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彩桜学園物語~在りし日の思い出~  作者: ルーラー
フィアリスフォール編
25/29

第二十四話 ■■■■ブレイカー

 とても長く感じられた一夜が明け、十月十二日の金曜日。

 放課後になり、僕は第二演劇部の部室へと向かっていた。

 もちろん、僕ひとりで、ではない。美花ちゃんを除いたいつもの面々に、今日はフィアリスも加えて、だ。


 ぞろぞろと五人で廊下を進むこと数分。

 辿りついた部室のドアに、僕は無造作に手をかける。

 そして、ガラガラと横に引くと同時。


「いよっ! 待ってたよ! 立川くん!!」


 かつてないほどのハイテンションな声が室内から飛んできて、僕は思わず一歩退がってしまった。

 声のぬしが誰なのかなんて、そんなの確かめるまでもない。

 この部室のあるじである第二演劇部の部長にして、ブレザータイプの制服がよく似合う快活少女、高等部三年生の施羽深空ちゃんだ。

 彼女の活き活きとした笑顔に理由もなく嫌な予感を覚え、僕は短く問いかける。


「……なに?」


「いや、それはアタシのセリフなんじゃないかなーって思ってみたり、みなかったり……。というかさ、なんでそんなに警戒してんのよ? まだなにも言ってないじゃない」


「『まだなにも』ってことは、なにかを言うつもりではいるんだね……?」


「うっ……、それは、えと……ノーコメント、ということで……」


 なぜだろう、引きつった笑みを浮かべる深空ちゃんを見て、一刻も早くこの場から逃げだしたほうがいいのでは、なんて考えが頭によぎってしまった。


「ああもう! とにかく入った入った! そして早く席に座った座った! 昨日、帰ってからいいアイデアが思い浮かんだんだからさ!」


「うわあ、なんかもう、本当に嫌な予感しかしない……」


 それでもみんなと一緒に室内に入り、大人しくイスに腰かける。

 それにしても、今日は異常なほどテンションが高いな、深空ちゃん。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるその度に、先のほうで二つにくくられている黒髪が、勢いよく揺れてもいるし。

 これは、よほどいい案が降りてきたとみた。……もちろん、彼女の主観においては、なのだろうけど。


 「それで」と口を開こうとした瞬間、僕たちを除く室内のすべての人間がざわめいた。

 その視線はどれも、イスに座ったセーラー服姿の小柄な少女――フィアリスに向けられている。


「あの、外国の方……ですか?」


 最初にそう尋ねてきたのは、セーラー服に身を包んだ高等部一年生の少女、西川にしかわ詩織しおりちゃんだった。


「銀の髪に赤い瞳……! アルビノ、という人種なんですかね!?」


 しかも答えが返ってくる前に、肩の辺りで綺麗に切り揃えられている髪を揺らし、同じくセーラー服を着ている演劇部の副部長――国本くにもと美鈴みすずちゃんに向いてしまう。

 まあ、銀髪に赤い目の女の子なんて珍しいだろうから、興奮してしまうのも無理はないか。

 フィアリスは中等部の一年生だから、高等部に通っている彼女たちじゃ、まず接点なんて持てないだろうし。

 事実、高等部の二年生であるクールな美鈴ちゃんも、興味深そうに黒いポニーテールを動かしていた。


「そうかもしれないな。もっとも、『銀髪で赤目の人間』と『アルビノ』は、必ずしもイコールで結びつけられるものではない、と聞いたこともあるが」


「そうなんですか。……実は以前から思っていたことなのですが、副部長って、物知りなのかそうでないのか、ちょっと判断に困る人ですよね」


 うわあ。詩織ちゃんがなにげに毒をいてるよ……。

 美鈴ちゃんは「放っておけ」と顔を背けちゃうし。……あれ? でもなんか、苦笑してる? しかも、ちょっとだけ嬉しそう!?

