第十六話 グノーシス(前編)
「ミーティアたちはケレサス・シティへと向かう道中、フロート公国の首都であるフロート・シティに立ち寄ることにした。そして、その街の北にある『奇跡の丘』に、ファルカスとサーラと思われる二人組が向かったという情報を耳にするんだ」
人差し指を一本立てて話を続ける僕に、力也がいい感じのあいづちを打ってくれる。
「おっ、早くも再会のフラグが立ったな!」
「うん。ニーネもなぜか、『奇跡の丘』に行くことを強く推したしね」
「さすがニーネ! オレのことをよくわかってるぜ!」
「いや、別に力也のために『奇跡の丘』に向かうことを勧めてるわけじゃないからね? ニーネは」
「え!? 違えの!?」
「うん、違うから。……これは第二部の一番最初に明らかになることなんだけどね、『奇跡の丘』は『界王ナイトメアの聖地』なんだよ」
「ほお、『神の聖地』の次は『界王の聖地』かよ。そこに行きたいってことは……あれか? ニーネはホームシックにかかっちまったのか?」
「かかっちまってないから」
しまった。脱力するあまり、力也の口調が移ってしまった。
いやまあ、それは別にいいとして。
「ニーネはね、『奇跡の丘』に魔族の気配があることを察知したんだよ」
「なるほど。お仲間であっても、自分の縄張りには入ってきてほしくねえってわけか」
「お仲間っていうか、そもそもニーネは魔族ってわけでもないんだけどね」
「あれ? そうだったっけか? 確か『魔王の中の魔王』って……」
「あ、そういえばそうだったね。そういう認識でいてくれていいって言っちゃってたね、僕。……えっと、界王は聖蒼の王スペリオルや漆黒の王ダーク・リッパーよりも上位に位置する存在でね? 作中では『天上存在』って呼ばれてるんだ。でもまあ、縄張りに入ってこれらたら面白くないっていうのは、そのとおり」
「なんでえ。そこが合ってるんなら、ニーネが魔族だろうがそうでなかろうが、たいして違いなんてないじゃねえか」
むくれる力也。
これ、けっこう大きな違いなんだけどな……。
「アバウトだねえ、力也は……。ともあれ、しぶしぶミーティアたちは『奇跡の丘』に向かうことにした。彼女たちの本来の目的地はケレサス・シティなんだけど、その町は南東にあって、フロート公国にあるもうひとつの『神の聖地』――『竜の谷』は北東のほうに位置してる。
だから『奇跡の丘』に足を運ぶのって、実は寄り道でしかないんだよね。ミーティアが行くのをしぶるのは、むしろ当然ってものなんだよ」
僕の言葉に、しかしフィアリスは嘆息して、
「じゃが『奇跡の丘』に魔族の気配があれば、界王も放っておくわけにもいくまいよ。わしが記憶しておるところでは、確かそこで、地闘士が中級の魔族を復活させておるんじゃったな」
なんでそれを知ってるのさ、と突っ込みたい気持ちはあったけれど。
それを言うと話がまた中断してしまいそうだったので、僕は彼女に肯定だけを返すことにした。
「うん。第一巻『希望の目覚め』でミーティアたちが滅ぼしたはずの、ベガラスって魔族を、ね」
「なあ、理緒。なんだ? その地闘士ってのは」
予想できていた力也の問いに、彼のほうに顔を向けて僕は答える。
「地闘士は『高位魔族』のうちの一体だよ。『魔王の翼』の一翼、地界王ノームルスの直属の部下。外見は十九歳くらいなんだけど、魔族は外見を自由に変えることができるからね。実際に十九歳ってわけじゃないんだ」
「へえ、すげえっつうか、便利っつうか……」
「まあ、下級の魔族は人間の姿にはなれないことが多いんだけどね。ともあれ、地闘士はベガラスを復活させ、自分の操り人形同然の状態にした。ミーティアたちにぶつける手駒にするために、ね。
もっとも、これは誰に命令されてやったわけじゃなく、地闘士の単なる暇つぶしだったりするんだけど」
先に『奇跡の丘』に辿りついてしまっていたファルカスとサーラは、ベガラスと地闘士とに大苦戦してしまう。
まあ、ギリギリのところで、なんとかミーティアたちが助けに入ることができたのだけれど。
と、話を続けようとした僕を遮って、フィアリスが口を開いた。
「ミーティアが助けに入ったときには、ファルカスはすでに地闘士の手にかかり死亡しておったな。サーラも瀕死の重傷を負っておったはず。そしてサーラを含むミーティア一行は一度、撤退することになった。
