第二十二話 ザ・スペリオル
リルとラルド、そしてリュシアが『悪魔の仮面』と対決するシーン。
その戦いは、不利を通り越して絶望的とも呼べる展開になっていた。
というのも、
「回復はリルが、戦法はリュシアが、攻撃はラルドがっていうふうに、三人それぞれの長所を活かす形で戦うんだけどね、火力……っていうのかな? そういうのが決定的に足りてなかったんだ。この場面、『時間は戻って』みたいな感じで描かれてるからさ、ファルカスとサーラはまだクラフェルと戦ってる最中だし」
「なるほど、ファルカスとサーラの加勢は期待できないってわけか」
「でも、この状況を見るに見かねたのか、それともただの気まぐれなのか、リルたちに力を貸す存在が、二人現れた」
「二人?」
「そう、二人。ニーネとニーナだよ。界王の端末である彼女たちなら、『闇を抱く存在の欠片』を持つ『悪魔の仮面』とも互角に戦えるってわけ」
「そういや、そいつらがいたな。忘れてたぜ……」
「もちろん『悪魔の仮面』だって、単独で戦ってるわけじゃない。配下となったモンスターを手足のように使い、常に乱戦状態を作りだそうとする。でもニーネやニーナからしてみれば、モンスターなんて雑魚とすら呼べない相手。一瞬にして殲滅してしまうんだ。
まあ、リルは二人を少しばかり非難するんだけど、それは置いておこうか」
「実際、非難してる場合じゃねえもんな」
嘆息する力也に僕はうなずき、
「ニーネたちが加勢してくれたおかげで、リルたちにも少しは勝機が見え始める。でも……そうだね、ちょっとここからは数字を交えながら説明していこうか」
「数字ぃ!?」
「力也、なにもそこまで嫌そうな声を出さなくても……。まず、ニーネとニーナの攻撃力をそれぞれ八十五とするよ? ラルドの攻撃力は三十くらい。で、『悪魔の仮面』の防御力は百」
「ふむふむ」
「全員で一斉に攻撃した場合、攻撃力はいくつになると思う?」
僕の唐突な問いかけに、力也は少し考え込んで、
「ええと……二百、か?」
「正解。でも三人が同時に攻撃を当てられるわけじゃない。ひとり目と二人目、二人目と三人目の攻撃が命中するまでには、どうしたってわずかなタイムラグが生じてしまう。つまり、『悪魔の仮面』の防御力である百を上回る攻撃は、どう逆立ちしたって繰り出せないんだ」
いままでに高位の魔族を倒してきた手段は、大抵がミーティアによる<聖魔滅破斬>。
ラルドがそれを使えれば、あるいは戦況も変わったのかもしれないけど。
「このままじゃ勝てないと悟って、ニーネとニーナは最後の手段を使うことにした。それは、ニーネを核とした、二つの『界王の端末』の融合」
「融合?」
「ニーネとニーナは界王本体の創りだした『端末』。
同時期に、けれど二つに分けて創られた存在なわけなんだけど、元は同じ存在なんだ。だから融合して、ひとつの存在になることができる。
ミーティアが聖蒼の王と同化したときと、やることは同じように見えるかもしれないけどね、厳密には違うんだよ。ミーティアと聖蒼の王は、それぞれ別の記憶と人格を持つ『個』だった。でもニーネとニーナは、界王本体を通じて記憶を共有しているんだ。性格だってまったく同じ。だからニーナには、自分が消滅するっていう感覚なんてなかった」
「わかるような、わかんねえような……」
「どうあれ、ニーネとニーナはひとつの存在となり、百七十の攻撃力を有するようになる。対する『悪魔の仮面』の防御力は、百」
「お、上回ったな。つーか、割と楽勝なレベルじゃねえか?」
「楽勝とはいかないけどね。でも『悪魔の仮面』が不利になったのは事実。彼はそれを悟って逃げ――」
「逃げんなよ、おい!」
「――ようとしたんだけど、そこにニーネの攻撃を食らい、力尽きる」
「おお、さすがに逃がさねえか。やるじゃねえか、完全体ニーネ」
「なにさ、その『完全体ニーネ』って。まだまだ完全じゃないよ? 界王本体とは融合してないんだから」
「いいじゃねえかよ、ノリだよノリ」
ニカッと陽気に笑ってみせる彼に、僕はため息をつきつつ苦笑してしまった。