 期せずしてなごやかになる、部室の雰囲気。

 しかし、それを壊すかのようにイスから立ち上がる人間がいた。


「なるほど。なかなかに居心地のいい場所じゃな、ここは。しかし、このような寸劇はここまでにしてもらおうか、施羽深空。――いな、『支配者ルーラー』の手先、施羽深空の『偽者にせもの』よ」


 立ち上がったのが誰なのか、なんてことは言うまでもない。

 セーラー服を身にまとった銀色の髪の少女は、指先にまで鋭気えいきをみなぎらせ、言葉を紡ぐ。


「『仮面』とは、読んで字のごとく『かり』の『かお』のことじゃ。ゆえに、『本質』を見抜かれればむなしくがれ、地に落ちる。――さあ、お主の『本質』はなんじゃ? 『支配者』に『施羽深空』の『仮面』をつけさせられた、ただの『学園』の一生徒か? それとも、『支配者』が『施羽深空』を模倣もほうして創りだした、中身の無い『虚像きょぞう』か?」


「あのさ、なにを言って……?」


 発せられた戸惑いの声は、もちろん深空ちゃんのもの。

 無理もない。今日突然やってきた、もの珍しい銀髪の少女に、名指しで意味不明なことを言われているのだ。

 これじゃ、困惑するなというほうが無理だろう。

 しかし、そんな彼女にフィアリスはなおも続けた。


「自覚はない、か? じゃが、てみるがよい。己の内側を。少なくとも、お主という存在が『残滓ざんし』であるということだけはわかるはず」


「残滓? ……あ、れ?」


「気づいたか。さあ、見つめよ。お主という存在の『始まり』を。もはや『仮面』は剥がれ、地に落ちた。ゆえに、いまのお主はきだしの『個』。別の目的を持って生きていた、あるいは、なんらかの目的のためだけに創られた、『施羽深空』ではない『別の何者か』に戻ったはずじゃ」


「アタシは……アタシ、は……」


 深空ちゃんの口から漏れる、虚ろな声。

 それにフィアリスは、まるで死刑宣告でもするかのような厳しい声で、


「――告げる。『施羽深空の偽者』よ。お主という人格は、ここで終われ」


「終わ、れ……? それって、退場しろって……こと? ここから……この、舞台から……」


「そうじゃ。そしてお主の正体が、ただの『学園』の一生徒であるならば。大人しく、そのせいを返してやれ。本来、そのせいを使うはずであった、本当の持ち主に」


「できない……。そんなの、いない……」


 彼女の、その短い返答に。

 銀髪の少女は鋭く両の目を細め……言った。


「ならば、このまま大人しく消えるがよい。『支配者』の手先を野放しにしておくなど、わしらにはとてもできぬのでな」


「それも、できない……。だって、だって……!」


 漏れる声に、力が戻る。

 それに狼狽ろうばいの表情を浮かべるのは、今度はフィアリスのほうだった。


「なぜ、消滅せぬ……? 中身の無いモノが『仮面』を剥がされれば、そこには残るものなど、なにも……」


 険しい表情でつぶやく少女に、深空ちゃんは確かな意志の宿った瞳を向けて。

 弱々しくも……強く、叫んだ。


「だって、『偽者』でも……『アタシ』は確かに、間違いなく……『施羽深空』、なんだからっ……!」


 その心からの叫びに、フィアリスは大きく目を見開く。

 かまわずに、振り絞るようにして続ける深空ちゃん。


「だから……絶対に、降りてなんかやらない……! 降りるなんて、できない……! 『ここ』から退場するなんて、絶対にっ……!!」


「これはっ……! ……そうか。どうやら、今回のことはわしの思い違いじゃったようじゃな……」


 弱々しく眉を下げ、パチンと何度か連続で指を鳴らすフィアリス。

 すると、僕と力也を除く全員のまぶたが唐突に落ち、うなだれてしまった。

 ――これは、一体……?


