第二十話 スペリオル第二部
「――さて。ここからは、第二部の話になるね。まずミーティアたちが向かったのは、フロート・シティの北にある『奇跡の丘』。ニーネはここに来ることで、他の大陸に渡るための『船』を創ることができるから。
そうそう、『奇跡の丘』が『界王の聖地』だっていうのは、このときに初めて判明するんだ」
「そういや、オレが風呂に行く前に、そんなことを言ってたような……?」
「うん、言った言った。で、ミーティアたちは、『闇を抱く存在』に会って『『我』を滅ぼせ』っていう言葉の真意を聞くために、『奇跡の丘』から外の大陸へと旅立った。
……と、そうだ。ミーティアの姉であるセレナはね、この旅には同行しないんだ。というのも彼女、魔王復活の噂が静まったら『妖かしの森』に戻るって、最初から決めてたらしくて。まあ、予想外の嬉しい再会だったわけだから、そのことにミーティアたちが文句を言ったりはしなかったんだけどね」
ここまでが第二部――『スペリオル』第八巻のプロローグだ。
「ときは蒼き惑星歴1904年。これといった指針も得られないまま、ミーティアたちは一番近くにあったエルフィー大陸に辿りつく。名前からもわかるだろうけど、この大陸にはエルフ族しか住んでいなくてね。
しかもこの大陸のエルフは、リューシャー大陸に住むそれとは違って、『生命体の力量』を数値化して測定するという特殊能力を持っていたんだ。ちなみに、この『生命体の力量』は、この作品内において『戦闘能力』と呼称されてる」
「ありゃ? どっかで、そんな感じのマンガを見たことがある気がするぞ……?」
「まあ、『スペリオルシリーズ』の作者だって、他の創作物に影響を受けることはあるでしょ。ちなみにこの『戦闘能力』はね、ミーティアたちは自力で、しかも容易に増減させることができるものだったんだ。
だから、ミーティアたちのことを『弱い』と判断して襲いかかってきた一部の好戦的なエルフたちは、彼女たちによってあっさりと返り討ちにされちゃった。リューシャー大陸に住む者たちとは違って、エルフィー大陸のエルフたちは『戦闘能力』を自由にコントロールできなかったからね。……まあ、ダークエルフの場合は、その限りじゃないんだけど」
「う~ん、やっぱりどっかで似たようなマンガを見たことがあるんだが……」
ぼやき続ける力也に、フィアリスが肩をすくめ、
「物語の原型なぞ、シェイクスピアの時代にはとうに出し尽くされてしまっておる。似てしまうのは無理のないことといえるじゃろう」
その言葉には、僕も強く同意する。
だって、それは僕も常々感じていたことだったから。
「そうそう。のちの世に生きる僕たちには、出し尽くされてしまった原型たちを可能な限り分解し、それらの影すらも感じさせないくらい巧妙に繋ぎあわせるくらいしか、オリジナリティを出す方法が残されていないからね。
物語を創るっていうのは、ゼロから『一』を生みだす行為を指すんじゃない。百の物語を分解し、統合し、『一』にすることをいうんだ」
「わかるような、わかんねえような……」
顔をしかめ、頭を抱えてしまった力也を見て、僕は『しまった』と掌を口に当てる。
「あ、ごめん。脱線しちゃったね。いや、物語の創り方とかの話になると、どうしても……」
口ごもる僕を促してくれたのは、フィアリス。
「では、理緒の気も済んだようじゃし、話を戻すとするかの。確か、このときの非戦闘時のミーティアの『戦闘能力』は、たかだか五十程度であったはず。じゃが、戦闘時にはそれが千の位を優に超えるんじゃったな」
「うん。対して、襲いかかってきたエルフたちの『戦闘能力』は、一番高くても百五十しかなかった。ミーティアひとりであったとしても、負けるなんてありえない状況なわけだね。
で、その強さを見込まれたミーティアたちは、エルフィーの村の村長――『聖獣』に仕える、この大陸の最高権力者から、邪悪なダークエルフを倒してほしいと依頼されることになる」
「『聖獣』? この大陸にも『聖獣』がいんのか?」
力也の問いに、僕は首を縦に振った。