むろん、界王の端末であるニーネ・ナイトメアがいたのじゃから、勝算は十二分にあったじゃろう。しかし、ファルカスの亡骸をそのままにしておいては、生き返らせることもできなくなるからの。まして、亡骸を消滅でもさせられようものなら――」
「待って待って! フィアリス、ファルカスは死んでないよ! それ以外の流れはまったく同じだし、ファルカスも仮死状態っていうすごく危険な状態にはなったけど、死んだわけじゃない。どちらかというと、深刻だったのは半狂乱状態になっちゃったサーラのほうだよ。そのせいで彼女は、一時的にではあれ、戦力にならなくなっちゃったんだから」
だからひとまずはその場を離れ、サーラを落ちつかせる必要が出てきてしまったわけで。
それと、フィアリスは『生き返らせる』と言ったけれど、『スペリオルシリーズ』には死者蘇生の魔術なんて存在しない。
『死者蘇生の法』というのが研究されている、という描写こそ出てくるけど、成功したという話はひとつも書かれていないのだ。
フィアリスは僕の言葉に目を丸くして、
「待て、それはおかしい。『六回目』の世界では、ファルカスは確かに死亡しておる。仮死状態で済むのは、『七回目』以降の世界から、じゃ。『六回目』の世界でファルカスが死に、それを『異界』からやってきた者たちが救ったからこそ、『七回目』の世界でファルカスを生かす術が生みだされたのじゃぞ……?」
それからも、彼女はうわごとのようにつぶやき続ける。
「おかしい。そんなはずがない……」
「フィアリス……?」
「一体、どうなっておるのじゃ。その本に記されておることは、ここまでは間違いなく『六回目』の世界のことじゃった。なのに、なぜ……」
動揺の色を隠そうともしない彼女に、力也も声をかける。
「おい、どうしたってんだよ、フィアリス。……つーか、理緒。『六回目』だの『七回目』だのってのは、一体なんなんだ?」
「それは僕にもわからないよ。というか、僕も知りたい。……でも、それよりもいまはフィアリスだよ」
「ああ、そうだな。――おい、一体どうしちまったってんだ!? フィアリス!」
怒声にも近い力也の声に、しかし、フィアリスは応えない。
「なぜ……、なぜ『奇跡の丘』の一件で、ファルカスが死んでおらぬのじゃ……?」
「ねえ、本当にどうしたっていうのさ!? フィアリス! おかしなところなんて、いままでの話のどこにもなかったじゃない!」
僕たちの声なんて聞こえていないのか、フィアリスは言葉を振り絞るようにして、
「どう考えてもおかしいではないかっ……! 矛盾しておる……! その本に記されている事柄は、現実に起こったそれと明らかに矛盾しておる……!
記述されておるのが『七回目』以降の世界の出来事じゃというのならば、今度はミーティアの旅立ちの動機が、現実にあったそれと違うてしまう……! なんじゃ……この、矛盾した書は……!」
「お、落ちつこうよ、フィアリス! あのさ、これは小説の中の出来事なんだよ? 現実に起こったことが書かれてあるんじゃなくて、作者の想像に基づいて書かれただけの、作り話なんだよ?」
「――作り話でなどあるものかっ!」
彼女らしくもない大声に、僕はビクッと身をすくませてしまった。
「フィ、フィアリス……?」
震える声で、呼びかける。
それに彼女は、はっとしたように「あ……」と漏らし、
「……すまぬ。少し、取り乱してしもうた……」
「いや、少しなんてもんじゃなかったぜ……?」
力也、なにを余計なことを……。
フィアリスは彼の言葉に首を横に振り、
「程度の差などどうでもよい。――理緒、続けてくれ。あるいはこの先に、矛盾を解く鍵があるやもしれぬ……」
「続けるのは、いいけどさ……。フィアリス、創作と現実を混同しちゃってない? ……その、さすがにちょっと心配になるくらいに」
「奇遇だな、理緒。オレもそう感じたぜ……」
「混同、か……。なるほど、お主らにはそう感じられるわけじゃな。……まあ、無理のないことかもしれぬが。
じゃが、これだけは言っておくぞ? この本に記されておる内容を、わしは現実に起こったこととして識っておる。当事者とまでは言えぬが、傍観者ではあったからな」
「……う、うん」
他にどんな返事を返せというのだろう。
どう考えてみたって彼女は、創作と現実を混同してる。それは誰の目から見ても明らかだ。
