第二十一話 ロスト・スペリオル
『スペリオル』の完結という、キリのいいところまで話し終えたところで。
僕は「ところでさ」とフィアリスに目を向けた。
「なんじゃ?」
「今日はもう、このあたりで終わりにしない? かなり長くなっちゃったし、ちょっと喉も痛いし……」
僕の提案に、彼女はしばし考え込むように黙ってから、
「――いや。理緒には申し訳ないのじゃが、このまま続きを頼みたい。わしは明日からでも動きたいのでな。情報は、可能な限り多く得ておきたいのじゃ」
「それは……どういうこと?」
「そうじゃな……。その本には『階層世界』や『回数世界』のことが載っておらんのじゃろう? しかし、それはおかしいのじゃ。ミーティアが『聖本』から知識を得たというのなら、彼女は連鎖的に『階層世界』のことも知ることになるのじゃからな。だのに、お主は『階層世界』のことなど知らぬと言う」
「そりゃ、実際に出てきてないわけだからね……」
「それがおかしいと言っておるのじゃ。『聖本』に『階層世界』のことが載っておらぬはずがない。だというのに、お主は『出てこぬ』と言う。ならば、その本を書いた者が意図的に『階層世界』や『回数世界』の存在を伏せたということになる。
むろん、それは悪いことではない。じゃが伏せるというのは、『識って』おるからこそできることじゃ。伝えるべきではないと認識したからこそ、この本の著者は『階層世界』のことなどを伏せたのじゃ。……どうじゃ? もう、わしの言いたいことはわかるな?」
「……えっと、それに答える前に、ひとつ確認させて。『階層世界』とかのことを本に書いて出版するのって、悪いことなの?」
「一概に悪いこととは言えぬ。……が、褒められた行為でもない。その知識は本来、『真理体得者』か『天上存在』、そしてそれに連なる者のみが有しておるのが望ましいのじゃから。現に、お主はわしの口から『階層世界』のことを識ったじゃろう?」
「『知った』っていっていいのかな、この場合……」
『階層世界』とはなんなのか、という肝心な部分が、僕にはさっぱりだからなあ……。
「なんにせよ、フィアリスの言いたいことはなんとなくわかったよ。要するに、この本の著者が『階層世界』とかのことを書くんじゃないかって心配なんだね?」
「微妙に違うのじゃが……まあ、似たようなものか。『蒼き惑星』での出来事をここまで詳細に記せておる以上、この本を書いた者は間違いなく『真理体得者』か、それに連なる者じゃ。であれば、わしとて接触はしておきたい」
ああ、またしても創作と現実をごっちゃにしてるよ……。
でも、それを指摘するのはいまさらすぎるので、僕はフィアリスに話を合わせることにした。
「なるほどね。だからフィアリスは、一刻も早く『スペリオルシリーズ』の作者と会っておきたいんだ」
『明日からでも動きたい』って言ってたもんな、彼女は。
「でも、無理じゃないかなあ。もちろん住所は調べられるだろうけど、プロの小説家がそう簡単に会ってくれるとは――」
「フィアリスフォールと名乗れば、あちらとて無視はできぬよ。……さ、そんなわけで続きを頼む」
「わかったよ。僕だって、フィアリスがやることに口を出す気はないしね」
でも、絶対に門前払いを食らうと思うんだよなあ。……まあ、そのときはそのときか。
「なにを言っておるか。酒を飲むのは止めようとしおったくせに」
「あれは誰でも止めるから。……それはともかく、じゃあ『ロスト・スペリオル』に入るね? 力也もいい?」
「おう。お前らがくっちゃべってる間に、しっかり休憩はとっておいたぜ」
「それはよかった。――『スペリオル』の完結から月日が流れること、約四年。物語は『現代の三大賢者』のひとり、『漆黒の大賢者』アーリア・ヴラバザードのひとり娘である巫女の少女、リル・ヴラバザードが魔道学会を通して依頼を受け、フロート・シティから旅立つところから始まる」
「四年ってことは……え~と、蒼き惑星歴1907年か?」
うわ、惜しい!
