7日目 帰る場所2 ~ここは人類最前線~
頼むから迂回して村長宅に帰ってくれと懇願するサムソンを、片手でいなし。
サムソンに口を割らせて、私達が向かった先。
村の広場から私の家に続く道、丁度途中にある庭付き一軒家。
赤い屋根が可愛いその家は、確か4年位前から住む人もなく荒れ果てていました。
だと言うのに。
「うわー…ぴかぴかー」
現在、その家は村人有志と自警団の若衆達によって生まれ変わろうとしていました。
漆喰は塗り直され、暖炉は掃除され、荒れ果てた庭の雑草は刈り取られ。
壊れていた柵も新しくなり、穴の開いていた壁や外れていた窓枠も新品と交換されて。
外側から見ただけでも劇的な変化です。
これは、見えない内側も綺麗になっているんでしょうね。
数十人が総出で一所懸命綺麗にしている家は、今この時、村のどの家よりもぴかぴか。
ちなみにコレ、私の父の指示だそうです。
私の父が、なんで?
不思議に首を傾げるけれど、父の姿はないので聞きようもありません。
だけど代わりに事情を知ってそうな人に話を聞こうと、首を巡らせると…
…私達の姿を見て驚愕の顔し、硬直している姿が目に入りました。
え、何その顔。
私達を見る彼等の顔は複雑に歪んで顰められていました。
え、本当に、何その反応。
困惑する私達の前で、彼等は一斉に、盛大に。
これ以上はないほど分かりやすく。
頭を抱えた。
「誰だよっ コイツ等が帰ってくるのは日が落ちてからだっていった奴ーっ」
「畜生。未だ時間があると思ってのんびりしてた!」
「おぉい…まだ仕上げが終わってねーよ」
「仕上げだけじゃないだろ。あと少しで床板の張り替えも終わるのに」
「それ言うなら、台所の竈が…」
「いやいや、屋根裏の方も…」
「細々したことはいーだろ。総括して言うと色々修理が終わってねー!!」
「本当だよ、どうしよう!」
「サプライズの筈だったのに!!」
「………サプライズ?」
色々と、言いたいことがあるのはわかったけれど。
サプライズ…って、この家、もしかして?
察するモノがあったので、改めて補修完了間近の家を振り仰ぐ。
大家族で住むには手狭だけど、1人で住むにはちょっと広い…かな。
この家が何の為に補修され、どうして村の若衆総出で修理しているのか。
その理由が、分かった気がしました。
「勇者様の、為だよね?」
念押しもかねて口にすると、その言葉を耳に拾ったのでしょう。
私の方にギョッとした視線を集中させた後…
家の修理を手伝っていた男達は、揃って観念の顔つきで頷きました。
持ち主のいない、一軒家。
もう何年も放置されていた。
その家を私や勇者様のいない間に、急遽修理して。
綺麗に、新築同然に整えて。
その上で、指示を下した父や、補修に手を貸した彼等が望んだこと。
そう、この家は、勇者様の家(予定)。
この村に来て、未だ村長宅に身を寄せる、勇者様。
家という明確な拠り所のない、彼に与えるはずのモノ。
多分、予定では補修も今日の夕暮れには終わるつもりだったんでしょう。
当初、私が提出した観光旅行の日程表通りに。
でも予定は未定とよく言うもので、何処ぞの竜のせいで予定が大幅に狂ったから。
私達の予定に変更が生じたことを知らなかった彼等の予定にも、狂いが出てしまった。
サプライズで完成形の家を勇者様にプレゼントするはずだったのに。
私達が予定よりもずっと早く、村に到着して此処にいる。
ああ、彼等がガッカリするのも無理もないよね。分かるよ。
だって、この家、綺麗だもの。
とっても綺麗に、丁寧に修繕されているもの。
この家が出来上がってから、勇者様を驚かせたかったんだよね?
きっと家が完成していたら誇らしくて、楽しい気分になれたよね。
台無しにしちゃって、ごめんね…。
別に、私が悪い訳じゃ、ないんだけど。
だけど家の修繕に手を貸していた若い衆は吹っ切れたのか、割り切ったのか。
特に気にした様子もなく、照れくさそうに頭を掻きます。
「こんな形でばれちゃったら仕方ねぇけど」
そう前置いて、勇者様に温かく笑いかけます。
わー…見事にみんな、同じ表情。
「今日の夕方には完成するけど、これ、勇者様の家なんだ!」
喜んでくれるかな、と。
言葉にせずに問いかける言葉。
それに勇者様は驚きも露わに目をまん丸くした後…
複雑そうに、嬉しそうではあるけれど、それより何より複雑そうに。
何とも言えない笑顔を浮かべていた。
「あれ、どうしたの。勇者様」
「いや、嬉しいことは嬉しい。だが…」
歯切れが悪い。
だけど、「だが」…って?