「『聖獣』はすべての大陸に存在してて、しかも外界の『聖獣』は、ちゃんといまも生きてるんだよ。魔族によって倒された『聖獣』――リューシャーのほうが、むしろ例外なんだ」
「うむ。あとこの頃は、大陸の名をそのまま冠する四体の『聖獣』をひとくくりにし、『四聖獣』などと呼ばれてもおったの。それと、エルフィー大陸とルアード大陸の『魔獣』は、『聖獣』との決戦に敗れ、滅んでおったはずじゃ」
「……何度も言うようだけどさ、やっぱりフィアリス――」
「じゃから、その本を読んだことはないと言うておろうに。しつこい男は嫌われるぞ?」
「はいはい……。ともあれ、そんなわけでこの大陸には『魔獣』がいないんだよね。いるのは『聖獣』であるエルフィーだけ。このエルフィーがミーティアたちに味方してくれることになるんだ。
といっても、ダークエルフだって『聖獣』が護り、慈しむべき存在であることには変わりないから、そこまで積極的な協力は得られなかったんだけど」
僕の言葉に、力也は目を丸くして、
「なんでだ? ダークエルフっつったら、邪悪なものだって相場は決まってるじゃねえか」
「『スペリオルシリーズ』ではね、ダークエルフという種族も、人間やエルフと同じ『生命あるもの』として描かれてるんだよ。
確かにダークエルフは『邪悪な神々』――『闇を抱く存在』が創りだした魔族に忠誠を誓ったということにされてるけど、それはエルフ族がダークエルフ族を差別して、森の奥深くに追いやるための口実にしかすぎなかったし。どちらかといえば温厚な種族だからね、『スペリオルシリーズ』のダークエルフはさ」
「じゃあ、なんだ? 村長はミーティアたちを騙したのか? 自分たちの代わりにダークエルフを攻撃させてえからってんで」
「ううん、そういうわけじゃないんだよ。最近になってね、一際強いダークエルフの青年が、現状に耐えきれなくなって反旗を翻し始めたっていうんだ。それも、彼ひとりで」
「それは……無謀じゃね?」
「普通なら、ね。でも彼は『闇を抱く存在』が創りだした魔族と契約していたから」
皮肉にも、本当に『邪悪な神々』に忠誠を誓うことで『力』を得てしまったというわけだ、この青年は。
「なあ、さっきから気になってたんだがよ。なんだ? その『闇を抱く存在』が創りだした魔族ってのは? 『闇を抱く存在』は魔族じゃないんじゃなかったか?」
「ああ、そのこと。それはね――」
「それは、わしが教えてしんぜよう。『闇を抱く存在』は『天上存在』じゃ。である以上、『分霊』という手段で、『善の因子』を持つ者と『悪の因子』を持つ者を――ここで言うところの『神族』と『魔族』を創ることができるわけじゃな。そも漆黒の王とて、もとは界王によって創られた存在なのじゃから」
「でも、なんでわざわざ魔族を創る必要があったんだよ? 同じ創るんなら、神さまを創りゃいいじゃねえか」
「『分霊』によって創られた存在は、創造者よりも『格』が落ちる。いかに『天上存在』とはいえ、そう簡単に『神格』を持った存在は創りだせぬのじゃ。それに『闇を抱く存在』には、創るのならば魔族でなければ、という理由が二つほどあったしの」
「理由? どんなのだよ?」
「ひとつ目は、すべての『生命あるもの』を共存させるためじゃ。当時、いくつかの大陸では、『聖獣』によって『魔獣』が滅ぼされておった。となれば、次に起こるのは『地の支配者』となった『生命あるもの』同士の争いじゃろう。
その可能性の芽を摘みとらんと『闇を抱く存在』は、『生命あるもの』共通の外敵として、『魔獣』に代わる魔族を創りだしたのじゃ。それも『高位魔族』に匹敵する強さを持つものを、な」
「もうちょっと人間の可能性ってもんを信じてやれよって思いもするが、まあ、考えてることはわからなくもねえな……」
少し遠い目になって呟く力也。
けど、ちょっと待ってほしい。
「あのさ、フィアリス。それ、僕は初耳なんだけど? ミーティアたちが『闇を抱く存在』と再会する場面でも、そんなことは語られてないんだけど?」
