表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

第十一話 ふたつの策略

「力也く~ん、ちょっといい~?」


 そんなに大きな声をださなくてもいいだろうに、美花ちゃんは力也に至近距離で呼びかけた。

 彼は怪訝そうな表情を浮かべながら、こちらに振り向く。


「んあ? なんだ? 美花っち」


「なんだ、は酷いなあ~。こ~んな美少女が、腹筋の補助をお願いしにやってきた~っていうのに」


 口許には、からかうような笑み。

 そして力也からの答えを待つことなく、彼女は砂利の上にあお向けの姿勢で寝転がった。


「そんなわけで、よろしくね」


「唐突な話だな、おい。……ま、別にいいけどよ」


 と、そこに焦って割り込むのはあすかだ。


「ちょっと待て! 力也はあたしと組むんだろう!?」


「まあ、そう目イルカを立てるな、あすかっち」


 肩を怒らせている彼女を、力也がなだめにかかる。……でも、立てるのは目イルカじゃなくて目くじらでは?


「確かに美花っちはランニングを完走したし、腕立てもけっこうな回数をこなしてたさ。けどな、さすがのこいつでも、まさか昨日のオレみたいに腹筋を二百十三回もできはしないだろう。なら、オレが美花の補助をやっても、お前と組む時間は充分にあるってわけだ。まあだから、いまは少しばかり待っとけ」


