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彩桜学園物語~在りし日の思い出~  作者: ルーラー
嵐の前の静けさ編
1/29

プロローグ 繰り返される夢の中で

 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。


 そんな夢を、わたしは見ている。



 いつになったら終わるの?

 いつになったら終えるの?



 そう問いかけてくる声がひとつ。


 わたしは黙って首を横に振る。

 なにを思ってそうしたのかなんて、わたしにもわからない。

 ただ、その声から逃れたかっただけ。

 耳を塞いでも聞こえてくる、その内なる声から意識を逸らしてしまいたかっただけ。




 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。


 ……そう、永遠に。

 そうしていれば、わたしはずっと幸せなまま。

 終わりの訪れないこの世界で、わたしは永遠に終わり続けていく。


 それは、なんて矛盾。

 でも、それでもちゃんと世界は成り立っているのだから、矛盾したままでもわたしはかまわない。


 ――人間は矛盾の塊だ。

 かつて、誰かがそう言っていたのを憶えている。

 だから、わたしの心も矛盾に満ちていて、それこそが正常な人間の証でもあるんだ。


 ふと、思考が別のほうを向く。

 この夢は、いつから始まったんだっけ、と。

 どうして、わたしはこの夢を見始めたんだっけ、と。

 それは、確か……来てほしいと願っている日が、絶対に来ないんだと知ってしまったから、だったような……気、が――……




 ……――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。



 朝になる。


 目覚める。


 学校に行く。


 帰ってくる。


 お風呂に入る。


 眠りにつく……。



 そうして、わたしは帰ってくる。

 この世界に。

 終わりのない、夢の世界に。

 いつか、命が尽きるそのときまで、わたしはこうやって生きていく。


 ああ、それは。

 終わるなんてことが絶対にない生き方。

 同時に、永遠に終わり続けていく生き方。

 だって、もう終わってしまっているのだから。

 もう一度始まることなんて、絶対にないのだから。



 ――本当に?



 声が、聞こえる。

 問いかけてくる、声が。

 それは、わたしの声によく似ていて。

 まるで、もうひとりのわた――




 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。


 もう、別の夢が見たいと、わたしは願う。

 永遠にこの夢を見ていたいと、わたしは思う。


 映しだされるのは、木張りの廊下。

 幼い少年と少女が、寄り添う姿。

 そして、二人が視線を落とす先には、一冊の絵本がある。


 それを見て、わたしは『悲しい』と嘆いた。

 なのに、なぜか『温かい』とも感じた。

 同時に胸に宿る、正反対の感情。

 確かなのは、その光景がわたしにとって、とても大切なものであるということだった。


 忘れたくない光景。

 忘れてはいけない光景。

 それが、いま目の前にある『ふたり』の姿。

 もう戻ってはこない、『ふたり』の姿。

 在りし日の、『ふたり』の姿。


 頬を流れる涙が、しょっぱかった。

 木張りの廊下が、冷たかった。

 男の子の描いた絵が、温かかった。

 そして、それがとても悲しかった。

 でも、なぜ悲しかったのかだけが、どうしても思いだせない。



 ――本当に?



 また、声が問いかけてきた。


 誰なの?

 あなたは、誰?

 わからない。

 その問いかけの意味が、わからな――




 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。


 そんな夢を、わたしは見ている。



 ――夢? これは、本当に夢なの?



 違うのだろうか。

 夢では、ないのだろうか。

 確信は持てない。

 もしかたら、毎日学校に行っていることこそが夢なのであって。

 本当は、こちら側のほうが現実なのかもしれない。


 でも、それはあくまで可能性の話。

 答えを得るすべは、わたしにはない。

 そう、わたしには。


 だから、待っている。

 答えをくれる人を。

 あの男の子を。

 再会することなど叶わないと、頭ではわかっていながら。


 ……あれ?