「1908年だよ、力也。ちなみにこの作品、ミーティアやアスロック、ファルカスと視点がどんどん移るんだ。僕はリルの視点をメインで話すつもりでいるけど、混乱しそうになったらすぐに言ってね?」
「わかったぜ! 混乱することにかけては、オレの右に出る者はいねえ! 泥船に乗った気でいていいぜ、理緒!」
「うん、まさしく泥船だね。そのとおりすぎて涙が出てきそうだよ……」
「なんだよ、そんなに感動すんなって!」
「大丈夫、感動はしてないから……。ともあれ、主人公の少女――リルは旅の途中、ケレサス・シティへと立ち寄ることにした」
「ケレサス・シティ? 何度か聞いた覚えはあるんだが……どこだったっけか?」
「リューシャー大陸にある、フロート公国の南東に位置する町だね。ほら、ガルス帝国との国境付近に存在する――」
「ああ、思いだしたぜ! 第一部で、着いた途端に『なんとか令』ってやつが出て、『刻の扉』を使ってフロート・シティに戻ることになった、あの町だな!」
「そう、そこ。あと、緊急召集令ね? で、リルはその町で『魔物を狩る者』という異名を持つ、同い年の少年と出会うことになる。けど、リルはモンスターをイコールで悪とはみなしていなくてね。彼と衝突することになるんだ」
「なんか、ミーティアとアスロックの関係性に比べると、穏やかじゃねえな……」
「だね。実際この二人は、一緒に旅をする期間も短いし。そして、この町で出会うことになる人物がもうひとり。それは十歳くらいの、年端もいかない少女だった」
「名前は?」
「う~ん、リルがあとあと『リュシア』って名づけることになるんだけど、この段階では『無い』ってことになるのかなあ。というのもね、この娘は『聖獣』リューシャーの『知識』と『精神の一部』が、『闇を抱く存在の欠片』と融合して、この世に復活した存在だから……」
「つまり、『聖獣』リューシャーの生まれ変わりってことか?」
僕はそれに、腕を組んで少し考え込んでから、
「人間じゃないわけだから、それとも違うと思う。『リューシャーの知識』を持ってるだけあって、知識量はリルよりも遥かに上だしね。
でもそんな彼女は、なぜか『魔物を狩る者』――ラルド・ブレイダーを警戒していてさ、第一巻では、ケレサス・シティになだれ込んできたモンスターたちに、三人が手を組んで立ち向かうことになるんだけど、リュシアは最後まで、彼にだけは心を許さなかったんだ」
「へえ、そりゃまたなんで?」
「まあ、そのあたりはあとのほうで明らかになることだから……。ちなみにね、漆黒の王や『闇を抱く存在』を倒したことで得られた平穏は、蒼き惑星暦1907年に終わりを告げているんだ。このときのリューシャー大陸では、新たな事件が――いや、異変が起こっていたんだよ」
「まあ、続編を出す以上、そういうのは必要だもんな。……で、どんな異変が起こったってんだ?」
「『モンスターの凶暴化現象』。リューシャー大陸に住むモンスターがね、突然、凶暴さを増したんだ。まるで人間を、全モンスター共通の『排除すべき存在』と認識したかのように、ね。あ、リルが魔道学会から受けた依頼は、この異変の原因を調査することなんだ」
「かあーっ! ようやく魔族が大人しくなったと思ったら、今度はモンスターが問題になってんのかよ。なるほど、だから『魔物を狩る者』なんてのも出てきやがったんだな。……って、待った。ミーティアたちはなにやってんだよ?」
「あー……。えっとね、まずミーティアは……失踪しちゃった」
「失踪!? いなくなっちまったってことか!?」
「うん。だからメインタイトルが『ロスト・スペリオル』なんだよ。ちなみに、いなくなったのは半年前。もちろん、アスロックとドローアが捜してるわけだけど」
「ファルカスとサーラは?」
「その二人は、どちらかというと『モンスターの凶暴化現象』の原因を突きとめるほうに重点を置きながら旅してる。ほら、さっき言った『魔物を狩る者』――ラルドのことになるんだけどさ、彼はガルス・シティの出身でね。ファルカスとちょっとした因縁があるんだ」
「どんな因縁だよ?」
「『スペリオル』最終巻での一件から約二年後、ファルカスはサーラに促されてガルス・シティに戻ったんだ。そしてそこで、彼は王さまから将軍職を任されることになった。……当時、わずか十五歳でありながら将軍を務めていたラルドを、ファルカスが蹴落とすような形で、ね」
