6日目 竜の谷 オマケ
今回はまぁちゃんの語りで。
「そう言えば、結局まぁ坊は何故にリアンカが竜の谷に出入りすることに反対して?」
「そんなの、決まってんだろ。あの子が竜の谷に行くと、決まってなんか騒動が起きっからだよ。しかも他人巻き込み型のが、な」
そう言って、俺はくいっと親指で後方を示す。
其処には駄竜の入った虫籠を抱えて、途方に暮れる勇者がいた。
12年前は、俺が被害者だったんだよなあ…
小さな子供の頃、リアンカとせっちゃんの起こした騒動と、それに巻き込まれて奔走する羽目になった思い出がある。
うんざりするようなそれに、俺は思ったんだ。
リアンカを監督なしで竜の谷に行かせるのは危険だと。
幸いにも今回の被害者は、ざっと勇者一人。
だけどあの子がこの谷に来る度、何かしら起こるし困るし。
オマケに竜の奴らはあの巨体だからな。
リアンカとはそこそこ友好関係築いてるみたいだ。
だけどいつ何時、何の切欠でうっかりプチッといくか…
見ての通り、竜の奴らは酒盛り好きで、酒が入ると見境ねえ。
常識その他吹っ飛ばして、どんちゃん騒ぎはいつもの恒例。
そんな中に混ざって、あの子が踏みつけられたりしねえか…
想像するだけで、肝が冷える。
俺が傍にいる時なら、厄介事だって回避できるし守ってもやれる。
それをあの子は、どんな自信があんのか、1人でずいずい。
あっちこっち、危険も気にせず、一人でうろちょろ出入りすんな!
俺、魔王だってのになんで従妹が竜に潰されるかもなんて思って怖がんなきゃなんねえの?
不安で胃がむかむかするなんて、到底家臣達には言えねー…
そもそも、真竜ってのは元は魔境で魔族と頂点を相争った武闘派だ。
それを数千年前にうちのご先祖が下して、魔境の支配権は魔族に渡った。
以来、ずっと魔族は魔境の頂点に君臨している。
だけど真竜が魔族に次ぐ戦士の一族だってのは変わらない。
戦士ってのは血の気が多くて、喧嘩っ早いのも多い。特に下っ端。
そんな危ない集団の中に、可愛い妹分と思って大事にしている従妹が単身突撃。
そんな冒険されて、胃が痛くないなんてことがあるのか?
放置すれば良いなんて言う奴がいたら殴るぞ、俺。
そのくらい、俺はリアンカのことが心配で、大事だって話。
勇者が駄竜を押しつけられ、面倒を引き受けることになり。
急遽、ハテノ村に関わりのある面子で緊急会議を開催中。
議題はずばり、駄竜の扱いについて。
いくら魔境とはいえ、それでもやっぱりあの村は人間の村だ。
そんなところで竜を放し飼いにするわけにもいかないだろ?
事前に色々、細々とした取り決めをしとく必要あるだろ。
困ったことに、あの村は俺に取ってもせっちゃんに取ってもお気に入りの和み空間だ。
そんなところに異物混入、黙って見てるなんて冗談じゃねえ。
それにせっちゃんのことも心配だし、駄竜と相性の悪いリアンカのことだって心配だ。
懸念事項は全然減りゃしない。無限増殖かっての。
俺と同じことを不安がってるのか、勇者も流石の途方に暮れっぷりだ。
でも何でそこで、虫籠捧げ持って俺に縋るような目を向けてくるんだ。
え、なに? その虫籠くれんの? 中身自由にして良いの?
そんじゃ俺、取り敢えず虫籠燃やしちゃうぜ?
「いや、そう言う訳じゃなくて、まぁ殿」
「んじゃー、どんな訳だよ」
「まぁ殿にも色々と思うところは有るだろう? だけど取り敢えずは、まぁ殿から何か要望が有ればと思って。何かあれば、そう条件付けた命令をしてみようと思う」
「条件、ねえ…?」
そう言ってあっさりと駄竜の人権無視してるあたり、こいつも魔境に染まってきたよなー。
もう既に正義感とか義務感とか責任感とか、真人間めいた善性の固まりじゃなくなってるよな。
いや、もしかしたら相手が犯罪者だから容赦しないだけか?