「…家を与えられることが、村に馴染んでいくことが」
勇者様は言いにくそうに、気まずそうにぽつぽつと、
言葉を選びながら喋っていきます。
「目的も果たせず、故郷にも帰れず、長期戦の覚悟を求められている様だ」
「暗にも何も、明らかに長期戦覚悟じゃないの?」
「それは、そうなんだが…」
「何か、他にもあるの?」
「………徐々に魔境の一員にされつつあるような気がする」
「ああ、成る程」
そりゃ複雑だね!
あっはっはっはっは。みんなで笑いました。
勇者様を除いて。
そーだね、村に家を貰うとか、村人化しつつあるよーに見えるよね。
でも居を構えたら手遅れって気がするのは、気のせいかな?
村に来て結構経つよね、と言う私達に、勇者様が遠い目をしていた。
そんな勇者様を尻目に、私の背後で。
「…そんで、この家を用意した真意は?」
まぁちゃんがサムソンの首にぐいっと腕を回してこそこそと問いかけます。
そんなまぁちゃんに、サムソンは弱り切った顔。
それでもまあ、確かに何か含むモノがあったんでしょう。
ちらっと勇者様を見て、話を聞いていないのを確認して。
サムソンもまた、こっそりと呟きました。
「……こないだの村民会議で、俺達も色仕掛けだ何だって叫んじまったから」
「だってな。サムソン、後で絞めるぞ?」
「絞めるんなら、もう喋んねーぞ!?」
「ちっ…悪かったな。続けろよ」
「おいおい、怖ぇな」
「良いから、それでなんだって?」
「ああ、それで村長さんが危機感持ったらしくって」
「ほほう?」
「流石に年頃の男女が一つ屋根の下はいかがなもんか、だって。今更だよな~」
「いや、素晴らしい。流石だな、伯父さん」
「出たよ、過保護。そんなに心配ならどっちか魔王城に引き取りゃいーだろ」
「それはもう打診した。でも伯父さんに断られたんだよ」
「え、マジ? なんでまた」
「リアンカの方は、アレだ。伯父さん隠してるけど、実は親馬鹿だからな」
「えー…親馬鹿? あの村長さんが? いっつも厳しい顔してんのに?」
「そう、親馬鹿。俺は知ってる。だから嫁にもやらない、娘とは離れたくないって」
「うわー…本気で言ってるのか、あの村長さんが」
「本気も本気だ。恐ろしい」
「あの村長さんがなあ…」
「親馬鹿とは、世界最強の生き物の一つだからな」
「最強に一番近いイキモノが何か言ってるよ」
「勇者の方は『勇者』だからな。流石に魔王城には引き取りにくい」
「本人も嫌がりそうだしなー」
何か色々と聞き捨てならない会話がされていた気がする。
けど何となく、私が口を挟むとややこしくなる気がして聞かなかったことにした。
夕方には若衆の言葉通り、勇者様の新居が完成しました。
勇者様は私の家に置いていた荷物を手早く纏め、父さん達に挨拶を重ねます。
今までお世話になったと、とっても恩に着ている様子。
それから私に笑いかけ、「ありがとう」って。
まだ複雑そうだったけど、私の頭を撫でてから家を出て行きました。
そうして、ナシェレットさん(虫篭)を連れて居を移したのです。
「勇者様、大丈夫かな…」
相手は仮にも年上の男性。
私が特に心配する必要もないのは分かっているけど。
でも。
「………勇者様、ナシェレットさんとの生活、上手くやれるかな」
何はともあれ、そのことばかりが心配でした。
特に、勇者様の胃痛的な意味で。
~その頃、勇者宅~
勇者は自分の家になった場所だからと、虫篭の蓋を開けた。
初めが肝心という気持ちもあり、ナシェレットとの付き合い方を見極める意味もあり。
