第十九話 スペリオル第一部(後編)
魔王――漆黒の王復活の噂が、スペリオル共和国で流れ始めたあたりまで語ったところで、力也が「ところでよ」と待ったをかけてきた。
「そのスペリオルってのとガルスは、確かすげえ離れてるんじゃなかったか? 帰るって決めても、ミーティアたちがそんなすぐ帰れるもんなのか?」
「魔道移動装置――『刻の扉』を使ったんだよ。ガルス・シティは帝国の首都だから、当然、設置されていたってわけ」
「それって確か……『ばびゅんっ!』ってワープできるやつのことだったっけか?」
「そうそう、その『ばびゅんっ!』ね。……『刻の扉』は緊急時にしか使えない。でも、このときには使うことが許された。これはね、海王が流した噂を人間たちが重く受けとめたからなんだ」
「なんでだ? ただの噂じゃねえか」
首を傾げる力也に、僕は人差し指を一本立ててみせる。
「理由は単純。噂が流れると同時にね、大陸のあちこちで下級の魔族が姿を現し、人間を襲い始めたんだ」
「それは……大変だな」
「大変だね。そんな中、アスロックも含めたミーティア一行は、『刻の扉』を使ってスペリオル・シティに到着。ドローアのお父さんと再会することになる。でも、大陸中で起こっていることがことだから、ただ再会を喜んでもいられない。火竜王と海王も、さっそく襲撃してきたしね」
「またかよ。懲りねえやつらだな」
「ニーネが仲間にいるわけだから、もちろん簡単に負けはしない。けど、油断できないのも事実。で、そこに再びシルフィードが現れる」
「ガルスのときみてえに、一緒に戦ってくれるってわけだな」
「そう。彼女は魔風王から、今回もミーティアの護衛のするよう命令されてきたと言う。しかも、ミーティアの危機に駆けつけてくれたのは彼女だけじゃなかった。スペリオル・シティから南にあるユニオン・シティ。そこから戻ってきたファルカスとサーラが加勢してくれたんだ」
力也は「ひゅう!」と口笛を鳴らし、
「旅立った街に戻ってきて、仲間たちと再会! いよいよ大詰めって感じじゃねえか!」
そんな彼に冷水を浴びせるように、フィアリスが首を横に傾けた。合わせてサラリと揺れる、銀色の長い髪。
「しかし、確かミーティアたちは逃げだしたのではなかったか? ドローア・デベロップの父、ゼノヴァを巻き込むわけにはいかぬ、と」
「うええっ!? マジかよ、理緒!? そりゃねえぜ!!」
「いや、でも実際そういう展開になってるんだよ。シルフィードにゼノヴァの護衛を頼んで、『刻の扉』で北にあるアイ・シティに向かわせたんだ。ちなみに、このときゼノヴァから、セレナが一度スペリオル・シティに立ち寄っていたと聞かされることになる」
「セレナ……? 誰だ? それ」
「ミーティアの義姉のエルフだよ! ほら、第二巻で『妖かしの森』に残ったセレナ!」
まあ、影の薄いキャラだから、忘れられてても仕方ないのかもしれないけどさ……。
「セレナが街に立ち寄ったのは、第六巻でファルカスたちが暗殺者に襲われてスペリオル・シティを去った直後のことでね。彼らとは見事に入れ違いになっちゃったんだ。
で、そのセレナは『神の聖地』のひとつである『ライコウ山脈』に向かったらしくて。ミーティアたちは彼女と合流しつつ、最後の『宝石』を得るために、四つ目の『神の聖地』へと向かうことになる」
「……ダメだ、いまひとつ思いだせねえ。というわけで、改めて憶えなおしたぜ。ミーティアの姉のセレナだな?」
「……まあ、いいけどさ。それで『ライコウ山脈』までは無事に辿りついたんだけど、途中、気がついたらニーネが姿を消していたんだよね。まあ、ミーティアたちは『いつものこと』みたいな感じで流しちゃうんだけど。そしてミーティアたちは『ライコウ山脈』の奥へと進み――」
「セレナとも再会、か。どんどん仲間が合流していくな!」
「残念ながら、ハズレ。ここで姿を現したのはね、第六巻でファルカスたちが取り逃がした暗殺者、クラフェルだったんだ。彼はファルカスを執拗に狙っていてね。ちょっとしたごたごたを経て、ミーティアはファルカスとサーラにその場を任せることにした。
