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第十四話 驚愕のフィアリスフォール

 十月十一日、木曜日。

 今日も今日とて、放課後は演劇の練習だ。

 まあ、もっとも。


「うう、死ぬ……」


 力也だけは、練習が始まる前から疲労困憊ひろうこんぱいって感じだったけれど。

 彼のそんな姿を見たことがない深空ちゃんが、目を丸くして力也に問いかけた。


「ちょい、どうしたの? 佐野。あんたがそんなになってるなんて、珍しいなんてもんじゃないわよ?」


「うるせえな、ほっといてくれ……」


 そのあとに小さな声で「時間が経ちゃあ、いつものオレに戻るからよ……」と漏らし、イスに腰かけたままうなだれる力也。……なんか、真っ白に燃え尽きていた。


「ねえ、立川くん。本当にどうしちゃったの? 佐野のやつ。元気だけは無駄にあるのが、あいつの唯一の取り柄じゃない」


「唯一のって、それはそれで酷い言い草だね……」


 まあ、否定はできないけど……。


「今日はさ、ちょっと彼には酷な授業があったんだよ。ほら、僕たちはもう三年生でしょ? 当然、迫ってきているものがあるわけで」


「ああ、進学か就職かって選択? そんなの、とりあえず進学を選んでおけばいいじゃない。エスカレーター式に大学院まで進めるんだからさ、ここ」


「そうなんだけどね。それでもやっぱり、立ちはだかるものは存在するわけで……」


「立ちはだかるもの?」


 首を傾げる彼女に、僕は苦笑して首を横に振る。


「そのあたりは察してあげてよ。口にはしないよう――」


「ああ、合点がいったわ! 面接のことね!」


「うぎゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」


 その言葉が深空ちゃんの口から飛び出た瞬間、力也がイスから転げ落ちた。

 そして、部室の床をごろごろとのたうち回る。


「ちょっ!? なに!? 佐野に一体なにが起こったの!?」


「力也の耳には絶対入れちゃいけない言葉のひとつなんだよ、それ……」


「それ……って、面接?」


「ぬがあぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁあぁぁっ!!」


 再度放たれてしまったその単語に、彼は頭を押さえていた手を耳に持っていく。


「というか、佐野! そうやって転がり回るのやめてよ! 女子のスカートの中覗く気!?」


 そうであるなら、どれだけいいか。

 断言させてもらうけど、いまの力也にそんな余裕は絶対にない。

 そもそも、そんな下心自体、彼は持ちあわせているかどうか……。


 しかし、深空ちゃんの抗議に反応して、ミニスカートの前を押さえた少女がいた。

 それは驚くべきことに、力也の席の隣に座っていた……あすか。


「――なにいっ!? お、お前っ! そんなことしようとしてたのかっ!?」


「はあ、はあ、はあ……。なわけ、ねえだろ……。というかだな、オレがこうしてのたうち回る原因を作ったのは、他ならぬ……施羽だろうがよ!」


 立ち上がり、ビシッと深空ちゃんを指差す力也。

 それに彼女は肩をすくめて、


「まあ、佐野がそういういやしい人間じゃないってことは、ここ一週間ほど一緒に過ごしてみて、よ~くわかってはいたけどさ。でも角度的に覗ける位置にはいたわけだし、念のために警告はしておこうかな、と思ってね」


「『と思ってね』、じゃねえよ!」


 ……とりあえず、美花ちゃんは今日も欠席してくれていてよかった。

 彼女がいたら、絶対に色々とつついて遊んでたよ。

 正直、あすかのリアクションなんて、僕でさえ少しばかり感じるところがあったのだから。

 なんにせよ、これ以上いじる人間がこの場にいない以上、騒ぎは収束し――


「……ふむ。考えてみれば、私にも来年は面接が控えているのか」


「――っぎゃあぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁっ!!」


 ちょっ!? いまのって……美鈴ちゃん!?