 ちょっと待って。

 なにかがおかしい。

 だって、彼との再会はもう叶っ――




 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。


 わたしは泣いていた。

 男の子は、そんなわたしを慰めてくれている。

 周りには、ひとがたくさん。

 素通りしていくひとが、たくさん。

 とてもとても、忙しそうに。


 結局、わたしを慰めてくれたのは、その男の子だけだった。

 わたしに穏やかな笑顔を向けてくれたのも、その男の子だけだった。

 そして、男の子は言ってくれた。


「――またね」


 温かな声で、言ってくれた。


「さよならは、いわないね」


 言ってくれた、のに……。

 どうして、あなたは忘れ――




 ――繰り返す。

 あの日のことを、何度も。


 ――繰り返す。

 あの日までのことを、何度でも。

 そう、終わることなく、永遠に。

 いつまでも、永遠に。


 そんなユメを、わたしは見ていた――。


 ◆  ◆  ◆


「……野、まだ授業中だぞ、天野あまの


 低い声で呼びかけられて、わたしは目を覚ました。

 隣に感じる気配は……たぶん、先生のもの。

 少しだけ、顔から血の気が引く。

 どのくらい眠ってしまっていたんだろう、と黒板の上にある時計に目を向けようとしたところで、チャイムの鳴る音がした。


「……もう時間か。よし、じゃあ今日はここまで」


 わたしが授業中に寝るなんてことは、いままでに一度もなかったからだろうか。

 先生はなにを言うでもなく、ため息だけをこぼして教壇へと戻っていった。


 日直の人が「きりーつ。れい」と少しだらけた声で号令をかける。

 それに合わせて、みんながイスから立ち上がってお辞儀をひとつ。

 先生はそれにうなずきを返して、無言で教室から出ていった。

 それから少し間があって、栗色の髪をポニーテールにした、ブレザー姿の小柄な少女が、わたしの席の前に立つ。


「珍しいな、こずえが授業中に居眠りするなんて」


 腕組みをしながら、少し心配そうに瞳を揺らす彼女。

 それにわたしは苦笑を浮かべて、


「昨日、ちょっと夜更かししちゃって……」


 と、正直に告白した。


「夜更かしか……。それはよくないな。夜更かしは美容の天敵だぞ?」


 失礼ながら、その言葉にわたしは目を丸くしてしまう。

 だって、彼女――天王寺てんのうじあすかちゃんは、そういう方面にすごく無頓着むとんちゃくな女の子だから。

 わたしが驚いたのに気づいたのだろう。彼女は心外そうな表情になってつけ加えてきた。


「あたしがこういうことを言うのがそんなにおかしいか? ……まあ、美花みかからの受け売りであることは否定しないが」


「受け売りだったんだ……」


 それなら納得。

 わたしたちは彩桜さいおう学園高等部の一年生。肌に気を遣うのには、まだ早い年齢だと思う。


「そもそも、肌を綺麗にしておいてなにになるっていうんだ。それで胸が大きくなるとでもいうのか?」


 頬を膨らませながら、彼女はコンプレックスであるらしい自身の胸元を見つめ始めた。

 そういうことを気にするのも、あすかちゃんの性格的にはちょっと意外だったけど、別にそれはおかしいことでもないかと思いなおす。だって、彼女も年頃の女の子なんだから。


「梢はいいな。割とあって」


「背の割にはある、くらいだけどね」


 外見的な『女の子らしさ』でいえば、彼女は軽くわたしの上をいく。

 おかっぱの髪といい、顔立ちといい、わたしはとにかく地味だから……。


「それはそれとして、次の授業はなんだっけ? もう先生来るんじゃ――」