それからちょっと先に進んだところでの出来事だね、セレナとの再会は」
「仲間に加わったり離脱したりと、忙しいやつらだなあ、ファルカスとサーラはよ。……って、ありゃ? ニーナはどうした?」
「第六巻でファルカスたちがユニオン・シティに向かうことにしたあたりから姿を消しちゃってるよ? ニーネ以上に神出鬼没って感じのキャラだから」
「つーことは、『ライコウ山脈』に入ってからは、ニーネもニーナもいなくなっちまってるのか。火竜王とかに出くわしたらマズいんじゃね?」
「かもね。まあ、襲撃を受ける前にセレナとは再会できたし、そのセレナがすでに雷王アトラクターと面会を果たしていたから、彼女に道案内してもらって、雷王とはすぐに会えちゃうわけなんだけど」
「ちょっと盛りあがりに欠けねえか? それ……」
「言っておくけど、ファルカスとサーラはクラフェルとの戦闘の真っ最中だからね?」
「あ、そういや、そっちがあったっけか。忘れてたぜ」
「忘れるの早いよ、もう……。それと雷王に会いに行く道中、セレナは『風の解読書』をミーティアに渡すんだ。どこで手に入れたのかは、作中でも語られていないんだけどね。なんでもセレナが言うには、『こうしないと世界はまた終わってしまうから』って金色の髪をポニーテールにした少女に渡されたらしいんだけど」
「ふむ? 金髪でポニーテールとな? ……なるほど、あやつのことか」
いまだにインターネットの掲示板とかでも議論されていることなのに、それが誰のことなのか、フィアリスにはあっさりと見当がついたらしい。
まあ、いちいち突っ込んでもしょうがないか。彼女の言動がツッコミどころ満載なのは、いまに始まったことじゃないし。
「その『風の解読書』には、『聖本』の解読には全然必要のないことが書かれていたんだけど、まあ、それはあとで明らかになることだからいまはいいか。
そして迎える、雷王との面会。彼は『雷光の宝石』を渡す代わりに、『ある場所』に来てほしいと条件を出してきた。……いや、これは頼んできたっていったほうが正確なのかもね」
「ある場所ってのは?」
力也の問いかけに、僕は顔をそちらに向けて、
「『神界』っていうところ。要するに、神さまの住む世界だね。作中では『精神世界の一種』とも書かれてる。まあ、それはいいか。ミーティアは雷王の頼みにうなずき、『神界』へと誘われた」
説明を続けようとしたところで、フィアリスが「ふん」と鼻を鳴らす音が耳に飛び込んできた。
「な~にが『神界』じゃ。人間からしてみれば大差はないのかもしれんが、要は第五階層世界のことではないか。……もちろん『天国』であることには変わりないが」
「第五……? まあ、いいや。その『神界』には、光の戦士ゲイル・ザインや神族四天王、聖蒼の王スペリオルが勢揃いしてたんだ。そして『天上存在』である界王本体の姿も、そこにはあった」
「聖蒼の王とかと会えるのって、かなりすげえことなのか?」
「う~ん、どうだろう。単純に考えればすごいことなのかもしれないけど、ここで聞かされることになる『真実』の内容を考えると、なんとも……」
「真実、だあ?」
「うん。かつて聖蒼の王は、自らの持つ力の『一部』を切り離し、別個の魂とする『分霊化』を行ったんだ。その魂は何度も転生を行い、現在は『ミーティア』という人間としてこの世を生きてるという。
といっても、それはミーティア自身も知っていたことで、驚愕の事実でもなんでもないんだけどね。……正確には、第一巻でゲイルから教えてもらっただけなんだけど」
「なんでえ、もう知ってることを改めて教えられたってだけじゃねえか」
肩をすくめる彼に、僕は首を横に振って、
「本題はここからなんだよ、力也。――ミーティアは『聖蒼の王の力の一部』。だから聖蒼の王が完全に復活するためには、『一部』であるミーティアを取り込まないといけない」
「マジかよ……」
「あ、言っておくけど。このこともミーティアはゲイルから聞かされているからね? 第一巻では、ゲイルがミーティアという『個』を生かすことを尊重したから生きていられたってだけで。
