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ここは人類最前線3 ~リアンカ嬢の観光案内~  作者: 小林晴幸
旅行も終わりに近づいたようです
53/65

6日目 竜の谷6 ~無傷の代償~

 絶世の美貌も台無しに、不気味な道化と化した勇者様。

 そんな彼の巻き起こした爆笑の渦の中。

 ぶっすりと不機嫌そうに酒をかっくらっていた竜がいました。

 でもそんな彼を気にする者は、いなかったんです。

 酔っ払いが不機嫌を爆発させたらどうなるか…

 重々、知ってはいてもね?

 それでも、酔っ払いが大それたことをするなんて、思いもしなくって。

 ううん。何が酷いことをしたとしても、そんなの簡単にあしらえるって。

 酒の席にて実力者揃いの竜の皆々様は、他人の動向にどこまでも鈍くなっていました。


 だから、その竜が不機嫌そうにぐいぐい杯を重ねても誰も気にしない。

 挙げ句の果てに、ふらふら舞台に近づいていっても、誰も気にしない。

 それどころか明らかに面白がる様子で、皆で囃し立てていました。

 舞台の上で芸を披露する羽目になった勇者様。

 舞踏会で踊る様なダンスしかやったことないと言う、勇者様。

 彼の余興としての踊りに「なってない」と憤慨し、サルファが舞台に乱入して指導監督(コント仕立て)をしてたんだけど…

 そんなサルファも、それが全然訝しみもしなくって。

 羽目を外してケラケラと笑いながら、

「お客さ~ん! 踊り子には手を触れないでくださいよー☆」

 …なんて、言う始末。

 だからまあ、情けない話だけど。

 根っからの戦士たる魔族の長、魔王のまぁちゃん。

 魔族に次ぐ武闘派種族と歌われる、竜の谷の真竜様ご一同。

 そんな彼等が皆も皆、反応と対処に遅れたのは…

 やっぱり、酒の席の余興に巫山戯すぎていたからだとしか、言い様がない。


 誰かが気付いても、良かった。

 その竜が、勇者様が盛大に自爆した第一試合の、対戦相手だって。

 光竜の若長ナシェレットさんを慕う、妄信的な若竜の1人だって。

 仇討ちがてら勇者様と戦いたがっていたのに、切り結ぶ前に勇者様に自爆かまされて、所在なさげに背中を丸めていた………あの、光竜だって。

 誰かが気付いても、良かったのに。


 …まあ、かく言う私も全く気付かなかったんだけど。

 だって、この人あんまり親しくないグループの竜だったし。

 まさかとっくに出番の終わった人が、酒に負けて何かやらかすなんて思いもしなかった。


 酒に酔って、ぐすぐす泣きながら(←どうやら泣き上戸らしい)。

 舞台のド真ん前まで近づいた、光竜。

 前に寄りすぎだって、後ろの席から「見えねーぞ!」なんて苦情も何のその。

 まるで勇者様を丸飲みにできそうな程近くまで寄って。

 ようやく、舞台上や舞台袖の誰がしかが怪訝な顔で異常を意識し始めて。

 

 そんな瞬間だった。

 光竜が前触れもなく勇者様を睨み付けると、大口を広げ………


「き…貴様には、雄としての誇りはないのか!? 貴様の様な巫山戯た輩が、ナシェレット様を打ち倒した英傑の一人など……俺は、俺はっ」

 いや、そんなアナタ。

 男としての誇りも何も、巫山戯たも何も。

 勇者様のお姿は罰ゲームであり、ご本人にとっても不本意極まりないと思いますよ?

