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第二十六話 もつれた糸

 十月十三日の土曜日。

 先週と同じように、僕たちは演劇の練習のために登校していた。

 といっても、いまグラウンドにいる片山荘の住人は、僕と梢ちゃんとあすか、そして美花ちゃんの四人だけ。


 力也は、一緒には来なかった。

 それだけじゃない。朝食だって、僕が彼の部屋に持っていったのだ。

 昨日の夜のことを思えば、あすかと顔を合わせづらいであろうことは、想像にかたくなかったから。

 もっとも、あすかのほうも梢ちゃんが朝食を届けに行っていたから、朝食の席で二人が顔を合わせることは、間違ってもなかったわけなのだけれど。


 美花ちゃんは、いつもどおりだった。

 表向きは、本当にいつもどおりだった。

 いつもどおりの表情で、いつもどおりのテンションで、炊事場に顔を出した。

 でも、よくよく見ていれば、寂しげな色がその瞳に宿ることが、何度もあって……。


「あれ? 今日は佐野、来てないの?」


 そう訊いてきた深空ちゃんに、苦い笑みを浮かべて事情を説明したのは、美花ちゃんだった。

 その姿はまるで、せめてもの償いをしようとしているかのよう。


「う~ん……。まあ、もとから練習は自由参加ってことになってるからね。休んだからって責めるつもりはないわよ。実際、佐野は『ただそこにいるだけ』だったしね」


 そうなのだ。

 力也に演じる役はない。

 憶えなきゃいけないことはない。

 だから、いてもいなくても、どっちでもかまわない。

 客観的に見れば、そのはずなのに……。


「でも、なんていうんだろう。なんかもの足りないっていうか、張り合いがないっていうか、すごく大きなものが欠けちゃったような気がするのよね。……まあ、佐野って存在感だけは無駄にあるやつだから、それも当然なのかしら」


 どうやら、深空ちゃんも僕と同じことを感じたらしい。

 まるで、足をつける地面がなくなってしまったかのような錯覚。

 絶対に欠けてはいけないものが、欠けてしまったかのような感覚。

 どうしてここまで不安な気持ちになるのかは、僕にもよくわからないけれど――。



 ――それはむろん、力也が『均衡者バランサー』であるからに他ならぬ。



 不意に、フィアリスが以前言っていたことが頭に浮かんだ。


 『均衡者』。

 『世界』の均衡きんこうを保つ者。

 果たして、僕たちの『世界』とは、どこのことなのだろう。

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。

 もしかしたら、それは『力也が支えているところ』なんじゃないだろうかって。


 力也が支えている『世界』。

 そここそが僕たちの『世界』だというのなら。

 僕たちの『世界』は、片山荘のことに決まってる。

 演劇部の、この『活動風景』のことに決まってる。

 みんなが集まっているこのグラウンドが、僕たちの『世界』で。

 力也は、ずっとそこを支えてくれていたんだ。


 力也には、演じる役がない。

 力也には、ここにいる必然性がない。

 だから、それでも彼が部活に顔を出してくれていた理由なんてものは、ひとつしかないに決まってる。


 支えるために、ここにいてくれたんだ。

 どっしりと、動かずに、他のどこへいくこともなく。

 ただただ、僕たちと一緒にいることを、『この世界』の『はしら』になることを、選んでくれてたんだ。

 だから僕たちは、力也ひとりがいないだけで、こんなに大きな欠落感けつらくかんを覚えてしまっているんだ。

 