「それを乗り越えても、就職するには、また面接を受ける必要があるし」


「ぬぎゃあぁぁあぁああぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁっ!!」


「待てよ。大学部にあがる面接に落ちたときのために、滑り止めとして、他にも面接は受けておくべきか?」


「ぬぐるあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁあぁっ!!」


 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、美鈴ちゃんはまだ続ける。


「面接のあとに待っているものは、またしても面接。生きるためには、面接を受け続けていかなければならないのだな……」


「ぬぎゃあぁぁあぁあぁあぁああぁぁああぁあぁああぁぁあぁぁあぁあぁっ!!」


「カップラーメンを食べるためにも面接を受け、爪を切るためにも面接を受け」


「ぐぎゃあぁぁあぁあああぁぁあぁぁぁああああぁぁあぁぁぁあぁっ!!」


 ああ、もう『面接』って言いたいだけなんだな、美鈴ちゃんは……。


「――面接か、ああ面接か、面接か」


 なんか、今度は『五・七・五』調に言ったし……。

 それにも力也は反応して、口から泡を吹かんばかりにのたうち回る。


「ぬぐああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁっ!!」


「本当に、むごいものだ……」


 満足したのか、最後にそうつぶやいて彼女は口を閉じた。


「ぜえ、はあ、ぜえ……。て、てめえ、殺す気か……!」


「おや? 私にそんな口を利いていいと思っているのかな?」


「……くそっ!」


 ニヤリと笑って脚を組む美鈴ちゃんと、悪態をついて立ち上がる力也。

 ああ、なんか彼、すっかり弱みを握られちゃったなあ。

 こりゃ、美鈴ちゃんの機嫌を損ねたら、力也が大変なことになるぞ。

 というか、僕自身も彼女には弱みを握られないよう気をつけなきゃ……。


 今度こそ騒ぎは収束し、演劇の練習が開始される。

 まずはボイストレーニングから始まり、次に台本を手にして、セリフを声に出しながら部室内を動きまわる。

 当たり前だけれど、あすかだけは台本を持っていない。彼女のセリフは美花ちゃんが別にるのだから、動作だけを憶えればそれでいいわけだ。


 彼女の動きは、素人の僕から見てもかなりいい。

 深空ちゃんに褒められることも多々あるから、本当にいい動きができているのだろう。

 あすかの演技の問題点は、本当に『台本を読むこと』だけだったらしい。


 もちろん彼女の呑み込みが早いのは、セリフを憶えなくてもいいからだ。

 僕たちがセリフを憶えるために使っている労力を、あすかは『動き』だけに集中しててることができる。

 上達が早いのは、当然のことだともいえた。


 払う労力が少ないことを、ずるいと思う気持ちが僕にないわけじゃない。

 やっぱり、動きとセリフとを連動させるのは、すごく難しいことだから。

 それでも、誰かに褒められるそのたびに、彼女の演技は活き活きとしたものになっていく。

 胸を張り、とても嬉しそうな笑顔をみせる。

 そして、『演じる』ことに、より真剣になる。

 そんな彼女に悪感情を抱くことなんて、やっぱり僕にはできないわけで。


 でも、それとは別に。

 どうしたって、不安は募ってしまう。

 いま僕がやっているのは、『動き』を中心に憶える練習だ。手にはセリフが書かれた台本があり、それを動きに合わせながら読みあげているだけ。


 でも本番では、それじゃいけない。

 セリフをすべて暗記して、動きに合わせて口にしなければいけないのだ。それも、しっかりと感情を言葉に乗せて。

 そんなことが、あと二十日ほどの練習で本当にできるようになるのだろうか?