「ノリねえ……。ともあれ、これで『悪魔の仮面』は倒せ、『モンスターの凶暴化現象』は収まった……と、その場にいた全員がそう思ったんだけど」
「え? 親玉倒してもダメだったのか?」
「というかね、結論から言って、『悪魔の仮面』は倒せてなかったんだ。『悪魔の仮面』が使っていた肉体は仮初めのもの。その肉体から『精神』が抜け出たのをニーネとリュシアが感知してね。
二人は、そう離れていないところに『悪魔の仮面』の身体を動かしていた人間がいて、抜け出た『精神』はその人間の身体に戻ったのだろう、と推測するんだ」
「なんだよ、じゃあまだ問題は解決してねえのかよ」
「そもそも、ミーティアたちがリルたちに合流してないしね。本当の決着は、やっぱり全員が揃ってからってなもんでしょ」
「あ、言われてみればそうだな。今度はミーティアたちのことを忘れちまってたぜ。――オレ、年なんかな……」
「まだ高校三年生じゃない……。
『悪魔の仮面』は倒せなかったわけだけど、クラフェルを倒したファルカスたちと協力して、リルたちは残ったモンスターを撃退することにした。リルは追い払うに留めたかったんだけど、どうやっても逃げてくれなかったからね。倒すしかないってわけ」
「で、ひとまずは解決ってか?」
「うん。で、ここから視点はミーティアたちのものに変わる。彼女たちはね、とりあえず現状を報告しようって、フロート・シティにある魔道学会の本部に向かうことにするんだ」
「全員がひとっところに集まる流れだな」
「だね。そして第五巻。『ロスト・スペリオル』の最終巻。場面は変わって、リルは警備の仕事の依頼主である『紅蓮の大賢者』ルイ・レスタンスに現状を報告、リュシアと共に、しばらくはフロート・シティに留まることにする。怪我が治るまでの期間、宿屋に滞在することにしたラルドと一緒にね」
「そうしてる間に、ミーティアたちがやってくんのか?」
「そういうこと。これで主要メンバーが、ひとつの街にようやく勢揃い。その翌日、『沈黙の大賢者』であるドローアが魔道学会の本部に呼びだされることになる。『現代の三大賢者』がせっかく同じ街にいるんだからって」
「同窓会みたいなノリで集まるわけか? まだ事件が完全に解決してねえのに?」
「いやいや、今後の方針を決めるための会議を開くための召集だから。で、それにミーティアも同席を申しでる。あと『漆黒の大賢者』アーリア・ヴラバザードの娘だからって理由で、リルも母親に引きずられる形で出席することに」
「ミーティアとリルも、か。……旧・主人公と新・主人公が一緒にいるのって、なんかワクワクすんな!」
「まあ、確かにそうだね。それとリルは、リュシアが『ラルドと一緒にいるのも嫌だから』って言うものだから、彼女も同席させてもらえるよう、母親に頼むことにするんだ」
「まあ、かたや『聖獣』で、かたや魔王だもんな。一緒に居たいわけねえか」
長いこと話を続けているせいか、力也もだいぶ呑み込みが早くなってきたなあ。
まあ、もっとも。
「リュシアにもラルドにも、そのあとに『の一部』がつくけどね。ともあれ、そんなわけでミーティアとリル、リュシアは、『現代の三大賢者』が一堂に会して行われる会議に参加するべく、魔道学会の本部へと赴いた」
「会議か。最終巻だってのに、なんか地味な展開だな……」
「それが、そうでもないんだ。――ミーティアたちが到着した会議室の中には、すでに『漆黒の大賢者』アーリア・ヴラバザードの姿があった。でも『紅蓮の大賢者』ルイ・レスタンスはなかなか姿を現さない。
不審に思い、アーリアはリルとリュシアを伴って、魔道学会内にある彼の研究室を訪れた。そこで三人は、室内にいたモンスターから奇襲を受けることになる」
「モンスター!? ……研究室に入り込んでやがったってことか?」
訝しげに眉を寄せる力也に、僕は首を横に振った。
「そうじゃない。番犬のようなものだよ。突然襲いかかられて怯んだアーリアたちは、たて続けに魔術による攻撃を食らい重症を負ってしまう。そして、その攻撃を加えたのは、いまアーリアたちが足を踏み入れている研究室の主――ルイ・レスタンスだった」