「おや、そうじゃったのか? まあ、細かいことじゃ。気にするでない」
「気にするなって言われてもなあ……」
「……まさかとは思うが、二つ目の理由すらも、それには載っておらんのか?」
「ううん。たぶん、これに載ってることと同じだと思う。……えっとね、力也。さっきフィアリスも言ってたけど、『闇を抱く存在』は自らの抱く『闇』に絶望しているんだ。だからそれを少しでも外に出したいと願った」
「なるほど。察しの悪いオレでもわかったぜ。魔族を創って外に放り出せば、その分だけ自分の中の『闇』が消えるってわけなんだな?」
「そういうこと。……って言ってあげたいところなんだけど、実はそうじゃないんだ。いや、『闇を抱く存在』は力也の推測どおりの目論見で魔族を創りだしたんだけどね、でも、その行為は無駄でしかなくて……。ほら、『闇を抱く存在』が抱えてるのはさ、『闇』であって『魔』ではないわけだから」
「そんなに違うか? その二つ」
「全然違うんだよ。『闇』は人間も持っている、『影』みたいなものだけど、『魔』は『悪性』が転じて成るものだから。少なくとも『スペリオルシリーズ』では、そういうふうに解釈されてる」
「ふうん。まあ、現実でも『心の闇がどうたらこうたら』って騒がれてたときがあったしな」
「的外れなような、そうでもないような微妙なところだね、それ……」
「ありがとよ」
「褒めてないから。しかもまた脱線しちゃってるし……」
「え? してたか? 脱線」
「しておったかの?」
きょとん、とした目を向けてくる二人に、僕は思わず脱力してしまう。
「いや、してたでしょ。……こほん。村長からの依頼を受け、ミーティアたちはダークエルフの住む森の奥深くへと足を踏み入れた。そこで彼女たちは、ラルク・ディル・メナスという名のダークエルフの少年と出会い、今回の件ではダークエルフも困り果てているのだと知ることになる。
サーラは、この事件を機にダークエルフへの迫害をやめるべきだと村長にかけあうことを彼に約束し、そのお礼というか、報酬の前払いというか、そんな形でラルクの持っていた水晶剣を、ファルカスに譲ってくれないかと頼んだ。
ほら、アスロックとファルカスは漆黒の王との戦いで、それぞれ聖蒼の剣と漆黒の剣を失ってたでしょ? エルフによる迫害をやめさせたいというのだって、もちろん彼女の本音なわけだけど、二人の戦士が市販の剣しか持ってないというのは、戦力的にあまりにも心許ないからね。どちらか片方だけでも、そこそこいい剣を持っていてもらいたいってものでしょ。そのあたり、サーラは実に上手く交渉してみせたわけだね」
「これで戦力アップ。ボス戦前の準備は整ったってわけか。……いやまあ、アスロックがまだ全然だけどよ」
「でも『聖獣』エルフィーの力添えもあって、ミーティアたちはなんとか件のダークエルフと魔族を倒すことに成功するんだ。そして彼の持っていた漆黒魔道剣を頂戴し、アスロックが使うようになる」
「それはでけえ収穫だな。ボス戦終わっちまったあとにってのが、ちょっとばかり残念ではあるけどよ」
「でもほら、これからも他の大陸を巡る必要があるわけだからね。――さて、依頼は達成できたわけだけど、どうやったってエルフとダークエルフの間にできた溝は埋まりそうになかった。当然だよね、長い歴史の積み重ねがあるんだから」
肩をすくめた僕に同調するかのように、フィアリスは長い銀色の髪を人差し指にくるくると巻きつけながら、
「そのうえ、エルフもダークエルフも長命じゃからな。お主ら人間のように『水に流す』というようなこともせぬのじゃよ」
「そうなんだよねえ。たとえ世代が代わっても、いつまでも恨み続けるってわけ。だから結局、『聖獣』に一目置かれるミーティアたちであっても、相互不干渉にさせる以上のことはできなかったんだ。
もちろん、今回の一件が『ダークエルフの総意』というわけじゃないんだってエルフたちに認めさせただけでも、充分にすごいことではあるんだけどね」
「無理もねえと納得するか、バカみてえと呆れるか、迷う話だな」