でも、それを指摘したところで意味はないし、そもそも、読んだことがないはずの『スペリオル』の内容をフィアリスが断片的ながらも知っているのだって、おかしな話なのだ。
……まるで、異空間にでも迷い込んでしまったかのようだった。
いや、ここは異界か異世界と表現したほうがいいだろうか。
あるいは、僕と力也が迷い込んだのではなくて。
僕の部屋が異界にされてしまったのかもしれない。
この、目の前に座る銀髪の少女によって。
「……えっと、どこまで話したっけ?」
「ファルカスが死亡……ではなかったな、仮死状態に陥り、地闘士たちから逃げだすことになったあたりまでじゃ」
「そう……だったね。それで、サーラをパーティーに加えて、彼女を落ちつかせ、体勢を立て直したミーティアたちは、再度『奇跡の丘』に足を運んだ。そしてベガラスと地闘士を完全に滅ぼすことに成功する」
「大事なのは、そのあとじゃな。ファルカスはどうなった? よもや、そこで『丘』に埋められでもしおったか?」
それは、彼女なりのジョークだったのだろうか。
僕は首を横に振り、
「『奇跡の丘』には、リューシャー大陸に住む『生命あるもの』の純粋な『善』のエネルギーが集まるようになっていてね。それをサーラが集めてファルカスに注ぎ込み、彼は一命を取り留めたんだ」
「まあ、そうじゃろうな。それが創造主の生みだしてくださった、『均衡者』を――いや、『希望の種』を『本質の柱』に還さずに済ます『法』じゃった。現世に繋ぎとめる法、と言い換えてもよいな」
「なんだそりゃ?」
力也が僕の気持ちを代弁してくれた。
フィアリスの言葉にはときどき、やっぱり僕たちには理解できない単語が混じることがある。
でも、ふざけてるってわけでもないっぽいんだよなあ。彼女の真剣な瞳を見る限りでは。
ここに来る前、『ことがこと』と言っていた彼女。
その重大さは、まだ僕にはわからないままだけれど。
それでも、フィアリスにとっては本当に大事なことなのだろう。
それだけは、なにもわからないままの僕にだって確信できた。
「なんにせよ、『奇跡の丘』での事件は、これでおしまい。ファルカスとサーラは、ケレサス・シティを目指すミーティアたちとしばらく一緒に旅をすることになった」
「おっ! ようやく正式に仲間入りか! 待ってましたって感じだな! ……いや、ここは『遅えよ!』って突っ込むところなのか?」
「どっちでもいいと思うよ? 一方、地闘士が滅ぼされたことにより、魔族はミーティアたちへの警戒を強めることになる」
「いよいよ本格的に目をつけられちまったってことか」
「そうなるね。で、それとはあまり関係ないんだけど、一行がケレサス・シティに到着するのとほぼ同時期に、『魔王の翼』の一翼である火竜王がフロート・シティに言伝役の魔族を寄越してきた」
「ふむ」と記憶の糸をたぐり寄せるように天井に視線を向け、ややあってフィアリスは口を開いた。
「言伝の内容は確か、『神の聖地』のひとつである『竜の谷』に火竜王の軍が総攻撃をかける、というものじゃったな」
「そう。フロート公国の国内に入ってくるわけだから、当然、王様も無視はできない。魔道学会っていう『腕の立つ魔道士たちが所属している組織』をとおして、即座にエリート魔道士たちに緊急招集令が出された」
「きんきゅうしょうしゅうれい?」
たどたどしく口にしたのは力也だ。
僕は彼のほうに顔を向け、
「魔道学会に所属している魔道士であれば、誰であっても拒否は許されないっていう召集令のことだよ」
「……わかったぜ。あれだろ? 先生から呼びだし食らうようなものだろ?」
「いや、全然違うよ。でも、なんでだろう。そう置きかえてみると、僕の中でも不思議と納得がいった……」
「どうだ! このわかりやすさ!」
「胸を張るところじゃないから」
「ちなみに、もし呼びだしを無視したらどうなるんだ?」
「除名処分を受けちゃうんだよ。魔道学会に属している魔道士には毎月、研究費用が支給されるんだけどね、それがもらえなくなっちゃうの」
「それは……大問題じゃねえか?」
「貧乏な魔道士からすれば、ね。……話の流れから予想がついてるかもだけど、ミーティアとドローア、そしてサーラは魔道学会に所属していて、三人ともがエリートと呼ばれるレベルの魔術の使い手なんだ。