 だけど酔っ払いは理屈じゃない。

 物の道理への理解など、遠いお星様の彼方へぽーい、だ。

 いきなりがあがあ言いだした竜にきょとーんとする皆の前で、竜が目を赤く染めて。

 一層の憤慨面で。

「貴様など、認めぇぇぇぇえええええんぅっ!!」


 叫んだと、思ったら。



 ………光が、炸裂した。



 轟音とも言うべき爆発音と、瞬間的に熱によって蒸発する不気味な音。

 耳障りな音は大きくなりすぎると、もう人間の耳じゃ拾えない。

 可聴域を超えた世界の中、竜達が咄嗟に耳を押さえて。


 誰ともなく、居合わせた全員が思った。


 --あ、死んだな……と。


 誰もが勇者様の命の有無について、悲惨な結末を疑っていなかった。

 だって、彼等の優れた動体視力は、見ていた。

 光に属する攻撃を高確率で無効かできる存在…それは、高位の光竜。

 勇者様と舞台上で踊っていたリリフは、充分にその条件に合致する。


 だけど。

 あまりにもいきなりで、突然で。

 咄嗟の判断能力が勝手に身体を動かす様な、刹那の世界。

 リリが、条件反射の如き自然さでもって。

 直ぐ身近、隣にいたロロを…光の攻撃圏内にいた、ロロイ1人を、身を挺して庇うのを。

 勿論のことロロイは無傷だろうけれど。

 いきなりの攻撃に、1人1人が取れる行動は少ないし。

 無意識が出たのか何なのか、どうやらリリにとって勇者様は『庇護対象』にならないらしい。

 

 勇者様は誰からも庇って貰うことなく。


 光が、超至近距離で直撃、した。


 飛び散る爆炎。飛び散る高熱の矢。降り注ぐ太陽の欠片。 

 灼熱を視覚化したような、大惨事。

 そんな中で、人の身の勇者様は………?


「って、まぁちゃん。なんでそんな落ち着いて。勇者様が消し飛んじゃったんだよ!?」

「いや、まだ消し飛んだとは決まってないだろ。それにさっき、俺が防具貸したろ」


 まぁちゃんのお力なら、勇者様を助けることもできたはず。

 従兄の実力を疑っていない私は、怠惰にも動かず酒杯を重ねるまぁちゃんを睨む。 

 詰りはしなかったけれど、感情としては罵りたくて仕方ない。

 丸腰の勇者様が、誰の助けもなく、あの爆心地で生きている筈無いのに…!

 死んだとは思いたくないし、勇者様なら…とも思う。

 だけどどんなに強い人でも、もしかしたら万が一ということもあるから。

 頭の中身グチャグチャな私は、勇者様の生存という希望に縋りたくて。

 それと同時に、勇者様の死という凶事への恐怖を、何かにぶつけてしまいたくて。

 気を紛らわせたくて。

 遠慮することなく、私が感情をぶつけられる相手は少ない。

 なのにその筆頭たるまぁちゃんが悠然としている姿は、中々の苛立ち具合。

 でも、まぁちゃんがゆったりとお酒を飲んでいるのには理由があるみたいだ。


「勇者はあの防具を着けてる筈だ。アレを着けてる限り、そうそう滅多なことはねぇよ。あの防具はああ見えて手持ちでも指折りの品なんだ。あんな至近の閃光なんざ、余裕で弾き返す」


 …弾くって、光が拡散した様子は見られませんよ?

 まぁちゃんは愛用していただけに自信があるのか、勇者様に貸した防具への並々ならない信用があるみたい。そんなに信じてる防具を、あんな下手な口実で勇者様に渡したの?

 実はまぁちゃん、勇者様のことが心配だっただけなんじゃ…


 未だ晴れない炸裂した光による目眩まし。

 己の防具への信頼故に、慌てず騒がぬ魔王様(まぁちゃん)

 だけど私とまぁちゃんの会話を聞いて、目を泳がせて狼狽える男が一人。

「サルファ?」

 挙動不審だった。


 私とまぁちゃんから、集中する視線。

 じっと2人がかりで見つめられて、サルファの汗が物凄い。

 この人は何をそんなに焦って、狼狽えて…?