 ……いけない。

 不安にばかりなってちゃ、いけない。

 だって、僕は言ったんだから。

 大丈夫だからって、力になるからって、言ったんだから――。


 いつものとおりに練習メニューをこなしていき、僕がもっとも苦手としている腹筋運動に取りかかる。

 けれど、いつもあすかと組んでいた力也は、今日はいない。

 だからてっきり、梢ちゃんがあすかと組むものだとばかり思っていたのだけれど。


「理緒さん。わたしは美花さんと組みますので、あすかちゃんのこと、よろしくお願いします」


 そう頭を下げて、彼女は足早あしばやに美花ちゃんが待っているところに行ってしまった。

 もちろん、美花ちゃんにあすかの相手を頼むのは酷だろう。それはわかる。

 でも、だったら梢ちゃんがあすかと組んであげればいいんじゃ……。

 そこまで考えたところで、さっきの言葉に引っかかりを覚えた。

 梢ちゃんは、言外げんがいに『わたしには、元気づけられませんでしたから』と言っていたんじゃないかって。


 ――知らないうちに、支えてもらっていた僕たち。

 片山荘でも学園でも、いつだって隣にいてくれた力也。

 僕は、そんな彼の親友に相応ふさわしい自分になりたいと思った。

 とても繊細せんさいで傷つきやすい心を持っていた親友を、今度は僕が支えたいと、心から思った。

 だから、僕は――。


「あすかーっ! 梢ちゃんは美花ちゃんと組むんだってさーっ!」


 離れたところにいた彼女に、大きな声で呼びかけた。

 それにビクッと身体を震わせるあすか。

 ぼんやりとしていた理由は、もちろん察しがつくけれど。

 僕は彼女のところまで駆けていき、


「だから、今日は僕と組もう? いい?」


「あ、ああ。わかった……」


 そして、僕はごろりと寝転がる。

 あすかに先にやらせて、補助する体力すらなくなっちゃったら困るから。


「――ゅうにっ! 四十……三っ! ……ふう、こんなもん、かな……」


 今日の記録は、四十三回。

 こなせる回数は、取り組むたびに増えている。

 対するあすかは、十八回。

 今日は息が上がったところでやめたから二十を超えなかったけれど、おそらくはもう、彼女だって二十回はできるようになっているはずだ。


 それにしても、今回は精神的に楽だった。

 腹筋を終えて息を整えているあすかを、横目で見ながらそう思う。

 彼女は、片山荘の住人の中で一番、身体的な発育にとぼしいから。

 まあ、力也は美花ちゃん相手でも煩悩ぼんのうめいたものをまったく見せていなかったわけだけど。


 さて、体力のない人間同士が組むと、どうしたって待ち時間というものができてしまう。

 事実、梢ちゃんと美花ちゃんのほうは、まだ全然終わりそうな気配がない。

 きっと普通なら、こんな時間は退屈なだけなのだろう。

 けれど、いまの僕たちには違った。

 こんな時間が、必要だった。


「……なあ、理緒」


 ようやく落ちついたあすかが、小さく声をかけてくる。

 僕は無言で首を傾げることで、返事に代えた。


「昨日あれから、力也と美花はどんな感じだった? 梢は『真に受けてないだろうから大丈夫』って言ってたけど……」


 ものすごく真に受けて、傷ついていた。

 涙すら、流していた。

 少なくとも、力也のほうは。

 でも、そう口にするのはためらわれた。


「美花ちゃんは……まあ、ちょっとへこんでたけど、大丈夫といえるかな。でも、力也のほうは……。ねえ、あすかはどう思ってる? 力也は強いから大丈夫だろうって思ってる?」


「……思ってない。外れてるかもしれないけど、すごく傷ついてるんじゃないかって。朝にあたしがしたように、ご飯を食べにも来なかったんじゃないかって……。あいつ、変なところで弱いから……」


 どれも的中していた。

 当たり前か。力也とのつきあいは、あすかのほうが長いんだから。


「なあ、どうすればいいと思う? 理緒。どうすれば、仲直りできると思う? あたしは、力也に酷いことを言った。梢は『勢いで言っちゃっただけなんだから』って言ってくれたけど、あたしは知ってる。勢いで言ったことは、すごく本音に近いんだって……。だから、あたしは本当に力也のことが大嫌いなんだ……」