「お、おい! まさか……!」
「その、まさかだよ。『悪魔の仮面』の正体は、ルイだったんだ。自分以外の大賢者を皆殺しにしようと、今日の会議を提案したんだよ。
ルイの正体に一番早く気づいたのは、同じく『闇を抱く存在の欠片』を持っているリュシアだった。だから彼女は、三人の中では比較的軽症で済んでいた。
リュシアは走った。会議室にいるミーティアたちに状況を報せ、助けを求めるべく。やむなく、アーリアとリルをその場に残したままで……」
「ちょっ! 二人が殺されちまうじゃねえか!!」
「幸か不幸か、そうはならなかった。ルイはね、すでに虫の息となっているアーリアとリルよりも、リュシアの足を止めることを優先したんだ。そして危ない場面は何度かあったものの、リュシアはなんとかミーティアたちと合流する」
「それで、ルイのほうは?」
「リュシアを追ってたわけだからね、彼女に遅れて会議室に入ってきたよ。そして、多少の問答はあったものの、最終的には戦うことになる」
「黒幕なんだから当然だわな。で、これが最終決戦ってわけか?」
「ルイ――『モンスターの凶暴化現象』を引き起こしていた元凶との戦いは、これが最後になるね。
戦闘は長引き、それが街に不穏な空気をもたらした。自然、宿屋で待機していたラルドたちにも『魔道学会本部でなにかが起こってるみたいだ』くらいの情報は耳に入り、彼らも魔道学会本部に向かうことにする」
「くあーっ! いよいよクライマックスって感じだな!」
「そして全員が魔道学会の本部に集まり、ルイと対峙することに。あ、もちろんリルとアーリアもいるからね?」
「……あれ? 確か瀕死になってなかったっけか? その二人」
「いやいや、重症どまりだから。虫の息とは言ったけど、治癒の魔術で戦線に復帰できるレベルだから」
「そうなのか? まあ、主人公であるリルがいなきゃ締まらねえってのも事実か」
「締まるとか締まらないとかそういう問題……なんだよね、この場合は。なんせ物語だから。ともあれ、ルイは『悪魔の仮面』の肉体じゃなくなってるから、戦闘力が大きく下がってるんだ。そのおかげで、ミーティアたちが負ける要素はどこにもなかった」
口にした言葉に、力也はガックリと肩を落とす。
「おいおい、ラスボスなのにそんなんでいいのかよ……」
「う~ん、ぶっちゃけちゃうとルイは前座だからねえ。戦闘が長引いてたのも、ルイが防戦に徹してたからだし」
「つまり、ラルドたちが駆けつけなくても、ミーティアたちの勝利は時間の問題だったってことか?」
「まあ、そんなところ。でも、ラルドたちが――いや、ラルドが駆けつけるまでに決着をつけられなかったことが、このあと問題になってしまうんだ」
「……ええと、どういうこった?」
「ルイにとどめを刺したのは、ラルドだった。これはもちろん、ラルドが意図したものではなかったんだけどね。それでもラルドは、初めて人を殺めてしまった」
「初めて? しょっちゅう殺しまくってるイメージがあるんだが……」
「モンスターなら数え切れないほど殺してきたよ? でも彼が人を殺したのは、これが初めて。そして、それが彼の破滅に繋がってしまう」
「……悪りい。話が全然見えてこねえ」
ラルドが使っている『力』はね、と説明を続けようとしたところで、フィアリスが口を挟んできた。
「力也、ラルドの使っている『力』とはどんなものであったか、憶えておるか?」
「んあ? ええと……確か、魔王の力……だったっけか?」
「うむ、そのとおりじゃ。よく憶えておったな。褒めてつかわそう」
「へへ、ありがとよ」
「それで、じゃ。人間とは『聖』と『魔』のどちらにも染まることのできる存在なのじゃが、じゃからといって『魔』に呑み込まれても正気を保っておられるわけではない。
そして魔王の力は、いわば『魔』の塊じゃ。いくら強い意志力があろうと、そんなものを己の内に取り込んでおっては、わずかな弾みで『魔王の力』に呑み込まれてしまう」