「うん。現実にだって、差別や『水に流せない人』っていうのは存在するわけだから、難しいところなんだと思う。……けど、ミーティアたちはいつまでもこの問題にかかりっきりになってるわけにもいかない。
この大陸での事件を解決するために一緒に戦ったダークエルフの少年――ラルクが外の世界に興味を抱いてたこともあって、彼を仲間に加え、彼女たちは旅を続けることにする」
「また船旅になるってわけだな。次はどんな大陸に行くんだ?」
「それなんだけどね、ミーティアたちはエルフィー大陸で、『闇を抱く存在』が創ったという魔族がいるんだってことを知ったでしょ? しかもミーティアたちだけじゃなく、大陸に住んでいた者にまで敵意を持っていたわけで。だから『これは悠長に旅をしている場合ではない』って彼女たちは結論づけるんだよね」
「……ええと、つまり?」
「つまり、パーティーを二つに分けることにしたんだ。『闇を抱く存在』の情報を短期間で集めて、一刻も早く接触するために。片方はミーティアとアスロック、ドローア、そしてニーネ。この四人はエルフィー大陸を北上して、ドルラシア大陸の西部に向かう。
もう片方はファルカスとサーラ、ニーナとラルク。こっちのメンバーは、ラルクが所有していた船で東へ。カータリス大陸とルアード大陸を経由し、最終的にはドルラシア大陸の東部を目指すって感じだね」
「……悪りい。とてもじゃねえが、憶えきれねえ……。とりあえず、ドルラシア大陸ってところで合流しようってなったんだな?」
「そうなるね。それで、ここからはミーティアが主人公の巻と、ファルカスが主人公の巻とが、交互に発売されることになったんだ。先に刊行されたのは、ファルカスの視点で描かれたほう」
つまりは、カータリス大陸でのエピソードだ。
「カータリス大陸に住んでいたのは、ファルカスやサーラと同じ『人間』だった。少なくとも、外見的にはね。でも、たったひとつ大きな違いがあったんだ」
「へえ、どんなだ?」
「ダークエルフ並の、高度な耐魔能力。わかりやすく言い換えるなら、精神に作用する魔術を、自分の意思とは無関係に防御してしまえる力。カータリス大陸の住人には、それが生まれつき備わっていたんだ」
「へえ、じゃあ魔術による攻撃を食らっても、多少ならどうってことはねえわけだ」
「それが物質を破壊するタイプの魔術でさえなければ、ね。この作品の世界の魔術ってさ、大別すると三種類に分けることができるんだ。
ひとつ目はポピュラーな、地・水・火・風の精霊魔術。二つ目は、『生命あるもの』の精神力のみで発動させる精神魔術。あ、これは怪我の治療などができる白魔術と、人間の持つ負の感情をエネルギーに変換して敵を討つ黒魔術とに、さらに分けられているね。
そして三つ目は、神族や魔族の力を借りる超魔術。こっちは神の力を借りる神界術と、魔族の力を借りる魔界術とに分けられてる」
「ええと……? つーことは、なんだ? 精神魔術と超魔術は食らっても問題ねえが、精霊魔術だけはそうもいかねえってことか?」
「そういうこと。でも『魔獣』や魔族が使うのは、精神魔術か魔界術のどちらかなんだ。だからこの大陸の住人は、『魔獣』や魔族を極端に恐れてはいなかった。ファルカスたちがカータリス大陸に到着する前に、魔風神官シルフィードがここにやってきていたんだけど、それだってそこまで脅威にはなっていなかったし」
「シルフィード? なんで、そんなのがやってきやがったんだ?」
「これといった任務がなくて暇だからって、人間いびりに。もちろん本当のところは、外の大陸のことを調べていたわけなんだけど」
「でも、脅威じゃねえとはいっても、『闇を抱く存在』が創りだした魔族ってやつ同様、放ってはおけねえよな?」
「もちろん。ファルカスたちは『聖獣』カータリスに協力を仰ぎ、この二体の魔族を滅ぼしにかかった。このファルカスたちの助力はね、実はカータリスにとってもありがたいことだったんだ。いかに『聖獣』とはいえ、高位の魔族を二体同時に相手することはできなかったから。