何にしろ、随分と融通の利くようになったもんだ。
俺に取っちゃ大歓迎―だけど。
「まあ、なんだ? そういうことは俺だけに聞くことじゃねえだろ。他にも家主一家代表でリアンカとか、被害者せっちゃんとか、村の治安を預かる自警団のお偉いさんとか…なんだ、聞くべき面子、全員いんじゃん」
改めて考えてみると、俺達がこの場で全部決めても大丈夫そうな気がする。
だから俺は、気分も前向きになって頷いた。
「よし、ひとまず俺らで駄竜にかける制約の内容詰めちまおう」
そう言って、俺らが出していった制約は…
駄竜に対して、まさに試練とでも言うべき内容になった。
竜に課せられた、勇者からの制約。
俺達からの口出しもあり、決まったそれを箇条書きすると、こうなる。
・勇者の命令には絶対服従は勿論、村長、魔王、自警団の指示に従うこと。
・勇者に命の危機がある時は、命がけでこれを救うこと。
・魔王妹が傍にいる時は半径5m以内に近寄らず、速やかに離れること。
また、何らかの必要があり離れられない時は一切口をきかないこと。
…という、基本指令の他。
ちょいと無茶の混じった、面白半分の指令が続く。
・尊大で差別的な言動を直すため、フレンドリーに振る舞うこと。
・日中は村の中で滅私奉公。
自警団にも所属し、有事の際は勇者の指示を最優先としつつも、自警団の指示にも従うこと。
・毎日、順番に村人の畑仕事を手伝うこと。
などなど、こちらで都合の良いようにこき使おうという意志が明文化されているな。良いと思う。
だけどフレンドリーに振る舞うって、具体的には?
フレンドリーに振る舞う云々の発案者リアンカが、爽やかな笑みを浮かべている。
「やっぱり、近寄りがたいその無駄に偉そうな言動が問題だと思うのよね。うん、近寄りがたいのはいけないわ」
「んじゃ、口調を改めさせるってことか?」
「正しく言うなら、独特の 変わった語尾付き で喋らせる」
がたんっ
思わぬ言葉に一同が押し黙る中、車座の中央に置かれた虫籠が、不自然に揺れた。
ああ、中身が動揺してんなー…
言われたのが俺じゃなくて、良かった。
「リアンカ、それは別の意味で近寄りがたくないだろうか?」
「そういうキャラクターだって説明すれば、村人は納得すると思うけど」
相変わらず、ハテノ村の村人って変わってんなー。
コレで変人の自覚がないってんだから、凄いよ。
「…だけど、俺はそんな悪趣味な生き物を側に置いておきたくないんだが」
「大丈夫、すぐに慣れてそんなもんだと思うようになるわ」
慈悲深い笑みで言い切るリアンカ。
あいつは本気だ…!
怯えたように虫籠がガタガタと震えている。
それに向けられたリアンカの目は………ああ、まだ根に持ってんだな。うん。
忌々しげに虫籠を見るリアンカの目は、汚物を見る目だった。
俺だったら、一生あんな目は向けられたくねーな。
心に刺さってトラウマになる。
…10年以上、あの駄竜はリアンカの顔と名前を覚えなかった。
だけど今日この日、駄竜は二度とリアンカのことを忘れられなくなるだろうな、と思った。
深いトラウマと、恨みと共に。
その後、更に駄竜にとって状況は悪化の一途を辿る。
うっとりするような楽しそうな笑みで、リアンカの提案は続いた。
流石に異変を感じた勇者も、完全に頼まれるがまま唯々諾々と恭順する道を選んだようだ。
それが良い。
怒りに感情を抑えられなくなっている女には、絶対に逆らうな…!
その辺は流石に、故郷では女性関係のトラブルで何度も死にかけたと言うだけ有る。
勇者も重々身に染みて、しかと心得ているらしい。
此奴の過去には一体何があったのか…本当、怖くて知りたくないけど気になるな。
最終的に駄竜には、罰則として変な語尾と一風変わった一人称で話す習慣が義務づけられた。
そんなことを強制させられて、勇者が死んで契約解除した後、完全に癖になってたらどうすんのかね。
それで良いのか、本当に俺達に任せて良いのか、真竜王?
俺らの様子を窺っていた真竜王&光の氏族長が微妙そうな顔をしていた。
「変な語尾って、何を付けさせたら面白いと思う?」
話題の焦点、重要視されるのは完全に面白さに走っていた。
勿論、俺も。
「~だポンとか、~だニャンとかどうよ?」
「ちょっとありきたり? どうなのかなぁ。何がセオリーだと思う?」
「ちょっと身近に変な語尾の知り合いがいないので、推測しがたいですね。ですが違和感がないのは『~だべ』とかでしょうか」
「なんだか素朴ね。私は『~だっちゃ』を推したいかも」
「あ。俺、前に芸人一座と旅してた頃、旅先で『~でござる』って言う奴に会ったことある」
「どこの少数部族だよ」
「近くにニンニン語尾の奴はいなかったか?」
「それよりも私、いつかザマス語尾の貴婦人に出会ってみたいな」
「せっちゃんは『~でゲス』って実際に言う人を見てみたいの」
次々にぽんぽん出てくるのは、実際に日常では使いたくない語尾ばかり。
虫籠はもう、恐怖にガタガタ鳴るばかり。
覗いてみると、怯えた瞳に目が合った。
――よし。
「お前ら、ここは『~でごわす』とかどうだ?」
虫籠の中から、刺すような視線が飛んできた。
はっはっは。全然怖くねーよ。ば~か!
