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1日目 檜武人の廟4 ~掃除当番のサボリ発覚~




「という訳で」

「…どんな訳か、深くは考えたくないんだが」

「勇者殿、観念した方がいい」

「副団長殿、何故貴方はそう、不穏な物言いを…」

 おっと聴衆二人のひそひそ話、ちょっと音量大きいですね。

 全然ひそひそになってませんよ。

 ですが私は気にしません。

 私は二人の青年が言う何事にも意を留めず、声高らかに宣言しました。


「こちらが今の話にあったフラン・アルディーク改め『檜武人』の廟です!」


 そう言って私は、勇者様の前で御先祖の廟を指し示しました。

 こぢんまりした家くらいのサイズがある、中々に立派な作りの廟。

 到底、個人の廟に見えません。

 田舎の村長の廟って言うと場違いです。

 でもその村長さんは、ただの村長さんではありません。

 史上唯一、人間でありながら魔族の大将軍になるという快挙を遂げた男。

 その廟というと、なんとなく納得しそうな規模です。

 これが先祖の公式墓だと思うと、気恥ずかしさと誇らしさの両方に襲われますね。


「そうか。何の関係があるのかと思っていたが…武闘大会の話が、こう繋がってくる訳か」

「はい。御先祖の偉業と廟の謂われを説明するには、必要な情報でしょ」

「もっと通いやすい場所に、墓は作ろうとか思わなかったのか? どんな理由があるのか知らないが、幾ら何でも、こんな通いにくい場所に墓を作らなくても良いだろう」

 勇者様が、珍しく顔を顰めながら何を言うかと思えば…苦情?

 あー…そっか。

 勇者様、よっぽどさっきの崖登りが堪えたんだね…。


 勇者様の足腰は山羊よりは強靱だったけれど、それでも辛かったんでしょう。

 痛ましい思いに笑いを堪えるけれど、見てみると勇者様は溜息をつきながらも苦笑していて。

 疲れてはいるけれど、存外しっかりした立ち姿に、平然とした顔。意外だ。しゃんとしてる。

 初めて登った人は、大概崖が怖くなるんですけど…意外に勇者様は平気そうでした。 


 私は素知らぬ顔で、勇者様の疑問にお答えします。

「そうは言われましても、勇者様。別に先祖が此処に墓を作った訳じゃないんですけど」

「じゃあ、誰が作ったんだ?」

「当時の魔王様が」

「おい」

 なるべく勇者様が動じずに済む様、サラリと言ったつもりでした。

 ですがサラリとしすぎた様で、勇者様が頭を抱えています。

 …このポーズ、なんか最近よく見るな。

「ちょっと待て。頼むから、ちょっと待て」

「別に急いでいるつもりはありませんよ?」

「良いから。魔王が、何だって?」

「ですから。うちの始祖さんが天寿を全うした時、遺族はちゃんと通いやすい場所…村の直ぐ裏手の墓地に埋葬したんです。でも御先祖の死を悼み、惜しんだ当時の魔王さんがですね」

「その前に、魔王に惜しまれている時点で、リアンカの先祖にもの申したいんだが」

「残念。御先祖は墓の下です。もの申しようもないですね?」


「くっ…!」


 あ、勇者様、本気で悔しそう。

 そんなに御先祖に何を言いたいのかと、予想は付くけど思っちゃいますよ。

 煤けた勇者様の背中に、副団長さんがぽんと手を置く姿が凄く印象的でした。


「御先祖が墓の下に封じられた後のことです」

「その墓の下に『封じる』という言い方が、微妙な感情を沸き立たせるんだが…」

 不安そうな顔でツッコミを入れてくる勇者様は、華麗にスルーしてしまいましょう。

 そう、我が家の御先祖が墓の下に封じられた後のこと。

 武闘大会で殴り合うという面白い因縁で結ばれた、当時の魔王様は…

「当時の魔王様は親の死よりも悼み、自分も御先祖の墓を作りたいと言い出しまして」

「そこまで言って貰える相手は、魔族でもそういないだろうな」

 最もらしく頷きながら、副団長さんは若干羨ましそうです。


 おっと、うちの御先祖に憧れる男の子がこんな所にもいましたよ。

 でもその快挙は副団長さんの目標と重なりますからね。

 …あれ? いうか、副団長さんの夢そのもの?

 先達として見習いたい相手なんでしょう。心なしか副団長さんの瞳も熱っぽいです。

 何だか見てはイケナイものを見てしまった気がして、私はさり気なく目を逸らしました。


「まあ、そんな訳でして。御先祖の偉業を讃えた当時の魔王様が、死後も魔王城と我等がハテノ村を故人に見守っていてほしいという感傷から、こんな所に墓を建てました」

 以上!

 説明は以上です!