 ……いや。頑張って、できるようにならなきゃいけないんだよな。

 同じように練習を重ねる、梢ちゃんのためにも。


 以前、涙をこぼしながら、彼女は言った。

 部活動に参加するのは、久しぶりのことなのだと。

 同年代の学友たちと、同じ時間を共有できることが嬉しいのだと。


 実をいうと、僕はいまでも演劇にはあまり乗り気ではない。

 でも、涙ながらに語られた彼女の気持ちだって、わからないわけじゃない。

 わかるからこそ、自分にできる限りのことはしてあげたかった。

 そう思うのは、当たり前で、ごくごく自然な感情の動きだろう。


 それに、いざやってみたら、意外と大丈夫だったのだ。

 主人公とヒロインの恋心。それを匂わせるシーンを演じてみても。

 それはきっと、『演劇』という枠組みの中で行われる『擬似的な恋愛』を、僕が『幸福』だと感じていないから。

 だから、問題なくることができた。

 たぶん、感情を込めて演じたとしても、ギリギリでセーフなはず。


 と、練習がひと段落し、なにやら考え込んでいる深空ちゃんの姿が目に入った。


「……う~ん。やっぱりあとひとつ、なにかが足りないのよねえ」


 そのつぶやきが、気にならなかったといえば嘘になる。

 けれど、それとは別に頭の中を占めていた思考があったから、そのときは問うこともせずに流してしまった。

 それが翌日に、とんでもない爆弾として形をとるのだと知っていれば、あるいは彼女のことを優先していたのだろうけど。


 僕の頭の中を占めていたこと。

 それはずばり、今後の練習のことだった。

 やっぱり、練習時間が圧倒的に足りないと感じるのだ。

 だから僕は、少し思考を巡らせただけで決断した。


「――うん。やっぱり、片山荘でも練習したほうがいいよね」


 だって片山荘には、主人公役を務める僕と、ヒロイン役の梢ちゃん、そして、ドローア役を演じるあすかと美花ちゃんの四人が一緒に住んでいるのだから。

 使う部屋は、いつも宴会に使っている和室がいいだろうか。


 ……これは、美花ちゃんが何日か前に言っていたことだけれど。

 僕だって、やるからには全力で取り組みたいから。

 そう思考をまとめ終え。

 気合いを入れなおして、僕は再び練習に戻るのだった――。


 ◆  ◆  ◆


「――と、いうわけで」


 片山荘に帰宅してから、梢ちゃんとあすか、美花ちゃんに声をかけ。

 力也やフィアリス、黒江さんまでもが集まった和室で、僕は話を切りだした。


「今日からは、ここで自主練習もしたほうがいいんじゃないかって思うんだけど、どうかな?」


 最初にあがったのは、梢ちゃんの賛成の声。


「すごく、いいと思います。練習時間が足りないんじゃないかって不安は、わたしも抱いていましたし」


 それに続いて、あすかも首を縦に振ってくれる。


「秘密で特訓して、深空たちを驚かせるんだな! 望むところだ!」


 美花ちゃんも笑顔で腕を組み、


「あすかちゃんの動きを私の声と合わせる練習は、いくらやっておいても損はないものね。バイトで疲れきってるときは無理かもだけど、基本的には私も賛成!」


「もちろん、無理強いはしないよ。やれるときにだけやってもらえれば」


 そう口にしてから気づいた。

 いまの僕のセリフ、まるで深空ちゃんのそれみたいだったなって。

 強制しないようにって気遣うと、こういう言葉が自然と出てくるんだな。


 ともあれ、僕の提案はみんなにすんなりと受け入れられ、さっそく今夜の練習を始めることに。

 まずは一番の不安要素である、あすかと美花ちゃんのタッグからだ。

 美花ちゃんは台本を手に立ち、あすかは部屋の中心まで移動して、


「じゃあ、動くぞ? 美花」


「オッケー! ワン! ツー! あ、ワン、ツー、スリー、フォー!」


「普通に合図しろ!」


「あ、わかりづらかった? ごめんごめん、あすかちゃん。……こほん。じゃあ無難に『一、二の三』で」


「三、のところでアクションスタートだな?」


「そうそう。じゃあいくよ? 一、二の三! ……で、いくからね? タイミング間違えないようにね?」


 すでに『三』のところでアクションを始めていたあすかがつんのめった。

 それから美花ちゃんのほうを向き、激しく彼女を罵倒する。……珍しいこともあるもんだ。


「まぎらわしいんじゃ、ぼけっ! もう始まったと思ったじゃないか!」


 でもまあ……うん、いまのは普通、勘違いするよ。

 というか美花ちゃん、遊んでない……?