そこから先は、僕が引き継ぐことに。
「その弾みが『人を殺すこと』だったんだ。そして魔王の力には意思がある。自分を取り込んで『使用』していた人間の心を蝕み、復活のための依り代にしようっていう意思が、ね。そのことをわかっていたから『魔王の翼』たちは静観を決め込んでいたんだ」
「つまり……あれか? ラルドがルイを殺しちまったせいで、またしても魔王が復活しちまうのか?」
「ええとね、魔王の力とはいっても、これは漆黒の王の『一部』だからさ。すぐにラルドを完全支配するなんてことはできないんだ。でも、ラルドが正気を保っていられるのは時間の問題。打つ手を模索する時間なんて、ほとんど残されていなかった。もう、奇跡でも起きないと助かりようがない状態だったんだ。
そこで、ミーティアが気づく。かつてファルカスが一命を取り留めた場所――『奇跡の丘』に行けば、あるいはって」
「けどよ、『奇跡の丘』ってそんなに近くにあったか? 間に合うのかよ?」
「そこはニーネの出番だよ。腐っても界王だからね。ニーナとの融合もしてるし、その場にいるみんなを『界王の聖地』である『奇跡の丘』にワープさせるくらいのことはできるんだ」
「やるじゃねえか、界王! 神さま仏さまニーネさまってとこだな!」
「微妙に合ってるところが、なんともアレだね……。ともあれ、ミーティアたちは『奇跡の丘』へと向かった。けれど、そこには魔族――『魔王の翼』たちもやってきてたんだ。漆黒の王の復活が近いことを悟って、ね」
力也が口の端をひくつかせる。
「……あれ? その状況は最悪なんじゃね?」
「かなりね。でも今回はニーネもいるし、リースリットたちだっている。なにより、この場にいる者たちには危害を加えないよう、ラルドが『魔王の翼』たちに命じたんだ」
「一応まだ正気ってわけか、ラルドは。でもよ、魔族たちが大人しく従うもんなのか?」
「従うよ? 魔族って基本、上の存在には絶対服従だから」
「ミーティアと神族四天王の関係と比べると、偉え違えだな……」
「そうだね。一応、神族四天王も『奇跡の丘』には駆けつけたんだけど、ミーティアの命令なんてこれっぽっちも聞かないし」
「おおう、ミーティアのことが哀れになってくるぜ……」
「まあ、そこは置いておくとして。――ラルドはリルに頼むんだ。自分が正気でいるうちに、自分を殺してくれって。両親の仇であるルイは自分の手で倒せた、だからここで死んでも悔いはないって」
「おいおい……。もちろんリルは、『わかった』なんて言わないんだろ?」
「当然。幸い魔族たちは、漆黒の王の完全復活までにラルドが死なないことを祈るしかない状況になっているし。ラルドの命令のせいで、ね」
一拍おいたところで、僕の言葉を継いでくれるのはフィアリス。
「むろん、ラルドの魂は刻一刻と魔王に蝕まれておる。正気でい続けるのは難しい。そしてとうとう、問答の最中に魔王の力は暴走を始めるのじゃ」
「そりゃ、そうなるよな……。八方ふさがりって感じか?」
力也の問いに、僕は視線を天井に向けて、記憶を掘り起こしながら答える。
「攻めるラルドに、避けるリル。しばらくはそんな戦いが続くね。そしてそこに、サーラからのアドバイスが飛ぶんだ。サーラはかつて『奇跡の丘』に集まるエネルギーを行使したことがあり、かつ使うことのできた唯一の人間だからね」
「なるほど、先輩ってわけだな!」
うわあ、なんて軽い言葉で片づけるんだ、力也。
まあ、突っ込んでも仕方ないし、ここは流そう。
「リルのほうも、職業は巫女だからね。『善』のエネルギーを扱う、天性の才能とも呼べるものがあったんだ。そして最終的に、その力でリルはラルドの中にある魔王の力を浄化することに成功する」
「それで一件落着、か?」
「うん。集まっていた魔族たちも、魔王の復活は果たされなかったわ、神族にミーティア、加えてリースリットたちまでいて旗色がやや悪いわで、大人しく去っていった。そして、ラルドとリュシアはリルと一緒にフロート・シティで、アスロックはミーティアとドローアと一緒にスペリオル・シティで、サーラはファルカスとガルス・シティで……穏やかとはちょっと呼べないけれど、それでも平和に暮らすことになる」