「心配するでない、理緒。それと力也。いまのは催眠さいみん技法ぎほうの一種じゃ」


「そんなことが、できるものなの……?」


「ここでなら、な。ここは……この『学園』は、わしの紡いだ『神性聖結界しんせいせいけっかい』の内側じゃからして。……しかし、参ったのう。施羽深空は確かに『偽者』ではあるのじゃが、どうやら、『偽者』なりに『本物』でもあったらしい」


「それって……つまりは、どういうこと?」


「簡潔にまとめると、じゃ。施羽深空は『支配者』の手先ではなかった。わしらにとっても『学園』にとっても危険な存在ではなかった、ということじゃな」


 肩をすくめてみせるフィアリスに、今度は力也が問いかける。


「じゃあよ、いまやったことはなんだったんだ? なんか、責めてるみてえだったが……」


「失礼な。問いつめておっただけじゃ。この娘の『本質』が、本当に『施羽深空』という人間の人格なのかを、な」


「その割には、なんかすげえ怒ってなかったか?」


「……まあ、少々感情的になっておったことは認めよう。ともあれ、施羽深空は『安全』じゃ。それがわかっただけでも、今回はよしとしようではないか。

 さて、ではそろそろ皆の目を覚まさせるぞ? ついでにいままでの問答もんどうの記憶も消すのでの、これといった問題は起こらんはずじゃ。……じゃからほれ、理緒も力也もはよう席に戻れ。でないと、皆が目覚めたときに要らぬ混乱を招くことになるぞ?」


 フィアリスに促され、よくわからないままに僕と力也は席につく。……というか、いつの間にか立ち上がっちゃってたんだな、僕たち。


「さて、と」


 彼女も席に戻り、再び何度か指を鳴らす。

 ややあって、部室にいる全員が瞼を持ちあげた。

 けれど、それに怪訝な表情を浮かべている人はひとりもいない。

 不気味なほど、みんなはすぐに『いつもどおり』の状態に戻ってしまった。

 どうやら、自分たちがなぜ『瞼を持ちあげる』という行為をしたのか、という疑問すら頭には浮かんでいないようだった。

 と、そこでふと気づく。


 ――フィアリスの外見のことで騒ぐ人が、ひとりもいなくなってる……?


 もしかして、フィアリスの容姿が『当たり前のもの』として受け入れられるよう、みんなの認識――あるいは常識を改変してしまったのだろうか?

 僕が勝手に想像したことでしかないわけだけど、現状と照らし合わせると、なんか本当にやってそうで、ちょっと怖いな……。

 そんなことを思いながら力也と顔を見合わせていると、いつものように深空ちゃんが「さて!」と手を鳴らした。


「じゃあ、立川くんたちが来る前に、『あとでのお楽しみ』って言ってたアタシのアイデア、いよいよ発表するよ!」


 そういえば言ってたね、そんなこと! 僕たちが部室に来てからすぐに!

 フィアリスがやったことのインパクトが強すぎて、すっかり忘れてたけどさ!!


「アタシの思いついた、『この劇に足りないなにか』を補うアイデア……それはずばり! 主人公とヒロインのキスシーン!!」


 しかも、やっぱり当たっちゃったよ、僕の嫌な予感……。

 愕然としながら、僕は反射的に梢ちゃんのほうに顔を向けた。

 そして、似たような表情を浮かべている彼女と、バッチリと目が合ってしまう。

 お互い、声は出していない。

 というか、出すことができなかった。

 顔を見合わせたまま硬直する僕たちを見て、一体なにを思ったのか、深空ちゃんは「おっ?」と意外そうな声を出す。


「まさか、反対意見なし? 喜ばしいことだけど、正直、これは意外――」


「そんなわけないでしょ!」


 衝撃からようやく立ちなおり、僕は彼女の言葉を大きな声でさえぎった。


「劇でキスとか、一体なにを考えてるのさ!? 何度も言うようだけど、僕、恋愛関連のことは本当にタブーで――」


「なに? 理緒には、そのようなタブーがあったのか?」


 ぱちくりと瞬きをしながら口を挟んできたのはフィアリス。


「……ふむ、あれか。十年ほど前にあったあの一件が、トラウマにでもなっておるのか。しかし、別にしてやってもよいではないか、接吻せっぷんくらい。なにか減るものがあるわけでもなし」