取り敢えずは言葉を交わしてみるつもりだった。
対等という訳にはいかない。
それでも新しい関係を模索する時には、相手の主張を聞く必要を感じていた。
虫篭からちょろっと尾をくねらせて出てきたナシェレット(虫サイズ)。
魔王のかけた術は未だ効き目を示すほど、強力で。
しかしそんなことは大したことではないと、見下ろす勇者に牙を剥いた。
きしゃぁぁぁぁああっ
小さい身体ではあったが、勇者に全身で威嚇を示す。
自分よりも遙かな年上である竜の、大人げない態度。
そのプライドと、感情を考えれば無理もない態度だが。
だが勇者にも、竜に対して色々と思うところがある。
だからこそ。
竜を見る勇者の瞳が、氷の様に凍てついた。
その表情はとっくに無。
少しはあった気遣いの気持ちも消え失せた。
思えば、竜がリアンカや魔王妹にしたことを考えるだに心の中も凍てついてくる。
両者は、未だ一言も交わしていないというのに。
だというのに。
両者の間に流れる空気は緊迫し、小さく雷が弾ける様な錯覚を覚えさせる。
とても穏当な関係は築けそうにない。
互いに相手が喋るのを待つ様な、沈黙の中。
落ち着かない様子で、竜は尻尾でバシバシと空気を叩く。
やがて腹立たしげな声を発したのは、竜の方だった。
「貴様…」
第一声が、貴様かと。
勇者の心は更に冷える。
勇者は、自分が寛大さを無くしていくのを自覚していた。
「貴様、この私を
「一人称」
竜の言葉を、勇者が遮った。
「…」
「…」
「貴様、このな、な、ななな…っな、なっちを…」
竜の言葉は、隠しきれないくらい震えていた。
「な、なっちを契約で縛り上げたといえど思い上がるでないぞ! この身は…」
「語尾、それと口調」
竜の言葉を、再び勇者が遮った。
「……」
「……」
「き、きさま…」
「一人称と、語尾と、口調」
忘れるなと繰り返す勇者の目は、真っ直ぐに竜へと注がれていた。
無言の促しに、竜の身がわなっと震える。
だが、勇者は目を逸らさない。
竜が、重い口を開いた。
「な、なっちを縛り上げたからって、調子に乗るなだぴょん! なっちはいつだって反旗を翻す機会を窺っているぴょん! 油断していい気になろうものなら、喉笛食いちぎって家ごと燃やしてやるんだぴょん!!」
竜は、やけくそになっていた。
いっそ笑えと、胸の内から湧き上がる激情に内心で身悶える。
だが、勇者は何処までも凪いだ静かな瞳で。
「……………」
「……………」
言葉の消えた、家の中。
勇者と竜は無言で向き合っていた。
お夕飯を食べた後、湯船でじっくりと旅の疲れを溶かしだして。
楽しみに井戸水で冷やしておいた赤い果実は、瑞々しく艶やか。
「えへへ」
思わず笑み崩れて、私は果物に齧り付いた。
…と、その時。
遠くない何処かから、大きな爆発音が。
ビックリして果物が喉に詰まるかと思った!
「どうしたんだろ。また魔王城かな…?」
魔境にあるハテノ村じゃ、爆発音なんて日常茶飯事。
特にお隣の魔王城からは3日に1回くらい聞こえてくる。
今更驚くことでもないけど。
でもあれ? おかしいな。
「……魔王城とは反対の方向から聞こえてきたよーな…?」
爆発音の距離と規模を考えると、村の中…?
思いがけない音源の推測地は…
私が首を傾げていると、玄関からノッカーの音が。
あれ、お客さん?
「はぁい」
父さんはさっき爆発音を聞いて確認に行ってるみたいだし。
母さんは明日の御飯の仕込みに忙しいみたいだから。
だから私が戸口に向かい、ドアを開けて出迎えて…
…って、あれ?