といっても、勝てない戦いだったってわけじゃないんだよ? 大陸に住む人間を巻き込むわけにはいかないっていう配慮と、万が一……いや、億にひとつの可能性であったとしても、自分が負けるわけにはいかないっていう気持ちがあったから、カータリスはうかつに仕掛けることができなかったんだ」
敗北が絶対に許されない戦い。
それは、ミーティアたちがいままでやってきた『全力を尽くして負けるのなら、それもまた良し』という戦い方とは、まるで違うものだ。
一番違うのは、やはり、根本的な『戦う動機』だろうか。
ミーティアたちは、ほとんどの戦闘を『自分のため』に行ってきていて。
カータリスは、『大陸に住まう『生命あるもの』のため』に戦おうとしていた。
それは、いわば。
『個』を守るための戦いと。
『種』を護るための戦いだ。
「で、戦いの結果はどうなったんだ?」
「『闇を抱く存在』の創りだした魔族を滅ぼすことには成功したよ。でも魔風神官には逃げられちゃった」
「またかよ。しぶてえな……」
「まあ、残る最後の『高位魔族』だからね。第一部のとき以上に慎重になってるってことなんじゃないかな。――ともあれ、事件を解決したファルカスたちは『闇を抱く存在』の情報を『聖獣』カータリスから得て、次なる大陸へと旅立った。そして、一方ミーティアたちは……」
いい加減にしゃべり疲れてきて、僕はそこで一度口を閉じた。
それから、なんとなく天井に目を向ける。
けれど、目の前に座るフィアリスからは無言の圧力を感じるし、力也のほうも話の続きを聞きたそうだった。
ため息をひとつ漏らしてから、僕は視線をフィアリスの顔へと戻し、再び口を開く。
「ミーティアたちはドルラシア大陸へと上陸。ここでも『闇を抱く存在』の創りだした魔族と戦うことになる。でも彼女たちの本当の敵は、そんなわかりやすいものじゃなかったんだ」
「……悪りい。話が全然見えねえ」
「この大陸の西部ではね、攻撃系の魔術――特に黒魔術を使う者を『野蛮』とする風潮があったんだ。逆に治癒などをメインとする白魔術は神聖なものとされ、その使い手を『清らかな魂を持つ者』とする傾向もあった。でも、悪いことにミーティアは黒魔術の専門家。どれだけモンスターを倒せようとも、大陸の人間からは野蛮人扱いで、宿屋にすらまともに泊めてもらえない」
「そこまでかよ……。ぶっちゃけ、こっちにはサーラを連れてきたほうがよかったんじゃね?」
「うん。いっそ清々しく感じられるくらいの人選ミスだと、僕も思う。でも、そんなことを言ってもなんにもならないわけで。――襲いくる魔族と刃を交えながら、ミーティアたちはドルラシア大陸を東へと進んでいった。ファルカスたちと再会するためにね。
そして『聖魔の隔て』と呼ばれる国境沿いで、魔族を滅ぼすことに成功する」
部屋にしばし落ちる沈黙。
それを、すごく物足りなさげな声音で力也が破った。
「まさかとは思うが……それで、終わりか?」
「だね。ドルラシア編は、ひとまずここで終わり。次はファルカスたちの視点に移ることになる」
「かあーっ! なんだかなあ! なんだかなあ!!」
「まあ、この巻では野宿の大変さとか、そのときのミーティアたちの心情とか、そういうのがメインで描かれてるからね。大陸に住む人ともほとんど関わらなかったし、『聖獣』ドルラシアだって姿を見せなかっ――」
「それだ! なんか肩透かし食らったと思ってたんだが、『聖獣』が出てきてねえんだ!」
「まあ、最終巻ではちゃんと出るからさ」
「本当か?」
「本当だよ。というか、嘘ついてなにになるのさ。――で、ファルカスたちの視点に移るわけだけど、彼らはカータリス大陸を発って、次なる大陸を目指していた。その大陸の名はルアード大陸。
ここではね、魔術というものがまったく研究されていなかった。けど、その代わりに科学的な技術が発達していたんだ」
「つまり、オレたちが住んでいる地球と同じ大陸ってことか?」
その言葉に、僕はちょっと考え込んで、