 そんなことはないよ、と言っても、いまのあすかには届かないだろう。

 彼女の『大嫌い』は間違いなく嫉妬しっとの感情から出たものだけれど、その感情をあすか自身が理解できていないのなら、口先だけの否定に意味はない。

 だから僕は、つとめて静かに問いを重ねることにする。


「本当に嫌いになっちゃったんだ? 力也のこと」


「わからない……! もう、頭の中がぐちゃぐちゃなんだ……!」


 返ってきたのは、涙声。

 体育座りになって、あすかは額を膝につける。

 まるで、僕の問いかけを拒絶するかのように。

 でも、僕は続ける。

 きっと、このことがあすかの頭の中をぐちゃぐちゃにしているのだろうと思ったから。


「それで、あすかと同じように、力也もあすかのことを嫌いになっちゃったと思ってるの?」


「……ひぅっ!?」


 驚いたような、しゃくりあげたような声だった。

 目を見開いたのが、顔を見なくてもわかるリアクション。

 僕もまた、あすかの隣に膝を抱えて座る。

 もしも事態がいま以上に悪くなったら、という不安と恐れを、胸の奥底に仕舞いこみながら。


「もし、そう思ってるのなら……それはないよ。それだけはない。力也はあすかのことが好きだよ、絶対に。少なくとも、友達としては」


 友達としてじゃ嫌なんだ、という言葉が返ってきたらどうしよう、という思いはあった。

 けれど、これは伝えておかなきゃいけないことだと思ったから、僕は敢えて口にした。


 もしも、力也があすかを嫌っていたら、あんなに大泣きするはずがないんだ。

 だから、力也の気持ちだけは、力也があすかを大切に思っていることだけは、断言できる。

 もちろんそれは、友達として、なのだろうけど。


「あすかはどう? あすかは力也のことが嫌い? さっき『勢いで言ったことは、すごく本音に近い』って言ってたけどさ、それって逆に言えば、本音じゃない場合もあるってことだよね? いま現在のあすかは、力也のことをどう思ってるの?」


「……嫌いじゃ、ない」


 だったら好き? なんて二択を突きつけるようなことはしない。

 それは、あすかを追いつめてしまう質問であるはずだから。


「じゃあ、力也に謝れそう? 頭に血がのぼっていたから大嫌いって言っちゃっただけで、本当は嫌いだなんて思ってないって、素直に謝れそう?」


「……それは、たぶんできない。力也を見たら、またムカムカしてしまうと思う。だって、最近ずっとそうだったから……」


「でも、力也に嫌われたくはないんだよね? あすかは」


 できるだけ優しく問いかけた僕に、彼女は額を膝にこすりつけるように頭を揺らす。


「それは嫌だ。絶対に、嫌だ……! けど、あたしが力也のことを嫌ってるのに、あたしのことは嫌わないでほしいだなんて、そんなの……!」


 勝手すぎる、と言いたいのだろうか。

 けど、あすかは大前提を間違えている。

 力也を見て心がざわつく本当の理由に、気づけないでいる。

 だから、僕はそこをただしにかかった。

 そうしないと、力也とあすかという二本の糸は、ずっと、もつれたままになってしまうだろうから。


「ねえ、あすか。その『力也を見てるとムカムカする』っていうのはさ、本当に『嫌い』っていう感情からきているのかな? それ以外のところからきてるってことは、ないのかな?」


 返ってきたのは、ぐすっと鼻をすする音。

 昨夜の力也のそれとは違う、すすり泣き。


「……たとえば、他になにがあるんだ? 理緒は、それを知ってるっていうのか?」


「うん、これは僕の想像にしかすぎないんだけど、そのムカムカは、『嫌い』とは正反対のところから生まれてるんじゃないかなって」


「正反対? でもあたしは、ずっと力也のことが好きだった。いい友達だって、思ってた。だけど、こんな気持ちになったことは、一度も……」


「そこだよ。あすかの抱いてる感情はさ、きっと『友達』に向けるものじゃないんだよ。心当たりはあるよね? あすかだって、僕からマンガを借りたりはしてるんだから」


 僕が持っている本は小説から実用書、少年マンガに少女マンガと多岐たきに渡る。

 だから、あすかが『恋をしたときの苦しさ』の存在を知らないなんてことは、ないはずなのだ。


「ああいうのと、同じだっていうのか? あたしの、このムカムカは……」


「うん、きっとそうなんだと思う。――『恋心』っていうものなんだと、僕は思う」


「こい、ごころ……?」


 顔をあげ、涙に濡れた瞳を向けてくるあすか。

 その表情を見て、僕はお腹に力を込めた。

 気合いを――入れた。

 昨夜、美花ちゃんが失敗したのと、同じ場所。

 僕はいま、そこに立っている――。


 ――と。

 どこかで、スイッチの入る音が響いた気がした。

 カチリという、軽い音。


 やがて、あすかが口を開く。

 ただ録音された内容を、機械的に繰り返すように。


「……それはない。だって、それはあたしがやるべきことじゃない。あたしに課せられた役割は、『大いなる善』を手に入れることだけだ。人を好きになるのは、兄貴がすることだ……」