当然、除名処分になんてしたら、魔道学会のほうにも損害が出かねない。だから緊急召集令を無視しても、魔道学会から支給される費用が減額になるだけで済むかもしれなかった。でも、それを理由に知らんぷりをするわけにもいかないわけで」
フィアリスじゃないけど、『ことがこと』な事態に――文字どおり『緊急』の事態に陥っているからこそ、緊急召集令が出されたのだから。
「ちなみに、ミーティアは『黒道士』っていう『黒魔術の専門家』で、サーラはその反対の『白道士』。一番すごいのがドローアでね、風の精霊魔術を極めた『風道士』であると同時に、神の力を借りた魔術を使いこなす『神界道士』でもあるんだ」
「二つも極めてるのかよ。マジですげえな」
「しかも、それだけじゃなくてね。ドローアは『現代の三大賢者』のひとり、『沈黙の大賢者』でもあるんだよ」
「そこまでいくと、むしろ欲張りとすら思えてくるな……」
「まあ、相応に背負っているものもあるわけだから。そもそも『沈黙の大賢者』になったのは、彼女の本意じゃないしね」
「そうなのか? つーか、『三大賢者』ってことは、まだあと二人いるんだよな? オレ、憶えられんのか……?」
「まあ、そのあたりは順番にというか、なんというか。――話を戻すよ? ミーティアたちは緊急召集令に従い、フロート・シティに戻ることにする。火竜王は『竜の谷を攻める』としか言ってきてないけれど、それで国の安全が保障されたってわけじゃないからね。
なにより火竜王や火将軍とは、ミーティアたちも浅からぬ因縁があるし」
「しっかし、フロート・シティからどれくらい離れたところにいるのかは知らねえが、わざわざ戻るってのは難儀な話だな。時間もかかるだろうし」
僕はそれに苦笑を向けて、
「確かに難儀は難儀だけど、時間はかからないんだよ。さっきも言ったけど、火竜王からの使者がフロート・シティを訪れたのは、ミーティアたちがケレサス・シティに到着するのとほぼ同時期。ケレサス・シティに限ったことじゃないんだけど、『スペリオルシリーズ』の主だった都市にはね、緊急時にのみ使用することを許可される、『刻の扉』っていう魔道移動装置が設置されているんだ」
「フロート・シティまで、『ばびゅんっ!』とワープできるってことか?」
「そういうこと。ミーティアたち六人は、それを使ってフロート・シティに戻った。そして、そこにはすでにエリートの魔道士たちが勢揃いしていたんだ」
「やべえな。全員の名前とか、憶えられる気がしねえぞ? 五人くらいに絞ってくれ! 頼む!!」
力也はものすごい勢いで懇願してきた。
それに僕はしれっと返す。
「大丈夫。絞らなくても、主要な新規の登場人物は五人だから」
「いや、それギリギリなんだが……」
「筆頭は、ドローア以外の『現代の三大賢者』である二人だね」
「う、うお……。ギリギリだって言ってんのに始めやがったよ、こいつ……」
「ひとり目は『紅蓮の大賢者』であるルイ・レスタンスっていう男性。二人目は『漆黒の大賢者』という肩書きの、アーリア・ヴラバザードっていう女性。あ、どちらも三十代ね? そして残る三人は、『スペリオルシリーズ』の物語が始まる前からミーティアと面識のあった、とある領主の娘たち」
「領主の娘たち?」
首を傾げる力也にうなずき、僕は続けた。
「フロート公国には何人もの領主がいて、それぞれが自分の領地を治めているんだ。ミーティアが再会することになったのは、シュヴァルツラント領を治める領主の娘、リースリット・フォン・シュヴァルツラントという名の少女。彼女は『エリュシオン』っていうところに行くための方法を探しているんだ」
「……『エリュシオン』? はて、どっかで聞いたことがあるような……」
その言葉には、さすがの僕も声を荒げてしまう。
「ちょっとちょっと! どっかで、じゃないでしょ! 僕たちがやる劇のタイトルだよ! 『エリュシオンを探して』って、でかでかと書いてあったでしょ!」
「おお、そう言われてみればそうだったな。危ねえ危ねえ、忘れちまってたぜ」
「部活動に参加している人間として、それを忘れてたっていうのはどうなんだろう……」
まったくもう、と疲れた息が知らず漏れてしまった。
そんな僕に力也はニカッと笑って、
「まあ、いいじゃねえか。こうして思いだしたんだからよ」
「僕が言ったから思いだせたんでしょ!」
