第一話 ここは心地よい止まり木
今日の授業をすべて終え、親友である佐野力也と帰路につく。
帰る先は片山荘という名のアパート。
僕の『はとこ』である少女が、大家を務めているアパートだ。
しかし、その大家はまだ高校一年生。
どうして女子高生が大家をやってるのか、と思う人もいるだろう。実のところ、僕も思ったことがある。
それで、以前に事情を聞いてみたところ、なんでも事故死した両親から大家業を引き継いだそうなのだ。
でも、それだっておかしな話だと思う。
僕と梢ちゃんは『はとこ』同士ではあるけれど、ここ十年くらい疎遠になっていた。
だけど、いくら僕と梢ちゃんがそうだったからって、僕の両親が梢ちゃんの親の死を知らずにいたなんて、まずありえないと思うし。
再会したとき、彼女は『黒江さんやフィアリスさんの助けもあって、なんとかやっていけてます』と言っていたけれど、それでもやっぱり腑に落ちないところはあるわけで……。
ちなみに、黒江さんやフィアリスというのは、僕と同じ片山荘の住人のことだ。
黒江さんは二十代後半の男性で、フィアリスは彩桜学園中等部の一年生。
どちらもまだまだ若いというか、フィアリスに至っては幼いとすらいえるのに、二人ともなかなかに密度の濃い人生を送ってきたらしく、なるほど、梢ちゃんが頼りにしているだけのことはある、と思わされる機会も何度かあった。
と、そんなことを考えているうちに片山荘についていたらしく、木製の扉が横に開かれるときの、ガラガラという音が耳に入ってくる。
もちろん、開けたのは僕じゃない。無言で隣を歩いていた力也だ。
二人して「ただいま~」と誰に言うでもなく口にして、玄関口でスリッパに履きかえる。
それから二人並んでアパートの東側へと歩みを進め、僕の部屋――四号室の扉を開けた。
「ふい~。今日もやっと終わったな~。面接練習がしんどかったぜ~……」
先に入ったのは、なぜか力也のほう。彼の部屋はここの隣にある五号室だというのに。
「力也、なんで僕の部屋でくつろいでるのさ。来るなとは言わないけど、鞄くらい自分の部屋に置いてきなよ」
フローリングの床にあお向けで転がる彼に、後ろ手に扉を閉めつつ、苦笑を混じえて注意する。
力也と一緒に下校した日は、基本、こんな流れになるから、呆れの感情を抱くようなことはない。
一度だけ、むりやり部屋まで引きずっていこうとしたこともあったけど、彼は長身で筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な大男だから、それもできなかった。
寝転んだままの力也を尻目に、鞄を適当な位置に置き、彼の隣に座布団を敷いて腰を下ろす。
「……理緒」
「なに? 力也」
「なんか飲み物、ねえか?」
「炊事場に行けば、ウーロン茶の買い置きくらいはあると思うよ?」
「もう歩きたくねぇ……」
いつもなら適当にあしらうところなのだけれど、今日の力也は本当に疲労困憊って感じだった。
今日の午後にあった面接練習の授業がよほど堪えたようだ。
体力を使う類のことで彼が疲れきってる姿なんて見たことないけど、頭を使う分野のことだとそうもいかないらしい。どうしようもないくらい、へとへとになっているのがよくわかる。
だから武士の情けとばかりに、僕は鞄を引き寄せて中から小さいペットボトルを取りだした。
「昼休みに買ったお茶だけど、これでもいいなら」
「お、恩に着るぜ……」
ペットボトルを受けとるやいなや、力也は喉を鳴らして中身を一気に飲みほす。
頭の使いすぎで疲れてたんだろうに、回復方法は思いっきり体育会系のそれだ。
やがて彼は、学ランに身を包んだ上体を勢いよく起こして、
「ぷはぁっ! 生き返ったぁっ!!」
「さっきまでは死んでるかのようになにも言わなかったもんね。帰り道もずっと無言だったから、さすがに心配したよ」
「ありがとよ。――しっかし、あれだよな……」
一度言葉を切って、力也が部屋の中を見回す。
それに倣って僕もぐるりと首を回せば、目に入ってくるのは、本棚、本棚、そして本棚。
……なんとなく、彼の言いたいことが理解できてしまった。
「地震きたら終わりかねないよな、お前の人生」
「まあ、否定はできないね……」
僕は力也と違って、中肉中背の身体つきをしている。……ごめん、ちょっと見栄を張った。僕の身長は、高校三年生の平均をだいぶ下回っている。
そして、そんな僕が寝ている上に、僕が所有しているすべての本が落ちてきたりなんてしたら……うわあ、考えたくもない。