でも、つい最近、神族四天王が『いまはそんな悠長なことを言っている場合ではない』と聖蒼の王とゲイルに進言したらしいんだ。そして、聖蒼の王とミーティアを同化させるため、雷王がミーティアを『神界』へと連れてきた」
「『宝石』ってエサに、まんまと釣られちまったってわけか! ……オレ、いま上手いこと言わなかったか?」
「どうでもいいから。……承諾するなんて、ミーティアにはできるはずがない。だって、それは『世界を救うために命を捨てる』ってことなんだから」
「流された……。でもまあ、そりゃそうだわな。軽く『オッケー!』なんて言えるほうがどうかしてるってなもんだ」
「そもそも、漆黒の王だってまだ復活したわけじゃない。現段階では、火竜王と海王の二体を滅ぼせば自分たちの勝利といえるんだから、神族四天王とゲイルが力を貸してくれれば、それで充分なんとかなるはず。ミーティアは、そう反論した。けれど……」
「納得してくれねえわけだな、神族四天王どもは」
「うん。神族四天王の主張はね、この機会に聖蒼の王を完全復活させ、すべての魔族を滅ぼすべきだというものだったんだ。もっけの幸いって感じでもあったかな」
「じゃあ、ゲイルと聖蒼の王はどうなんだ? 主人公であるミーティアが犠牲になるべきって言ってんのは、さっきから四天王のやつらばっかりじゃねえか」
「積極的な賛成は……しなかったよ。でも、神族四天王の意見に異を唱えることも、やっぱりしなかった」
少しだけ小さな声になってしまう僕に、フィアリスが腕を組んで重々しくうなずいてみせる。
「無理もないことじゃの。しょせん、神族四天王は第五階層存在。それも、下段の者ばかりじゃ。実際には『神格』など得ておらず、ゆえに『慈悲』も『利他』も人間に向けようとはせん。ゲイルはまだマシなほうじゃが、それでも第五階層の中段。聖蒼の王スペリオルも、このときには第六階層の下段に堕ちて『神格』を失い、『天上存在』ではなくなっておるし……。
こうして考えてみると、当時の蒼き惑星はかなり酷い状態だったんじゃな。『神格を持つ者』――『天上存在』が一柱もおらんかったんじゃから」
「それって、大変なことなの?」
「大変というか、哀れというか……。第六階層存在の上段になれて初めて、『神格』を得、『天上存在』なることができるわけじゃからな。当時は、なんとか界王が第六の上段にいられたくらいじゃったから……まあ、世界が荒れておったのも道理じゃな」
再び腕を組み、何度も首を縦に振るフィアリス。
とりあえず、大変なことだという点においては変わりないようだった。
「……話を戻すね? 決断を迫られたミーティアは、聖蒼の王との同化を受け入れることにする。……ただし、『ミーティア』という存在を核にする、という条件つきで」
「……なあ、理緒。もしかしたら、間違ってるかもしれねえがよ。それやったら、聖蒼の王が死んじまうんじゃねえか?」
「そうだよ。そのとおり。だからもちろん、神族四天王からは反対の声があがった」
「いや、ゲイルだって反対するだろうがよ、さすがに」
「ううん、ゲイルは反対しなかったんだよ。その理由は二つ。ひとつ目は、聖蒼の王もゲイルも、『生きている人間』を消滅させることを『良し』とはしたくなかったから」
「……二つ目は?」
「これは、ゲイル個人の感情の問題なんだけどね。聖蒼の王とゲイル、この二人は遥か昔に人間としてこの世に生まれたことがあってさ、そのときからゲイルと聖蒼の王は、お互いが、お互いの心の拠りどころになっていたんだよ。そして、だからこそゲイルは、神族四天王からは戦うことしか望まれていない聖蒼の王を解放してあげたいと願った。
聖蒼の王という立場から、遥か昔から続く魔族との争いから、聖蒼の王を――彼女を、解放してあげたいと願ったんだ。それが、二人の永遠の別れになると知っていても、ね……」
「でもよ、だからってそんな簡単に消えることが許されるもんなのか? 神さまなんだろ? 一番偉いんだろ?」
「もちろん、神族四天王の反論は長く続いたよ。でも、決定権を握っているのは聖蒼の王だったから。――そしてミーティアはゲイルと聖蒼の王を味方につけ、神族四天王から上辺だけの納得を引きだすことに成功し、聖蒼の王と同化した」