「学校とかがないから、同じとまではいかないんだけど、でも……うん、かなり近いかな。で、この大陸にはね、鉄で造られた『機兵』や魔道銀で造られた『闘機兵』というのが存在していて、それらが人間の代わりに争いあっていたんだ」
「オレたちの世界の『戦争』と大差ないわけだな」
「でも、ファルカスたちからしてみれば逆に馴染みのない光景なわけで。『機兵』とかはさ、要するにパイロットなしで動くロボットなんだけど、そんなこともファルカスたちには理解できないわけだね。そしてこれが一番のポイントなんだけど、この『機兵』たちには、物質を破壊する精霊魔術以外の術は通用しなかったんだ」
「まあ、当然だわな。心がねえんだから」
「うん。精霊魔術や超魔術は精神――心を破壊する術。でも、『機兵』にはそれが存在しない。存在しないものは、存在しないがゆえに壊せない。けど、ファルカスたちはずっと魔族と戦ってきたわけだからね。
ほら、精神生命体である魔族にはさ、物質に働きかける精霊魔術が通用しないでしょ? 魔族と同じ要領で戦うことができない『機兵』という存在は、ファルカスたちにとっては非常に厄介な相手だったんだよ」
「……なるほどな。魔族を相手にするときとは、まったく逆の戦い方をしなきゃいけなくなったってわけか」
「だね。『機兵』には心がないわけだから、心理的に揺さぶるような作戦も通用しない。純粋に、力と力でぶつかり合うしかないってわけ。おまけに『闇を抱く存在』が創りだした魔族が、ある権力者に力を貸したものだから、さあ大変」
「『機兵』を壊すためには精霊魔術でないといけねえ。魔族を倒すには精霊魔術じゃ絶対にダメ、か。絶望的な戦いにはなってねえが、ぶっちゃけ面倒くせえな、こりゃ」
まったくもって同感だ。
でも、僕は首を横に振ってみせる。
「けど、この大陸での味方がいないってわけじゃない。ファルカスたちは事件の最中、『聖獣』ルアードの協力を得ることに成功したから。でも、この大陸の人間たちは『聖獣』の存在を軽んじていてね。まあ、ルアード自身も大陸に住む人間とは深く関わろうとしてなかったし」
「なんか、頼りになりそうにねえ『聖獣』だな。つーか人間のほうも、ちゃんと『聖獣』を崇めろよ。他の大陸みたいによ……」
「でもさ、そんなの僕たちだって同じじゃない? 僕たちだって『神さま』なんて信じてないんだから」
「でも『聖獣』は、人間の目にちゃんと見えるんだろ?」
「深く関わってないわけだから、目に見えないも同然だったんだよ。『聖獣』の力の源は魔力だからね。この大陸の人間たちからしてみれば、受け入れがたい存在でもあったし。
それを理解していたからこそ、ルアードは『魔獣』を滅ぼして以降、人前に姿を現すことはせず、影から人間たちを護ってきた。――この『聖獣』はね、『人間』ではなく、『人間の営み』をこそ愛していたから」
「よくわかんねえが……なんにせよ、ルアードが仲間に加わったわけだな? 敵は例の権力者と『闇を抱く存在』が創った魔族か?」
「そうだね。精霊魔術で、あるいはルアードが力ずくで『機兵』や『闘機兵』をなぎ散らし、ファルカスたちは例の権力者を止めるために動いた。そして、止めるためには魔族を倒すしかないと悟ることになる」
「あれだな。その権力者、井の中のかわずってやつなんだな」
「……ええと、力也はたぶん『虎の威を狩る狐』って言いたかったんだよね? 『い』しか合ってないよ? というか、漢字も『井』と『威』で間違ってるし……」
「細けえことじゃねえかよ!」
「そう言うなら、知ったかぶるのはやめようよ……。ともあれ、ファルカスたちは魔族を倒し、権力者を完膚なきまでに打ちのめした」
「命まではとらなかったんだな」
「そりゃあね。その場には僧侶のサーラもいたわけだし。――ファルカスたちはルアードから礼の言葉と『闇を抱く存在』に関する情報をもらい、ルアード大陸を発つことにする。向かうはドルラシア大陸の東部だね」
「そこに着けば、サーラは女神扱いされるんだろうな」