「それは、なんか両方にとって不幸な話だな……」
眉を寄せる力也に僕はうなずき、
「ガルス帝国の王さまは、ラルドに『兵士長』っていう別の職を与えようとしたんだけど、ファルカスの――『サーラの影響を受けているファルカス』の下で働くことになるっていう事実は変わらないわけで。
サーラはリル同様、モンスターをイコールで悪とは認識してないし、実際、モンスターだって『生命あるもの』だからね、モンスターを根絶やしにしたい『魔物を狩る者』からしてみれば、ファルカスの下につくなんて考えられなかった」
「それで、ラルドはどうしたんだ?」
「兵士長になることなく、ガルス帝国を出て行っちゃった。別にファルカスが悪いわけじゃないんだけどさ、このことがお互いの『しこり』になっちゃった、というわけ」
「旅の途中で再会なんてしようもんなら、気まずいだろうな」
「ううん。ファルカスはむしろ、ラルドに会いたがってるんだ。会って、二年前のことを詫びたいって。『スペリオル』での出来事を通して、ファルカスも丸くなったんだよ」
「なるほどな。……なんか、それぞれがそれぞれの人生を歩んでるって感じだな」
「だね。アスロックだって、大陸で異変が起こらず、ミーティアもいなくならなければ、スペリオル共和国に骨を埋めるつもりでいただろうし。ともあれ第一巻は、リルとラルド、そしてリュシアの三人がケレサス・シティでモンスターたちを相手に共闘し、ラルドひとりが先に旅立ってしまうところで終了」
「リルとリュシアは?」
「リュシアがリルに引っぱられる形で、一緒に旅をすることになった。念のために、他の大陸も調査してみようってね」
「念のために? どうして『念のために』、なんだ?」
「ミーティアがね、失踪する前に他の大陸に渡って調査していたんだよ。で、ここ以外の大陸では、異変なんて起きていなかったって、魔道学会に報告したんだ。
あ、その調査の旅のときは、もちろんアスロックとドローアも彼女に同行してる。……って、もう第二巻の内容に入ってるね。この巻は、ミーティアの視点からスタートするんだ」
「目まぐるしいんだな……」
少しキツそうに呟いた力也に、僕は苦笑を返した。
「視点がどんどん変わるからねえ。――ミーティアは、カータリス大陸にある町の宿屋に滞在していた」
「カータリス大陸にいたのかよ。リューシャー大陸で捜してるアスロックたちが見つけられねえわけだぜ」
「だね。で、ほら、さっき言ったばかりだけどさ、リューシャー大陸以外の地に住んでいるモンスターは、普段どおりだってことが証明されてるわけじゃない? だったら、それを確かめた張本人であるミーティアが、わざわざ別の大陸に足を運んでるだなんて、アスロックたちには想像もできなかったわけで」
「あー、確かにそうだよな。つーか、なんでカータリス大陸なんかに行ってんだよ? ミーティアは」
「う~ん……。傷心旅行、みたいなものかなあ」
「はあ? なんだそりゃ?」
「『闇を抱く存在』を倒してからの四年間、彼女にも色々あったんだよ。ほら、ミーティアは第一部で聖蒼の王と同化したでしょ? でも神族四天王からは『神族としては、あまりにも中途半端』って見下されていてさ。蒼き惑星歴1907年くらいからは、『自分は神族四天王の手足だから』って、自分で思考することをすっかり放棄するようになっちゃったんだよね」
「それでいいのかよ、元主人公……」
「仕方のないことでもあるんだと思うよ? 力の差も知識の差も、歴然すぎるんだから」
「それでも屈しねえのが主人公ってもんだろうがよ」
「もちろん、いつまでもそのままってわけじゃないよ。『ロスト・スペリオル』では、そんなミーティアの再起も描かれてるんだから。ともあれ、自分のことを自ら『下っ端』と称するようになってしまったミーティアは、カータリス大陸にやってきたラルドと出会うことになる」
「割と早い段階で会うんだな。アスロックたちとは再会してねえってのに」
「まあ、アスロックたちと顔を合わせるのを、ミーティア自身が避けてるからね。で、繰り返すけど、ミーティアは聖蒼の王と同化した身。ゆえに彼女は、ラルドが『人間ならぬ存在』を内側に宿していると、すぐに気づくことになる」