「まあまあ、そう怒りなさんな。理緒さんよ」
「いや、別に怒ってるわけじゃないけどさ……。はあ、まあいいや。――ちなみにリースリットとの再会は、偶然ってわけじゃないんだよね」
「うん? どういうこった?」
「それがさ、アスロックは『スペリオル』の第一巻よりも前――スペリオル聖王国を目指して旅をしていた頃に、リースリットと出会っていたらしくてね、その縁でアスロックがリースリットに助けを求めたんだ。ミーティアにそう頼まれて、ね」
「携帯の番号でも交換してたのか?」
「蒼き惑星にそんなものないよ……。まあ、アスロックに渡されていた魔法の品で彼女を呼んだわけだから、力也の言ってることも大きく外れているわけじゃないんだけど」
「だろ? どんなもんだ!」
「威張らないの。――で、ミーティアたちも含めた、魔道学会のエリート魔道士たちも『竜の谷』に向かい、神族四天王の一柱である竜王アッシュと共に戦おうってなったあたりで、リースリットの弟のレオンハルト・ロレン・シュヴァルツラントと、二人の使用人であるダグラスもやってくるんだ」
「ふうん。……っと、ルイ・レスタンスにアーリア・ヴラバザード、リースリットにレオンハルト、そしてダグラス。これで五人だな。これ以上は憶えきれねえからな? 肝に銘じとけよ? 理緒」
「だから、さっきからなんでそんな偉そうなのさ……。あ、そうそう、リースリットたちはミーティアたちと一緒には行動しないんだ。リースリットがね、大勢で進軍すると自分の本当の実力が出せなくなるからって言うものだから」
「……どういうこった?」
「えっとね、リースリットが得意とする魔術は、主に無差別破壊呪文と呼ばれるタイプのものなんだよ。しかも、かなりの広範囲を攻撃するものが多くて。その範囲内にミーティアたちがいたりしようものなら、お互い、たまったものじゃないでしょ?」
「ああ、なるほどな。それで別々に動くことになったわけか」
「そういうこと」
「へっ、行く道は別だが、目指すべきところは同じ。これもまた燃える展開じゃねえか。――っと」
不意に声を漏らし、力也が少し腰を浮かした。
「どうしたの? 力也」
「ああ、ケツのポケットに入れといた携帯が振動してな」
言いながら携帯を取りだし、「お?」 と目を見開く力也。
「もう九時かよ。けっこう長く話しちまってたんだな。そろそろ風呂入らねえとだ」
「ああ、そのためにアラームかけてたんだ。でも、そうだね。そろそろ入らないとね」
そう口にして、対面に座るフィアリスを見る僕。
ちなみに、片山荘のお風呂は銭湯のような作りになっており、三人くらいまでなら余裕で一緒に入れたりする。
「どうかな? フィアリス。続きはお風呂から出てきてからっていうことで」
「……いや、すまぬが風呂は後に回してもらえぬか?」
うん、絶対にそう言うと思ったよ。
「了解。――というわけで力也、僕はフィアリスと話を続けるから、入ってきちゃいなよ」
「え~、お前来ないのかよ~?」
なんだろう、ものすごく寂しそうだ……。
「いや、別にいつも一緒に入ってるってわけでもないんだからさ。ほら、行った行った」
「へいへい。じゃあ、なるべく早く出てくるとすっかね」
「そんなに急ぐ必要ないって。あと、お風呂で転ばないようにね?」
「言っておくが、理緒。転んで頭打った程度でどうにかなるほど、オレはヤワじゃねえぜ?」
それは果たして自慢になることなのだろうか……。
「知ってるよ。でも転ばないに越したことはないでしょ?」
「まあな。……さて、行ってくっか」
立ちあがり、部屋の扉を開く力也。
「じゃあ、あとでな」
「うん、あとで」
バタンと閉められ、彼の足音が遠ざかる。
「じゃあ、フィアリス。続けようか?」
「うむ、よろしく頼む」
うなずくフィアリスに、僕は先を続けるのだった。
今回のサブタイトルになっている『グノーシス』は、古代ギリシア語で『知識』や『認識』を意味するそうです。
そんなわけで今回は、『知識』はもちろんのこと、『認識』の相違も描いてみました。
それによって酷い目に遭ったっぽいのはフィアリス。
『後編』である次回は、言うまでもなく理緒のほうが……。
話しているときに起こる、記憶違いや認識の相違からくる『不可解さ』って、本当に怖いと思うんですよね。
そんな不気味さが表現できていれば、と思います。




