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第二十八話 コイゴコロ

 今日の部活動も終わって。

 僕は梢ちゃんやあすかと三人で校門を出た。

 あすかを間に挟むようにして、夕焼けに照らされながら横並びで歩いていく。


 美花ちゃんの姿は、ここにはない。

 あすかと面と向かって話をするのは、まだ気が引けるのか。

 それとも、あすかの心情をおもんばかって先に帰宅することにしたのか。 

 そのどちらが美花ちゃんの本心なのかは、わからない。

 どちらも正解ということだって、あるだろうし。


 ひとつだけ確かなのは。

 こうして梢ちゃんやあすかと、落ちついて話ができる機会が得られたってこと。

 それだけだった。


 空は曇天どんてん

 間もなく雲が消えて星が見えそうでもあるし、そのまま強い雨が降ってきそうでもある。

 そんな、どちらに転ぶかわからない雲行き。

 それはまるで、僕たちの心境がそのまま反映されたかのような天候で。


 しばらくは、梢ちゃんがあすかに他愛のない話を振っていた。

 それにときどき、あすかは笑顔で応える。

 僕はといえば、二人の横顔を見ながら、ずっと無言の行。

 昼間の続きをどうやって切り出したものかと、そればかりを考えてしまって、まったく会話に入れないでいた。


 三人で帰る意図は、ちゃんと梢ちゃんに伝えてある。

 だからあとは、彼女が上手く話題をそちら側に持っていってくれるのを待っていればいい。

 そう、それでいいはずなのだ。

 けれど、やっぱり落ちつかない気持ちは、どうしたってあるわけで。


 そもそも、歩けば歩くほどに片山荘は近づいてくるのだ。

 これじゃ、焦るなっていうほうが無理だと思う。

 と、そのときだった。


「あすかちゃん、理緒さん、今日はこっちのほうから帰りましょう?」


 梢ちゃんが指差したのは、普段は通らない、公園へと続く道。

 なるほど、遠回りして帰ろうとしてくれているんだな。少しでも、話をする時間を長くするために。

 僕は瞬時にそう察したのだけれど、あすかからしてみれば、なにを突然って感じだったのだろう。

 彼女は疑問たっぷりといった表情を浮かべ、首を傾げた。


「なんでだ? いつもは、そっちになんて行かないじゃないか?」


 そんなあすかに、梢ちゃんは口調を砕けさせて、


「たまには寄り道もいいんじゃないかなって思って。ほら、公園にはチョコバナナの屋台が出てるって聞いたこともあるし」


「チョコバナナか……。そうだな、たまには買い食いをするのもいいかもしれない」


「じゃあ、こっちのほうから行こう。――理緒さんもいいですよね?」


「うん、もちろん」


 うなずいて、目だけで「ありがとう」と伝える。

 もちろん、伝わる自信なんてまったくなかったけれど。

 だからこそ、彼女から返ってきた微笑に、僕は驚く。

 それはまるで、「いえ、どういたしまして」と言っているように感じられたから。


 きっとそれは、僕の覚えた錯覚だったに違いない。

 梢ちゃんの微笑みを、都合のいいように解釈しただけ。


 けれど、僕の目線に込められた意味を彼女が勝手に解釈し。

 それに対する答えとして、僕に微笑を返したというのなら。

 僕に微笑みを向けることがもっとも適切な返答なのだと、彼女が思ったというのなら。

 果たしてそれは、本当に『錯覚』と呼べるのだろうか。

 『錯覚』で済ませてしまって、いいのだろうか。


 そんなどうでもいいような、そうでもないようなことを考えているうちに、気づけば僕たちは公園へと足を踏み入れていた。

 360度、どこからでも入れる公園。

 その中心には噴水と、チョコバナナを売っている屋台がひとつ。

 僕と梢ちゃんが並び、あすかは場所をとっておくとばかりにベンチへと向かっていった。

 ベンチはたくさんあるんだから、一緒に並んでいてもよさそうなものなのに。


 やがて、お金を払ってチョコバナナを三本受け取り、僕たちはあすかの座るベンチの前までやってきた。

 そして、あすかを真ん中に木製のベンチへと腰かける。


「お待たせ、あすかちゃん」


「待ちくたびれた!」


 梢ちゃんの左手から、チョコバナナを引ったくるあすか。

 それに苦笑を浮かべて、梢ちゃんは右手に持っていたそれを口に運ぶ。