「『人間ならぬ存在』? つーと?」
「ラルドの中にあるのはね、漆黒の王の『一部』だったんだ。ほら、第一部で『闇を抱く存在』が漆黒の王を倒したとき、存在を砕くだけに終わったでしょ?」
「そうだったっけか?」
きょとん、とする力也に、僕は自分の顔の前で手を振って、
「いやいや、そうだったでしょ。だから漆黒の王の『一部』は物質界のあちこちに残っていて、それをラルドは自らの内に取り込んでいたんだよ。すべては、強くなるためにね。若くしてガルス帝国の将軍になれていたのも、このあたりに理由があるんだ。ガルス帝国はさ、完全実力主義の国だから」
「……なるほどな。リュシアがラルドを警戒していたのは、だからか」
「へえ、力也にしては察しがいいね。そう、リュシアはリューシャー大陸の『聖獣』の精神を持っているから、魔族には嫌悪と恐怖の感情を抱いてしまうんだ。
それは、漆黒の王の一部を内に取り込んだラルドに対しても同じこと。もっとも、彼女はポーカーフェイスが得意だから、表情には決して出さないんだけどね」
「そういや、そのリュシアはどうしてるんだ? 確か、主人公のリルと一緒に旅をすることになったんだよな?」
「うん。ミーティアたちが各大陸を巡っていた四年前とは違ってね、この頃には『定期船』っていうのがリューシャー大陸から出るようになってるんだ。それを使って、リルとリュシアもまた、カータリス大陸にやってきた。ラルドよりも少しだけ遅い到着にはなったけどね」
「ラルドも定期船でカータリス大陸に来たのか?」
「そうだよ。いくら魔王の力を持ってるとはいっても、さすがに大陸間を移動できるほどの長時間飛行はできないからね。当然、ワープだってできない。
で、ここからは、リルの視点に変わる。リルとリュシアがカータリス大陸に着いたときにはね、もうミーティアとラルドは町に滞在していなかったんだ。代わりにってわけじゃないんだけどリルたちは、長いこと大陸の奥地から出てこなかった『魔獣』が、小さな村を襲っているっていう話を聞くことになる」
「なるほど。ミーティアとラルドはそれを倒しに向かったんだな?」
「そういうこと。カータリス大陸に限らず、『聖獣』はすべて『スペリオル』の第二部で『闇を抱く存在』に取り込まれちゃってるからね。いくらミーティアであっても、責任を感じずにはいられなかったというわけ」
「ラルドのほうは?」
「『モンスターと『魔獣』なんて似たようなものだ』って見解かな。このあと、ミーティアとラルド、リルとリュシアの四人は協力して『魔獣』に立ち向かうことになるんだけどさ、そのときに、ラルドの両親はモンスターに殺されたんだってことが判明するんだ」
その僕の言葉に、力也は少しだけ目を見開いた。
「だからモンスターを憎んでて、片っ端から殺して回ってるってのか? 『モンスターは全部、親の仇だ!』って? それは……さすがにキリがなくねえか?」
「うん、とても不毛だと思う。……でも彼の望みは、モンスターを根絶やしにすることだからね。そのために漆黒の王の力を受け入れたんだし。ともあれ、四人は力を合わせて『魔獣』を撃退。リルは漆黒の王の力を持つラルドに、改めて興味を持つ」
「興味……?」
マッドサイエンティスト的なものとでも勘違いでもしたのだろうか、わずかに身を引いた力也を見て、僕は訂正の言葉を口にする。
「あ、興味とは少し違うのかもしれないね。魔王の力を使うラルドの戦い方を見て、リルはなにか痛々しいものを感じたんだよ。その原因が、モンスターに親を殺されたという過去にあると知って、同情に似た感情を抱くようになるんだ。
まあ、ラルドのほうは全然リルに心を開かないし、リルの仲間であるリュシアがラルドを警戒しているというのもあって、ラルドを加えて一緒に旅を、なんて展開にはならないわけなんだけど……」
「まあ、その三人じゃ無理だろうよ……」
「でもまあ、同じ定期船で帰ることにはなるんだよね、この四人は」
「そうなのか……。ありゃ? そもそも、この四人はどうしてカータリス大陸になんて来てたんだったっけか?」
「ええと、リルは『モンスターの凶暴化現象』が本当に他の大陸でも起こっていないのかを自分の目で確認するため。これは最初に調査したミーティアに出会えたこともあって、満足のいく結果を得られた。リュシアは言うまでもなくリルに引っぱられて、だね。