「ミーティアが、この世で一番偉い神さまになっちまったわけか」
「まさか。神族四天王はミーティアの言うことなんて聞かないよ。むしろ、見下してる。ミーティアと気持ちを同じくしたのはね、あくまでもゲイルだけなんだよ」
「……なんか、寂しい話だな」
「そうだね……。それでも、味方が誰もいないよりはずっとマシ。聖蒼の王と同化することで力量を大きく上げたミーティアは、物質世界――『ライコウ山脈』に帰還する。戻った先ではね、いつ駆けつけたのか、ニーネが『風の解読書』を読んでいた。そしてそこには、界王に関する正確な知識が――もっと言うなら、『界王の本音』が記されていたんだ」
「本音、か? ものすげえ秘密とかじゃなくて?」
「うん、本音。それはね、とても単純なものだったんだ。『天上存在』として生まれはしたけど、やっぱり『独り』で在り続けるのは寂しいっていう、そんな、人間であれば当たり前の感情。けれど、『天上存在』にはあってはならない、心の弱さ。
無意識下で感じていたそれを自覚させられて、ニーネは自分のことを『弱い存在』だと思うようになる。自らの裡にある『孤独』に、耐えられなくなっていく。それはすぐに、界王の弱体化に繋がってしまった。……もちろん、この段階ではまだ、ニーネを含めた誰もが『界王の力が弱まった』ことに気がつかないわけなんだけど」
「……悪りい。ニーネが弱くなったってことはなんとなくわかったんだが、その理由が全然呑み込めねえ」
「あはは、それでもいいよ。――ともあれ、四つの『宝石』を揃えたミーティアたちは、ファルカスたちの助太刀をするため、彼らが戦っている場所へと急いだ。ミーティアは聖蒼の王との同化を果たしているからね。暗殺者クラフェルなんて敵じゃない。界王に関する正確な知識を得たこともあって、彼女は界王の力を借りる強力な魔界術――聖魔滅破斬を使えるようにもなっていたし」
「聖魔滅破斬?」
「『スペリオルシリーズ』にはね、『禁術』っていうのが二つ出てくるんだけど、そのうちのひとつなんだ。もうひとつのほうも界王の力を借りて行使するんだよ?」
「要するに、すげえ強え術ってことか? ……わかった! それ、使うときのリスクもでかいんだろ!?」
見事に言い当てられ、僕は目を丸くしてしまった。
「よくわかったね、力也……」
「なあに、お約束ってやつさ」
「まあ、確かにそうかも。ちなみに、この『禁術』を暴走させちゃうとね、世界が滅んじゃうんだ」
「ま、妥当なとこだな」
「ちなみにミーティアは、『禁術』を第一巻や第二巻でも使っているんだけどね、それは界王に対する理解が不足している状態で使用していた『不完全版』なんだ。けど、第一部の最終巻に至ってようやく、彼女は完全版の『禁術』を使えるようになった」
「おお! 劇的なパワーアップを遂げてるじゃねえか! まさに最終決戦一歩手前って感じだな!!」
「そんな感じだね。――ミーティアたちは暗殺者を倒し、ファルカスたちと共にスペリオル・シティを目指す。ニーネが、火竜王と海王がそこにいるって察知したんだ」
「界王の端末じゃからな。弱体化したとはいえ、それくらいはできて当然といったところか」
「けど、スペリオル・シティにいたのは、その二体だけじゃなかった。見覚えのない青年が、『魔王の翼』たちと一緒にいたんだ」
「なにもんだ? その青年は」
「デューク・ストライド。漆黒の王の右腕である、魔族を統べる王の代行者。つまりは、すべての魔族を束ねる存在。光の戦士であるゲイルの対となる、漆黒の戦士――。もちろん、ミーティアたちはそんなこと知るよしもない。だから、ファルカスの持つ漆黒の剣を彼にあっさり奪われてしまったんだ」
といっても、漆黒の剣の本来の所有者は漆黒の戦士であるデュークのほうだ。
本当の持ち主の手に戻っただけ、といったほうが正しいのかもしれない。
「確か、あわや決戦の火蓋が切って落とされる、というところで地界王と魔風王が姿を現すんじゃったか」
「そう。それと同時に、ドローアのお父さんをアイ・シティまで送り届けたシルフィードも駆けつけてくれた……んだけど」