「いや、全然よくないよ! 他人ひとごとだから軽く言えちゃうんだよ、フィアリスは!」


 そう、フィアリスからしてみれば、しょせんは他人事だ。

 当事者からしてみれば、たまったものじゃない。

 だから僕は、『よくぞ言ってくれた!』とでも言いたげな深空ちゃんを無視し、もうひとりの当事者である梢ちゃんに同意を求めた。


「梢ちゃんは嫌だよね!? 劇で、その……き、キスする、とか……!」


「……えっ!? あ、えと、その、あの……」


 途端、顔を真っ赤にしてうつむく梢ちゃん。

 ほら、やっぱりものすごく嫌そうだ!


「その……人前でするのは、かなり、恥ずかしいですよ、ね……」


 控えめな彼女らしい、やんわりとした口調ではあったけれど、それは聞き間違えようのない『拒否』の言葉。

 僕はそれに勢いよくうなずいて、


「だよね! だから深空ちゃん、その案はなしの方向で!」


「ええ~っ!? せっかく、いいアイデアが浮かんだと思ったのに……」


「全然いいアイデアじゃないからさ!」


「う~ん、けど……。お二人さん、ここはひとつ、『たかが劇』と割りきって――」


「さすがに今回ばかりは割りきれないから! というか、もういい加減食いさがってくるのやめてよ!!」


 梢ちゃんとキスとか、想像しただけで……その、額やら背筋やらに脂汗あぶらあせが浮かんでくるんだから……!


「でもさあ……」


「今回ばかりは諦めてよ! 本当に!!」


「アタシは別に、実際にキ――」


 と、そこで。

 ガラガラという音が僕の耳に飛び込んできた。


「悪い! 遅れた!!」


 部室の入り口に目を向ければ、そこには学ランを着込んだ隆士たかしくんが息を切らして立っている。……そういえば、今日はまだ来てなかったっけ。

 彼はフィアリスの姿を認めるやいなや「うおっ! なんだその、外人か!?」と大声を出した。まあ、反応としては当然の部類に入るものなわけだけど。

 それに返したのは深空ちゃんだ。


「なに騒いでるのよ、山本。まるで、もの珍しいものでも見たかのように……」


「おいこら、ちょっと待て! お前に呆れられると、ちょっとイラッとくるものがあるぞ!? 大体、もの珍しいだろ! 銀髪に赤い目の女の子なんて!」


「まあ、昨日初めて見たときには、さすがのアタシも確かに驚いたけどさ。でも、フィアリスが部室に来たのはこれが二度目だし、いい加減に慣れるって」


「二度目? 部室に? というか、フィアリス……? ……どういうことだ?」


 頭を抱え、混乱の極みに陥る隆士くん。

 ……なんだろう、なんかすごく既視感デジャ・ビュを覚えてしまう。

 あれだ、フィアリスに嘘の記憶を吹き込まれた昨夜の僕と、反応の仕方がよく似ているんだ。

 顔をしかめる隆士くんに、今度は詩織ちゃんが口を開いた。


「どういうことって……憶えていらっしゃらないんですか? 昨日、フィアリスさんは立川先輩たちを迎えにやってきて、そのときに部長が『見学だけでもいいから、明日も来てくれ』って、やや強引に約束をとりつけていたじゃないですか。……そのとき、山本やまもと先輩も部室にいらっしゃいましたよね?」