ミーティアは最初に言ったとおり、傷心旅行みたいなもの。一応、リル同様に再確認のためっていうのもあったようだけど」
「よく帰る気になったな、ミーティアはよ」
「逃げていても事態がよくなるわけじゃないからね。このときのミーティアは、本当に自分の意思ってものが薄いから、気が向くままに旅してる感じなんだ。彼女の中には、明確な感情なんて、ひとつしかない。かつて共に旅をした仲間たちとは顔を合わせたくないっていう、ね」
「こんな自分を見られたくないってやつか?」
「だね。『スペリオル』の頃に比べて、ミーティアはずいぶんと卑屈になっちゃったし」
「ふうん……。あとは、ラルドだな」
「ラルドがカータリス大陸に来たのは、本当に気まぐれって感じかな。ある意味では、ミーティアとそう変わらないのかも。ただ、モンスターを狩るっていう一応の目的はあるから、ミーティアよりは意思がしっかりしてるといえるかな。『魔獣』を倒せたことを、『予想外の収穫』って言ったりもしてるし。
なんにせよ、リルとリュシアは調査の継続のため、ラルドは引き続きモンスターを狩るため、ミーティアはその場の流れでリューシャー大陸に戻ることにした」
「……終わりか? なんか短くね?」
拍子抜けした、とでも言いたそうな力也に、僕は肩をすくめてみせる。
「実際は、ミーティアを捜すアスロックとドローアのパートや、フロート・シティで『モンスターの凶暴化現象』について調べてるファルカスとサーラのパート、あとリースリットとレオンハルトが皇帝騎士団のメンバーと話をするパートとかもあるんだよ。こんがらがるだろうから省略してるだけで」
「リースリット? レオンハルト? 皇帝騎士団?」
「あれ? 確か説明したような……、あ、このあたりの話をしてるとき、力也はお風呂に行ってたんだっけ?」
「へ? あー……、そうだったかもしんねえ。悪りい、もしかしたら教えてもらったのかもしれねえけど、改めて説明してもらえるか?」
「わかったよ。ええとね、リースリットはフロート公国にあるシュヴァルツラント領の領主の娘ね? レオンハルトは、その弟」
「あ、それはなんか聞いた覚えがあるような……」
「皇帝騎士団のほうは……なんていうのかな、リースリットたちも所属してる、どこの国にも属さない騎士団っていうのかな。あ、メンバーは本当、すごい兵揃いなんだよね。同時に、気分屋が多かったりもするんだけど」
「そういや、魔王と戦ってたときにも、そいつらは出てこなかったもんな」
「だね……。でも今回はリースリットが、積極的に動くように働きかけたんだ。ほら、ミーティアが失踪しちゃってるからさ……」
「あー、なるほど……」
「でも皇帝騎士団の人間たちになにかを強制することは、同じ騎士団のメンバーであるリースリットたちであってもできないからね。重い腰はなかなか上がらないわけで。
そんなふうに無駄に時間は流れて、ミーティアたちがリューシャー大陸に戻ってきてから、一月ほどが経ってしまう。第三巻のスタートは、ここからだね」
「舞台はまたリューシャー大陸になるわけか。……そういや、ミーティアには姉がいたよな? あいつはどうなったんだ? 全然出てきてねえ気がするんだが」
唐突な力也の問いかけに、僕は思わず遠くを見るような目をしてしまった。
「ああ、セレナは影が薄いからねえ。『スペリオル』第一部のラストで、『妖かしの森』に戻ったっきりになっちゃってるんだ……。
まあ、それはさておき。リューシャー大陸に戻ってきてから、ミーティアとラルドはそれぞれ別行動をとり、リルはリュシアと一緒に引き続き調査を進めていた。
けど、すっかり手詰まりになっちゃってね。リルは一度、フロート・シティにある魔道学会の本部に戻ることにしたんだ。この調査の依頼人である『現代の三大賢者』のひとり、『紅蓮の大賢者』ルイ・レスタンスに会うためにね」
「あれ? リルの母親ってそんな名前だったっけか? むしろ、それは男の名前っぽいような……」
「リルの母親の名前はアーリアだよ! あと、アーリアは『漆黒の大賢者』だからね!?」
「ややこしいな……」
「そうかなあ? ともあれ、リルはルイに現状を報告。そして、その場で別の依頼をされることになる」
「別の依頼だあ?」