言葉尻をにごす僕に、力也が訝しげな表情を浮かべる。
「なんだ? 『魔王の翼』が二体ずつにシルフィード、そしてミーティアの仲間たちが勢揃いと、いかにも最終決戦って感じじゃねえか」
「うん、最終決戦であることに変わりはないんだけどね。魔風神官シルフィードは戦いの前に、ミーティアの荷物を奪うんだ。そして『聖本』と、五つまで揃えた『解読書』を取りだし、漆黒の王を完全な形で蒼き惑星に召喚する方法を見つけだしてしまう」
「ちょっ……!」
「しかも、シルフィードは『聖本』と五つの『解読書』をズタズタに切り裂き、もう誰にも読めないようにしてしまうんだ」
「なんでそんなこと……!」
「デュークがついに動いたからだよ。漆黒の戦士がこの場に現れた時点で、地界王も魔風王も彼に従うって決めていた。当然、魔風王の部下であるシルフィードも……」
「ここにきて、まさかの裏切りかよ! いやまあ、相手は魔族だけどよ!」
「いままでは、魔族のほうで方針が分かれていた。ミーティアを殺すべきと主張していた火竜王と海王と、まだ目立つ動きはするべきではないと、二体を抑えに回っていた、地界王と魔風王とで。
けど、どっちだって主である漆黒の王を復活させるという最終目的は同じだったんだ。かつて、ゲイルの手によって異世界と呼ばれる地に飛ばされてしまった魔王を、完全な形で召喚できれば、それでよかったんだ」
「まあ、そりゃあな……」
「第一巻では漆黒の王の『一部』のみが召喚され、それをミーティアたちが死闘のすえに滅ぼしたわけだけど、今回はシルフィードが『聖本』から完全に知識を得てしまったから、召喚されるのは『一部』じゃ済まない」
「魔王の完全復活、か。燃える展開ではあるがよ、正直、勝ち目あんのか? つーか、神さま側はなにやってんだよ、こんな大詰めのときによ」
「ことここに至って、ようやく加勢にきてくれたよ。ゲイルが言うには、神族四天王がミーティアへの協力をしぶって、彼らを説得するのに時間がかかったんだってさ」
「世界が滅ぶかどうかってときに、一体なにやってんだよ、神さまたちはよ……」
「同感。本当、なに人間みたいに内輪揉めなんてしてるんだろうね」
苦笑を浮かべてみせる僕に、フィアリスが呆れたような息を漏らす。
「じゃから言うたろうに。しょせんは第五階層の下段に住む者。『慈悲』の心も、『利他』の心も持ちあわせておらぬのじゃ、と」
なるほど。この状況と照らし合わせて考えてみれば、神族四天王の行動はまさにそんな感じだ。
自分勝手な人間と、まるで変わらない。
「まあ、それは置いておくとして。神族軍の加勢は、少しばかり遅かった。漆黒の王は、完全な形で蒼き惑星に召喚されてしまったんだ。それに対抗するべく、ゲイルはアスロックに聖蒼の剣の返却を求めた。本来の所有者はゲイルだからね。この剣は彼が使うことで真価を発揮するってわけ。
けれど、それにミーティアが異論を唱えた。二つある『禁術』のうちのもうひとつ――最後の審判は、この剣がないと使えないから。第一巻において、ミーティアは漆黒の王の『一部』を不完全な最後の審判で倒してもいるからね」
「最後の審判ときたか。いかにも生きるか死ぬかって感じの術じゃねえか」
「でも、その『禁術』を使うためには、必要となる魔法の品がもうひとつあったんだ。その名は、ファンタジーの世界ではとても有名な『賢者の石』」
「おお! それならオレも知ってるぜ! もっとも、どのマンガに出てきたのかは忘れちまったけどな!」
「この『賢者の石』はね、第一巻『希望の目覚め』では、なんとか造ることに成功したんだけど、作製に必要なものがものだから、緊急事態とはいっても容易に造る気にはなれなかったんだ。そこに、長いこと姿を消していたニーナ・ナイトメアが現れた。遥か昔、界王の本体が『次元の狭間』に捨てたのだという、『賢者の石』を手にして」
「ずいぶんと美味しいところ持っていくなあ、おい。影薄いくせしてよ」
「いや、ところがそんなに美味しいところってわけでもないんだ。『賢者の石』を聖蒼の剣に填め込み、ミーティアは『禁術』を発動させる……んだけど」