「…見守る?」

 きょとんとした顔で首を傾げる勇者様。

 おやおや。勇者様ってば…。

 あの凄まじい崖を覚えていないんですかねー…。

 何の為に、あんな酷い崖の上に、こんな辺鄙な場所に墓があると思ってるんでしょ。

 私と副団長さんは顔を見合わせました。

 そしてどうやら勇者様の視界には入っていないだろう方向を…

 気付いていないらしいモノを、二人でピッと指差しました。

「?」

 根が素直で正直、お人好しですからね。

 勇者様は私達が指差した方へ、素直に顔を向けました。

「うわ…っ」

 思わずと言った様子で、口から漏れる声。

 そこには感嘆と、怯えと、呆れが混ざっていました。


 そう、そこに広がる、崖の稜線。

 越えて見晴るかす、神々の作った芸術。

 天然自然の景色という、彩り鮮やかな絵画にも似た絶景。


 黒々とした魔王城とちまちました家の連なる、村。

 まるで子供の玩具みたいに小さく見える。

 魔王城と村を一望にできる、魔境全体を見渡す様な景色の良さ。


 私が此処を指して観光名所と呼ぶ理由の一端。

 それが此処から見える、この遙かな景色なのです。


「凄い景色ですよねー…峻厳な崖の上だけあって」

「わざわざ、こんな崖の上に建てた意味も、コレを見れば解るだろう」

「確かに、一見の価値ある絶景だが…」

 なにも、わざわざこんな場所を選ばずとも…。

 そんな本音は相変わらず透けていましたが。

 この辺で丁度良い具合に魔王城と村を一緒に見下ろせる立地は中々ないんですよ。

 そう、角度の問題で。

 何しろ魔王城がちょっとどころでなく大きすぎますからねー。

 他の絶景ポイントじゃ、村が魔王城の陰に隠れちゃうんですよね。

「この絶景ポイントは此処だけ。だから、魔王城と村を見守れる此処に、作られたんです」

「…理由は、分かったが…」

 それでも何だか納得がいかないと、勇者様は難しいお顔。

 ふむ。

「まあ絶景だからって、わざわざ景観を確かめる為に来たい場所でもないですけどね」

「その一言で色々台無しじゃないか!?」

 率直に自分の意見を言ってみたら、何故か勇者様に怒られた。



 充分に景観を楽しんだ後、私達は取りかかりました。

 掃除に。

「………なんで、俺達まで掃除を?」

「良いじゃないですか。掃除。楽しいですよ」

「本心から言っているつもりなら、せめて俺の顔を見て言わないか?」

 良いじゃないですか。手伝って下さいよー…。

 足を向けたら掃除をするのは、残念ながら子孫の義務なんですよ…。

 そこらへん、目的地を聞いた時から副団長さんは観念していたみたいで。

 ほら。文句も言わず、黙々と手を動かしていますよ。

 そう言って副団長さんを指し示したら、勇者様は哀れむ様な目を向けていました。

「それとも勇者様、私一人に掃除をさせて、その間何もせずに待っているつもりですか?」

「…わかった。年下の女一人働かせるのも、心苦しいからな」

 それでもちゃんと手伝ってくれるあたり、本当に勇者様は育ちの良い若者だと思います。


 しっかし…。

 なんか、思ったよりも薄汚れてる。なんで?

 ちょっと掃除当番、何してたの? それとも何もしてなかったの?

 思った以上に掃除に労力を費やすことになり、私の不満も膨らみます。

 ………今月の掃除当番、誰だったかな?


 この檜武人の廟の掃除は、子孫による当番制です。

 直系子孫たる代々の村長と、その近しい血縁上位24名で回しています。

 その中には配偶者も含まれるので、実際に血を引いていない当番もいます。

 それなりに見返りはあるので、殆どの人は真面目に掃除に来るんですけど…。

 気になって掃除用具入れの内部に貼り付けられた当番表を確かめました。


   水海王の月当番  エディーク&マルジュエーラ


 そこに書かれている名前を確かめて、私は全身全霊から脱力しました。

 ああ、ああ、あの二人かぁ…。

 そういえば、旅行に行くって言ってたっけ。

 私には何ともし難い二人の名前に、がっくりと肩が落ちる。

 今度まぁちゃんかせっちゃんに叱って貰おーっと…。



 