 姉妹のような二人の様子に、僕は思わず笑みをこぼした。


 彼女のチョコバナナは、ピンク色。

 あすかが手にしているものも、ピンク色。

 僕のだけはスタンダードな茶色でコーティングされているものだったから、ちょっとだけ仲間外れ感を覚えてしまう。

 でもまあ、これは男女の違いということで。


 チョコバナナをゆっくりと食べながら。

 梢ちゃんはなんでもないことのように、あすかへと語りかける。


「ここのことを知ってからね、わたし、ずっとあすかちゃんと一緒に来たいなあって思ってたんだ」


「そうだったのか? だったら、いつでも誘ってくれてよかったのに」


 そう言うあすかの食べるスピードは速い。

 もう半ばまで食べ終えていて、ともすればバナナが割り箸から落ちてしまいそうだ。

 そのことに少し注意を促してから、梢ちゃんは続けた。


「なかなか、機会がなかったから。演劇の練習に携わるようになる前は、大家の仕事だってあったからね。それに……どうせなら、みんなと一緒に来たいなって思ってたから、なかなか予定も合わなくて」


「みんなって……」


「あすかちゃんと理緒さんはもちろん、力也さんに、美花さん、フィアリスさんに……あと、できるなら黒江さんも。――まあ、なぜか黒江さんは、片山荘からあまり出ようとしないから、難しいのかもしれないけど……」


 そういえば、黒江さんが片山荘の外に出ているところって、見たことがないような?

 あ、もちろん宴会の買出しのとき以外では、だけど。

 まあ、いまはどうでもいいか、そんなこと。


 誰よりも早くチョコバナナを食べ終えた僕は、そっとあすかの顔を盗み見てみた。

 そこにあったのは、落ち込んでいるような、困惑しているような、そんな表情。


「……ごめん」


 ぽつりとつぶやかれた言葉に、梢ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「うん? なんで、あすかちゃんが謝るの?」


「だって、あたしが力也や美花とケンカしてなければ、梢のしたいことが、今日、できただろうから……」


「そんなことないよ。どっちみち、フィアリスさんや黒江さんは来れなかったと思うし。……それより、あれはケンカっていうのかな? わたしの見た限りでは、二人とも、怒ってる感じしなかったけど。――ね、怒ってはいませんでしたよね? 力也さんは」


 梢ちゃんに唐突に振られて、けれど、僕は少しも迷うことなく「もちろん」と即答した。


「力也が怒ってるだなんてこと、絶対にないよ。美花ちゃんだって、同じ。もちろん、気まずそうではあったけどね」


 僕の言葉を受け、梢ちゃんは「ほらね?」とあすかに向く。


「だからあとは、あすかちゃんが素直に謝れるかどうかだと思うの。『ごめんね』って」


 それにあすかは、より一層困った表情になって、


「うう……。それは……そうかもしれない、けど……。でもあたしは、力也を見るとムカムカすることがあって……」


「だから、あすかちゃんからは謝れない?」


「謝れなくは、ないけど……。でも、美花のほうはともかく、力也のことは、あたしのほうが嫌ってるみたいだから……」


 それは違うんだよ、あすか。

 そういう感情を抱いたのが初めてだから、勘違いしているだけで。

 あすかはただ、力也のことを『異性として』好きになっただけなんだよ。


 そう言いたくなって口を開こうとした瞬間、僕は梢ちゃんに目で制された。

 とてもとても、真剣な目で。

 『ここはわたしに任せてください』と言いたげな、優しいで。

 そして彼女は、その優しげな瞳をあすかへと向ける。


「……そっか。じゃあ、これはもう仕方のないことなのかもしれないね」


 けれど、その口から出てきたのは、そんな言葉。

 あすかだけではなく、僕も思わず目を見開かずにはいられなかった、そんな、ある種とても残酷な言葉。


 呆然とした表情はそのままに、あすかは繰り返す。

 かすかに空気を震わせて。

 その声に、少しだけ疑問の色を乗せて。


「仕方のない、こと……?」


「うん。どうしようもないことって、やっぱり、あるものだから。たとえばそれは、どれだけ頑張っても人を好きになれないことだったり、どんなに望んでも想いが届かないことだったり……。あすかちゃんのそれも、きっと、そういうものと同じなんだと思う」


