは、またしても美花ちゃんだった。
ファミレスのウエイトレスをやってるから、人の出入りには敏感なのだろうか。
僕は「ただいま」と返して、テーブルにつく。もちろんさっきと同じ、奥のほうに、だ。ここはもう、すっかり僕の指定席となっているから。
美花ちゃんが座っているのは、僕から見て左斜めの場所。力也は僕の右隣だ。
対面は梢ちゃんとあすかで、美花ちゃんの真向かいにはフィアリスと黒江さんが座るという感じになっている。
「はい、力也。持ってきたよ」
鞄ごと力也に渡すと、彼は中から教科書を取りだし、ぼそっと呟いた。
「ふっ、できることなら二度と面を合わせたくなかったぜ、お前とはよ……」
「なにを言ってるのさ。明日の授業で使うでしょ」
「そのことも忘れていたかった……」
「まったくもう……。力也はさ、やればできるんだから、もうちょっと本気になって取り組んでみようよ?」
「やればできる、か。そうだな。そうだよな。やればできるんだよな、オレ。……いや、本当にできるのか? さすがの理緒の言葉でも、今回ばかりはそう簡単に信じてやれねえぜ?」
「大丈夫だって。実際、大抵の問題は最後、自分の力で解いてるじゃない。――それで、どう? 梢ちゃん、あすか。かいつまんで話せそう?」
「や、やってみます!」
「ま、やってやれないことはない……と、思う」
返ってきたのは控えめなガッツポーズと、尊大な腕組み。
まあ、自信のほどはどちらも同じくらいのようだけど。
「じゃあ、お願い」
若干の不安はあったけれど、勉強道具をテーブルに並べながら促すことにする。
まず先に口を開いたのは梢ちゃんのほう。
「えっと、ですね。事件は今日の放課後に起こりました。容疑者の名前は西川詩織さん。被害者はここにいるあすかちゃんです」
「うん、ちょっと待とうか」
ついつい反射的に制止をかけてしまった。
あすかがこういうボケをかますのは珍しくもなんともなくて、むしろ、いつものことですらあるから安心感すら覚えるのだけど、それを梢ちゃんが口にしたとあっては動揺を隠せない。
これは、事前にあすかと話をまとめておくように、と促したのが裏目に出てしまったか?
「なんで容疑者だの被害者だのって単語が出てきてるの? 演劇部にスカウトされたのは、確かにあすかにとっては事件だったんだろうけど、被害者ってのは言いすぎでしょ。あと、その西川さんって人には、一体どんな容疑がかかってるのさ」
自信満々に答えるのはあすかのほうだ。
「毒殺容疑だ」
「へえ、あすかは毒を盛られたんだ。いつ、どこで?」
「放課後に、下駄箱で。……いやはや、あれは恐ろしい毒だった。常人であれば死んでいた。あたしは衝撃を受けただけで済んだからよかったものの……」
「要するに、突然スカウトされて、毒を盛られたときと同じくらいの衝撃を受けたんだね、あすかは。場所は放課後の下駄箱、と」
今日に限ったことではないけれど、あすかのなにが厄介って、彼女自身がまったくふざけていないところだ。
つまり、あすかの主観においては、本当に『毒を盛られた』ということになっているわけで。
もちろん正確には、それと同じくらいの衝撃を彼女が受けている、というべきなのだけれど。……あ、毒を盛られた経験が彼女にあるのか否かは脇に置かせてもらう。
「で、それから? 部室に行ってみたりとかはしたの?」
僕の質問に梢ちゃんは苦笑を浮かべる。
「いえ、あすかちゃんには元から引き受ける気がありませんでしたから。ごめんなさい、と」
「その場を去ったわけだ。でも、だったらなんでそんなに引きずってるの? 終わった話でしょ?」
「それが、だったら明日にでも部室に来てほしい、と言われてしまいまして。つい……」
「うなずいちゃった、と。押しきられちゃった感じなんだね。でもさ、だったら明日、もう一度行ってちゃんと断ってくれば……って、それができれば苦労はないのか」
「はい。相手がひとりでも押しきられちゃったわけですから……。まして、誘われてるのはわたしじゃなくてあすかちゃんです。上級生の男子もいる場所で、ちゃんと強く断れるかどうか……」
「う~ん……」
腕組みしてうなってしまう僕。
あすかならやれる気もするんだよなあ、正直。力也を蹴っ飛ばしてるところとか見てるとさ。
でも、それは気心の知れた仲である力也だからこそ、という可能性も高いわけで。
と、場に落ちた沈黙を破るように美花ちゃんが手を挙げた。
「あのさ、あすかちゃんって痴漢に遭ったら声とか上げられないタイプ?」