「むうぅぅぅぅっ……!」


 あすかはただただ悔しそうな、そして不機嫌そうな声を漏らした。

 けれど、それだけだ。力也にしては珍しく筋のとおった言い分だったから、彼女としても反論できなかったのだろう。

 そこに、挑発するかのような美花ちゃんの声が。……いや、彼女は絶対にあすかを挑発してる。間違いない。


「ほらほら、早くしてってば力也く~ん! 言っておくけど、そこそこいい線はいくからね? 私」


「ほう、言うじゃねえか。じゃあ、さっそくやらせてもらうとするぜ」


 両膝を曲げた彼女の足元に、力也が座り込む。そして、しっかりと足首を固定。

 そこで、美花ちゃんが少しだけ目を丸くする。


「……なんか、意外」


「意外? なにがだ?」


「いやね、『力也くん! ちょっと掴む力が強すぎるって!!』とかいうふうになるんだろうな~って、内心、思ってたものだから……」


「ば~か。オレがそんなヘマするかよ。……力加減を誤って、足首痛めさせちまったらどうすんだっての」


「わあ、紳士だ。ますます意外……」


 おそらくは本音だったのだろう。

 感心したようにぽつりと漏らす美花ちゃん。


「なんか、普段とギャップあるね、力也くん。いつもはもっと乱暴者なイメージなのに」


「お前はオレをなんだと思ってやがったんだ! ……まあいい、とっとと始めろ」


「りょうか~いっ!」


 ちょっと真剣味に欠ける返事をし、美花ちゃんは両の掌を後頭部で合わせる。

 ちなみに彼女、その綺麗なロングヘアが砂利で汚れてしまうことには、これといった抵抗がないらしい。図太いというか、なんというか……。


 そして始まる、腹筋運動。

 これは本当、男子には目の毒だ。

 だから僕は、意識的に力也のほうを見ることにする。たとえ、チキンといわれようとも。

 そもそも、隣には梢ちゃんとあすかがいるのだ。おまけに、美花ちゃんが僕のことを視界の端に捉えていたっておかしくない。

 あとあと、それをネタにからかわれるのだけは、絶対にごめんだった。


 しかし、力也はすごいな。美花ちゃんの補助をやっているというのに、これっぽっちも動じていない。

 彼女が履いているのはスパッツだから、ともすれば、梢ちゃんやあすかの補助をするよりも楽に感じられるかもしれない。

 けれど、実際はそんなことないはずだ。だって美花ちゃんは、いまここにいる女生徒の中で一番スタイルがいいのだから。

 当然、彼女の上半身に目を向けようものなら、たわわに弾む『それ』が否応いやおうなく目に飛び込んでくるはずで。

 なのに力也の声からは、動揺の気配なんて、まるで伝わってこなかった。


「おっ、これで五十か。確かに口だけじゃあねえな、美花っち」


「まあ、ねっ……! どう? 惚れなおした?」


「参ったな……。元から惚れてもいねえオレは、一体どうすりゃいいんだ?」


「……本当、からかい甲斐がないなあ、力也くん……はっ! ……いまので、五十五っと!」


「よく数えられるな、お前……」


「まあ、ねー……。これで、六十っ……!」


 そろそろキツくなってきたのか、美花ちゃんの息が荒くなる。

 彼女はそれからも数回をこなし、


「ふう、ふう……。キリもいいし、これでおしま、いっと……!」


「え? 本当にそれでやめちまうのか? それでいいのか、美花っちよ……」


「いいのいいの。ぴったり七十回でフィニッシュ。……これ以上は、無様なところをさらしちゃいそうだからね」


「いや、それでもいいだろ! 無様でもなんでも、限界に挑んでこそだろうがよ!」


 どうも、力也はそのあたりにこだわりを持っているようだ。美学、と言い換えてもいいかもしれない。……僕も、筋トレを手伝ってもらうときには気をつけようっと。

 そんなことを、僕が肝に銘じると同時、


「――そこまでにしろおぉぉぉぉぉっ!!」


 げしいっ! と、あすかの飛び蹴りが力也に炸裂した。


「ちょっと待て、あすか! いまのはオレが悪いのか!?」


「当たり前だ! ぼけっ!!」


 彼女はびしっと人差し指を力也に向けて、


「美花は、もうおしまいって言ったんだから、強要なんてするな!」


「けど、昨日はよお!」


「昨日は昨日、今日は今日! そして、あたしはあたしで美花は美花だ!!」


「えー……」


 ものすご~く納得のいかない声を漏らす力也。

 まあ、あすかの真意が理解できないのなら、それも無理はない。


「ほら! 次はあたしの番だ! 早くしろ!」


 早口でまくしたて、あすかは砂利の上に寝転がった。力也も「へいへい」と大人しく補助を務める。

 それにしても、本当、あすかの不器用さには苦笑を禁じえない。隣の梢ちゃんだって困った笑みを浮かべているし。

 そして、あすかに嫉妬の感情を抱かせた張本人は、ニヤニヤと笑いながら、僕の肩をつついてきた。


「どう? なかなかに上手くいったと思わない?」


 それに僕は、嘆息混じりに返す。


「まあ、いい手ではあったのかもしれないけどね。でも、やっぱり僕としては、温かく見守る方向でいってあげたほうがいいと思うんだけどなあ……」


「甘い甘い。理緒くんの考えはね、角砂糖を千個ほど入れた紅茶くらい甘い!」


「それは、ヤバい甘さだねえ……」


 砂糖、絶対に溶けきってないじゃん……。


「ちなみに、誰が飲むのさ。それ」


「え? もちろん力也くん。――まあ、それはいいとして」


「力也で即答なんだね……」


「いいとして」


「仮にも力也は年上なのに、そういう扱いばかりするのはどうかと思うよ? 美花ちゃん」


「い・い・と・し・て!」


「はいはい。いいとして、なんなのさ?」


 問い返してあげると、彼女は胸の前で腕を組んで――って、うわあ、そんなポーズすると、ますます強調されてしまうものが……。


「やっぱり、自覚を促す必要があると思うのよね。あすかちゃんと力也くん、双方に」


「だからさ、温かく見守っていてあげようよ……」


「だから甘い! どれくらい甘いかっていうと――」


「それはもういいから」


 冷たく突っ込む。

 色恋沙汰の話でテンションの上がった彼女は、これくらいやらないと止まらない。それを僕は、身を持って知っていた。

 本当、梢ちゃんとのことを何度も何度も冷やかされたのだ。もちろん軽く流してはいるのだけれど、しかし、そのたびに梢ちゃんが少しばかり落ち込んだ表情をみせるものだから……。