結局、駄竜の語尾はあまり聞き苦しくないところで、という意見が固まり。
奴には今後「~だぴょん」語尾で決定した。
虫籠の中で項垂れる奴は、蜻蛉の様に儚く見えた。
その後、更にどんな一人称を強制するかという話に移ってからは…
あの、絶望に虚脱感を増していく瞳。
滅多に見られない表情。
ちょっと、忘れられそうにない顔が見られた。
一人称は、何が面白いだろうという意見が数々上った。
『ぼくちゃん』に始まり、『吾輩』、『朕』、『拙者』、『アタクシ』、『ぼっくん』、『ミー』に『あっし』や『おら』等々…。
よくぞそんなもん浮かぶよなぁと、感心するぞ。
その中で、最後にリアンカが勢いよく言った。
「どうせなら誰もが忌避しちゃうくらい、最高にうざくて駄目な子っぽい一人称にしてあげたい!」
やっぱり、最後はリアンカだった。
あの子の駄竜への恨みは、どうやら根深いな。
ここぞとばかりに嫌がらせに余念がない。
あれは魔族に馴染みすぎたせいか、それとも本人の元々の資質か。
その辺、もうとうにわかんねーけど。
これ以上はないとばかりに、蕩けそうな笑みで何を言っているんだか。
でもその意見に素直に従い、鬱陶しい一人称を考えるあたり、俺らも最高に性格が悪い。
そんな、うざく仕上がる竜を従えなきゃいけない勇者だけが乗り気じゃない様子で、でも苦笑を浮かべて俺らを止めない。
好きにさせようと放置する姿は、単純に関わりたくないだけの様にも見えた。
流石に酷すぎたら、頭抱えるかもしんねーけど。
何がうざいかと、議論に議論を重ねた結果。
俺らは何に熱く語ってんのかと、ちょっと不思議になったけど。
せっちゃんの言葉で結論が出たぜ。
「リャン姉様、それじゃあ名前呼び、はー?」
ぴしりと、虫籠の中で駄竜が固まった。
その反応から間髪入れず、リアンカが指を鳴らす。
「はい、それ採用!」
「採用しちゃうのか!?」
おっと。
成竜・いい年の雄竜(外見はごつい)が、重低音のバリトンボイスで己のことを名前呼び。
中途半端に化けても外見リザードマンっぽい姿 (やっぱりバリトンボイス)で自分のことを名前呼び。
ついでに言えば、語尾は「ぴょん」…。
「「「……………」」」
うぅわ、うざっ! うっっざ!
なにこれ驚きのうざさだな!
多分、みんな同時に想像した。
想像したら、悲しくなった。
そんな微妙な空気もものともせず、リアンカが大真面目に思案する。
「でも一々この竜の長ったらしい名前を呼ばせ続けるのも、ちょっと。面倒っていうか。長いし鬱陶しいよね。うん、決めた」
いや、鬱陶しいのはそれ以前の問題だけどな?
リアンカ、お前…何を決めた?
「よし、ナシェレットって長いし。ここは短縮してオリジナルのニックネームで呼ばせましょ。自分自身のことを」
お、おいおいおいおい…。
ちょっとリアンカさん? その辺で勘弁してやんね?
宥めた方が良いかと顔を覗き込むと…
「……………」
そこに見えたのは、真剣な目。
ちょいと仄暗風味。
うわ駄目だ。
こりゃ止めらんねー。
こんなに真剣なリアンカを止める訳にはいかないよな。
ここは一つ、お兄ちゃん代わりとして応援してやんないと。
俺は早々、諦めた。
「うふふ? さあ、みんなで決めましょう? この駄竜の、他に誰も呼ぶことのない、自分限定の愉快なニックネームを…!」
何があの子をそんなに駆り立てるのか。
まあ、暴走してんのは明らかだな。
俺が眠っている間に、よっぽど腹立たしい思いをしたんだろーな…。
同情はしない。
だけど、従妹のやり過ぎ精神も心配だ。
竜の新たなキャラ付けが完成した後で、飽きが来ないかと。
個性的すぎるのも、ちょっと時間が経てば飽きるよなー…。
その時、リアンカはどうするんだろう。
新たなキャラ改造に走る予想に、酒瓶一本賭けとこーかな。
持ちかけたら何人かは賭けに乗るだろ。
そして駄竜の新たな一人称は、「なっち」に決まった。
最終候補「なっとん」「なんちょん」と争った結果だ。
竜は灰色になっていた。
本当、強制力のある命令って怖いね。
俺は絶対に、『服従』の契約だけはしたくない。
そんな思いが、俺の胸に強く刻みつけられた1日だった。
次回、いよいよ旅行の終着駅ハテノ村に帰ります。