「うん、とりあえず美花ちゃんは黙ってようか」
「え!? なんで!? けっこう重要な質問なんだけど、これ!?」
どこがさ、と口にしかけて、「あ、そうか」と共通点があることに気づく。
「あ、理緒くん気づいた? これって要するにアレでしょ? 拒否しなきゃってときに身が竦んじゃうか、否か」
「言いたいことはわかったけどさ。でも例えがアレすぎるよ、美花ちゃん。やっぱりしばらく黙ってて」
「酷ぉっ!?」
大体そんな質問、あすかが答えてくれるとは思えない。美花ちゃんと二人だけ、あるいは女子だけの場であれば、まだわからないけど。
ともあれ、僕は話を仕切りなおすことにした。
「あすかは明日、部室に行って断れそう?」
「うー……」
弱気な声をもらし、あすかは力也のほうを見る。
「昔の力也みたいなのがいっぱいいたら、断るなんてできっこない……」
「昔の力也?」
そう訊き返すと、またしてもせんべいをかじりながら、力也が話に割って入ってきた。
「ああ、昔はオレ、学園で知らねえ奴がいねえくらいの不良だったからな。見た目はいまもそれなりに怖えし」
まあ、それは否定しない。というか、できない。
僕だって、初めて力也と初めて会ったときには、ついついビビってしまったのだから。
「よく、いまみたいな関係性になれたね、力也とあすか」
「あたしが更正させたんだ!」
「おいこら、堂々と嘘つくんじゃねえよ。お前はなにもしてねえだろうが。……いや、してねえってこともねえ、のか?」
彼の微妙な言い回しに、僕は首を傾げてしまう。
「どういうこと?」
「ほれ、あれだよ。いてくれるだけで救われる、みたいなやつ。それが、あすかだったわけだ。まあ、梢っちやフィアリス、黒江のおっさんもそんな感じだったけどよ」
「あ、ちなみに当時、私はまだここに住んでませんでした~」
「うん、話の流れからそれはわかってたから、美花ちゃんはもうしばらく黙っていよう」
「理緒くんが冷たい……」
そりゃあ、恥じらいがどうこう、痴漢がどうこうなんて話を立て続けに振られれば、多少は扱いが冷たくもなろうってものだ。
このあたり、美少女だとか割と関係なくなる。気後れするとか言ってられなくなってくるのだ。
「……って、ああ、また話が脱線しちゃってるよ。軌道修正、軌道修正っと。――とりあえず、明日は演劇部の部室に顔を出さなくちゃいけない。ここでああだこうだと話していても、その事実は変わらないわけだよね?」
「変わりませんか……」
「変わらないのか……」
しゅんと肩を落とす梢ちゃんとあすか。
「変わるって期待していたことが、逆に僕には驚きだよ……。とにかく、それはもう決定事項。問題は、どうすれば行って断れるか、なんだけど。二人の頼みって、たぶん、そのあたりのことだよね?」
その言葉に、しかし、梢ちゃんは首を横に振り、
「いえ、代わりに断りに行ってもらえないかと、そうお願いしようと思っていたのですが……」
「ごめん、それは無理だよ。こういうのは当事者同士で解決してもらわないと」
じゃないと、色々と遺恨が残りかねないと思う。
二人はまだ一年生だから、余計に。
きっぱりと言った僕に、力也はちょっと驚いたような顔を向けてきた。
「なにさ? 力也」
「いや、そこまでバッサリ言うとは思わなかったっつーか。まあ、お前の言うとおりではあるんだけどよ」
「なんか引っかかる言い方だね、力也。――ともかく、二人とも。力也みたいな人が演劇部にいるってことはないと思うよ? こういうタイプはさ、体育会系の部活にいくものだから」
「……本当か? 理緒?」
「本当だよ、あすか。――ねえ、力也。力也だったら入りたい? 演劇部」
「思わねえな。これっぽっちも思わねえ。だって、なんかこう、こまごました作業が多そうなんだもんよ。衣装作ったりとか」
「実際の活動がどういうものなのかは知らないけどね。――でもほら、これなら大丈夫そうじゃない? あすか」
「……うん」
「それにさ――」
こと、と。
僕の前に紅茶の入ったカップが置かれた。
手の伸びてきたほうを見やると、そこには美花ちゃんの姿が。
「…………」
「…………」
目が合った。
なんか、すごく寂しそうだった。
これ、もしかして僕のご機嫌をとってるのだろうか……。
「ええと、美花ちゃん。なにもそこまでしなくても……」
「だって、理緒くんってばすご~く冷たかったし。それに、怒るとなにげにすごく怖いし……」
そうだろうか?