 その梢ちゃんが、美花ちゃんに問いかけた。


「自覚を促すって、やっぱり美花さんが力也さんに、気のある素振りをしつづけるんですか?」


「うん? 別に梢ちゃんがやってもいいよ?」


「わ、私には無理ですよっ……!」


「いやあ、割といけるんじゃないかなあ……」


 舐めまわすように、梢ちゃんの身体に視線を這わせる美花ちゃん。


「体操着も、ブルマだし……」


「あの、これはあすかちゃんとお揃いのを、と思って中等部のときに選んだもので、決して他意は……」


「他意があったことにしちゃおうよ、後づけで。あと、演技は上手いんでしょ?」


「まだ台本を読んだことがあるだけですよっ……!」


「――あのさ、美花ちゃん」


 見かねて僕は口をだす。

 しかし彼女は、ターゲット変更とばかりに僕へと視線を向けてきて。


「あ、そうだ! 理緒くんがあすかちゃんをデートに誘うってのはどう!? 力也くんが危機感を抱くかも!」


「やらないよ! ……それに力也のことだから、あすかがどうこうよりも先に『理緒と遊ぶ時間がなくなった~!』とか言うんじゃないかなあ……」


「え? あー……。……どうしよう! 理緒くん、どうしよう! その光景、ものすご~く鮮明に思い描けちゃったよ!!」


「……奇遇だね、僕もだよ。……自分で言いだしておいてなんだけど」


 そんな他愛もないといえなくもないことを話しているうちに、あすかの腹筋が終わった。

 回数は……なんと、七回。うん、まあ、筋肉痛のこともあるから、仕方ないよね。


 続いてグラウンドに寝転がろうとする力也に、僕は待ったの声をかける。


「力也、次は僕の補助を頼めないかな。あすかには悪いけど」


 それに力也とあすかは、


「おう、かまわねえぜ!」


「別にいいぞ。というか、なんであたしに悪いだなんて思うんだ?」


 と、了承の意を返してくれた。……ふむ、僕が力也と組む分には問題ないのか。とすると、やっぱり彼が自分以外の女の子と組むのが我慢ならないんだな、あすかは。

 ふと、隣に視線を向けると『理緒くん、グッジョブ!』といいたげな笑顔を浮かべる美花ちゃんの顔が飛び込んできた。……違うから。別にそういう探りを入れるために、力也と組んだわけじゃないから。

 笑顔を引っこめ、彼女は梢ちゃんに顔を向ける。


「じゃあ、私は梢ちゃんの補助をやろうか。そんなわけで、ほらほら早く無防備な姿勢を、お姉さんの前でとっちゃいなさいな」


 そういう言い方はやめようよ、美花ちゃん。……まあ、梢ちゃんの補助役を代わってくれたのは素直にありがたいんだけどさ。


 そんなふうに、午前中は騒がしく、けれど平和に過ぎていった。

 まあ、劇をやるうえでの最大の不安材料は、主に午後――あすかの台本読みにあるわけだから、正直、嵐の前の静けさって言葉を思い浮かべもしたけれど……。


 ◆  ◆  ◆


 制服に着替えてから昼食をとり、午後は部室で練習。

 ボイストレーニングの仕方を主に美鈴ちゃんから教わり、各自、実践してみることに。

 というか、やっぱりちゃんとトレーニングとかしてたんだなあ、美鈴ちゃん。いやまあ、演劇部なんだから、部員全員がやってることなんだろうけど。


 ボイストレーニングをひととおり終えたら、次は昨日と同じく、台本を使っての練習に移る。


「――お待ちください! 勇者さま、その剣で魔王を倒すことはできません。我が家の家宝である、この聖剣をお持ちになってください」


 役の心境を考え、必死になって引きとめるような演技をしてみた。

 それは自分なりに考えてやったことで、深空ちゃんたちにどう思われるかが少し不安ではあったけれど、


「うん、よくなってる! そりゃもちろん、手放しで褒めることはできないけどね。でも、少しずつでも伸びてるんだから大したものよ!」


 深空ちゃんのその言葉に、ほっと胸を撫でおろす。


「もっとも、最初のうちは簡単に上達できるものだっていうのも、事実なんだけどね。本当に難しいのは、最後の二割を詰めることだから」


「そうなの?」


「そりゃそうよ。テストの点とかだってそうでしょ? 二十点くらいから五十点まで上げるのは割と簡単。でも八十点から先は、そう簡単に点数なんて上がらない。テストの点数や演劇の練習だけじゃないわ。ありとあらゆることに共通していえることなのよ、これは」


 なるほど。最後の二割、か……。


「さあ、次は梢ね!」


 丸めた台本で、深空ちゃんが梢ちゃんを指す。

 彼女は「はい」とうなずいて立ちあがり、


「――いまですっ! 勇者さま、聖剣の力を解放してくださいっ!!」


 昨日よりも、さらに熱のこもった演技。

 発声が、よりしっかりとしたものになっているように感じられた。

 そして、次に続くのは……あすか。


「や、やった、わ。これ、で、この大地、に、平和が、おとずれ、るの、ね」


 ああ! やっぱり昨日と大差ない!!