「次? あとはホームルームだけだぞ? 梢、寝ぼけてるのか?」


「……あ、あれ? うん、寝ぼけてた……みたい」


「大丈夫か? ここまでぼんやりしてるのも、梢にしては珍しいな。ついつい、あたしがついていてやらないとなんて、らしくもないことを思ってしまった」


 あすかちゃんが言うことはもっともだった。

 彼女のほうがヘマをやらかし、わたしがそれをフォローする。それが普段のわたしたちの関係性なのだから。

 まあ、それはそれとして。


「ところで、あすかちゃん。いまの授業のノート、あとで貸してもらえないかな?」


 両手を合わせて頼み込む。

 けれど、彼女から返ってきた答えは、


「うん? それは無理な相談というものだ」


「な、なんで……?」


 らしくもない冷たい返事に、わたしは少したじろいだ。

 彼女は彼女でこともなげに、


「あたしもノートをとってなかったからだ。あとで誰かに教えてもらうつもりでいたからな。そのほうが理解しやすい」


「いいのかなあ、そんな態度で授業受けてて……」


「その言葉、眠っていた梢にだけは言われたくないな」


「あう……」


 今日は旗色が悪いようだ。

 わたしは大人しく引き下がることにする。


「それで、誰に教えてもらうの? 力也りきやさん?」


「あのバカに教えてもらうのだけはごめんだっ!」


「そんな大声で……。それに、力也さんは三年生でしょ? わたしたちよりは間違いなく頭いいよ」


 ちょっと天然なところがあるのは否定できないけど。


「いや、あいつはあたしより頭が悪い。天地がひっくり返ろうとも、それだけは覆らない」


「どうして、そこまで思えるのかな……」


「あいつがバカだからだ」


 なにを根拠に、と思わなくもないけれど、この話題をこれ以上続けても堂々巡りになるだけだろう。

 どういうわけか、あすかちゃんは力也さんに妙な対抗心を持っているから。……あと、変なプライドも、かな。

 それから、あすかちゃんは一度自分の席に戻っていった。

 そしてホームルームが終わると同時に、鞄を持って再びわたしのところにやってくる。


「帰ろう、梢」


「うん」


 この娘は基本、学園ではいつもわたしにべったりだ。

 他にも友達を作ったほうがいいんじゃないかな、と思うこともあるけれど、わたしが彼女と過ごす時間を心地よく感じているというのも事実で。

 だから、まあ、このままでも別にいい……のかな?


 一年三組の教室を出て、廊下を歩く。

 わたしたちの教室があるのは学園の一階だ。

 だから階段を昇り降りする必要はない。でも、あすかちゃんは階段に差しかかったところで足を止めた。

 わたしも彼女に合わせて止まり、問いかける。


「今日はどうしようか?」


 美花さんや力也さん、それから理緒りおさん。

 わたしたちにとって先輩にあたる三人は、ここよりも上の階にある教室で帰り支度をしているはず。

 なら、誘って一緒に帰るのもいいのでは。

 わたしのした問いかけは、そういう意味だ。


 彼女は少しだけ考える間をおいてから、


「いや、あいつらにもあいつらのつきあいがあるだろう。変に気を遣わせるようなこともしたくない」


「そうだね」


 よく言えば男勝り、悪く言えば乱暴。

 そんな言葉遣いをするあすかちゃんだけれど、実は意外と人に気を遣う。

 それを知っている人はクラス内にも決して多くはなくて、また、そんな彼女の友人であることは、密かにわたしの自慢でもあった。


「どうせ、夜には顔を合わせることになるだろうしな。特に、あのバカとは嫌でも会うことになる。お菓子目当てでやってきているのは知ってるが、少しは遠慮してほしいところだ。あたしのお小遣いにだって限りはあるんだから」