というか、別に僕はいま、怒ってはいなかったんだけど。
「わかったよ。好きなことを好きなだけしゃべっていいからさ」
「本当!?」
「本当、本当。……なんだかんだ言っても僕より年下だよね、美花ちゃんって」
「む……。まあ、社会経験あるから年上っぽく感じるってのはわからなくもないけど……。それはそうと、私も今日、声かけられたよ、第一演劇部の副部長に。というか、クラスメイトに」
「ええっ!? なんでそれをいままで言ってくれなかったの!?」
「黙ってろって言ったの、理緒くんじゃない」
「確かにそうだけど、それは言おうよ! まだここには住んでなかった、とかよりも先にさ!」
でもまあ、考えてみれば驚くようなことではないか。
美花ちゃんは、あすかをかすませてしまうような美少女なんだから、あすかに声がかかったのなら、彼女にも声がかかるのはむしろ当然といえるはず。
「ちなみに、なんて名前の人?」
「国本美鈴って娘。落ちついてるっていうか、とにかく無愛想な娘でね、クラスでも孤立してるから、声かけられたときには驚いちゃった」
そこで、あすかが不安そうな声をあげる。
「怖そうか?」
「ん~、怖いっていうか、なに考えてるのかよくわからないって感じかな。あすかちゃんとは真逆の方向性持ってる娘かも」
「真逆、か……」
呟いて、なにごとか考え込むあすか。
いや、でも『なに考えてるのかよくわからない』っていうのは、あすかだって同じじゃないかなあ。
まあ、それはいいか。いま考えるべきことは別にある。
「とりあえず、明日やるべきことは見えてきたよね、あすか」
「うん? 見えてきたか?」
「演劇部の部室に行って、勧誘を断る。方針自体は最初からそんな感じだったじゃない……」
「……そうだな。確かにそうだ」
「それとも、あすかは演劇やりたいの? ちょっとだけ興味あるとか?」
「ないな」
即答だった。
バッサリだった。
ちょっと演劇部の人が哀れにすら思えてしまった。
でもまあ、あすかの意思が固まっていること自体はプラスといえるだろう。
「じゃあ、断る方向で決定だね。それで、さっき言いかけたことだけど」
さっきは美花ちゃんに悪気なく遮られたのだけれど。
「上級生が怖いのなら、僕と力也と美花ちゃんも一緒に行くよ。明日の放課後、適当に校内のどこかで待ち合わせよう。――いいよね? 力也、美花ちゃん」
「おう、オレはいいぜ。それで今日の宿題を写させてもらえるんなら安いもんだ」
「ありがと。でも宿題は自分でやろうね。――美花ちゃんは?」
「まあ、それで理緒くんの機嫌が直るなら……」
だから別に機嫌損ねてはいないんだけどなあ、そこまでは。
でもまあ、黙っていたほうが都合よさそうなので、誤解させたままにしておくことにする。
「じゃあ、これで決定……で、いいかな? 梢ちゃん、あすか」
「はい、ありがとうございます。本当に助かります」
「ありがとう、理緒、美花。……あと、力也も」
「ついでみたいに言うなよ!」
嘆く力也の頭を、美花ちゃんがコツンとやった。
「少しは察しようよ、力也くん。いまのは『ついで』じゃなくて『恥じらい』だって」
「どこが!?」
「ダメだなあ~。それがわからないようじゃ、女の子にモテないよ~?」
「別にモテてえとか思ってねえよ」
それからは勉強会。
僕と梢ちゃんは自然に、力也とあすかはしぶしぶといった様子で教科書を開き、一年生二人に教える形で進めていく。
美花ちゃんはというと、羨ましいことに今日は宿題が出なかったとのことで、教える側に回ってもらった。
ちなみに、力也の成績は決して悪いほうではなく、あすかはもちろん、梢ちゃんに教える場面だってたびたびあったりする。
その彼が言うには、
「仮にも三年なんだから、一年の問題が解けないようじゃヤバいだろ。オレ、一応は進学希望なんだからよ」
とのことだった。
そうして、勉強もひと段落した頃に。
今度はみんなに紅茶を淹れてくれながら、美花ちゃんが力也に質問を飛ばした。
「そういえば、さっきは聞き損なっちゃったけどさ、昔の力也くんってどんな感じだったの?」
「昔のオレ? どんなって言われてもなあ……。あー、ほら、オレはバカだからよ、かいつまんで説明とかできねえし、聞いても面白くもなんともねえと思うぜ?」
「その心配はいらないって。梢ちゃんとあすかちゃんも、全然かいつまんで話せてなんてなかったから。それに興味を持って尋ねたのは私のほうでしょ? だったら退屈だなんて文句は筋違いじゃない」
いま、なかなかに酷いことをサラッと口にしたよなあ、美花ちゃん。
まあ、僕も同感だったから、突っ込みはしないけれど。
当の力也は「そうか?」と安心したような声をだして、