「そういうものと、同じ……。梢にも、あるのか? そういう、どうしようもないことが……」


「もちろん、あるよ。きっと、誰にだってあるんだよ……」


 寂しげな梢ちゃんのつぶやきが、風にさらわれて消えていく。

 そう、誰にでも、あるのだろう。そういうことは。

 梢ちゃんにも、何度となくあったのだろう。


 でも、そんな優しい表情で口にしてほしくはなかった。

 そんな寂しそうな声音こわねで、言ってほしくはなかった。

 もちろんそれは、僕の勝手な想いなのだろうけど。

 梢ちゃんは目を閉じて、「だから、せめて……」と静かに言葉を紡ぐ。


「せめて、これから先……そんな『どうしようもないこと』が、ひとつでも少なくあるといいね、あすかちゃん。わたしは、心からそう願うよ」


「……梢。その『どうしようもないこと』をどうにかすることは、できないのか? 頑張れば――」


「それは、無理だよ……」


 あすかのことを遮って。

 梢ちゃんの口から発せられたのは、弱々しい、けれど確かな否定の言葉。

 目を開き、ゆるゆると彼女は首を横に振って。


「たぶん、無理なんだよ……。だって『どうしようもないこと』は、『どうしようもない』からこそ、どうしようもないまま、抱え続けていくんだから……」


 チョコバナナをすっかり食べ終え、梢ちゃんがベンチから立ち上がる。

 その手にあるのは、割り箸だけになったチョコバナナの棒。

 どこかもの悲しい、箸の片割れ。


「……ごめん。ちょっと、しんみりしちゃったね。……帰ろうか」


 けれど、あすかは座ったまま動かない。

 ぼとりと割り箸から食べかけのチョコバナナが地面に落ちても、動かない。

 いや、わずかに動いた。

 少しだけチョコのついた彼女の唇が、小さく動いた。


「本当に、どうしようもないのか……? このままずっと、どうしようもないまま生きていくしかないのか……?」


 その問いに、梢ちゃんは茜色に染まっている空を仰いだ。

 失った故郷を見るような、遠い目をして。


「うん、どうしようもないまま、生きていくしかないんだよ……。失ったものは、在りし日の思い出は……永遠に、取り戻せないんだから……」


「それでも……それでも、あたしは取り戻したい……。みんなで楽しく過ごしていたあの時間を、取り戻したい……!」


「力也さんのことは、嫌いなのに?」


「……っ!」


 こちらを向くことなく発せられた問いに、あすかは一瞬、詰まった。

 けれど、それでもなんとか想いを口にしようとする。


「それは……、でもっ……!」


「わたしには、わからないな。どうして、嫌いな人と仲直りしたいなんて思えるのか」


 冷たい声だった。

 まるで、あすかを打ちのめそうとしているかのような、そんな声。

 あまりにも、梢ちゃんらしくない。


 そう感じているのは、僕だけではないのだろう。

 あすかの声に、少しだけ嗚咽おえつが混じり始めた。


「……だって――」


「嫌いなんでしょ? 力也さんのこと」


「――そ、れは……」


 あすかの声は、どんどん小さくなっていく。

 追いつめられているんだ。

 次々と浴びせられる、梢ちゃんの言葉に。


「力也さんのことを考えると、ムカムカして、イライラして……、他にも、心がきゅーって狭くなって、チクチクして、ぐるぐるして、モヤモヤして……そんな感じになるんでしょ?」


「そう、だけど……」


「……そっか。そうだよね。だったら……」


 と、そこで。

 梢ちゃんの声に、ようやく温かみが戻った。

 