「いや、『いらっしゃいましたよね?』と言われてもだな……。あれ? 俺の頭のほうがどうかしちまったのか? そんな記憶は全然……」


 困惑しきりな彼の様子に、まさかと思って、僕はフィアリスのほうに目をやった。

 そして、小声でつぶやくように、


「あのさ、フィアリス。さっき『催眠技法』とかいうのをやったときに、詩織ちゃんが言ったような『偽物の記憶』を植えつけたりした?」


 そうでなければ、こんな状況にはならないはずだ。

 なにしろ、僕と力也を除く全員が、深空ちゃんと詩織ちゃんの言うことを肯定するように、うなずいているのだから。

 しかし、隣の席に座るフィアリスから返ってくる言葉はなく。


「あの、フィアリス……?」


 彼女はただ、驚愕に目を見開いていた。

 同時に、わなわなと唇を震わせても……いた。


「――の紋章エムブレム、じゃと……?」


 やがて、かすれた声がフィアリスの口から漏れ出る。

 彼女の視線は、隆士くんの右手のこうに。

 注意深く見てみれば、黒いアザが認められる、彼の右の手の甲に。

 彼女は静かに席を立ち、つかつかと隆士くんの前まで歩み寄る。


「――お主、『山本』と呼ばれておったな。名は『隆士』で相違そういないか?」


 彼に向けた瞳に宿っているものは、間違えようのない警戒の色。

 声音からも、彼を敵視しているのが容易にわかる。


 部員たちがざわめいた。

 しかし、それをフィアリスは、例の『指鳴らし』ひとつで収めてしまう。

 そして返答を促すように、隆士くんを鋭く見据えた。

 気圧されたように、彼は答える。


「あ、ああ……。確かに、俺は隆士って名前だけど、それが、一体なんだって――」


「そうか。やはりお主は、あの・・山本隆士か。『聖蒼王の紋章スペリオル・エムブレム』を持つ、『世界破壊者ワールドブレイカー』。……理緒、お主の口から山本隆士のことを聞くことはなかったが、こやつはいま、一体どんな立ち位置におる?」


 刃物を連想させるような視線を向けられ、僕は一瞬、言葉に詰まった。

 けれど、なんとか耐えて声を絞り出す。


「立ち位置……? えっと、なにをしたのか、ということ……?」


「そうじゃ。この時代――否、この世界において、山本隆士はなにを成し、また、成そうとしておるのか。それが知りたい」


 少しだけ、彼女から発せられる圧力が弱まった。

 僕はそれに胸を撫でおろす。


「なにを成そうとしているのかっていうのは、わからないけど。隆士くんは、深空ちゃんに『スペリオルシリーズ』を貸してあげた人だよ?」


 返答に、フィアリスはピクリと眉を跳ねあげて、


「なんじゃと? あれは施羽深空が自ら手に入れたものではなかったのか?」


「うん。隆士くんが深空ちゃんに勧めて、貸したって聞いた。それで、深空ちゃんは『スペリオルシリーズ』に影響を受けたって」


「……なるほど。なら、施羽深空が『支配者』の手先ではなかったのも道理じゃな。そして……」


 再び、その眼力がんりきを強め。

 フィアリスは、顔面がんめん蒼白そうはくになっている隆士くんのほうへと向きなおる。


「そして、お主が『世界破壊者』である以上、意図してのことではないにせよ、施羽深空に『スペリオルシリーズ』を貸し、結果的に『支配者』の手助けをしてしもうておるのも、また道理。……のう? 災いをぶ者よ」


 それは、明らかな侮辱の言葉。

 けれど、隆士くんは動かない。

 いや、きっと。

 僕や力也と同じで、足がすくんで動けないのだろう。


「それにしても、『支配者』の尻尾は掴めずに終わるわ、『世界破壊者』を『学園』の中で発見するわ……。今日という日は、まったくもって厄日やくびじゃな」


 嘆息して、プレッシャーを霧散させるフィアリス。

 その背中に僕は問いかけた。


「あのさ、フィアリス。さっきから言ってる『世界破壊者』って、なに……? 昨日の夜にも、そんなことは言ってたけど……」


 長い銀色の髪をひるがえし、少女が僕のほうを向く。


「ふむ、そういえば説明しておらんかったか。まあ、読んで字のごとくなのじゃがな。『世界破壊者』とは、『世界を破壊する者』のことじゃよ。

 この第三階層世界――『物質界』のみならず、第六階層世界――あと少しで『神格』を得ようとしておる者や、ようやく『神格』を得たばかりの者の住まう世界まで滅ぼしてしまう、もしくは滅ぼす『きっかけ』を作ってしまう者のこと。それゆえに、『世界』から強制的な退場を望まれる者のことじゃ」