でも、だからといって本を減らす気も僕にはないのだ。僕は今年の三月の末に、絵本作家を目指して上京してきた身なのだから。
「もう、あれから半年も経つんだなあ……」
初めて片山荘にやってきた、あの日から。
実際には、昔に何度も遊びに来ていた過去があるわけだけど、僕自身が当時のことをあまりよく憶えていないからなあ……。
ともあれ力也も、うんうん、とうなずきながら、どこか感慨深そうに、
「半年、か。早いもんだな……。お前とは、もうずっと前からダチだったような気がしてるぜ。……不思議なもんだ」
あはは、と笑って僕は返す。
「そうだね。僕もそんな感じがしてるよ。――それに、力也が僕の宿題を頻繁に写すようになってから数えても、もう半年なんだね。本当に早いなあ」
「これからも頼むぜ、親友!」
ちょっと皮肉っぽく言ってみたのに、なんとも爽やかに返されてしまった。……まあ、いいけど。
「本当は、ちゃんと自分でやってくれるのが一番なんだけどね……。まあ、これからは宿題もあまり出なくなるだろうけど」
「マジか!? よっしゃあ!」
バンザイして喜ぶ彼の目の前に、ピッと人差し指を立ててみせる。
「代わりに、面接練習がたくさん待ってるだろうけどね。進学組とか就職組とか関係なく」
「マジか……!? うああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!」
「いや、そこまで絶望に満ち満ちた声をあげなくても……」
頭を抱え込んでしまった親友に苦笑を向け、そういえば梢ちゃんたちはもう帰ってきているのかな、なんてことを考える。
それと同時、隣の部屋から大きな音が聞こえてきた。
一瞬、地震かと思ったけど、この部屋自体は揺れてない。
だから確認の意味合いも含めて、立ちあがる力也に問いかけた。
「ねえ、いまの音って力也の部屋からしなかった?」
僕の部屋の隣といったら、そこしかない。
けど彼は、本棚の前に立って平然と返してくる。
「ああ、オレの部屋からしたな。……あ、なあ。このマンガ読んでいいか? ここで読んでくから」
「力也の部屋に持っていってもらっても、別にかまわないんだけどね。……でも、気にならないの?」
「オレの部屋のことか? なあに、気にすんな。どうせ、ここの住人の誰かが突撃しただけだろ。なにかが盗られるようなことはねえよ。盗られて困るようなものも、これといってねえし」
「それでいいんだ……」
まあ、力也がいいというのだから、それでよしとする。
でも、わざわざ彼の部屋に突撃するような人って、ここにいただろうか。
力也と一番よく絡んでいるのは、同じ学園に通う高校一年生のあすかだけど、それは基本、力也があすかに絡んでるって感じで……。
と、そんなことをぼんやりと思っていたときだった。
さっきよりも遥かに大きな音が、僕の耳に飛び込んできた。
見ればそこには、蹴り破られた扉と、栗色の髪をポニーテールにした小柄な少女の姿が。
「やっぱり、こっちにいた!」
少女――天王寺あすかは肩を怒らせて部屋に入ってきた。
それから力也をビッと指差して、
「なんで自分の部屋じゃなくて、こっちにいるんだ、お前は! 無駄に時間かかっただろ!」
「えー……、それは、オレが悪いのか……?」
「悪い! 大体、お前は帰ってきたらまず炊事場に来るだろう! あたしのお菓子目当てで! なのに、どうして今日に限って来ないんだ!!」
「まるで、オレに来てほしいかのような言い方だな。でもよ、いつもはお前、オレが菓子もらいに行くと怒るじゃねえかよ」
「うるさい! こっちにも事情があるんじゃ!」
言いながら、あすかはどんどん力也との距離を詰めていく。
「猫の……いや、これだと猫に失礼だな。バカの手でも借りたいときが、あたしにもあるんだ!」
「そうかよ。……いや、というかだな。もしかして、お前はさっきまで隣の部屋で、オレがどこにいるのか探してたのか?」
「なっ……!?」
「あんな、なにもないオレの部屋で? ちょっと見渡せば誰もいないってわかる部屋で、オレを探してたってのか?」
ああ、確かに力也の部屋の物の無さはヤバいレベルだ。
机のひとつくらいあってもよさそうなものなのにって思ってしまうくらい、がらんとした部屋なのだ。
でも、だからこそ人が隠れる空間なんて、どこにもないわけで。
調子に乗って、彼は続ける。
「ばっかじゃね? いくらオレでも、あの部屋でかくれんぼしようって発想は出てこねえよ。それくらい、入ってすぐに気づけっての。どんだけテンパってたんだ、お前」