「勇者様? どうしたの?」
「すまない、リアンカ。…その、今夜、泊めてくれないだろうか」
「え。本当にどうしたの? 勇者様の家、ちゃんと寝具も運んだと…」
「……………ほんとうに、すまない」
でも村長にもう許可は取ってあるから、と。
今夜からまた暫く泊めて欲しい、と。
そう言う勇者様の肩越しに向こう、夜の闇の中。
私の耳は、もう勇者様のお言葉を聞いていません。
というか、聞かずとも言っている言葉の内容を察しました。
ええ、聞くまでもなく、仰りたいことが分かりますよ。
あの、夜闇の中に立ち上る、炎と煙を見ちゃったら。
村人達が一所懸命に修繕した、勇者様の新しいお家。
今夜から長く付き合うはずだった、勇者様の帰る場所。
その家が、居住1日目にしてどうなったのか。
それを問うのも、なんだか気まずく無粋なのかな…。
だけどひとまず、目の前には勇者様。
魔境の人間に比べて繊細で、生真面目すぎる勇者様。
悄然と項垂れて落ち込む彼に、ひとまずは温かい飲み物でも出すべきかな。
幸い、まだ勇者様の部屋は片付けてないから出て行った時のままだし。
お風呂を勧めた後は、勇者様がすぐにも眠れる様、部屋を整えておかなきゃ。
煤と埃で薄汚れ、どことなく焦げ臭い臭いを纏う勇者様。
疲れてぐったりの彼に入れ立ての紅茶を勧めながら。
私は貼り付けた笑みの下、慰める言葉を必死に考えていた。
後日、聞いた話ですが。
主従初日にして、盛大にして壮絶な喧嘩を繰り広げた勇者様とナシェレットさん。
怒りの力でまぁちゃんの縮小魔法(時間的にも解けかけてた)をはね除け、竜は巨大化。
合わせて家も、吹っ飛んだ。
「そう言えば、最初に制約を決めた時に反抗を封じるって命令しなかったしな…」
それが敗因と、勇者様が遠い目をしていた。
取り敢えずナシェレットさんは、命令の強制力と光攻撃の無効化を有効利用して捕獲。
命令の力で手頃な壷に封じ込め、現在に至るまで謹慎中…擦ったら出てこないかな。
その後、壷は額に手を当てて頭痛を堪える父が持っていきました。
あれは…私の経験からすると、説教コース12時間だと思う。
父の人格矯正は遠慮がないから、竜も不憫なことになりそうです。いや、むしろなれ。
勇者様はせっかく用意して貰った家を失い、申し訳なさそう。
彼処まで徹底的に吹っ飛ぶと、もう新しい家を建てた方が早いみたい。
準備に少なくとも数ヶ月必要だと言われ、その間の宿もなく。
勇者様は再び、私の家での居候生活を余儀なくされました。
だけど、でも。
勇者様の顔が、どことなくほっとした様に見えるのは、なんでかな?
じっと見つめたら、気まずそうに目を逸らされました。
その勇者様の顔が、申し訳ないと思っているだけには見えなくて。
勇者様も今までの生活を楽しかったと思ってくれていたのかな。
新しい生活の始まりに、居候生活の名残を惜しんでくれていのたのかな。
そう思わせてくれるくらいには、穏やかな何かが見える。
結局今までと全く変わらない生活のはじまり。
竜が増えたけど、物の数にも入らない。
それよりも、変わらない何かを慈しんだ。
それがわかるから、私も何だか楽しくなって。
私は勇者様の見えないところで、緩む頬で思いきり笑ってみた。
変わらないのに新しい何かが、私にも馴染んでいく気がした。
でもそれはきっと、私だけじゃなくて。
勇者様やまぁちゃんや、せっちゃんにりっちゃん。
私だけじゃなくて、みんなみんな。
村中に広がって、新しい毎日がはじまる。
いつもと変わらないのに、なんでだか前よりも楽しい。
みんなでそう思って、笑って。
そうやってみんなで仲良く、いつまでも遊んでいられたら良いよね。
ここは人類最前線、ハテノ村。
魔王の城に最も近く、不可思議な諸々が溢れかえるハテノ村。
最前線と呼ばれつつも、特に何かと戦っている訳でもないハテノ村。
状況と事情によっては個人的に戦う人もいたり、現れたり。
そんな私達の生まれ故郷、ハテノ村。
勇者様が自分磨きに東奔西走し、魔王が仕事を脱走して遊びに出没。
ちびっ子竜がお袋の味を求めて現れれば、魔王妹が歌って笑顔を振り撒きまくる。
人間の子育てに悩む魔族が村人に泣きつき、獣人が行商にやって来る。
最近ではストーカー歴10年の立派な竜も加わり、一層賑やかに騒がしく、
勇者様が常識の崩壊と戦っています。
「ここは人類最前線3 ~リアンカ嬢の観光案内~」は
これでひとまず終わりとなります。
ええ、旅行は終わりましたから。
みんな家に帰りましたから。
今後も番外編や続編を書くかも知れません。
でもひとまず、完結とさせて頂きます。