「めでたしめでたしってわけだな」
「だね。――で、残る『ザ・スペリオル』は、『スペリオル』からさかのぼること、二年ほど前の物語になるんだけど……」
チラリとフィアリスに目を向ける。
予想できていたことではあるけれど、彼女は無言でうなずいた。
もう夜も遅くなっていたけれど、仕方がないかと胸中で嘆息し、僕は続けることにする。
「じゃあ、まずは第一巻『夜明けの大地』――ファルカスとサーラの出会いのエピソードからだね。ある日、裏組織『暗闇の牙』で幹部をやっていたファルカスは、サーラという少女を殺す任務を押しつけられるんだ」
「ちょっと待った! サーラって、あのサーラだよな!? こいつら、そんな殺伐とした出会い方してたのかよ……」
「してたんだよ……。でも、とあるミスからサーラの旅の護衛を引き受けることになったファルカスは、サーラを殺すことにどんどんためらいを覚えるようになっていってね」
「まあ、オレの知ってる二人は、恋人かなにかと間違えるくらい仲のいい『仲間』だもんな。そうならなきゃ嘘だろうよ」
「でも、サーラのほうは違ったんだ。彼女の両親は裏組織の人間に殺されていてね、その仇をとるために裏組織から刺客がやってくる日を待っていたんだよ。当然、ファルカスにも敵意はたっぷりなわけで」
「……ヒロイン失格じゃね? サーラ」
ボソッと呟かれた言葉に、僕は思わず額に汗を浮かべてしまった。
「それは……どうだろう。確かにそうなのかも……。ともあれ、ファルカスは旅の用を済ませたサーラを送り届ける道中、そのサーラから戦いを挑まれることになる」
「殺伐としすぎだぜ、おい……」
「勝利したのはサーラ。ファルカスはそのまま殺されることを望むんだけど、一緒に旅をして情が移っていたサーラは、彼に裏世界から足を洗って生きるよう諭すんだ」
「なんかリルとラルドを思いださせるな、その展開」
「まあ、作者が同じだからね。発想が似ちゃうのは仕方ないんだと思う。きっと、これが作者の『癖』なんだよ」
「そんなもんかね。小説書かねえオレにはわからねえや」
「絵本を描いてる僕には、わかることなんだけどね。――で、ファルカスは裏世界から足を洗うことにするんだけど、そう簡単にはいかないわけで」
「そりゃ、『はいそうですか』って言ってはもらえねえよな……」
「でも事態は、ファルカスにはとても予想できない方向に転がっていった。サーラの住む町――メルト・タウンでね、ファルカスと同じ『暗闇の牙』の幹部である男女が、彼を待っていたんだ」
「待っていた? ファルカスの動きを予想してたってのか?」
「ううん。その幹部たち――クラフェルとルスティンからしてみればね、ファルカスがサーラを殺せるかどうかは、二の次だったんだよ」
「二の次って……。……って、ちょっと待て! いまクラフェルって言ったか!? またクラフェルかよ!!」
「まあ、『スペリオル』の過去編だから、彼が出てくるのは当然というか、なんというか……。それで、クラフェルの今回の目的はね、魔封戦争っていう戦争のときに、サーラの両親がどこかに隠した伝説の魔法の品――魔風神官のローブを手に入れることだったんだ。家捜しをするために、サーラを殺すなり、遠出させるなりしてもらう必要があったんだよ。
で、せっかくだから、まだ人を殺したことのなかったファルカスに『殺し』を経験させておこう、と」
「せっかくだから、で人を殺させんなよ……」
「そこはほら、裏組織だから」
「いや、そりゃそうだけどよ……」
「ともあれ、裏組織から抜けようというのなら殺すのみ、とクラフェルたちは戦闘をしかけてきた」
「まあ、そうなるよな」
「ファルカスたちも覚悟を固めたんだけど、そこに割り込んできた人たちがいたんだ」
僕のその発言に、フィアリスが「む?」と眉を寄せた。
「割り込んできた人たちが、じゃと? するとその本に書かれておるのは、『四回目』以降の世界での出来事、ということになるのか……」