 はた目には、失敗に映るだろうか。

 不用意に彼女の心に踏み込んだと、思われるだろうか。

 でも、これは失敗じゃないはずだ。

 彼女がいずれ、なんとかしなきゃいけない壁。

 それを乗り越えるときが、あるいは、壊すときがきた。

 ただ、それだけのことであるはずだ。


「昨日の夜も、そんなことを言ってたよね、あすか」


 だから、僕は口を開いた。

 退きさがらずに。

 目を逸らさずに。

 見て見ぬふりを、せずに。


「人を好きになることを、望まれてないって。そんなことは、教わってないって」


 もちろん、恐れはある。

 決定的な『なにか』を壊してしまうのでは、という恐怖はある。

 隣に力也がいてくれれば、どんなに心強いだろうという気持ちだって、ある。

 でも、いま僕の隣にいてくれる人はいない。

 だから、僕がやらなきゃ。

 僕がひとりで、やらなきゃ。

 あすかの中にある『ゆがみ』を理解し、『それは違うよ』って言わなくちゃ。


「人を好きになるなって言ったのは、あすかが『兄貴』って呼んでいる、あすかのお兄さん?」


 僕の問いかけに、あすかはふるふると首を横に振る。

 それに合わせて大きく揺れるポニーテール。


「違う、兄貴じゃない。親父だ。『お前は『大いなる善』を手に入れることだけを考えろ。そのことだけを憶えていろ。それ以外のことを考える必要はない。生きていくうえで必要なものは、すべて与える。だから要らない行動はするな。不要な思考は持つな。他人に思い入れることも、子孫を残すことも、善悪の判断すらも余計だ。ただ『大いなる善』を手に入れさえすれば、お前の存在意義は果たされる』って」


「なに、それ……」


 あすかの声は、あまりにも平坦へいたんなものだった。

 そして彼女の口からスラスラと出てきた言葉に、僕は思わず声を震わせてしまう。

 覚えた感情は、憤りだろうか。

 それとも、悲しみ?

 どちらにせよ、そんなことを実の娘に言う父親がいるなんて、にわかには信じられなかった。

 いや、待てよ……。


「あすか、その人は本当にあすかのお父さんなんだよね? その人に引き取られて育ててもらった、とかじゃなくて」


「ああ、ちゃんと血の繋がってる、あたしの親父だ。だからあたしは、『大いなる善』を手に入れることを課せられたんだ」


「『だから』……? あ、ああ、肉親じゃないと持ち逃げされるかもしれないから、みたいな意味?」


 頭の整理が追いつかないまま訊いた僕に、涙を拭い終えたあすかが平然と返してくる。


「そんなところだ。――『大いなる善』は、この『世界』を救うために絶対に必要とされるもの。遥か昔に失われた魔術や、『世界』に希望をもたらす『希術きじゅつ』を発動させるための、エネルギー源。それは人間ひとの手には余るもの。天王寺グループが手に入れ、管理し、正しく運用しなければならない。そう、あたしは何度も教えられた」


 魔術。

 そして、『希術』。

 それらは『スペリオルシリーズ』に出てくる『設定』だ。

 特に後者は、本当に『スペリオルシリーズ』の中にしか出てこない、独特の『設定』。


 要するに、フィクション。

 フィアリスの一件で、少し疑わしくはなってきているけど、それでも一応はフィクション。

 なのにその『設定』が、ここにきて、また現実にリンクしてきた。

 よりにもよって、小説である『スペリオルシリーズ』を読むことは、絶対にないと思われる、あすかの言葉によって。


 いや、そもそも。

 『大いなる善』や『天王寺グループ』っていうのは、結局のところなんなのだろう。

 『天王寺グループ』のことは、まだわかる。

 日本に数多くある財閥ざいばつやグループの中でも、特に大きい企業。

 ともすれば、日本の頂点に君臨くんりんしているともささやかれているグループ。

 それが『天王寺グループ』だ。


 あすかの苗字みょうじは、天王寺。

 そこから『天王寺グループ』を連想することは簡単だろう。

 それをほのめかすような会話が、いままでに一度もなかったというわけでもないし。


 でも、それを理由に彼女を持ち上げたり、機嫌をとったりする人は、片山荘にはいなかった。

 だから僕も、あすかは名のある家の令嬢れいじょうなのでは、と勘ぐることはせずにいた。

 『天王寺グループ』とは完全に切り離し、『天王寺あすか』というひとりの少女として接していた。

 けれど、それとこれとは話が別だ。


 なんで『天王寺グループ』は――あすかのお父さんは、『大いなる善』なんてものを求めてるんだ?