「フロート・シティで、近いうちに『魔武道大会』っていうのが開催されることになっててさ。その期間中、モンスターが街に入り込んでこないように警備してほしいって、ね。
リルはこれを快諾する。この依頼は他の魔道士や旅の傭兵とかにも出すつもりでいるらしいし、それならラルドも依頼を受けるかもしれないと踏んでね」
「なるほど、ラルドともう一度会うためにってわけか」
「事後報告という形でこのことを聞かされたリュシアは、もちろん不満を漏らすわけだけど、まあ、それはそれ。そしてこの依頼を受けるべく、ラルドの他に、ファルカスとサーラもフロート・シティにやってきた」
「アスロックとドローアは?」
「アスロックたちはさ、ほら、ミーティアを捜すほうを優先してるから。ちなみにこのとき、二人はフロート公国にあるサーラの故郷、メルト・タウンでリースリットたちと再会しててね、一緒にミーティアを捜そうってことになる」
「ええと、アスロックとドローア、リースリットとレオンハルトってのの四人でか?」
指折り数える力也に、僕は首を横に振ってつけ加える。
「ううん、それにダグラスっていうシュヴァルツラント家の使用人も含めた五人で」
「そいつも、なんとか騎士団のひとりなのか?」
「そうだよ。あと、皇帝騎士団だからね? ……さて、一方でフロート・シティでは魔武道大会が開催される。警備の依頼を受けた者同士ってことで、リルとラルドはちょっとだけ打ち解けるんだけど、その心の動きをラルドはよしとできなくてね。リルには特に壁を作って接するようになっちゃった」
「なんでまた……」
「う~ん……強いて言うなら、漆黒の王の力を持っているから、といったところかな。でも共闘関係にはあるわけだから、モンスターが襲ってきたときには協力して撃退する。もちろん、ファルカスとサーラもね」
「ああ、なるほど。こっちもリルにリュシアにラルド、そしてファルカスとサーラの五人で戦ってるわけなんだな。……あれ? 待てよ? なんか誰かを忘れてるような……?」
たぶん、ニーネとニーナのことだろうな。
でも、それに反応すると話が脱線しそうだから、いまのは聞かなかったことにさせてもらおう。
「――魔武道大会の開催期間も終わりに近づいてきたある日、ついに『モンスターの凶暴化現象』を引き起こした黒幕がリルたちの前に姿を現す。『悪魔の仮面』と名乗る仮面の男が、ひとりの部下を従えて、ね。そしてその部下の名は、暗殺者……クラフェル」
「クラフェル!? 待て、そいつは『スペリオル』のときに死んでなかったっけか!?」
「『スペリオル』の第一部の最終巻でのことだよね? 確かに、漆黒の王と戦う前に、聖蒼の王と同化したミーティアが『ライコウ山脈』で倒してる。でも死んではいないんだ。というかさ、僕は『クラフェルは死んだ』なんて、一言も言わなかったと思うんだけど?」
「あ、あれ? そうだったっけか……?」
「うん、絶対言ってない。ともあれ、ファルカスにとっての因縁の相手を従えて、リューシャー大陸に異変を起こした元凶は姿を現した」
「当然、ファルカスはクラフェルと戦うことになるんだよな?」
「うん。といってもクラフェルは『悪魔の仮面』から力を与えられてるから、ファルカスとサーラの二人がかりでやっと互角って感じだけどね」
「なんつーか、他人の力を借りてばっかいるな、クラフェルってのは……」
「そういうキャラだからね……。一方、リルたちは『悪魔の仮面』と対峙することになる。もちろん、『悪魔の仮面』はモンスターを意のままに操る魔術を修得しているから、乱戦になるわけだけど」
「あ、そっか。モンスターを凶暴化させてる黒幕なんだから、自然とそうなるのか。いやまあ、言われてみりゃ当たり前のことだけどよ」
膝を叩いて納得している力也に、僕は安堵を覚えつつ続けていく。
「戦いの中で、『悪魔の仮面』がリュシアのものとは別の『闇を抱く存在の欠片』を取り込んでいることが判明する。その力を得たから、リューシャー大陸に住まうすべてのモンスターを操るなんてことが可能になったんだ。
そして同時に、『悪魔の仮面』がラルドの両親の仇であることも明らかになる」
「どういうこった? ラルドの親はモンスターに殺されたんだろ?」
「そうだよ。――『悪魔の仮面』が操っていたモンスターに、殺されたんだ」
「あ、そういうことか……!」