「だったら、どうしようも……あるのかもしれないね」


「――え……?」


 あすかが、呆然とした声を漏らす。

 なんでそうなるのか、わからない。

 そんな、表情。


 梢ちゃんが、ようやく顔をこちらに向けた。

 そこにあるのは、微笑み。

 あすかのための、優しい微笑み。


「わかるよ。わたしだって、そうなることがあるから。できる限り抑えてるけど、きゅーって、なるんだよね……」


「梢もなのか? 力也を見てると、梢でもそうなるのか? 梢も、力也のことが嫌いなのか?」


「う~ん……。わたしは、力也さんを見てもそうはならないかな。……別の人」


 小さな声。

 見れば、彼女の瞳は僕のほうへと向けられていた。

 思わず目を丸くし、自分の顔を指差してしまう。


「ま、まさかとは思うけど……それって、僕のことだったり、する……?」


 返ってきたのは、否定の首振り。


「別の人は別の人ですよ、理緒さん」


「そ、そうだよね……」


「それにわたしは、理緒さんを苦しめるようなことだけはしないって、心に決めてますから」


「え……? あ、うん……」


 その言葉が意味するところを瞬時に悟り、僕はうなずく。

 僕の抱える、脅迫観念。

 『自分は、決して幸福になどなってはいけない』という、その感情。

 そこにだけは、絶対に触れないから、と。

 だから安心してほしい、と。

 梢ちゃんは、そう言ってくれているのだ。


 愛の告白は、もっともわかりやすい『幸福』だから。

 それゆえに僕は、その人の好意を拒絶するしかないから。

 だからこの先、仮にそういう感情を抱くようなことがあったとしても、悟らせるようなことはしないから、と。


「ねえ、あすかちゃん」


 と、気づけば梢ちゃんは、再びあすかに視線を移していた。

 その瞳には、先ほどまでの冷たさなんて微塵もない。

 もちろんそれは、彼女の『演技』だとわかってはいたけれど、ちょっと真に迫りすぎだったんじゃないかなと僕は思う。

 なんというか、本当に梢ちゃんらしくないことを……。


 僕がそんなことを思っているうちも、二人は言葉を交わしていた。

 優しく、梢ちゃんが問いかけていた。


「そのムカムカするとかって、力也さんと美花さんが一緒にいると強くなったりする?」


 その問いに、あすかは感心したような吐息を漏らす。

 それから少し興奮気味に、


「する! 昨日の夜なんかが、特にそうだった!」


「美花さんじゃなくて、フィアリスさんやわたしでも?」


「うん? う~ん……。少し、ムカムカするかもしれない……」


「じゃあ、理緒さんや黒江さんだと、どう?」


「もちろん……ん? おかしいな、特にムカムカしない」


「そっか。あすかちゃんは、力也さんの近くに自分以外の女の子がいるっていう状況が面白くないんだね」


 なんというか、上手いな、梢ちゃん……。


「そう……なのかもしれない」


 あすかも、割とすんなりうなずいているし。

 梢ちゃんは大きくうなずいてから、人差し指を立ててみせる。


「そういうのをね、人は『嫉妬』っていうんだよ? 自分だけを見てほしい、他の女の子と一緒にいてほしくない、もしかしたら、その女の子に力也さんをられちゃうかもって」


「嫉妬……」


 うつむき加減になってつぶやき、難しい表情になるあすか。


「でもそれは、すごく嫌なものなんじゃないか? みんなで仲良くしていられるのが一番だ」


「そうかもしれないね。わたしたちは、とっても醜い生き物なのかも。……でもそれは、受け入れるしかないんだよ。どんなに醜い願いでも、二人っきりになりたいっていう気持ちは、消えないものだから」


「二人っきり、か……」


「いま、きゅーって、した?」


「した! すごくした! なんだ!? 梢はエスパーなのか!?」


「エスパーなんかじゃないよ。いまのあすかちゃんと同じ状況に置かれたら、わたしもきっとそうなるだろうなって思っただけ」


「そうか……。そういえば、梢もこうなるって言ってたな。力也ではならないとも言ってたけど。つまり、梢は力也のことが好きじゃないのか?」


「異性としては、好きじゃないんだろうね。でもあすかちゃんは、異性として力也さんのことが好きなんじゃないかな? 恋っていうやつ」


「恋……。でも、あたしは――」


「と、いうわけでっ!」


 沈んだ表情になりかけたあすかの手を、梢ちゃんが思いっきり引っ張った。


「うわあっ!? なんだ梢!? 抜ける! 両腕が抜けるっ!」


「抜けないよ。ほら、そろそろ帰ろう。あんまり遅くなると、力也さんも美花さんも心配するよ?」


 くすくすと笑う梢ちゃんに腕を引かれ、あすかは立ち上がりながら「し、心配……?」とつぶやく。


「うん。だって力也さんも美花さんも、あすかちゃんのことが大好きなんだから。心配しないわけ、ないでしょ?」


「それは……。……って、わかった! わかったから手を引っ張るな! 抜けるっ!!」


 ぶんぶんと手を振り回すあすか。

 そこでようやく梢ちゃんは手を離した。

 なんか本当に、仲良し姉妹って感じだなあ。


「あと、力也さんにはともかく、美花さんにはちゃんと謝るようにね? あすかちゃん、とばっちり食らわせちゃったんだから」


「とばっちり……。そ、そうなのか。わかった、美花にはちゃんと謝る。でも、力也には――」


「力也さんには、別に謝らなくてもいいんじゃないかな。美花さんがくっついてきたときに、『くっつくな!』って強く拒絶しなかったんだから」


 え、いいのかな、それで……。

 同じことを思ったのか、あすかもきょとんとした顔で尋ねた。


「そ、そうなのか……?」


「そうだよ。だって、力也さんなら力ずくで美花さんを引っぺがすこともできたんだから。それをしなかったんだから、あすかちゃんにも怒る権利はあるって、わたしは思うんだ。