 掃除が一通り終わり、廟はすっきりと片づきました。

 後は積み上げられた貢ぎ物…もとい、お供えを持って帰るだけです。

 まあ、この後も日程が詰まってるので、言付けと一緒に村に運んで貰いますかね。

 一つ所に集められたお供えの山と、小袋に詰められたお賽銭。

 そのあまりの量に、勇者様は呆れた顔を隠せない様子です。

「………凄い量だな。備えすぎじゃないか。何年分溜め込んで、こうなったんだ?」

「いやですね、勇者様。ほんの一月分ですよ?」

 今月の当番がこまめな掃除と回収をサボってくれたお陰で、凄い量になっただけです。

「これが、一月分?」

「勇者様ー? 顔に「嘘だろ?」って書いてありますよ」

「いや、だが…随分と熱心なファンが付くほど、故人は凄かったのか?」

 勇者様が硬直するぐらい、積み上げられたお供え品は凄いことに。

 でもこんなに沢山のお供えが集まったのは、ファンの仕業じゃありません。

 単純に、参拝客のせいです。

「それもこれも全ては、この廟を建立した魔王様のせいでして」

「またか!!」

 勇者様はうんざりした顔を隠さず、鋭く叫びました。

 ええ、こんな辺鄙な崖の上に廟があるのも、お供えが凄いのも、ヤツのせいです。

「晩年、当の魔王様が仰ったそうです」


 『未だかつてフランほどの武人には、他に会ったことがない』 

 『あの凄まじい技量。武人とはかくあるべし』

 『武人として、後進の者達はフランを見習うよう命じる』


 ………有難いっちゃ、有難いことなんですけどねー。

 魔王様が大絶賛してくれちゃったお陰で、御利益目当てに参拝するお客が殺到しました。

 主に武芸上達、修行の成功、武功の有無。

 それら武に関するあらゆる事に関して、成果を望む方々が神頼みに。

 うちの先祖は人間で神じゃないけど、いつのまにか神格化されてる気がします。

 特に武闘大会の前年は大会の成績向上を目指して、沢山の貢ぎ物持参でお客が来ます。

 そのお陰で一層此方の掃除とお供え品の始末が大変になるんですけどねー…。

 自己暗示か本当に神秘の力が働くのか。

 それなりに御利益はあるそうで、何百年経ってもリピーターは途絶えません。

 主に魔族の皆さんから根強い支持を戴いております。


 色々と、御先祖に便宜を図ってくれた数百年前の魔王様。

 内心でどう思っていたのか知りませんが、御先祖を気に入っていたのは疑い様ありません。

 買いかぶりじゃないなら、そこまでうちの先祖を買ってくれて有難うって感じでしょうか。

 それにしても、幾ら何でも、ちょっとうちの御先祖のことが好きすぎません?

 勇者様も、こんな御先祖自慢みたいな嫌な実話語られて、顔が引きつってますよ。

 しかも、どんな表情浮かべるべきかと、思い悩む微妙なお顔。

 …っおまけにさり気なく視線逸らされた!?

「ちょっと勇者様!? こんな話、私だって恥ずかしいんですよ! なまじ子孫なだけに!」

「いや、だがまあ…武人としては誉だと思う。リアンカも誇らしいんじゃないか?」

「うちの先祖は武人じゃなくて羊飼いなんですけど!」

「…今日一日に受けた説明を思い出すと、とてもそうは思えないんだが」

「でも、そうなんですよ…!」

 ちょっと付属しているオマケのアレコレが派手すぎるだけです!!

 うちの先祖の本職は羊飼いor村長なんですからね!?


 勇者様と何故か羊飼いの定義について熱く語り合うこと暫し。

 話がまたもや脱線していると気付いたのは、副団長さんがお茶の準備を整えた後でした。

 熱くなった頭を冷やそうと、私と勇者様は副団長さんから受け取ったお茶を一気です。

「? …???」

「勇者様、そんなしきりと首を傾げてどうしたんですか」

「いや、変わった風味のお茶だな。飲んだことのない味だ」

 そりゃ、高級嗜好なお城のお茶と同じモノが出るはず無いですからね。 

 副団長さんの用意してくれたお茶は、勇者様にとっては馴染みのない品だった様です。

「この辺じゃ珍しくもないですよー。蓬の葉のお茶ですが」

 不味いですか? と聞くと、勇者様は「いいや」と首を振りました。

「悪くない」

 そう言っておかわりまでしていたので、どうやら気に入ったようです。

 勇者様の振る舞いや物の言い様に、偶に育ちや価値観の違いが見えることがあります。

 でもソレを除けば、この勇者様は驚くほど馴染みやすい方です。

 現在も我が家に逗留中ですが、王子様とは思えないくらい、田舎御飯によく馴染む。

「確かにリアンカの家の素朴な食事は美味しいが…」

「ん? 何だか歯切れが悪いですね」

「時々、リアンカの家には俺が吃驚するほど高級な品が紛れているんだ」

「田舎故の特産品とかですか? 現地価格じゃ安い品も、都会じゃ高いことがあるんでしょ?」

「いや、そういった品とはまた違うと思うんだが」

 分かりやすく例を交えて教えて貰うと、納得しました。

 勇者様曰く、うちに紛れ込んだ一級の高級品。

 その正体はまぁちゃんからのお裾分けで貰った品々でした。

 結構ぞんざいかつ適当にくれるんで気にしてませんでしたが、相手は魔王様ですからね。

 さり気なく我が家は魔王様の恩恵に多々与っていたようです。ありがたや。

 




掃除当番のサボリ → エディーク&マルジュエーラ

「隣は人類最前線」にちらっと出てきた名前です。

そちらを読んで下さった方には何となく分かる正体。


それはまぁちゃんのご両親。

つまりは先代魔王ご夫婦なのですが…。

ここではただの掃除当番サボリ扱いです。

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