大きく目を見開いた力也に、僕はうなずきを返し、
「リルとリュシア、そしてラルドは『悪魔の仮面』に苦戦する。そもそもさ、悲しいほどに実力差がありすぎたんだ。リルは『聖戦士』たちよりも弱いし、ラルドは漆黒の王の力を使いこなせてはいるけど、『闇を抱く存在の欠片』を持っている『悪魔の仮面』には及ばないし、リュシアに至っては、なんだかんだいっても十歳くらいの少女でしかないから」
「あれ!? リュシアって戦えねえの!?」
「一般人よりは強いよ? でも彼女の持つ『闇を抱く存在の欠片』は、『悪魔の仮面』のそれと比べて、あまりにも小さなものだったんだ。そして、第三巻はここで幕。思いっきり『次巻に続く!』ってなってる」
「おいおいおいおい! そこで終わっちまうのかよ!」
「次の巻が出るまでが、また長くてね。一年以上待ったよ……」
「そ、それは辛えな。マンガなら本誌を追えばいいわけだが、お前の口ぶりからするに、それはできねえっぽいもんな……」
「うん、辛かった……。で、第四巻はね、場面が変わって、アスロックの視点から始まるんだ」
「リルたちはどうなったあぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
ああ、当時の僕もこんな感じだったなあ。
でも、構成というのはときに無慈悲だ。
なので、僕は容赦なくこう告げる。
「しばらくお預け。――アスロックたち五人はね、メルト・タウンから北にあるカノン・シティっていう町に立ち寄ってた。そこに皇帝騎士団のひとりが住んでるからって。そして、そこでミーティアとバッタリ出くわすことになる」
「おっ、ついにか!」
「ついに、だね。腑抜けた自分を見られたくないミーティアは、当然アスロックたちから逃げだそうとするんだけど、彼らはそれを阻止する」
「まあ、読者の側としても、そこで逃げられちゃあたまらねえわな」
「だね。……で、読者には第二巻の段階でわかってることなんだけど、しばらく会わずにいたうちに、ミーティアはもうどうしようもないくらい卑屈な性格になっちゃってた。そんな彼女を見て、リースリットが憤ったんだ。彼女はミーティアのことを『王』として、とても見込んでいたから」
「王?」
「これから先の未来において、人間たちに惜しみない愛を与え、そして導いていく者。言うなれば『救世主』。それがリースリットの言う『王』」
「ふうん、ガキ大将みたいなもんか」
「全然違うから。――いまの卑屈な性格になってしまったミーティアには、もちろん『王』の資格なんてありはしない。
そりゃ、ミーティアは『スペリオル』の頃から『自分が『王』になんてなれるはずがない』って言ってはいたけどさ、でも、それは一種の謙遜。現在の彼女のように、心から『不可能』と思っていたわけじゃなかったんだ。でも、いまは……」
「神族四天王絡みで色々あって、腑抜けちまってるんだもんな……」
「そういうこと。……もちろんリースリットだって、その憤りは自分勝手なものなんだってわかってはいるんだよ? でも、だからって自分の感情を抑えるなんてこと、そのときの彼女にはできなくて……」
「なんか、決闘でも始まりそうな雰囲気だな……。いや、ミーティアがそんなんじゃ、戦いにはならねえか」
「ううん、まさに決闘になるんだよ。ミーティアも『モンスター凶暴化現象』の調査をするに当たって、神族四天王から色々と命令されたりしてたからね。そのうえ、リースリットには『王』として勝手に期待されてて、失望されて、憤られるだなんて、たまらないじゃない。ミーティアからしてみれば、『いい加減にしろ』って爆発したくもなるってわけ」
「けどよ、これはオレがそう思ってるだけなのかもしれねえが、そうやって憎しみをぶつけあっても、なにひとつ解決なんてしないぜ? まあ、現実に起こったことじゃねえわけだから、殴りあったあとに清々しく仲なおりってのも、できなくはねえのかもしれねえが……」
「確かに、力也の過去と被るものはあるね。でもミーティアとリースリットの戦いは、もちろん剣と剣、魔術と魔術をぶつけあうものではあったけど、それ以上にお互いの思っていることをぶちまけあうためのものだったから」
「いや、だからよ。ただぶちまけあうだけじゃ、なにもいい方向には転がらねえってオレは言ってるわけでだな?」