「理緒も聞きてえか? 梢とあすかは知ってることだからよ」
「うん、聞きたい。正直、昔の力也っていうのが現在の力也とどう違うのか、興味ある」
なにせ、力也は外見だけで判断するなら、強面で乱暴そうな巨漢以外のなにものでもないのだから。
「そうか。じゃあ、話すとすっかな。でも重ねて言っておくが、オレはバカだからな、本当にことの始まりからしか話せねえぜ? 順序立ててとか、絶対にできねえからな?」
「うん、それでもいいから」
そう答えると、彼は目の前に置かれていたカップを手にとって、紅茶を一口飲んでから語り始めた。
「――さて、つってもどこを『始まり』にしたもんかな。俺がこの片山荘にやってきたのは、彩桜学園の中等部に入学するときのことだったから……そうだな、いまから九年くらい前、オレが小学五年生のときにするのが妥当か。
あすかも美花も『昔の力也』っつってたけどな、オレに言わせりゃ『それよりも昔のオレ』ってやつもいるわけでよ。その頃のオレは、それはそれは温厚なガキだったんだぜ。まあ、ちょっとばかりやんちゃなところはあったかもしれねえけどな。
まあ、それはいいか。
で、当時のオレには、ひとつだけ年上の友達ってのがいてな。……いやまあ、誰にだってそういうのはいると思うが。
でも、オレとそいつの間にある絆は、他の奴らのそれなんかとは比べものにならないくらい固く、強かったんだ。もちろん、それはオレの主観ではそうだったってだけの話で、現実には違ったのかもしれねえけどよ。
そいつ……オレは『にーちゃん』って呼んでたんだけどよ、そのにーちゃんにはな、同学年の友達がたくさんいた。本当にたくさんだ。……ああ、そうか、いまになって考えてみれば、オレは、にーちゃんにとっては、そのたくさんの友達のひとりでしかなかったのかもしれねえな。
いや、そんなことはもう、どうでもいいんだ。問題にするべきはそこじゃねえ。
にーちゃんが彩桜学園に入って、オレは六年生にあがって。
突然、にーちゃんはオレに厳しく接するようになった。……つっても、別に暴力を振るわれたってわけじゃねえ。
にーちゃんは年上で、オレは年下。それをちゃんと理解させようとしてきたってこった。
けど、オレはまだ小学生で、先輩だの後輩だのなんてのは、言葉の意味すらよく知らなかった。
そうそう、にーちゃんの友達は全員、オレに同情的だったな。まだ小学生なんだからタメ口利かせたっていいじゃねえかって。
けど、にーちゃんはそれを赦してくれなかった。
……一対多数だったんだ。正しいのはみんなで、間違ってるのがにーちゃん。そんな雰囲気になって、でも友人関係が崩れるところまではいかずに、なんとか一年がすぎた。
もちろん、ぎくしゃくはしていたけどな。
ようやく中学にあがれるってんで、オレは喜んだぜ。
今年からオレも彩桜学園に通える。
やっと子供の頃の、対等な関係に戻れるんだって。
現実は、真逆だったけどな……。
ともあれ、片山荘に入って、オレは新生活を始めた。
つっても、その頃のオレはだいぶ荒んじまっててな。その原因はもちろん、にーちゃんとよく口ゲンカしてたからなんだが。
まあ、なんだ。いまはこのとおり、強面と間抜け面の中間くらいの顔つきになったが、当時はなかなかに酷かったんだと思うぜ。あすかなんて、まともに話しかけてもきやがらなかったからな。……ああ、梢っちも似たようなもんだったか。
平然とした顔で話しかけてきたのなんて、フィアリスと黒江のおっさんくらいのもんだったさ。
……中等部の一年生になって、にーちゃんたちが二年生になって。
これでやっと対等になれたって思ってたオレに、今度は全員が敬語と『先輩』呼びを強要してきた。にーちゃんを含めた、にーちゃんの友達、全員が、だ。『ここはそういうところだから』ってな。
わけがわからなかったぜ。
なんでそうなるんだよって思った。
一年耐えて、にーちゃんとようやく対等な関係に戻れると思ったのに、なんで今度は、みんなまでにーちゃんの側につくんだよって。
けど、わからなかろうとなんだろうと、間違ってるのはオレだった。
世の中ってのはさ、正しいとか間違ってるとかってのが、どうも多数決で決まっちまうようにできてるらしい。
でも、当時のオレはそんなこともわからなくってさ。
正直、いまでもちゃんとはわかってなくってさ。
……いや、違うな。いまのオレは、わかりたくないだけ、か。
でも、当時のオレには心底、理解できなかった。
ひとつ歳をとったっていうだけで、どうしてそこまで大きく態度を変えなくちゃいけないのか、理解できなかった。
だって、おかしいだろうがよ。
たったのひとつしか違わねえんだぜ?