「……だけど?」
「完全体の魔王にはね、この術が通用しなかったんだ。これにはニーネもニーナも驚きを隠せなかった。そして、二人はようやく思い至るんだ。界王本体の力が弱まっているという事実に」
「よりにもよって、このタイミングでかよ……」
「その現実に、ミーティアたちは絶望する。それでもみんなは、ゲイルや神族四天王と共に戦うことを選ぶんだけど、気持ちで負けていたら勝てる戦いにも勝てなくなるわけで」
「まあ、当然のことだわな。つーか、神族四天王やゲイルはどうしたんだよ? 強えんだろ? なんとかできねえのかよ?」
「できないんだよ。聖蒼の剣を手にしたゲイルであっても、漆黒の王にはたいしてダメージを与えられなかったんだ。考えてみればすぐにわかることだと思うよ? 光の戦士であるゲイルはさ、漆黒の戦士と同等なのであって、漆黒の王と比べれば格下の存在なんだって」
「う、確かに……。まともに戦えるのは聖蒼の王のみってことか。この場合は、聖蒼の王と合体したミーティアってことになるわけだな」
「ううん、それは違うんだよ。聖蒼の王は消滅しちゃってる。確かにミーティアの中には、聖蒼の王の『力』と『知識』があるよ? でも、ミーティアは『肉体』という器に縛られてる。そうである以上、魔力をすべて引きだすことはできないんだ。無茶を承知でそれをやったとしても、それはそれで今度はミーティアの『肉体』が耐えられなくなっちゃうし」
「よくわからねえが、マジでどうしようもなくなっちまったってことだけは、オレにもわかったぜ……」
「そんな絶望的な戦いの中で、魔力を極度に消耗し、ミーティアはついにその意識を手放してしまう。でもそこにね、語りかけてくる声があったんだ」
「語りかけてくる声だあ?」
「その声の主の名は、『闇を抱く存在』。リューシャー大陸から遠く離れた地――ドルラシア大陸に住まう、もうひとりの『天上存在』」
「もうひとりの……」
「うん。界王の弱体化は、ニーネが『ライコウ山脈』で『風の解読書』に目をとおしたときから起こっていた。つまりね、『自分以外の天上存在が干渉できない世界』を作るために界王の本体が張った結界は、そのときから綻び始めていたんだ。だから、『闇を抱く存在』はリューシャー大陸に来ることができた。
ミーティアは、彼女の精神の奥深くに接触してきた『闇を抱く存在』と対話し、交渉をもちかけた。漆黒の王を滅ぼすために力を貸してほしいってね」
「つーことは、『闇を抱く存在』は漆黒の王よりも強いってわけだ」
「『天上存在』だからね。当然、全盛期の聖蒼の王よりも強い。で、ミーティアの頼みを承知した『闇を抱く存在』は、その代償としてミーティアの魔力を――ううん、彼女という『世界にとっての希望』を取り込ませろと言ってきた。
命と引き換えにでも仲間を守りたいと願ったミーティアは、その交換条件を呑むことにする。……『闇を抱く存在』が現れていなければ、すでになくなっていたはずの命だったからね」
「まあ、確かにな……」
「ミーティアの身体を核として、『闇を抱く存在』は物質界に具現した。彼の力はすさまじく、『ミーティア』という器に入っているにも関わらず、漆黒の王を圧倒する。『闇を抱く存在』の持っている力は、弱体化する前の界王本体と同等だからね。『魔王』ごときが敵う相手じゃないんだよ」
「魔王ごとき、ときたか。マジですげえんだな……」
「漆黒の王は消滅寸前にまで追いやられ、その存在を砕かれる。完全に消滅させるには至らなかったんだけどね、でもこれで、漆黒の王が元の形で完全に復活するのは、絶対に不可能になったってわけ。
戦意を喪失したのか、それとも体勢を立てなおすべきと判断したのか、漆黒の王がやられると同時に、魔族たちは姿を消した。けど勝利の余韻を味わう時間なんて与えられることなく、ミーティアは『闇を抱く存在』と交わした契約の履行を迫られる」
「履行?」
「代償をちゃんと払うよう急かされたってこと。――ミーティアは徐々に、身体ごと溶けるように消えていく。それは、誰にも止められない……はずだった。でもアスロックだけは『闇を抱く存在』に訴えたんだ。持っていくなら、『世界を救ったミーティア』以外のものにしてくれって。代わりに自分の命をくれてやってもいいからって」