 僕がそう思うが早いか、美花ちゃんは改めてカウントを開始する。


「一、ニの……」


「うわっ! もうカウントダウンが始まった!?」


「三の、四の、五の、六の……」


「真面目にやれっ!!」


 おお……。まさか、あすかが美花ちゃんに『真面目にやれ』なんて言う日がくるなんて……。

 でも、さすがに美花ちゃんもふざけすぎだ。そろそろ僕からも注意する頃合いだろう。


「美花ちゃん? 前に『やるからには全力でやるって決めた』とか言ってなかったっけ?」


「うん。だからいまはこうして全力で――」


「全力でふざけてるとか言うのは、なしだからね?」


「……マズい。さすがにちょっとふざけすぎた。このままだと理緒くんがガチで怒りかねない……!」


「美花ちゃん?」


「イエス! サー! ここからは真面目に、全力で取り組みますです、はい!」


「なにも敬礼までしなくても……。とりあえず、合図のほうは僕から出すからね? それでいい?」


「うわ、私の信用ガタ落ち……?」


「そ・れ・で・い・い? 美花ちゃん。それと、あすかも」


「お、オッケーであります!」


「わかった。理緒が合図してくれるなら、安心して始められる」


 なんというか……やれやれだ。


「じゃあ、始めるよ? ……一、二の、三!」


「――アスロックさん! ミーティアさんは魔族なんですよ!? なぜ、行動を共にしているんですか!」


 声を張る美花ちゃんと、必死に動きを合わせていくあすか。もちろん、ちょっとのズレはあるものの、二人が合わせるのはこれがまだ二度目なのだから、充分に上出来といえるだろう。

 と、二人の共演を見ていたフィアリスと黒江さんが『――ぶっ!?』と吹きだしていた。

 なんだろう? いまの演技、そこまでおかしかったかな?


 とりあえず、いまは気にしないことにして、彼女たちを見守ることにする。


「エリュシオン? 神族と魔族が共存できる可能性? そんなもの、実現できるはずがありません! 馬鹿げた発想にもほどがあります! アスロックさん、あなたは私と同じ側の存在ものでしょう!? なのに、なぜ――」



「――なんじゃこれはーーーーーっ!!」



 あすかと美花ちゃんの熱演を遮って。

 フィアリスの大声が部屋中に響き渡った。

 見れば、彼女の瞳は大きく見開かれている。


 思わず呼吸すら止めて、彼女のほうに向いてしまう僕たち。

 フィアリスはワナワナと口を震わせて「どうして……どうしてこんな……」なんて漏らしているけれど、僕たちのほうからすれば、その反応こそよっぽど『どうしてこんな』という感じだった。

 とりあえず、彼女が『なにか』に驚愕している、ということだけはわかるのだけれど……。


 ……そうだ、黒江さん。

 先ほどフィリアスと一緒になって吹きだしていた彼になら、なにかがわかるんじゃ。

 そう思って視線を移すと、黒江さんはうつむいて肩を小刻みに震わせていた。その口許に当てられているのは、彼自身の右手。……笑っている。それも、すごく愉快そうに。

 その姿にゾクリとするものを感じ、彼になにかを問う気力が僕の中から失せていく。


 結局、謎の驚愕から立ち直ったフィアリスが、僕の手から台本をひったくるようにして取るまで、僕は金縛りにあったかのように動けずにいた。

 一方、その彼女はというと、僕の台本をパラパラとめくりながら、


「『エリュシオンを探して』……? ミーティア、アスロック、ドローア……? なぜ、この名前をこんなところで見ることに……。――理緒、これを作ったのは、一体誰じゃ? 包み隠さず、正直に答えるのじゃ。ことがことじゃからな」


 『ことがこと』なんて言われても、僕にはその重大さがさっぱり理解できない。

 それでも、隠すことなんかひとつもないから、僕はフィアリスに促されるまま、いままでにあったことを話してきかせた。ちゃんと、できる限り詳細に。

 もちろん、物語の主人公が回想するときのように、一から十までを正確に説明できたわけじゃない。そんなことは普通の人間には不可能で、いまだって、きっと説明し忘れていることがいくつもあるはずだ。

 そんな僕の話を聞き終えると、彼女は「むう……」とうなって、眉間に深くしわを寄せる。


「――施羽深空が、か。確かにあの娘は少々特別じゃが……。……あるいは、『エリスフェールの神託しんたく』でも受けおったか?」


「エリスフェールの神託? なにそれ?」


「インスピレーション――『ひらめき』の中でも一際ひときわ特別なもの、とでもいえばわかるかの。お主とて、幼き頃に受けたことがあるじゃろう?」


 矛先が急に僕のほうに向き、困惑してしまう。

 とっさに口をついて出たのは、もちろん否定の言葉だ。


「え? 受けてないよ、そんなもの」


「いやいや、受けたじゃろう。十年ほど前に、この片山荘で」


 あの、記憶が曖昧な頃に……?