そりゃ、にーちゃんの一件で兆候はあったけどよ、それでもオレには、予想なんてできなかった。
呼び捨てしたり。
あだ名で呼んだり。
タメ口利いたり。
これからも、そうやって気軽につるんでいけるんだ。
中学にあがれば、にーちゃんとも仲直りできるんだ。
そう思ってたのに、今度は、その全員から壁を作られて……。
最初の一日は、我慢した。
『ここはこういうところだから』って言葉を信じてな。
『ここ』が彩桜学園のことを指すんなら、学校が終わって家に帰れば、あるいは日曜日は、いままでと同じようにつるめるんだって。
……バカなオレは、そう、信じちまったんだよ。
期待が裏切られるのは早かったぜ。
学園の校門を出て、オレはにーちゃんの友達に声をかけた。なつき具合でいえば、にーちゃんの次くらいの相手――要するに当時、一番仲のよかった相手に、だ。
返ってきた言葉は、学園の中で聞かされた注意と、まったく同じものだった。
だから、オレはつい……。
ああ、そうだな。
本当、昔っからオレはバカだった。
そのとき、オレはなにを言い返すでもなく、つい相手を殴り飛ばしちまったんだ。
あすかじゃねえが、つい、口よりも先に……ってやつだな。
あいつは驚いてたよ。
もちろんオレは当時からいい体格してたし、強面だって認識もされてたが、それと同じくらい、暴力を振るうような人間じゃないって思われてもいた。
オレだって、そんな人間になるのは嫌だった。
だって、友達なんだ。
ずっと一緒につるんできた仲間なんだ。
そんな奴らを殴るなんて、考えたくもなかったさ。
でも、オレはそれをやっちまった。
そして、思えばあの瞬間に。
オレの中では、きっとすべてが過去形に変わっちまったんだろう。
友達だった、に。
仲間だった、に。
……いや、さすがにそれは言いすぎか。
あれは確かに事件ではあったさ。ああ、間違いなく『きっかけ』だった。
でもよ、人間、その程度のことでいきなりは変わらねえ。
オレのほうがひとつ年下なんだから、周りには癇癪を起こしただけって解釈された。要するに、キレたってこったな。
すぐ許してもらえて、元の関係に戻れたさ。……もちろん『先輩』だの『後輩』だのって枠を、とっぱらってはくれなかったけどな。
そこからは、バカなオレならではの短絡思考が炸裂したさ。
ああ、なにもかも、オレのほうからぶち壊しちまったんだ。
にーちゃんを河原に呼んでよ、殴りあいをおっぱじめた。
もちろん、最初のうちは殴りあいじゃなかったさ。当のにーちゃんが反撃しなかったからな。
でも、わけもわからず殴られてりゃ、誰だってムカついてくるもんだ。
すぐ、殴りあいに発展した。
――オレは、マンガが好きだった。
理緒、お前からもよく借りてるだろう?
オレのマンガ好きは、昔っからの筋金入りってわけだ。
特に好きなのは、やっぱり格闘マンガだ。ボクシングとかは特に読んでてワクワクする。
冒険モノもいいな。
異世界に行っちまうのも悪くない。
で、少年マンガにはよ、王道の展開ってのがあるだろ?
なにも考えたくないくらいにわけがわからなくなったら、言葉を交わさず拳で語る。
最後には『お前、やるな』、『お前もな』で爽やかに笑って仲直りさ。
そんなのをオレは……バカなオレは、現実でもそうなると本気で信じて、実行したんだ。
結末は、酷いもんだった。
本当に、酷いもんだった。
オレには『仲直り』っつー明確な目的があったからいいけどよ。
にーちゃんからすりゃ、友達が突然殴りかかってきたってだけだ。
それも、ただの友達じゃねえ。
長いこと可愛がってた弟分が、だ。
戸惑いや疑問が憎しみに変わるのは早かっただろうぜ。
気づけばオレたちは、ただただ憎しみだけをぶつけあっていた。
醜く歪んだ表情で、涙すら流しながら殴りあっていた。
バカなオレの頭からはよ、仲直りしようなんて目的も、いつの間にか消えてなくなっちまってた。
いや、オレたちはそもそも、仲違いすらしてなかったはずなんだ。
ガキだったオレが、中学のルールに従えなくて。
それを、周りのみんなは正そうとしてくれて。
なのにオレは、ひとりで勘違いして、空回って。
最後には、にーちゃん相手に暴力沙汰を起こしちまった。
一番大好きだったはずの相手に、暴力を振るっちまった。
まとめちまえば、それだけのことだったんだ。
にーちゃんはきっと、早い段階から思っていたんだろう。
オレが中学のルールに、簡単には従えないんじゃないかって。
こういう、バカなことをやらかしちまうんじゃないかって。
だから、にーちゃんは中学生になると同時、オレに『先輩』とか『後輩』ってのを理解させようとしたんだ。
でも、もうすべては遅かった。
仮に、あの日のオレが、その真意に気がつけたとしてもよ。
あんなケンカをしたあとなんだ。
清々しく笑って、仲直りなんてできねえ。
いいか、理緒。
憎しみからは、憎しみしか生まれねえんだ。
清々しい、綺麗なものなんて生まれねえんだよ。
それはもちろん、いまだからこそわかること、なんだけどよ……。
なんでマンガの中みてえに仲直りできねえのか、わからなかった。
わからないまま、にーちゃんとは疎遠になって。
にーちゃんの友達とも、段々と会わなくなっていって。
とうとうオレは、ひとりになっちまった。
……いや、違うな。
ひとりになっただけなら、まだよかった。
同じクラスでダチを新しく作ればいいだけのことだ。
そもそも、通う学校が変わったんだから、本当は、先輩にくっつこうとしねえで、新しいダチを作るべきだったんだ。
新しい学校、新しいクラスになるってのは、そういうことなんだから。
でも、オレはそれすらできなくなっちまってた。
オレは背も高けりゃ体格もいい。おまけに強面ときてる。
そんなのが先輩相手にケンカ売ったんだ。
勝ったとも負けたともいえねえケンカだったけど、見所があるとかなんとか言って、見たことねえ上級生が絡んでくるようになったんだよ。
当然、同じクラスの奴らはオレと目も合わそうとしねえ。オレ目当てでやってきた、タチの悪りぃ上級生に目をつけられるからな。
当然、そんなオレと会話するなんて、もっての他だ。
本当は、悲しむべきところだったんだろうよ。
でも、オレはバカだからこう思っちまったんだ。
ああ、力を誇示すれば、上級生の奴ともタメ口で話せるんだなって。
そういうのを無視して、対等な『仲間』になれるんだなって。
……まったく、当時のオレに会えるものなら言ってやりたいぜ。友達はちゃんと選べって。
あすかの言った『昔の力也』ってのは、たぶん、この頃のオレのことだろうな。
自分でも、あの頃は酷かったって思ってるくれえだから。
ああ、でもな。
あの頃のオレだって、別に暴力を振るいたかったわけじゃねえんだぜ?