ああ、でもそろそろやめておいたほうがいいんじゃないかな、力也。
じゃないと……、
「うっさい、ぼけっ!」
「ぐはっ!?」
げしぃっ! と力也に向かってあすかの蹴りが飛んだ。
ああ、言わんこっちゃない。
あすかの堪忍袋の緒は、とにかく切れやすいんだから。……力也に対しては、特に。
ちなみに彼女、まだ学園から帰ってきてそこまで経っていないのか、学園指定のブレザー姿だった。
で、その服装で人を蹴ったりなんかすると、当然、見えてしまうものがあるわけで。
「あすか、いつも言ってることだけどさ、女の子がそういうことするものじゃないよ」
なんとか気づかせようと、僕は少しゆっくりと言ってみた。
しかし、それで気づいてくれるのなら、二人のアグレッシブすぎるコミュニケーションはとうの昔に終わっているわけで。
「そういうこと? 人を蹴るなってことか? ……知らない奴ならともかく、このバカを蹴ってなにが悪い?」
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
ああ、やっぱり今回も伝わらずに終わるのか。
でも、ストレートに『下着が見えるから』なんて、僕には言えるはずもなく。
……もっとも、ここにはデリカシーなんて言葉とは無縁な人間も、ちゃんといるにはいるんだけど。
「あすか、理緒が言ってるのはそういうことじゃねえ。理緒はな、こう言いてえんだよ。……恥を知れ、ってな」
うわあ、間違ってはいないんだけど、それはそれでニュアンスが違うような……。
案の定、力也の言葉であすかに僕の言いたいことが伝わるなんてことはなかった。
「恥? 恥に思うところなんて、あたしにはなにひとつないぞ!」
偉そうに薄い胸を張るあすか。
これはもう、今日という今日は単刀直入に言うしかないのかなあ。
そのあとのことを考えて、僕はさすがにげんなりする。力也と同じような蹴られ方はしないと思うけど、それでもなあ……。
暴力を振るってくる可能性という点において、あすかは力也よりも可能性が高い。それはもう高い。高すぎるほどに高い。
こういうところは、なんだかんだいって、力也のほうが精神的にずっと大人なのだ。……って、ああ。いま心の中を彼女に読まれでもしたら、間違いなく殴られる。
そんなわけで、できるならこのことは力也に指摘してもらいたい。以前、あすかに蹴られても特に痛くはないって、彼自身の口から聞いたこともあるし。
でも力也も力也でズレてるからなあ。結果、話題はどんどん逸れていって、いつもいつも指摘してもうやむやに……。
けれど、今日はそうならなかった。これって、軽い奇跡じゃないだろうか。
「あすかっちよ、理緒が言ってるのはそういうことでもねえ。……いいか? お前はいま制服姿だ。つまり、下にはなにを履いている?」
「下……?」
あすかが自分の下半身へと視線を落とす。
そして、一言。
「スリッパだな」
ずっこけた。
僕はもちろんのこと、さすがの力也もこれにはずっこけた。
まるでドリフのコントかなにかのようだ。
すぐさま起きあがり、彼が声を少し荒げる。
「そうじゃねえよ! もうちょっと上だ! 上!!」
「上……?」
僕たちが自分のどこを見ているか、にも気づいたのだろう。あすかは視線を少しずつ上へとあげていき、自身の腰のあたりに到達させた。
そして、瞬時に顔を真っ赤にする。……よかった、伝わったみたいだ。
「なっ、なななっ……!? ぼ、ぼけっ! お前たちだって、ズボンの下には似たようなの履いてるだろ!? というか、履いてなかったらむしろ変態だろっ!!」
「パンツのこと言ってんじゃねえよ! その上にあるやつだ! それとオレたちはちゃんと男のを履いてるっての! 女のお前と一緒にすんな!!」
『男の』っていうのは、つまり、トランクスのことを言ってるんだろうなあ。
それにしても、なんだか会話の内容がセクハラめいてきた。こっちとしては親切心で注意してあげてるだけなのに。
ああ、これでもまだ伝わらないとは、アホの子って恐ろしい……。
事実、あすかは「その上?」と視線を自分の上半身に向け始めてしまったし。
あまりの伝わらなさに、力也が嘆息する。
「ああもう、埒が明かねえ! ……わかったよ、このうえなくわかりやすくやってやる。あすか、ちゃんと見てろよ?」
おおっ! ついに力也が本気に!
でも、『わかりやすくやってやる』って、なにを?