 そりゃ、一朝一夕いっちょういっせきで上達するなんて、そんな甘いことは考えてなかったけどさ、それにしたって……。

 あすかのセリフは、まだ続く。


「わたしの、たたかいも……これで、終わり。これからは、希望、に、満ちた、み、らいが……」


 演じ終えたところで、深空ちゃんが口を開いた。


「う~ん。よくなってるところもなくはないんだけど、悪くなってるところもあったりするのがねえ……」


「そ、そうなのか? やっぱりあたしには、ダイヤの原石になることなんてできないのか……?」


「ああほら、そんな泣きそうにならないで! ええと……っと、そうだ。ねえ、美花。試しに台本読んでみてくれない?」


 『これはダメだ……』って感じの表情を浮かべていた美花ちゃんに声がかかる。

 彼女は自分の顔に人差し指を向けて、


「私ですか!? 初日にも言いましたけど、定期的な練習参加は不可能なんですよ!?」


「いいからいいから。試しに、なんだから。素人同士、あすかにアドバイスできることが、なんかあるかもしれないでしょ?」


「理緒くんや梢ちゃんも素人じゃないですか!?」


「立川くんは男性だからね~。そして梢は素人ってレベルじゃない。ほら、早く読んだ読んだ!」


「……わかりましたよ」


 おお、あの美花ちゃんが押しきられた。

 もしかして彼女、同性の上級生には弱いのかな?

 ともあれ、あすかから台本を受けとり、美花ちゃんが演技を始める。


「……やったわ。これで、この大地に平和が訪れるのね。――私の戦いも、これで終わり。これからは、希望に満ちた未来が……!」


 沈黙しながら、軽くうつむいてみたり。

 『これで』のところで、台本を持っていないほうの手を胸元に当ててみたり。

 『この大地に』のところでは、手を開いて大きく広げてみたりと、実に色々なアクションを取りながら、彼女は演じる。


 他にも、軽く目を閉じてみたり、遥か高い空を仰ぐような仕草をしてみたり。

 そして、最後は力強くも余韻に満ちた……って、どれだけ上手いのさ!!


「……っと、こんな感じでいいですか?」


 台本を閉じながら、彼女は深空ちゃんに問いかける。

 演劇部の部長は、心底悔しそうな表情を浮かべて、


「なんでそんなに上手いのよ! ぶっちゃけ、アタシよりも演技力あるじゃない!!」


 と、ちょっとだけ八つ当たり気味に叫んでから、


「美花! 一生のお願い! ――出て! 劇に出て!!」


「嫌です」


 うわあ、バッサリと……。


 深空ちゃんは「そこをなんとか~!!」と泣きついたが、美花ちゃんに心を揺さぶられた様子は微塵もない。いっそ無情とすら思えるほどの態度でイスに座りなおしてしまった。

 しかし、性格面にさえ目をつむれば、本当に完璧なんだなあ、美花ちゃんは……。


 ともあれ、彼女をこのまま逃がすのは、いくらなんでも惜しいと感じたのだろう。

 部長のやることには我関せずの態度を貫いていた美鈴ちゃんが、ここにきて初めて、深空ちゃんのサポートに回った。


「まあ待て、岩波。いやさ、美花」


「いや、岩波でいいって、別に。というか、『いやさ』ってなに……?」


 相手が力也だったからとはいえ、僕たちは初日に、みごと彼女に説得されてしまっている。

 それを思いだしてか、美花ちゃんが少し身構えた。


「そう身構えるな、美花」


「だから、岩波でいいって言ってるのに!」


「――ときに、今日はよく晴れているな」


「うわあ、私の言うことを聞いてないよ、この人……」


 あー、美花ちゃんと話しているときの僕が、ちょうどこんな感じだよね……。

 そのときの僕が大抵そうしているように、美花ちゃんは名前呼びの訂正を諦めて、美鈴ちゃんに応じ始めた。


「まあ、いい天気ではあるわね……」


「ああ、実にいい天気だ」


 それは、ともすれば、ただの雑談にも聞こえることだろう。

 しかし美鈴ちゃんのことだ、ここからどう話題を演劇に繋げるか……。


「まさに、青春の汗を流すにはうってつけだ。そうは思わないか?」


「ちょい待ち!」


「どうだ? 共に青春の汗を流す気はないか? 主に、この第一演劇部で」


「だから、ちょい待ち!」


「む……、駄目か?」


 ダメだと思うなあ……。

 美花ちゃんはもちろん、


「ダメに決まってるでしょ! なにこのゴリ押し!」


 もしかして美鈴ちゃん、これ以外の誘い文句を知らないだけだったのか? 策士だと思ったのは僕の勘違い?