そりゃ、降りかかってくる火の粉くらいは払ったが、自分からケンカふっかけたのは、にーちゃんのときが最初で最後さ。
もちろん、片山荘でも騒ぎを起こしたことはなかったぜ。……まあ、当時のあすかが現在みたいに蹴りをいれてくる性格してたら、遠慮なく殴り返してただろうけどな。
さて、次の学年にあがるまでに、一体何人の『仲間』が転校したり退学処分くらったりしたっけかな。
正直、多すぎて憶えてねえってのが本音だ。とにかく問題を起こしまくったからな……。
で、オレが中等部の三年にあがる頃には……なんてったらいいんだろうな、ガラの悪い奴ってのか? そういうのは、だいぶ減ってた。
ま、類友ってやつだな。オレ自身はそこまでガラ悪くねえから。
ぶっちゃけ、無茶言ってくる先生相手にすごんだり、他校の不良を追い返したりしてたからか、オレたちは生徒から意外と支持されてたんだ。
いやまあ、あくまでオレの主観だから、周りの奴らとは認識にズレがあるかもしれねえけどよ。
ま、でも『仲間』からオレが慕われてたってのは本当だ。いまだって、声をかけりゃいくらかは集められるくらいには、な。
その気になりゃ、明日にでも呼んで、演劇部に突撃させることだってできる。……もちろん、やらねえけどな。
ああ、そうそう。なんでか知らねえが、転校したり退学処分くらったりした奴との縁は完全に切れてるんだよな、これが。
不思議なもんだぜ。こういう関係って、腐ったりしても続いちまうって聞いてたのによ。……あれか。来るもの拒まず、猿も樹から落ちずってやつか。
……ま、本当に色々とやったが、一言で言っちまえば、若気の至れり尽くせりってところだな。本当、オレも青かったもんだぜ」
さすがにしゃべり疲れたのか、力也は一度言葉を切った。
それにしても、それなりに重い話の中に、間違ったことわざを入れてくるのはやめてほしいなあ。指摘しにくいことこのうえない。
「それで、一体どうやって更正したのさ、その状態から。力也自身はそこまで悪く思ってないようだけど、実際は完全に深みにはまってるじゃない。いまの気のいい力也とは、まだ結びつかないよ?」
「それはそうだろうよ。『仲間』がいたっつっても、あの頃はまだケンカばかりの毎日だったし、生傷も絶えなかったからな。……まあ、そう焦りなさんな、理緒っちよ。もうすぐ更正して、綺麗な力也さんになるからよ」
「綺麗な力也さんって……」
「あれは……そう、高等部にあがってしばらくしてからのことだったな。ある日、オレは理事長から呼びだしをくらったんだ。ほれ、いくら気のいい奴が増えてきたっつっても、そこはそれ、やっぱり三度の飯よりもケンカが大好きってな連中だ。道を踏み外しちまう奴はどうしたって出てくる。
停学なら、まだマシだ。退学処分くらった奴もたくさんいるんだからな。
さっきも言ったが、退学になった奴との縁はもう切れてる。住所も知ってて、処分くらったあとに会いに行ったことだってあるんだぜ? でも、これがなぜか会えねえんだよな。
呼び鈴鳴らしても出てこねえか、引っ越しちまってるかのどっちかだった。……まあ、そのことはどうでもいいか。
で、オレが呼びだしをくらったその日、とうとうオレも退学か? とオレは半ば腹くくって理事長室に出向いた。確か、放課後のことだったな。
理事長は、二十代半ばの女だった。
金色の髪が綺麗でな、マンガの中から出てきたんじゃねえかって驚いた。
その人は、なんでも学園長からの頼みで、理事長と学園長を兼任してるらしくてな。他人事ながら、そりゃ大変だと思ったのを憶えてるぜ。
憶えてるっていえば、あのとき言われた内容も、か。
――ああ、あのとき言われたことは、一字一句すべて憶えてる。
まるで、頭じゃなくて心に直接話しかけられてるみたいだ、なんて思ったもんだ。
オレは訊いた。
なんの用で呼びだしたのか、と。
退学にするつもりか、と。
あの人は答えた。
『それはできません。あなたの心は、まだ清いままですから。そうでなければ、あそこに住んでいることなんてできないでしょうし。
あなたはただ、ほんの少しだけ、わからなくなってしまっただけですよ。
そう、ほんの少しだけ、迷ってしまっているだけ。
あなたは、この学園で過ごした日々を心地よく感じているでしょう?