 うんざりだ、とでも言いたげにあすかちゃんは顔をしかめる。

 でも彼女が言うところの『あのバカ』こと力也さんを、あすかちゃんが心の底から嫌悪していないことは、わたしたち全員がよく知っている。

 そう、わたし『たち』、だ。


 とある事情から、わたしは片山荘かたやまそうというアパートで大家というものをやっている。

 そして、あすかちゃんはもちろんのこと、美花さんや力也さん、理緒さんもそこの住人で、みんなは両親を早くに亡くしたわたしにとって、家族のような存在となっていた。


 知らず微笑を浮かべてしまう。

 そうして二人で歩を進めて、やがて下駄箱の前に辿りついた。

 そのときだった。後ろから声をかけられたのは。


「すみません、ちょっとよろしいでしょうか? お二人に話したいことがあって……」


 振り向くとそこには、セーラー服に身を包んだ少女が立っていた。

 黒い髪は肩の辺りで切り揃えられていて、上品な、あるいは落ちついた印象を見る人に与える。

 また、わたしとあすかちゃんは揃ってブレザーを着ているものだから、彼女ひとりだけが少しばかり浮いている印象も受ける、かな。


 ふと思いたって、少女の足元に視線を落とし、上履きに走っているラインの色に意識を向ける。

 その色は、赤。どうやら、わたしたちと同じ一年生のようだ。

 ともあれ、わたしは訊き返す。


「話したいこと、ですか?」


 彼女は「はい」とうなずいて、言葉を続けてきた。


「……えっと、その前に、まずは自己紹介を。私は第一演劇部の西川にしかわ詩織しおりと申します」


「わたしは天野梢といいます」


「……天王寺あすかだ」


 相手が同学年だとわかっても、わたしは丁寧な口調を崩さない。ううん、崩せない。

 アパートの大家なんてやっているがゆえの職業病みたいなものだ。例外は、隣にいる友人の少女だけ。

 まあ、その例外の少女は、おそらくは相手が同い年だと知らないままに、素っ気なく返してしまったけれど。


「それで、西川さん。話したいこと、というのは?」


「はい。……あ、話したいことというよりも、頼みたいことといったほうが正確なのかもしれません。それも天野さんではなくて、そちらの――」


 西川さんはあすかちゃんのほうに視線を向ける。

 それに、強気な表情はそのままだったけれど、わずかに彼女が身を引いた。


「――天王寺あすかさんのほうに」


 聞こえてないわけがないだろうに、あすかちゃんは彼女に背を向けて、下駄箱から靴を取りだしながら、


「……あたしに演劇部の知りあいはいない」


「あ、はい。それは存じてます」


「演劇部の人間と接点を持ちたいとも、あたしは思ってない。だからお前と話すことも、これといってない。――梢、帰ろう」


 慌てた様子で靴を履きながら、促してくる彼女。

 さすがにこの展開は予想外だったのか、西川さんの声が少しだけ大きくなった。


「えっ!? ちょっと待ってくださいよ! 頼みごとって、親しい人にしかしちゃいけないわけじゃないでしょう!?」


「それはそうかもしれないが……。なれなれしい奴だな」


「そんなになれなれしくしたつもりはないのですが……」


 西川さん、脱力したように嘆息。……まあ、気持ちはわかるけど。


「あすかちゃん、話を聞くくらいはしてあげようよ」


「むぅ……。梢がそう言うのなら仕方ないな。――で、話って一体なんなんだ?」


 その言葉に西川さんは安堵の表情を浮かべて。


「はい。実はですね……。諸々もろもろの事情から、主演を務められる人間がいなくなってしまった我が第一演劇部に、救いの手を差し伸べてほしいんですよ」



 それが、わたしたちの物語の始まり。

 わたしたち――片山荘に住む人間、ほぼ全員を巻き込むことになる、ちょっとした事件の始まりだった。

初めましての方は初めまして、『前日譚』からおつきあいいただいている方にはこんにちは。

今日、ようやく『在りし日の思い出』の本編をスタートさせることができました。


といっても、まだまだプロローグ。

ヒロイン視点で進んでおり、主人公である理緒はまだ姿を見せていません。

コメディー要素もやや薄めですしね。

まあ、次の話からは理緒も登場しますし、コメディー部分も全力全開でいきますが。

ご期待ください!

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