 なんて非現実的な話だろうか。

 でも、フィアリスの瞳に宿る真剣な色が、『これが真実なのだ』と語っていた。


「もっとも、『世界破壊者』にも二通りのり方があっての。『世界』から退場を望まれる者もおれば、『世界』に『寿命』と認識されて、やむなく滞在を許されている者もおるのじゃ。

 そして、『世界破壊者』でありながら、安穏あんのんと日々を送っておると思われるこやつは……まあ、間違いなく後者じゃろうな。

 とはいえ、『世界破壊者』であるという事実にも変わりはない。危険な存在ではあるのじゃ。――現に、隆士よ。お主は世界の危機を、滅びを、常に心のどこかで望んでおるじゃろう?」


 いきなり話の矛先を向けられ、隆士くんは目を白黒させる。

 けれど、彼は僕よりもずっと精神的に強いのか、少しだけ視線をさ迷わせながらも答えてみせた。


「まあ、否定は……できないな」


 その言葉に、力也が眉をひそめる。

 僕の表情も、きっと訝しげにゆがんでいたことだろう。

 そんな僕たちを見てか、隆士くんは言葉を足した。


「いや、もちろん正確には、『地震でもいいし、戦争が始まるのでもいい。いっそ隕石が落ちてくるっていうのでもかまわない。そういった『世界の危機』に反応して、俺の中に秘められた力とかが目覚めてくれたりしないかな』と思ってるってだけなんだけどさ、四六時中。

 あー、正直、子供じみた妄想だって、自分でわかってもいるから、言ってて恥ずかしかったりもするわけだけど……」


 その告白を聞いて、僕は以前に力也が言っていたことを、戦慄せんりつの感情と共に思いだしていた。



 ――理緒、あいつはあんまり、いい感じしねえぞ?



 だって、いま隆士くんの口にしたことは。



 ――あれは下手すると不良よりもタチが悪りぃ。あいつの目はな、常に争いごとを求めてる奴のそれなんだよ。



 彼が無邪気に発した、その言葉は。



 ――他人の不幸を願う奴は、それを本当に引き寄せちまう。そんな人間を、オレはいままでに何人も見てきたんだよ。



 力也が、練習初日に言っていたことを。



 ――一言でいっちまえば、だ。ヒーローってもんになりてえんだよ、あのテの人間は。



 あの言葉たちを、なんの悪意もなく、肯定するものだったのだから。

 僕はあのとき、『現実にそんなことを望んでる人なんて、いないと思う』と返したけれど。

 ……いるものなんだ、こんな身近に。

 しかも、『四六時中』望んでいる人、なんていうのが……。


「力也には、なんでそれがわかったんだろう……?」


 それは、ただの独り言だ。

 知らず僕の口から漏れ出ていた、小さなつぶやき。

 けれど、それに答える声があった。


「それはむろん、力也が『均衡者バランサー』であるからに他ならぬ」


「ば、バランサー?」


「『均衡者』は『世界』の『均衡きんこう』をたもつ者。『希望の種ホープ・シード』同様、『世界破壊者』を――世界の滅びを食いとめる者。創造主が創りたもうた、『世界』を延命させるための存在もの

 『世界破壊者』の対極たいきょくとも呼べる存在であるため、当の『世界破壊者』に良い感情を抱くはずもない」


 なるほど。

 『均衡者』がどうこうっていうのは、正直、よく意味がわからなかったけれど。

 力也と隆士くんの仲が微妙な理由は、なんとなく理解できた気がした。


「もっとも、いまの隆士は『世界破壊者候補』としたほうが正確なのでな、決定的に相容れぬというほどではない。まだたね、あるいは卵みたいなものじゃ。放っておいても、これといった問題は起こすまい。

 そも、わしらがまことに敵視しておるのは『支配者』のほう。それに比べれば、『世界破壊者』はまだ『ことわり』にはんした存在ではないともいえるのでな。『世界破壊者』をもっとも危険視しておるのはイリスフィールじゃということもあるし、隆士をどうこうするのは、あやつに任せることとしよう」


 それはつまり、もうこれ以上は関わらない、という意味に捉えていいのだろうか?