 だから、力也さんに対しては、ただ『もう怒ってない』ってだけ言ってあげればいいんじゃないかな」


「そうなのか……」


 それは、ちょっと力也が可哀想な気も……。

 でもまあ、それで済むのなら、いいのかな。

 力也だって、あすかに『もう怒ってない』って言われれば、とりあえずは安心するだろうし。

 でも、やっぱり微妙に釈然しゃくぜんとしないものもあるような気が……。


 そんな思考の無限ループに入り込みかけた僕に、声がかけられた。

 言うまでもなく、梢ちゃんのものだ。


「理緒さんも、そろそろ帰りましょう」


「あ、うん、そうだね」


 そうして、三人で公園を出る。

 すっかり夕陽が沈んでしまった、片山荘への帰り道。

 いつの間にかあすかと手を繋いでいた梢ちゃんが、言い含めるように彼女へと語りかけた。


「それと、あすかちゃん。仲直りできたら、自分の気持ちはちゃんと素直に伝えようね? 『好きです』って」


「しかし、梢。それは――」


「それを言えば、たぶん、あすかちゃんの中にあるムカムカって、消えると思うんだ」


「……ほ、本当かっ!?」


「うん、きっとね。だから、頑張ってみて」


「わ、わかった。……あたしは、力也のことが好きなんだな? その、異性として……」


「うん、そうなんだと思うよ?」


「そうか……そうか……」


 一度、二度と。

 あすかは、自分の気持ちを噛みしめるようにうなずく。


「あたしは、力也のことが好き。……異性として、好き」


 絶対の自信は持ててないようだったけど、つぶやくあすかの頬は赤く染まっていた。

 このぶんなら、恋をしているという証拠を挙げろと言われても、手鏡ひとつあれば充分そうだ。

 「それにしても」と僕は梢ちゃんに声をかける。


「あすかは、力也のどこを好きになったんだと思う? 梢ちゃん」


「え? そうですね……。こういうことには、理由なんてない気もしますけど……」


「そっか。なんにでも必然性を求めちゃうのは、創作する人間の悪い癖だね。ごめ――」


「あ、でも、もしかしたら……。理緒さん、あすかちゃんのお兄さんのことって聞いたことあります?」


「あすかのお兄さんのこと? うん、今日の昼に聞いたけど……そういえば、力也に似てるっぽかったね」


「やっぱり、理緒さんもそう思いました? わたし、もしかしたら、それなのかなって思って……」


 少しだけ表情を曇らせる梢ちゃん。

 話を聞いてはいたのか、そこにあすかが割り込んできた。


「確かに似てるな。そっくりだ。それが打ち解けるきっかけにはなったのかもしれない。でも、それがどうしたっていうんだ?」


 あすかは、お兄さんと力也を重ねて見ているのでは。

 梢ちゃんが言いたかったのは、そういうことなのだろう。

 その可能性は、確かにあるけれど……。


「梢? 理緒? おい、黙ってないでなんとか言え!」


「ごめんごめん、あすかちゃん。なんでもないよ」


「うん、なんでもない。あすかが心配するようなことは、なにもないから」


 すっかり明るくなったあすかの顔を見て。

 彼女を混乱させるようなら、わざわざ言うこともないかと僕は思う。

 だって、ようやく彼女が元気になったのだから。

 そもそも、恋愛なんて人の『心』の問題だ。

 梢ちゃんの言ったとおり、明確な理由なんて伴わないのが普通だろう。


 そう結論づけて。

 僕たち三人は、思ったよりも早く辿りついた片山荘の玄関をくぐったのだった――。

久しぶりの投稿となってしまいました。

楽しみに待っていてくださった方には申し訳ない限りです。


それはそれとして、ようやく事態改善の気配がしてきました。

そして、まさかまさかの梢大活躍!

あとは、あすかの謝罪と告白が上手くいけば万々歳なわけですが、果たして……?

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