「……ええと、なんかひとりで納得してるみたいだけど、続けていい?」
「うむ、気にせず続けてくれ」
「うん、それじゃあ。……割り込んできたのはね、皇帝騎士団に属する三人の人間。リースリットとレオンハルト、そしてダグラスだったんだ。三人はファルカスたちに協力し、一息で『暗闇の牙』のメンバーたちを壊滅状態にまで追い込んでしまった。もちろん、クラフェルのように上手く逃げおおせた人間も、何人かはいたけれどね」
「一息で壊滅状態にまで、かよ。すげえな、おい……」
「戦闘能力はまさに圧倒的だからね、リースリットたちは。魔術戦では『魔王の翼』ともまともにやりあえちゃうくらいだし」
「もう人間やめてねえか? それ」
「ある意味、人間やめてるかも……。ともあれ、『暗闇の牙』自体がなくなっちゃったから、ファルカスは難なく裏組織から抜けることができるようになった。そしてサーラに放浪癖があったことも手伝って、二人で一緒にラクト・タウンを旅立つことになる。リースリットたちと、再会の約束を交わして、ね」
「で、本当に再会するわけだな、『スペリオル』で」
「だね。――このあとファルカスたちは、これといった目的もないままメルト・タウンを発ち、北にあるカノン・シティに辿りつく。第二巻『魔道士の弟子入り』は、このカノン・シティでのエピソードになるね。
サブタイトルにあるとおり、サーラに弟子ができるんだ。名前はマルツ・デラード。十二歳の男の子」
「十二歳で弟子入りかよ。オレたちで言やあ、まだ中学生じゃねえか」
驚いたような、あるいはどこか感心したような声を出す力也に、僕は人差し指を一本立ててみせる。
「確かにね。でも僕たちの価値観や常識を、物語の中に持ち込むのはナンセンスってものだよ? 力也」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「サーラは魔道教習センターってところの教免も持っていてね、カノン・シティで臨時講師をしていたときに、生徒であるマルツと出会うことになるんだ。といっても、サーラにも弟子をとる気なんてまったくなくて、あくまでもファルカスを紹介してあげるだけのつもりだったんだけど。
そしてサーラは成り行きから、マルツの幼なじみである、彼と同年齢の少女――ソフィア・ルビーバレットも伴って、一緒にファルカスのいる酒場へと向かうことにした」
「酒場? なんでそんなところに……」
「色々な情報が集まるところなんだよ。ファルカスはさ、ほら、宝探し屋だし。貴重な魔法の品の情報が喉から手が出るくらいほしかったんだ。それにその酒場は、宿屋を兼ねてもいたし」
「ああ、なるほど。宿屋兼酒場だったのか。それなら納得だぜ」
「それでね、サーラがマルツたちと話していた頃、ファルカスもまた、ひとりの少女と出会っていた。その少女こそがニーナ・ナイトメア。『スペリオル』でも何度となく登場した、界王の端末のひとつ」
「ここで初登場なのか。もちろんファルカスは最初、そのことを知らないんだよな?」
「うん。普通の少女と出会った感じだね。見た目の年齢も十三歳くらいだし。……あ、でも普通の少女って称するのは少し違うのかも。ニーナは伝説の魔道武器のひとつである地闘士のナックルを持っていたから。同様に、ニーネも伝説の魔道武器――海魔道士の杖を装備してるし」
「ポンポン出てくるんだな、伝説アイテム。サーラだってなんとかのローブを持ってるじゃねえかよ」
「魔風神官のローブね。……でも、確かにそうだね。で、ニーナはファルカスに、ひとつの情報をもたらすんだ。それはカノン・シティの近くにある洞窟に眠っているという、一振りの剣――漆黒の剣のこと」
「ファルカスにとっては、背中から手が出るくらいにほしい情報なわけだな」
「背中からってなにさ!? 怖いよ!」
うんうん、とうなずく力也に、思わず大声を出してしまう僕。