 フィアリスはパチンと指を数回鳴らし、深空ちゃんのときのように再びみんなを眠らせた。

 もちろん、なぜか僕と力也だけは除いて。


「思ったんだけどよ、オレと理緒にはやらなくていいのか? その指パッチン」


 さすがに疑問に思ったらしく、力也が問う。

 それにフィアリスは口を尖らせ、


「指パッチンと言うでない。それじゃと響きが格好悪いではないか。……お主たちには、昨夜、わしのほうから頼み込んで状況を説明してもらった恩があるからの。ならば相応に、この『世界』や『学園』の『真の姿』を知る権利もあろう。むろん、記憶を操作してほしいと願うならば、そうするのもやぶさかではないが?」


 もちろん、僕たちは揃って首をぶんぶんと横に振った。


「では、あとは黙って見ておれ。

 『わし――フィアリスフォールと皆が初めて出会ったのは、前日の放課後。出会った場所は部室。理緒たちを迎えに来たことに端を発する。……わしがこの場所を訪れたのは、これが二度目。来訪の目的は、一度目にここを訪ねたとき、施羽深空に頼まれたがゆえ。……銀髪も赤い瞳も、別段、珍しいものではない』。

 ……記憶及び認識の改変内容は、こんなものでよいかの。では、始める――」


「あ、ちょっと待って!」


「……なんじゃ、理緒。黙って見ておれと言うたじゃろうに」


「ごめん。でもさ、今日は美花ちゃんが来てないよ? 明日は練習に参加するだろうから、このままだと、そこでまた食い違いが生じることになるんじゃない?」


 ちょうど、今日の隆士くんみたいに。


「む、確かに。……ならば美花のほうは、今日の夜にでも記憶を操作しておくとするかの」


彩桜さいおう学園の中じゃないとできない、みたいなこと言ってなかったっけ?」


「ほお、なかなかに耳ざといではないか、理緒。……なに、片山荘とて『候補地』のひとつじゃ。少しばかり疲れはするが、記憶の操作くらいなら難なくできる」


「できるんだ……」


「そもそも、わしの記憶操作をよく信じられておるな? お主が言うところの『電波発言』じゃぞ? これは」


「いやいやいやいや、実際に記憶を操作してるのを見せられたら、信じないわけにもいかないでしょ」


「なるほど、それもまた道理じゃの。――しかし、なぜ『学園』に『世界破壊者』がいると気づけなかったのかのう。

 ……そういえばわしらは、生徒たちが行う情報の収集を阻害したり、情報そのものの誘導や操作はしておっても、情報の収集自体は行っておらんかったか。情報とは武器であると同時に鎧でもある。もっと積極的に集めねばならん、ということじゃな……」


 そう、わけのわからないことをぼやきながら。

 部室にいるみんなを再び目覚めさせるべく、フィアリスは今日何度目かの『指鳴らし』を行ったのだった――。

ようやくフィアリスが部活動に参加(?)しました。

それに伴い、『本の中のみの作り話』が現実の世界ともリンクし、フィアリスが『普通の人間』には使えない『力』を行使するように。

そして、このエピソードを以って『フィアリスフォール編』は終了となります。

まだまだ山積みとなっている疑問は、このあとのエピソードに持ち越し。

もちろん、『天王寺あすか編』でも少しずつ明らかにしていくつもりでいますよ。


さて、一足早く『階層世界』や『回数世界』に関する『解答編』をやっておいたほうがいいかなと思い、次は『スペリオル外伝~絆はここに~』を投稿する予定でいますが、そのあとにはちゃんと『天王寺あすか』を執筆する予定でいますので、そのあたりはご心配なく。


『天王寺あすか編』は片山荘や学園を舞台に、恋愛メインでやっていくつもりでいます。

なので、自己満足回はこれにて終了。

ご期待ください!

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