まさか彼に限って、あすかのスカートをめくり上げるなんてことはしないだろうし……。
僕が首を傾げていると、彼は手にしていたマンガ本を床に置いて。
まずは目を閉じ、パンと拍手を一回。
続いて、なぜかニカッと笑いながら、ブイサインをあすかに向ける。
さらに右手を目元に持っていって、親指と人差し指でオーケーサインを形作り。
最後に真面目な表情に戻って、オーケーサインをといた手を水平に額へと当てて、遠くを見る仕草をした。そう、すぐ目の前にあすかがいるにも関わらず、だ。
……正直、わけがわからない。
「どうだ? これでさすがにわかっただろう? あすかよ」
いやいや、僕にすらわかりませんでしたが……?
しかし、あすかのほうを見てみれば、彼女は顔をカーッと羞恥の色に染めあげて、
「なんでもっと早くに言わないんじゃ、ぼけえぇぇぇぇぇぇっっっ!!」
いままでに聞いた中でも一番大きかったんじゃないだろうか、というくらいの大声で叫んだ。
……え? なにがどうなって彼女に伝わったの? そもそも、どうやって伝えたの?
「あん? もしかして理緒、知らねえのか? これ」
言って、彼はもう一度同じ動作をしてみせた。今度は、言葉での解説もつけ加えながら。
「ほれ、『ぱん、つー、まる、見え』。……マジで知らねえ?」
「言われてみれば、そんなのが小学生の頃に流行った、ような……?」
でも、なんでそんな幼稚な方法で伝わったんだか。……あすか自身が幼稚だってことか?
ああ、いけない。こんなこと考えてるってバレたら、僕も彼女に蹴られかねないって。
「人のぱんつ見ておいて無視するなあっ!」
「ぐはぁっ!?」
制裁は、なぜか力也に対してのみ行われた。
疑問に思うところもあるけれど、助かったのも事実なので深くは追及しないでおく。
けれど、力也からしてみれば不満だろう。
「なんでオレだけなんだよ!? 絶対に理緒も見たって! あの白いやつ!」
「白い言うなっ!!」
「つか、見えてるってわかったんなら、蹴るのをやめろぉぉぉぉぉっ!!」
正論すぎて涙が出そうになってきた。
でも、力也。力也自身が引き金引いてる場合も多々あるんだからね?
あと、あすかもなんで蹴るのをやめようとしないかなあ。見えてるって知ったばかりなのに……。
「だったらこっちを見るな! 見ずに蹴られろっ!」
それはそれで、なんて理不尽な……。
僕はそう思ったのに、力也は感じるところがあったのか、
「なるほど、その手があったか! ――これでよし、と」
彼女に背中を向けて、どっかと床に座り込んだ。
「力也、それでいいんだ……」
そりゃ、力也自身は痛くないらしいけどさ。
なんというか、年上としてそれでいいのかなあ……。
……って、ああ、マンガ本を再び手にとって読み始めてるよ。あすかに蹴られながら読み進めるつもりなのか。
「……なぜだ。こうして背を向けられると、非常に蹴りづらいものがある」
すごく複雑そうな表情を浮かべ、あすかが蹴るのをやめる。どうやら力也の背中は、彼女にとっては『蹴りたくない背中』だったようだ。
それはそれとして、だ。
もしかして、あれなのだろうか。面と向かって指摘するつもりはないけれど、あすかが力也を蹴るときの心情って、好きな子にちょっかいをかける小学生男子のそれと、とてもよく似ているのだろうか。
「ん? 終わったか?」
あすかが床に座ると同時、力也がマンガ本を閉じて振り向いた。ちょうど、あすかと正対するような形になる。
「終わった……んだと思う、たぶん」
複雑そうな表情はそのままに、彼女は首を縦に振った。
なにがどう終わったのか、きっと彼女の中でもはっきりしていないのだろう。
それでもひと段落はついたのだし、僕は座布団の上で座る位置を少し直し、改めて彼女に言葉をかけた。
「それで、あすか。なんで力也を探してたの?」
「探してた、と言われるのはなんか嫌なんだが……」
「嫌って……。まあ、あすかもさっき言ってたけど、いつもは力也のほうから炊事場に行くもんね。お菓子目当てで」
「そうなんだ。だから今日も来るだろうと思って待っていたんだが、ただいまって声は聞こえたのに、ちっともやってこない」
「今日は面接練習の授業があってね。すごく疲れてたんだよ、力也」
「本当か? とても疲れてるようには――」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ! 理緒っ! あすかっ! そのことは思いださせないでくれえぇぇぇぇぇぇっ!!」