そんな人を追いだすことは、できないですし、したくもないんです』
確かに、オレは日々を心地よく過ごしてた。
ケンカに明け暮れてばかりいたけど、毎日が楽しいってのは嘘じゃなかった。
もちろん、それは普通の学生の楽しみ方じゃねえわけだけど、な。
なにを言えばいいのかもわからないオレに、あの人は続けてきたよ。
『あなたは、なんのために力を誇示しているのですか?
それで、一体なにを得たいのですか?
力だけで得られ、護れるものは、意外と少ないものなんですよ?
仮に護れたとしても、それは近い将来、あなたの手からこぼれ落ちてしまうでしょう』
『なんのために』という言葉に、オレは答えられなかった。
だって、わからなかったんだ。
本当に、わからなかったんだ。
あの日から……にーちゃんと疎遠になったあの日から、ずっとずっと、わからないままに、わからないなりに、がむしゃらに走ってきたんだから。
心の隙間を埋めるように、『仲間』たちと騒ぎを起こして、日々を送ってきたんだから。
得たいものなんて、わからなかった。
いや、なにがわからないのかすら、わかってなかったんだ。その言葉を、聞くまでは……。
『あなたたちを支持し、感謝している生徒が少なからずいることは知っています。他校の生徒に絡まれていたところを助けてもらったと、そういう声は私の耳にも入ってきますから。
でも、いくら支持する人がいようとも。
ケンカをすれば、必ず傷つく人間がでてくる。
他人を傷つけてしまう人間もでてくる。
その事実は、誰にも覆すことはできません。
それは、あなたにも理解できるでしょう?』
穏やかな、優しい声音だったぜ。
そして、理解できないはずがなかった。
オレはさ、確かにバカだけど。
どうしようもないくらい、バカだけど。
それでも、他人を傷つけたいと望んだことはなかったし。
傷ついてほしいと願ったことも、なかったから。
『騒ぎを起こすな、とは言いません。もちろん、相応の処罰を下す必要はありますが、大人しい生徒ばかりでは、学園内の空気も停滞してしまいますから。
大丈夫。こう見えても、騒ぎの対処や後始末をするのは慣れています。
でも、忘れないでくださいね。
傷つく人がいるということを。
傷つけてしまう人がいるということを。
そして、最後にひとつ、質問です。
――あなたの幸福は 誰かを傷つけることで 得られるものなのですか?』
……そんなわけ、なかった。
ああ、そんなもんで手に入る幸福なんて、いらねえよ。
オレがほしいものはさ、もっと、こう、キラキラしててさ、温かくてさ……。
『よく、考えてみてください。あなたはなにを得たいのか。そのためには、どうすればいいのか。そして、なんのためにその力を振るいたいのか、を』
それから、オレは理事長に言われたことをずっとずっと考えるようになった。
ケンカしてる時間すら惜しかった。
そんなオレの姿になにを感じたのか、『仲間』たちも普通の日常に溶け込み始めた。
その頃のオレはといえば、正直、苦しかったぜ。
だってよ、『考える』ってのは、オレが一番苦手なことだったからな。
でも、考えたぜ。
考え抜いた。
そうしているうちに、なぜかあすかが話しかけてくるようになった。
一番最初は、確か『なんで生傷が減ってるんだ?』だったっけか。
忘れるわけがねえ。だって、あすかから初めてまともにかけてもらえた言葉なんだから。
それから……そうそう、あれは一ヶ月くらいが経って、生傷が完治した頃のことだったかな。
いきなり『突然なくなるのも変な感じがするだろう。少し増やしてやる』ってあすかが蹴ってきやがった。
なにすんだって怒鳴ったら、慌てて逃げて行っちまったっけな。
結局、憎しみから綺麗なもんは生まれねえ。
そのことがわかったのは、確か二年前のいまごろだ。
オレが自分から犯してしまった、最初の過ち。
その頃には、梢もあすかも、すっかり打ち解けた口を利くようになってたよな。
オレはさ、バカだからよ。
だから、わからないなんて言葉で逃げてたんだよ。
目を、逸らしてたんだよ。
一体、なにが悪かったのかっていう原因から、よ。
そして、忘れちまってたんだ。
子供の頃の、楽しい思い出を。
にーちゃんたちと過ごした、あの日々を。
もちろん、取り戻せるなんて思ってねえさ。
どれだけ頑張っても、あの頃には戻れねえんだ。
それがわかったときは、正直、ショックだったけどよ……。
でも、同時に気づけたんだ。
オレは暴力を振るいたいわけじゃねえ。
オレと似た連中と、騒ぎを起こしていたかったわけでもねえ。
オレはさ、ただただ、一緒にいてくれる『仲間』が……友達がほしかったんだって。
でもオレはバカだから、理由はどうあれ、一緒にいてくれたあいつらに、にーちゃんたちを重ね合わせちまってたんだ。
けど、にーちゃんたちは、人を傷つけなかった。
にーちゃんたちは、暴力が好きじゃなかった。
そして、片山荘に住んでる奴らも、暴力を好んでねえ。……あすかだけは、ちょっと怪しいけどな。
ああ、そういや、あの理事長は『暴力』って言葉を一度も使わなかったな。
いまになって思えば、それが鍵だったってことなのか?