「でも、お互いが『相手を理解したい』って思っているのなら、どう? ミーティアは戦いながらも考える。どうしてリースリットは自分にそこまで期待してくれていたのか。なんで腑抜けた自分の姿を見て、異常と思えるほどに憤ったのか。
果たしてリースリットは、ミーティアに裏切られた被害者なのか、それとも被害者ぶってるだけの加害者なのか、と」
「なんか、オレにはよくわかんなくなってきたな……」
「リースリットも戦いながら考える。この四年間、ミーティアはなにを思いながら生きてきたのか。聖蒼の王と同化することによって、ミーティアはどれだけの幸を得られたのだろうか、そしてどれほどの不幸を背負ったのだろうか。
自分は彼女に、自分が理想としている『王』の姿を幻視していただけで、『ミーティア』という一個人を見ることはできていなかったのではないか。いや、見ようとすらしていなかったのではないか。
果たしてミーティアは、自分の願いを裏切った加害者なのか、それともリースリットの理想に巻き込まれた被害者なのか、と」
「……ええと、マジでわかんなくなってきたんだが。要はどっちが悪者なのかってことを、二人して延々と考えてるってことでいいのか?」
「そうだね。リースリットの願いをミーティアが裏切ったのか、それともリースリットが自分の願いをミーティアに押しつけていたのか。そして、その結論の出るときが、二人の戦いが終わるときだった」
「どう、なったんだ?」
「勝ちを収めたのは、リースリットだった。でも二人が出した答えは、どちらも同じ。それは、『自分が加害者だ』というもの。
ミーティアは自分という人間の――正確に言うなら、『生命あるもの』の持つ無限の可能性を否定していたことを恥じ、リースリットもまた、自分に代わる『救世主』を求めていただけだったのだと、その存在を得なければ恐ろしくて仕方がなかったのだと気づき、そんな自らを愚かと断じた」
「……悪りい。やっぱりよくわからねえ」
「要するに、ミーティアは『人間だって自分の足で歩いていけるんだぞ!』ってことをようやく思いだせて、リースリットもリースリットで『たくさんのことを自分ひとりで背負い込みすぎてる。これじゃいけない』って思えるようになったんだよ」
いやまあ、リースリットはミーティアと違って、『世界を救う』ことを目的としてるから、そんな単純な答えではなかったのだけれど。
でも力也にはこのほうが伝わりやすいだろう。そもそも、このあたりのことは本当に複雑だから、僕としても説明するのは骨が折れるし。
そんな僕の判断は正しかったようで、
「なるほど、それでやっとわかったぜ」
という納得のうなずきを、なんとか彼からもらうことに成功した。
……よかった。これでもし、また『全然わからねえよ』とか言われたら、一体どうしようかと思ったよ。
「こうしてミーティアとリースリットの戦いは幕を下ろし、視点はファルカスのものへと移る。もちろん、舞台となるのはフロート・シティ。これまでに何度となく立ちはだかった、クラフェルとの戦闘の場面からだね」
「あー、そういや戦ってたな。すっかり忘れちまってたぜ……」
「まあ、無理もないよ。実を言うと僕もそうだったから。ミーティアとリースリットのパートはインパクトあったからね。……いろんな意味で」
「いろんな意味で?」
「ほら、ようやくミーティアとアスロックたちの再会の場面が描かれたっていうのもあるし、かと思えばミーティアとリースリットが戦うなんていう、まさかの展開になるし、ミーティアがようやく立ちなおったり、リースリットが考え方を改めたりするシーンでもあったからね」
「確かに、色々とあったな……」
「でも黒幕に関連する問題は、なにひとつ解決していないわけで。ファルカスの視点は、そのひとつの決着だね。彼とサーラはクラフェルと長きに渡る死闘を演じ、ついに彼の息の根をとめる」
「おお、ようやくか。……さすがに、もう出てこねえよな?」
「うん。ちゃんとファルカスがとどめを刺してるからね。そしてシーンは、リルとラルド、そしてリュシアが『悪魔の仮面』と戦う場面に切り替わる」
結末まではいけませんでした。
でも充分に長いという……。
次回で『ロスト・スペリオル』の話は終了。
この会話中心のパターンも、今月中には終わらせたいところです。