叫び声をあげる力也を見て、あすかの瞳に納得の色が浮かぶ。
「……とりあえず、すごく大変な目にあったってことはわかった。それで、すごく疲れてるらしいところに悪いんだが――」
「聞いたか、理緒!? あすかが『悪いんだが』なんて、珍しく殊勝じゃねえか!」
「お前、本当は全然疲れてないだろ! 悪いなんて思ったあたしがバカだった!」
「いや、口にだして言いまでしたんだから、バカなんてもんじゃねえぞ。大バカだな」
「また蹴るぞ!」
「えー……、オレ、また後ろ向かなきゃいけないのかよー……」
「そういう意味じゃない、ぼけっ!」
「……なあ、理緒。こいつはオレに一体なにを求めてるんだ? オレにはもう、さっぱり理解できねえよ……」
「ああ、うん……。とりあえず僕に理解できたのは、二人に主導権を握らせておくと一向に話が前に進まないってことくらい、かな」
なので、ここからは僕が会話の主導権を握らせてもらうことに。
「それで、あすかは力也になにか頼みがあるんだよね」
「いや、別に力也じゃなきゃいけないってこともないんだが……。というか、なんで頼みがあるってわかったんだ!?」
「それはもういいから」
「すごい。前からたまに思ってはいたんだが、理緒はひょっとしたら超能力者なんじゃないのか? 人の心を読めるんじゃないのか?」
「ああ。それはオレも思ったことあるぜ。本人は違うって否定してるけどな」
「ああもう、話を脱線させるのはやめようよ、あすか。力也も悪ノリしないで」
やんわりとそう注意すると、力也とあすかは少しだけしょぼんとして、
「悪ノリなんてしてねえんだけどな……」
「そうか、理緒は超能力者じゃないのか……」
「違うから。超能力なんて使えないし、人の心も読めないから」
「でもいま、あたしの言いたいことを――」
「誰だってわかるからさ……。とにかく、あるんでしょ? 頼みたいこと」
あすかは「ある」とうなずく。
「実はな、今日、下駄箱で演劇部のなんとかって奴に声をかけられたんだ」
すぐさま食いつくのは力也。
「おっ! スカウトか!?」
「あすかをスカウト? いくらなんでもそれはないって、り――」
「そうなんだ。それで困ってる」
まさかの肯定に、僕は少しだけ固まった。
けれど、すぐに頭の中が疑問でいっぱいになり、言葉となって口から溢れだす。
「あすか、劇なんてできるの? というか、本当にスカウトされたの? そもそも、どうしてあすかが? あすかって演劇部の人と接点あったっけ?」
「劇をやった経験はない。相手もまったく接点のない生徒だった。というか、そう言って断ろうとしたんだ。……でも、言われてしまった」
「なんて?」
「救世主になってほしい、と」
空いた口が塞がらないとはこのことだ。
あすかは確かに美少女で、磨けば光るタイプではあるだろう。
あるいは、見る人が見れば、磨かなくてもすでに光っているのかもしれない。
でも、だからって『救世主になってほしい』は言いすぎだと思う。
「……どうにもわからないな。あのさ、あすか。梢ちゃんは知ってるの? このこと」
そうであれば、もっとわかりやすい説明を梢ちゃんから聞けるのではと思い、僕はそう提案した。
あすかから返ってきたのは、肯定のうなずき。
「ああ。ちょうどその場に居合わせてくれた。……って、そうだ! 梢を炊事場で待たせてるんだった!」
「そうなの? じゃあ、いまからすぐ炊事場に行こう。――力也も、それでいい?」
「おう、もちろんだ。小腹も減ってるしな」
それを聞いて、あすかがため息をついた。
「……まったく、お前はお菓子にしか興味ないのか」
「いいじゃねえか。話は菓子食いながらすればよ」
「それはそうだが……。まあいい、じゃあいくぞ」
立ち上がり、あすかは開いたままになっていた扉から外に出ていく。
それを追いかける形になる僕と力也。
そこで、ふと思った。
十六歳の女の子に促されてついていく十八歳の男二人って図は、端から見るとどう映るのだろう、と。
やっぱり、小さなガキ大将と、その子分が二人ってふうに見えちゃうのかな……。
第一話、いかがでしたでしょうか?
主人公、ようやく登場です。
しかし、今度はメインヒロインである梢のほうが退場ということに(笑)。
そして、あすかと力也のかけあいは書いててとにかく楽しいです。コメディ成分たっぷり!
次回は梢も登場するはず。
かけあいに参加する人数が増えれば増えるほど、実は書くのも難しくなるんだったり(苦笑)。
もちろん、それが楽しくもあるのですけどね(笑)。