アスロックにとって、ミーティアとは一体どういう存在だったのか。
それは、このシーンにおいても語られることはなかった。
もともと、色恋沙汰には縁遠い二人だから。
「アスロックの懇願は無駄なんだって、その場にいる全員がわかってた。アスロック以外の全員が、わかってたんだ。だから彼以外の人間は動けなかった。事実、アスロックの言葉は『そんなものでは足りない』と『闇を抱く存在』に一蹴されてしまう。
でもね、彼の言葉は、そして行動は、『闇を抱く存在』を心変わりさせることに成功した。それは、無駄だと決めつけずに、自分の命すらも投げだそうとしたからこそ、できたことだったんだと思う。……もちろん、そうと理解できずに行動に出られたのは、アスロックに『代償の法則』の知識が欠けていたから、というのもあったんだけれど」
「バカだったからこそできたってわけか。なかなかどうして、バカってのも捨てたもんじゃねえな!」
「本当にね。それに、『闇を抱く存在』は『天上存在』であって、魔族じゃないっていうのも大きかった」
「……どういう意味だ?」
「魔族と違って、人間の天敵じゃないってことだよ」
「当然じゃな。『闇を抱く存在』は『神格』を得ている第七階層存在。それゆえに自らの抱く『闇』に絶望しておった者じゃ。それに関心が向くようになってからは心に余裕がなくなってしもうたが、もともとは温厚なやつであったし」
本当、昔からの知りあいみたいなことを言うなあ、フィアリスは。
「話を戻すね? 『闇を抱く存在』はアスロックの行動によって心変わりを起こし、ミーティアを解放する。けれど、去り際にこう言い残したんだ。――『交換条件として、ドルラシア大陸にいる『我』を滅ぼせ』って」
「滅ぼせ? なんでだよ?」
「それは第二部の最後、『闇を抱く存在』と戦う場面で明らかになるよ。フィアリスが言ったことも大きなヒントになってるしね。
ともあれ、こうして『スペリオル』の第一部、ミーティアたちによる魔王退治の物語は幕を下ろした。もちろん、このあとにはエピローグがあって、ニーネから外の大陸のことを聞いたりするわけだけどね。
あ、あと、ミーティアたちが魔王と戦っているのを見てた人っていうのが少なからずいてさ、そこから事情を聞きつけたフロート公国の王さまに、フロート・シティへと招かれることになるんだ。しかもミーティアたちは全員、その場で『聖戦士』と呼ばれることになり、それぞれが称号を授かることにもなる」
「心底、どうでもよさげではあったがな。確か、ミーティアが『虚無の魔女』で、アスロックが『爆炎の戦士』、ドローアが『天空の神風』で……」
「セレナが『静かなる妖精』、ファルカスが『悪魔殺し』、サーラが『地上の女神』で、ニーネが『黒の天使』だったね」
僕の捕捉に、力也が「ありゃ?」と首を傾げる。
「『聖戦士』って呼ばれるようになるのは七人だけなのか? ニーナはどうした? 」
「それがね、ニーナは漆黒の王が倒れた直後に姿を消しちゃってるんだ。まあ正直、蛇足なんだけどね。ミーティアたちは『聖戦士』としての称号なんか足蹴にして、早々に別の大陸へと旅立っちゃうから」
「そうなのか……。まあ、それはそれで潔くて格好いい感じもするけどよ」
確かに、それはそうかもしれない。
というか、世界を救ったのだからと恩を着せて、なにひとつ不自由のない……どころか、贅沢な暮らしを始める英雄たちなんて、格好悪いにも程があるだろう。
これにて、『スペリオル』の第一部は終了です。
まあ、まだ第二部のエピソードや『ロスト・スペリオル』、『ザ・スペリオル』があるわけですが(苦笑)。
あ、それと。
意外なことに、ツイッターのほうで面白いと言ってもらえ、この自己満足全開な文章にも、少しは価値があるのかなと思え始めています。
ともあれ、この会話主体の展開は第二十三話まで続くので(ようやく見通しがたちました)、そこまでつきあっていただけたら幸いです。