……どうでもいいか、そんなことは。
オレの認識は、周囲の奴らとかなりズレている。
それに気づいたのも、その頃だったな。
もちろん、それはいまも直ってねえ。もしかしたら、永遠に直らないのかもしれねえ。
でも、な。
それを受け入れてくれる奴らが、ここにいたんだ。
力を誇示しなくても、一緒にいてくれる奴らが、ここにいたんだ。
ずっとずっと、いつだって、すぐ近くにいてくれたんだ。
そいつらは、オレがバカをやっても笑って許してくれる。
見捨てずに、笑顔を向けてくれる。
まるで、子供の頃のにーちゃんたちみたいに。
……勘違いすんなよ? 別にお前らの中に、にーちゃんたちの姿を重ねて見てるわけじゃねえ。
誰かが誰かの代わりになんて、なれねえんだから。
なれちゃ、いけねえんだから。
みんなが笑う。
楽しくなって、オレも笑う。
いつからだったんだろうな、この片山荘は、オレにとって温かい場所になっていた。
とても、大切な場所になっていた。
そして、ようやくわかった。
オレがほしいと願ったものが。
それはもう、手を伸ばせばすぐにでも届くところにあった。
みんなが笑う。
オレも笑う。
ここは、そんな場所なんだ。
大切なんだ。
護りたいんだ。
もう、失いたくないんだ。
オレの幸福は、越してきたあの日から、ここにあったんだよ。
ここにいられることが、オレにとっての幸せだったんだ。
こんな毎日が永遠に続いてほしいって、そんなふうにすら思ってんだよ。
だから、なにかあったそのときには、オレはここを護るぜ。
みんなを、護るぜ。
絶対に、みんなの味方でいてみせる。
オレの力は、そのために振るうんだって、決めたんだからよ。
まあ、具体的にどうすりゃいいのかは、わからねえけどさ。……でも、オレの力が必要なときは隠さずに言ってくれよ。絶対に、力になっから」
最後に穏やかに微笑んで、力也は長い独白を終えた。
瞳に、わずかな雫を浮かべて。
と、照れ隠しなのだろう、あすかが唐突とも思える罵声を彼に浴びせる。
「なんでそういう恥ずいこと言うんじゃ、ぼけっ!」
それには力也も声を大きくして返した。
「知らねえよ! いつの間にか、そういう流れになっちまってたんだからよ! ……ああもう、とにかく!」
彼は勢いよく立ちあがって、ぐっと拳を握りしめる。
「オレ、大好きだからな! みんなのこと! それだけは、絶対の絶対、本当だから!!」
「だから恥ずいんじゃ! ぼけぇっ!!」
再び響く、あすかの罵声。
でも、彼女は気づいているのかな?
自分の頬のあたりが、少しだけ赤くなって、緩んでいることに。
まあ、僕たち三人も似たようなものだから、あすかのことは言えないか。
――季節は、もう秋。
外を吹く風は、段々と冷たさを増しているけれど。
いま、この部屋の中だけは、とても温かく感じられる。
どうか、叶うのなら。
力也の言ったように、こんな日々が永遠に続いていきますように。
そう願わずにはいられない夜だった。
なんだか、とても長くなってしまいました。
これから二話分に分けたほうがよかったかもしれません。
ついでに、主人公は誰だよって突っ込みたくもなりました(笑)。
そんなわけで、今回は力也回。
ボケボケで、乱暴者に見えるのに実際はとても優しくて、意外とモノを考えている彼。
そんな彼の過去のエピソードです。
コメディ全開から一転してシリアスに。
セリフがいつの間にか地の文になってしまっている、そんな錯覚を覚えてもらえるように書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
そして、力也ほどではないにしても、中学にあがったばかりのとき、親しくしてた年上の友人と距離を感じた人って現実にもいるんじゃないかなって思ってみたり。
『力也エピソード』、楽しんでいただけたのなら幸いです。
それでは。