 あすかは『魔術や『希術』を発動させるためのエネルギー源』と言ったけれど、そんなもの、現実にあるわけがない。

 一大財閥の会長が『手に入れてこい』と娘を送り込むだなんて、ありえない。


 でも、本当にそう言い切れるだろうか。

 フィアリスは昨日、『記憶操作』なんていう魔法めいたことをやってみせた。

 それを見た僕が、『希術』が存在する可能性を頭から否定するなんて、できるわけがない。

 それに、否定したところで、なにかが変わるわけでもない。


「ええと、あすかの言うことを頭から信じるとすれば、あすかのお父さんは、世界を平和にするために『大いなる善』っていうものを欲しがっていて、それを手に入れるために、あすかを片山荘に入居させた……ってこと?」


「世界を平和にするためかどうかは知らないが、まあ、そんなところだ。他の財閥――特に、天王寺を除く他の四大財閥には絶対に渡したくないらしい」


「他の、四大財閥?」


「なんだ、知らないのか? 西園寺さいおんじグループ、神崎かんざきグループ、笹山ささやま財閥の三つだ。これに天王寺グループを加えて、四大財閥と呼ばれてるんだ」


「グループが三つに、財閥がひとつ。それなのに、呼ばれ方は『四大財閥』なんだ……」


「そのあたりのことは、あたしにもよくわからない。一度だけ、家庭教師の先生に尋ねたことはあるんだが、憶える必要はないって言われたから」


 その言葉に、やっぱり引っかかりを覚えてしまう。

 天王寺グループの人間は、あすかを『ひとりの人間』として扱っていないんじゃないかって。

 どうしても、そう思えてしまうから。


「あすかはさ、現状に不満はないの? 前に言ってたことがあったよね? 『そんなの知ったことじゃない』って。『あたしはあたし、天王寺グループは天王寺グループだ』って」


「……ああ、言った覚えがあるな」


「でも、話を聞けば聞くほど思うんだ。あすかは天王寺グループに――そこで教えられたことに、縛られてるって。全然、『知ったことじゃない』の一言で突き放せていないって」


「それは……しょうがないだろう。片山荘に住むようになるまでは、親父と家庭教師の先生に教えてもらっていたことだけが、あたしの知る『すべて』だったんだから」


「その『すべて』っていうの、聞かせてもらってもいいかな? あすか」


 『大いなる善』や『希術』とはなんなのかを、知るために。

 あすかに課せられていることが、どういったものであるのかを、知るために。

 そして、なにより。

 きっと間違っているであろう、あすかにほどこされた教育を、否定するために。


 ややあって、あすかが戸惑ったように「わ、わかった……」とうなずく。

 どうやら、僕の瞳はかなり真剣なものになっていたらしい。それこそ、有無を言わさないくらいに。


 そして、少女は語り始める。

 現在に至るまでの、『天王寺あすか』の物語を。

 不自由などなにひとつない、けれど、それだけに悲しいと感じてしまう、彼女の過去を――。

力也のために、というところから始まった理緒の行動。

それが徐々に『あすかのため』にシフトしてきました。

ここまでくると、『二人のために』って感じでもありますね(笑)。


しかし次話が、まだ一文字たりとも書けていません。

もちろん、構想は頭の中にあるのですが、どうにも文章にしづらいというか、なんというか。

『大いなる善』や『希術』を始めとした、『スペリオルシリーズ』の内容も少しだけ関わってくるので、整合性をとるのに苦労している部分もあるのですよね(苦笑)。


あとは……いま考えている『理緒とあすかの視点から、『あすかの過去』という同じ物語を二回やる』という手法は果たして上手くいくのかな、とか(汗)。


先行き不透明で、かなり不安でもありますが、この先の展開も楽しみにしていただけると嬉しいです。

それでは。

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