 憶えていないからこそ、十年前あたりのことを話題にされると、強く否定はできなくなる。

 つい黙り込んでしまった僕に、フィアリスは「まあ、お主が神託を受けたことは、正直、わしの推測でしかないんじゃがの」と興味を失ったようにつぶやいてから、


「それよりも、この台本じゃ。『神託』を受けていないのなら、基盤となる『なにか』があったはずじゃ。でなければ、ミーティアだのアスロックだのドローアだのという名前が『偶然』、これにまとめて載せられたということになる。じゃが、そのような偶然が起こる確率は、途轍とてつもなく低いはず……」


「基盤となる『なにか』? ……ああ、深空ちゃんが影響を受けたっていう『スペリオルシリーズ』のこと?」


「影響を受けた? お主、そのようなことは話さなんだぞ? ……まあよい。で、スペリオルシリーズ……じゃったか。それはなんじゃ?」


「ライトノベル……じゃ、わからないか。えっと、小説だよ。勉強のためにじゃなくて、楽しむために読む本」


「楽しむために……」


 険しい表情はそのままに、彼女は問いを重ねてくる。


「その本とやらに、ミーティアだのなんだのが登場しておるのか? エリュシオンも?」


「うん」


「その本はいま、どこにある?」


「僕が実家から持ってきてあるけど」


「ならば、お主の部屋にあるわけか。……よし」


 ぐい、と服のそでを引っ張って。

 フィアリスは和室から僕を連れて行こうとする。

 行き先は、いままでの話の流れからして、僕の部屋だろう。

 けど、大人しくそれに従うわけにもいかない。


「ちょ、ちょっとフィアリス! いま練習の途中で――」


「ことがことなのじゃ。あとにせい」


 静かながらも、有無を言わせぬ口調だった。

 僕がそれに返したのは、沈黙という、安易でどっちつかずなもの。

 でも、それは無理もないことだと思う。

 だって、彼女はさっきからずっと『ことがこと』とか言ってるけれど、僕にはその重大さが全然理解できないのだから。


 フィアリスの腕力は十三歳の少女のそれで、踏ん張っていれば引きずられてしまうことはない。

 そんなこと、フィアリスにだってわかってるだろうに。それでも彼女は、必死に僕の袖を引っ張り続ける。

 それほどまでに『スペリオルシリーズ』が重要なのだろうか、この銀髪の少女にとっては。

 だったら、いまは――


「行ってあげてください、理緒さん」


 迷う僕の背中を押してくれた声は、梢ちゃんのものだった。


「大丈夫。練習なら別の日にもできますよ。それに、わたしとあすかちゃんと美花さんは練習を続けてますから」


「……わかった。ごめんね、言いだしっぺの僕が抜けることになっちゃって」


「気にしないでください。別に理緒さんが悪いわけじゃないんですから」


 そうして。

 僕はフィアリスに連れられて。

 しぶしぶながらも、自室へと戻ることになったのだった――。

前半は、いつもどおりテンションの高いギャグパート。

後半は、片山荘でも開始された演劇の練習風景とフィアリスの謎の驚愕。

彼女の言う『ことがこと』とは、一体……?


そんな第十四話、いかがでしたでしょうか?

いえ、それを問う前に、投稿間隔がものすご~く空いてしまったことを申し訳なく思うべきですね(汗)。

本当に申し訳ありませんでした。

そして、これが今年最後の投稿となります。この続きは、また来年。


まあ、もっとも。

次回からは『フィアリス回』という名の『作者の自己満足エピソード』に突入してしまうわけなのですが(滝汗)。

『スペリオルシリーズ』の根底にある『共通した世界観』に触れるエピソードとなるので、シリーズ全体からみれば、とても重要な回ともいえるわけなのですけどね(苦笑)。

しかし、『在りし日の思い出』の本筋を進めるにあたって、本当に必要なエピソードなのか、と問われてしまうと返答に困ってしまうのも、また事実。


ともあれ、『フィアリス回』が終われば、その次はあすかの恋愛がメインとなる『あすか回』に突入しますので、それを楽しみにしながら、なんとかついてきていただければ、と思います。

もちろん、『ザ・スペリオル』や『スペリオル』、いくつかある『スペリオル外伝』を読んでくださっている方であれば、あるいは『フィアリス回』も楽しんでいただけるのかもしれませんが、そのためだけに『僕の作品をすべて読んで』と言うのも酷な話ですからね(苦笑)。


さて、長くなってしまいましたが、2013年も残すところ八時間を切りました。

皆さん、よいお年を! 来年も『在りし日の思い出』を始めとした『スペリオルシリーズ』をよろしくお願いいたします!!


そして、新年が明けてからこれを読んでくださった方。

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!!

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