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令嬢のため息

令嬢のため息 2

作者: 山田

今後追加予定。


「珍しく手こずってんじゃない」

「もとより予測済みだ。簡単に落ちるタマではないだろう、アレは」

「当然よ。アタシの親友なんだから」



きらびやかなホールの片隅。美しい一組の男女が楽しげに談笑している様は大変絵になる。がしかし、二人の顔に浮かべられているのは対外用の笑みであり、その目はどこか剣呑な雰囲気さえ纏っていた。



そのうちの一人、華やかな面立ちの美女の名をミリアという。一方甘い面立ちにどこか静謐な空気を纏う美男は、ジルベルト。何をなにをかくそうこの国の公爵令嬢と王太子殿下だ。気安い口調は幼なじみ故だろうか、長年の信が見られる。





手にしたグラスを傾け、ミリアはそっと眉をしかめる。甘い。と、隣から聞こえた笑みを含む吐息に思わず眉間にしわが刻まれる。がしかし、それでは男の思うつぼだとため息を付いて、代わりに吐き出したのは嫌味だ。



「我が国の誇る優秀な王太子殿下が、恋愛にうつつを抜かしていてよろしいのかしら」



丁寧な口調はわざとだった。一見穏やかで甘い顔をしていながら、この男はまぎれもない王族。柔い刃などでは傷ひとつ付かない。しかし見た目に反して冷酷な面を持つこの幼なじみが一人の女性に夢中だなんて、笑い飛ばしたくなるようなおかしな話だ。


「感情だけで恋愛するタイプだとは思ってなかったけど」



ムカつくとはいえ幼なじみだ、相手があの子でなければそれなりに応援してやったかもしれない。しかしよりによって、彼が選んだのはミリアの唯一無二とも言える親友だった。


扇で口元を隠しながら抑えきれない溜息がひとつ、漏れた。思えば自分は分かっていたのかもしれない。12年前のあの日から—————





*   *   *



ジルベルトは、シレーヌと幼なじみになる予定はなかった。



国王の第一子として生を受けた彼の周囲は、まだ幼いこともあって厳選された人間たちばかりだった。そして幼なじみとして選ばれたのが、王の従姉妹を母に持つ公爵令嬢ミリア。そこにはおそらく将来を意識した大人の目論みもあっただろう。


ジルベルトほどでなかったが、ミリアもまたその爵位ゆえ多くの制約を受けた。そんな中で初めてできた同性の友人がシレーヌだったのだ。母に連れて行かれるお茶会で出会う同年代の子供たちとは違う、初めての話が合う相手だった。思いがけず得た最高の出会いを、月に数回の城通いのたびにジルに語って聞かせた。自慢げに話す内容に全く興味のなさそうなジルに憤りながらも、シレーヌを独り占めする充足感も同時に感じていた。



それが崩れたのは、まがうかたなきジルのせいだ。あの馬鹿が、あんな馬鹿なことをしなけりゃ、シレーヌは今もただ私だけの幼なじみで、親友だったかもしれない。


6歳になったある日、ジルベルトが予告もなしにミリアの屋敷を訪れたのだ。


確かに公爵家は、王太子殿下の初めての外出先としては最適だったかもしれない。顔見知り且つ、屋敷は見るに価値あるもので、警備の面でも安心できる。が、しかし。どこぞの馬鹿王子が「その方が面白い」という理由だけで訪問を知らせなかったせいで。


ミリアとシレーヌの平和は奪われた。



嫌な予感はあった。ミリアとジルベルトは、恐ろしく物の好き嫌いが似通っていた。自分が気に入ったシレーヌと、ジルが出会ったら。運が悪いことにその日はシレーヌも見ミリアの屋敷を訪れていて、そして———




ジルベルトの公爵家訪問は、その日だけに済まなかった。月に数回、ミリアが城へ通うことによってなされていた顔合わせは、公爵家で。初対面以来、会えば嫌そうに顔を歪めるシレーヌと、笑顔でそれを揶揄うジルベルト。そんな二人を見るのが日課になり、そしてミリアは確信した。




嗚呼、やっぱり会わせるんじゃなかった。



初対面の折り、いつもの輝かしい笑顔で話しかけたジルベルトに、シレーヌが微笑を浮かべ無断訪問の非礼に釘を刺したときから。きっとこうなることを、予測していた。




*   *   *



フ、と。隣から聞こえた吐息は笑みを含んでいた。ちらりと視線を向ければ、不適に微笑む幼なじみの顔。



「アレは王妃の器だ」

「……」



もとより自分に、国にふさわしくない女なら、ここまで惚れ込むはずがないと。裏付けされた自信の宿る瞳はこの上なく厄介で、しかし怯む気もなかった。シレーヌはアタシが見つけた、可愛い可愛いアタシの親友。あとから現れたこの性格の悪い男なんぞに渡してたまるか。


この男にとらわれる親友の姿が刹那脳裏をかすめ、そっと目を伏せることでそれを打ち消した。



もうすぐシレーヌが戻ってくるだろう。ジルの近くにいるのが嫌でこの場を離れたけれど、私と二人きりにしておくのも嫌で———ああ、もう姿が見えてしまった。



「悪いな、ミリア。アレは俺がもらう」


この男もまたその姿をみとめたのだろう。シレーヌに向かって歩き出す。その背に向かって、小さくささやいた。聞こえないくらい、小さな声で。




「そう簡単にシレーヌはあげないわよ」



ゆらり、テラスの外で影がうごめく。赤い唇が持ち上がる。




「行きなさい」



影が、闇に溶けて消えた。







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