「ところが、ことはそう簡単には運ばなくてね。確かにドルラシア大陸の西部では、攻撃系の魔術は異端視され、野蛮との誹りを受けていた。でも『聖魔の隔て』を越えた東部では、その価値観も逆転していたんだ。こちら側の風潮は、『戦いを恐れる臆病者に価値はない』というものだった。幸い、サーラも強かったからね。僧侶だからって迫害されるようなことにはならなかったんだけど……」
苦笑してみせる僕に、力也も『やれやれ』とばかりに両手をあげた。
「なんつーか、あれだよな。人選ミスにも程があるっての?」
「まさに、そんな感じだよね。実際、ファルカスたちがミーティアたちと再会したそのとき、ミーティアは早くも『戦女神』として名を馳せてしまっていたし……」
「なんでそんなことに……」
「反動があったんだよ。『聖魔の隔て』を越える前はさ、攻撃呪文を使っただけで野蛮人扱いでしょ? それがここでは、モンスター相手に力を振るえば振るうほど褒められるんだから。ミーティアの、少しばかり調子に乗りやすい性格も手伝って、まあ、一躍有名人に……」
「人選ミスここに極まれりって感じで、逆に笑えてくるな。なんでミーティアは最初から東部に行かなかったんだっつーか……」
「まあ、うん。そうだね……。ともあれ、ファルカスたちと合流したミーティアは、ファルカスの得た『闇を抱く存在』の情報を頼りに、ドルラシア大陸の最北端へと足を伸ばすことにする。そこに『闇を抱く存在』の本体があるからってね」
「いよいよ対決か……!」
「対話するシーンもあるから、いきなり戦闘開始とはならないけどね。道中、『闇を抱く存在』の創りだした最後の魔族が襲いかかってもきたし。まあ、フルメンバーになったミーティアたちが負けるわけないんだけどさ」
「なるほど。ちょっとした前座ってとこなんだな」
「おまけに、この魔族の撃退に時間をとられたおかげで、『四聖獣』の応援が間に合いもした」
「運がねえな、『闇を抱く存在』……」
ぼやく力也に、僕はちょっとだけ笑みを交えて返す。
「そう思うでしょ? でも『闇を抱く存在』の狙いはね、他でもない『四聖獣』がミーティアたちに協力し、揃って自分と敵対してくれることだったんだよ」
「どういうこった? それほどまでに圧倒的なのか? 『闇を抱く存在』ってのは」
「うん、それほどまでに圧倒的。だからこそ、『闇を抱く存在』は『四聖獣』が集い、自分と敵対関係になるのを望んだ」
「……おい、それはなんか色々とおかしくねえか? それともあれか? 『闇を抱く存在』は『戦闘狂』だったのか?」
その呼称は力也にこそ似合いそうだね、体格的に考えて。
そんなことを思っているうちに、フィアリスが否定の言葉を口にした。
「そんなわけがなかろう。……言ったじゃろう? あやつは温厚なやつじゃ、と。あれの望みはただひとつ。自らの抱く『闇』を消し去ることのみじゃよ」
「つまり……どういうことだ?」
フィアリスは軽く嘆息するだけで答えない。
それどころか、僕のほうに目を向けてきた。
どうも僕に任せるつもりでいるらしい……。
「『闇を抱く存在』はね、自分の中にある『闇』をなくすために、『四聖獣』を取り込みたかったんだよ。『四聖獣』の持つ『聖』の属性が、自分という存在を弱体化、あるいは消滅させるとわかっていても、ね」
「おい、話がいまひとつ見えねえぞ? なんで『闇』をなくすことが『闇を抱く存在』の弱体化や消滅に繋がるんだよ? 要らねえもんがなくなって、強くなるほうが自然じゃね?」
それにはフィアリスが口を開く。
き、基準がわからない……。
「『闇を抱く存在』の抱いている『闇』はの、なんのかんの言って『強大な力』なんじゃよ。むろん、誇れる力ではない。『闇』ではなにも救えぬ。されど『力』であることも、また事実なんじゃ。それを失えば弱くもなろう」
「わかったような、わからねえような……」
フィアリスに言葉を続ける様子がないのを確認してから、今度は僕が補足する。
「それにさ、ほら、第一部の最後で『世界にとっての希望であるミーティア』を取り込ませろって言ってきたでしょ? 漆黒の王を滅ぼす交換条件に。あれも『闇を抱く存在』が、自分の『闇』を消し去りたいがために出したものだったんだ」