「でも……まあ、そのとおり。サーラが戻ってきたら、さっそく相談してみようとファルカスは決めるんだ。で、そこにサーラがマルツとソフィアを連れて帰ってくる。
ここでひと悶着あってね。マルツはファルカスを尊敬しようとしないし、ソフィアはマルツに全面的に味方するし、ファルカスもマルツを『可愛げのないガキ』としか思えないしで。それで結局、マルツはサーラの弟子ってことになるんだけど。
ほら、そうすればマルツはファルカスとも一緒に行動することになるから。サーラが弟子をとるのは彼女の自由で、ファルカスには反対する権利なんてなかったしね」
「でも、面白くはねえだろうな」
「だね。事実、ファルカスとマルツは最初、かなり仲が悪いから……。ともあれ数日後、ファルカスたちはニーナとマルツ、それとソフィアを連れて例の洞窟に向かった」
「よくサーラが許したもんだ。十二のガキには危険すぎるだろうに……」
「もちろん、ファルカスもサーラも出発の前日に止めたよ? マルツの父親はこの町にある魔道学会支部の副会長でね、そのひとり息子であるマルツを連れていくと言えば絶対に反対してもらえるだろうと思って、相談にも行った。
でもそこで、ファルカスたちは逆に彼から依頼を受けることになってしまうんだ。実はこの頃、カノン・シティでは病が流行っていてね、それを治療するための薬草を、例の洞窟まで採りに行く必要があったんだよ。で、マルツを同行させる許可を出す代わりに、その薬草を採ってきてほしいって」
「ありゃ? なんか墓穴掘ってね?」
「まあ、そんな感じだね。ちなみにこの病、実はファルカスが知らなかっただけで、サーラは暇を見て治療法を探っていたんだ。でもまあ、これは蛇足かな。なんにせよ、ファルカスたち五人は薬草と剣とを手に入れるために、洞窟へと向かうことにした」
「当然、モンスターとのバトルがあるわけだよな?」
「洞窟だからね。ないほうが不自然ってものだよ。そもそも、マルツとソフィアに実戦経験を積ませるのも目的のひとつだし。そうしてファルカスたちは洞窟を踏破し、漆黒の剣が地面に突き刺さっている場所へと辿りついた」
「おお! なんか王道だな! 選ばれた者にしか抜くことはできないって感じで!!」
「残念なことに、誰に選ばれなくても抜けるんだけどね。でも、この剣の本来の持ち主は『魔王の翼』よりも上位に位置する魔族である漆黒の戦士デューク・ストライドなわけで。
なんでそれが洞窟の中なんてところにあったのか。実は、これもまだネットで答えの出ていない考察のうちのひとつなんだよ」
それに答えたのはフィアリスだった。
なんだろう、なんだか妙に呆れたような目をしている。
「なにを言うておる。ヒントならラルドの一件にあったではないか。そも、神族や魔族は肉体を持たぬ精神生命体。ゆえに、界王が『人間の悪性』を集めて創りだし、『魔』の属性に転じてしもうた漆黒の剣にも、『本来の形』などというものは存在せぬ。デュークが使いやすいよう、剣という形をとっておっただけのことじゃ。
そんな漆黒の剣は、むろん魔族と同質のもの。人間が使い手となり、その者の意志力が弱ければ、精神を蝕み、魔族へと変貌させてしまう魔剣なのじゃ。幸い、ファルカスはそうならんかったがな」
「つまり、漆黒の剣が人間の手に渡るような場所に放置されていたのは、手に入れた人間を魔族に変えるため……?」
「さよう。漆黒の剣に魅入られ魔族と化した人間の例など、枚挙に暇がないぞ」
「そうだったんだ……」
そう漏らして、ようやく気づく。
言われてみれば、初めて漆黒の剣に触れたとき、ファルカスは――。
『ロスト・スペリオル』のエピソードは、今回でなんとか終了。
そして物語は、『ザ・スペリオル』(の前半部分)へ。
作品として『夜明けの大地』を読んでくださった方のために、今回はちょっとした仕掛けを打っています。
そのあたりが頭に引っかかってもらえたら嬉しいところ。
さて、この『会話メイン』の話もようやく残り一話となりました。
フィアリス編はそのあとも、もう一話だけ続きますが、そこまでつきあっていただければ、と思います。