 しかし、彼女の攻勢はまだ終わっていなかった。「ならば」と、スカートのポケットからICレコーダーを取りだして、


「台本を読んで演じているところを、これに録音してはもらえないか?」


「え? 録音?」


「アフレコ、というやつだ。天王寺はそれに合わせて劇を演じる。なに、役者に求められるのは『動き』であり、口の開閉ではない。観客は役者を見てこそいるが、目の動きや眉の動きには注意など払わない」


「まあ、それなら片山荘でもできるから、いいか――」


「いや、録音は私の見ているところでだけやってもらう。雑音などが入ろうものなら、一大事だからな」


「……ふむ。つまり、部活動に顔を出せる日だけで収録し終えろってことか。――わかったわ。台本の量がどのくらいあるかにもよるけど、まあ、大丈夫でしょ。むしろ問題なのは、あすかちゃんがそれに合わせて演じられるかどうか、なんじゃない?」


「心配するな。それは演劇部の部長を務める者が、指導するべきことだ」


 なんか、すごい難題が深空ちゃんに割り当てられてしまったような。

 まあ、あすかは運動神経がいいから、劇自体はやれるだろうけどさ。……スタミナは、ないほうだけど。

 けど、それで二人が納得するのだろうか。そう思い、まずあすかのほうに目をやってみる。


「――ふう、よかった。死ぬほど安心した……」


 ……なんか、ものすごく安堵していた。

 じゃあ深空ちゃんは、と彼女の顔を盗み見る。


「まあ、やってやれないことはないけどさ……」


 そうつぶやきながらも、しかし、めっちゃ顔をしかめていた。

 ああ、これはきっと美鈴ちゃんに助け舟を出されたことが嫌だったんだろうな。仲、悪そうだもんなあ……。

 そもそも、性格が正反対すぎるんだって、この二人。陰と陽っていうか、正と邪っていうか。……ああいや、正と邪は美鈴ちゃんに失礼か。

 それはそれとして、部長と副部長がこんなだと、詩織ちゃんあたりは気苦労が絶えないだろうなあ……。


 ともあれ、丸く収まったこと自体は、よかったよかった。

 そう、思っていたのだけれど。


「――しまったあぁぁぁぁぁぁっ!」


 唐突に。

 美花ちゃんのあげた大きな声が部室内に響き渡った。


「なに? どうしたの? 美花ちゃん。力也みたいな声だして」


「え? 力也くんみたいだった? ……って、いやいや、大事なのはそんなことではなく! 私、いつの間にか主要メンバーのひとりになっちゃってない!? 欠けちゃいけない存在になっちゃってない!?」


「まあ、そうだね」


 少なくとも、力也のそれよりは重要だろう。彼女の請け負った役割は。


「そんな……! 私、みんなが大変そうにしてるところを、無責任に『頑張れ~っ!』って言うだけのポジションでいたかったのに……!」


「また、ずいぶんとぶっちゃけたね……」


「おいこら、てめえ!」


 呆れる僕に続いて、さすがの力也も突っ込んだ。まあ、当然か。

 しかし、僕たちのツッコミなんて意にも介さずに、彼女は嘆き続ける。


「力也くんのと同じ説得パターンじゃん! って呆れてたところに、主演やれっていう要求をあっさり取り下げられたりもしたものだから、ついつい油断して引き受けちゃったよお~っ!」


 そこで美鈴ちゃんが「ふふん」と得意げに口を開いた。


「一段上の要求を突きつけ、拒否されたのちに本来のそれを提示する。……まあ、交渉の基本だな」


 ……やっぱり策士だよ、美鈴ちゃん!


「ううう~っ! こうなったら、仕返しに国本さんのことも、美鈴って呼んでやるう~っ!!」


「……別に、かまわないが」


 むしろ、仲が深まってるよね、それ。……きっと美花ちゃん、自分がそう呼ばれたときから、彼女のことも名前で呼びたくなっていたんだろうなあ。


 ともあれ、僕たちの抱えていた最大の不安は、こうして解消されたのだった。

 ――解消、されたと思っていいんだよ、ね……?

もう、今回は最初から最後までギャグでとおしてみました。

いかがでしたでしょうか?

書いてて思ったのですが、美花の恐ろしいところは、ふざけながらもちゃんと物語を動かしてくれるあたりですね(汗)。

それでは、また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