「その発想はわからなくもねえけどよ。でも、それってつまり……」
「自殺だね。ミーティアたちや『四聖獣』を巻き込んだ、大規模な自殺……」
「だよな、やっぱり……」
「第一部の最後では、『ドルラシア大陸にいる『我』を滅ぼせ』とも言っているしね」
「それが、『闇を抱く存在』の望みってことか?」
「そういうこと。――『闇を抱く存在』は『四聖獣』を取り込み、多少なりとも『闇』を消し去ることに成功する。そしてミーティアたちには戦う意志がないと悟り、その理由を作るためにリューシャー大陸へと瞬間移動した」
「なんでリューシャー大陸に?」
「向かった先は、ミーティアが初めて『闇を抱く存在』とコンタクトをとった因縁の地、スペリオル・シティ。『闇を抱く存在』の狙いは、これでなんとなくわかったんじゃない?」
「まさか、なんの関係もない街の人間を殺して、ミーティアたちに自分を憎ませようと考えやがったのか? 魔族じゃないんじゃなかったのかよ!?」
「そんな感じだね。『闇を抱く存在』は魔族じゃないけど、目的達成のために手段を選んでくれるほど、善良でもなかったんだ」
そもそも、ミーティアたちが『闇を抱く存在』を滅ぼすことを拒否しなければ、こんな手段を取ったりはしなかっただろうし。
「よほど、追い詰められておったんじゃろうな。自らの抱く『闇』に。それこそ、なりふりかまってなどおれぬくらいには……」
不意に発せられたフィアリスの呟きに、僕はしばし沈黙してから、
「……ミーティアたちは、ニーネに希術と呼ばれる術で『刻の扉』を創ってもらい、それを使ってスペリオル・シティへと移動した。そして始まる最終決戦」
「当然、苦戦に苦戦を重ねるんだよな?」
「もちろん。『禁術』である完全版の聖魔滅破斬を何度食らっても『闇を抱く存在』は滅ばなかったし、途中、ミーティアたちも何度となく死にかけたよ。
彼女たちの振るう力は、『闇を抱く存在』にはことごとく通じなかった。『闇を抱く存在』は『四聖獣』を取り込んだことで弱体化しているのに、ね。そしてそれは、『闇を抱く存在』にとっても誤算だった」
「そっか。死にたいって思ってんだもんな、『闇を抱く存在』は。……待て。じゃあ、どうしてミーティアたちは殺されかけてんだ?」
「追い詰められれば追い詰められるほど、『生命あるもの』は強い力を発揮する。『闇を抱く存在』にそう思われていたからだよ。
事実、ミーティアは詰んだも同然の状態から、逆転の秘策を思いついた。それは、神族四天王から授かった四つの『宝石』から直接、魔力を引きだすというもの。持ち主であるミーティアの魔力を増幅させるのではなく、神族四天王の魔力を『そのまま』ぶつけるというもの。
その魔力は当然、『聖』の力を帯びている。そしてその『希望の光』とも呼べるものを、『闇を抱く存在』は受け入れた」
受け入れない、なんてことはありえない。
だって、『闇を抱く存在』の望みは結局のところ、『何者かに滅ぼされること』だったのだから。
「それにより『闇を抱く存在』の意識と精神は砕け、『闇』から解放された。砕けた『闇を抱く存在』の『力』は『闇を抱く存在の欠片』と呼ばれ、『ロスト・スペリオル』に深く関わってくることになるんだけど……。でも『スペリオル』は、これにて大団円」
「あ、そっか。ミーティアたちはすでに地元に戻ってきてるんだもんな。帰り道のエピソードはないわけだ」
「地元って……。でもまあ、そうだね」
そう答えて苦笑し、僕は一息ついたのだった。
かなり長くなりましたが、『スペリオル』の第二部を始まりから終わりまで一気にやらせていただきました。
ええ、今月中にこの『会話中心の自己満足パート』を終わらせるため、かなりスパートかけてます(笑)。
といっても、『在りし日の思い出』の今後の話にまるで無関係というわけでもないのですけどね、『フィアリスフォール編』は。
『善』や『希術』といったワードは、次の『天王寺あすか編』でもかなり深く関わってきますので。