「え、えぇと、まぁの旦那?」

「これまた微妙な呼び方だな、相変わらず。なんだ?」

「勇者の兄さんが着けてた防具って、どんなの?」

「何を聞くかと思えば。頸環と両手甲だよ」

「首と、う、うで…」


 あはははは、と。

 サルファの口から、乾きに乾いた空笑いが…。

 何その反応。不吉な。

 顔を顰める私の目の前、だけどサルファは…


 私達の前に、そっと。

 そっと、何かを携えた手を。

 この上なく神妙に、差し出した。


 その手の上で、キラーン☆と輝くのは………


「そ、その、ごめんね? アレ、ただのアクセサリで飾りだと思った、から。防具なんて思わなかったから…その。い、衣装に合わなかったからさー…俺の美意識が、叫んだんだ」


 待て、何を言う気だ。

 もう、不穏な臭いしかしない。

 サルファの顔は、年齢にそぐわず…今にも、泣き出してしまいそう、だった。


「ごめん、ごめんよ、勇者の兄さん…。まぁの旦那。リアンカちゃん」

 うっと言葉を詰まらせ、目に涙を溜めて。


「まぁの旦那が、勇者の兄さんに貸し与えたって防具…俺が、外させちまったんだ」


 ちんまりと、身を小さくして。

 涙目で、ぶるぶる震えながら明後日の方向を必死に見つめるサルファ。

 彼の手の中では、黒い宝石に彩られた宝飾品が…

 魔王(まぁちゃん)一押しの防具が、それでも悲劇など知らぬげに燦然と輝いていた。


「「……………」」


 あまりのことに反応に困ったよっ!

 まぁちゃんも何か、無言だし!

 言葉を失うって、こう言うことだったんだね…!?


 自分の信じていた無事の根拠を知らぬ間に覆されていた、まぁちゃん。

 彼はじっと、サルファの差し出した愛用の防具をじっと見つめて。

 5秒くらい見つめた後で、未だに光の晴れない視界不明瞭な惨劇跡地を見て。

 それから再び防具へと視線を移した後、深く嘆息した後に空を見上げた。


「--こりゃ、死んだな」


 そんなしみじみと…!

 諦めないで! 諦めないで、まぁちゃん!?

 急いで助けなきゃとか、救命処置が、とかじゃなくて。

 初っ端から生存度外視ですか!?


「勇者殿、良い奴だったのに…」

「惜しい人を亡くしましたなぁ」

 まぁちゃんから諦めの二文字を嗅ぎ取ったか、それまで生存しているかも知れないと予想していた人達まで意見を覆し始めた!

 というか、その既に死んだものって扱いはどうかと思うよ!?

 本当に、万が一生きてたらどうするの!? 気まずく無い!?


 周囲で成り行きを窺っていた竜の皆さんも、絶望と諦めの目。

 気が早い人は念仏まで唱え始めたよ。

 ちょっとっ小声でもちゃんと聞こえてるから!


 誰も勇者様の生存を信じてあげないことが、不憫でした。



 そんな私達の悲惨な未来予想。

 でもそれは、良い意味で裏切られる事となりました。


 勇者様の生存という、まさに万一の事態によって。

 しかも、無傷。

 そう、無傷。

 何がどうなったと、竜の皆さん大口開けてぽかーんとなっていました。

 そして勇者様の姿を見るに、直ぐにそんな些細な疑問は頭から吹き飛びました。

 若い女性を中心に、頭が真っ白になる事態が、そこにあったのです。


 

 若い光竜の暴走によって、勇者様を襲った悲劇。

 だけど光が晴れた時、そこにいたのは…


 けほけほと、小さくむせながらも無傷の勇者様。

 待て? あの炸裂した光の砲撃はどうなった?

 どうやって、生き残った? 何が起きたの?

 なんで、消し飛んでないの? 挽肉にすらなってないの?

 そんな疑問も、勇者様本人でさえ答えられない様子で。

 

 ただ、無惨なことに。

 勇者様の身は…それこそ、髪一筋に至るまで、ご無事でしたが。

 勇者様の『肉体』ではないものは、竜の砲撃に耐えられなかったらしく。

 吹っ飛んで、消し飛んでました。

 

 何がって?

 勇者様の顔面を覆い尽くしていた分厚いお化粧と、衣装の数々がデスよ。


 ………勇者様は無傷でした。

 でも身の無事と引き替えに、社会的な傷を負いました。

 燃えたか、吹き飛んだか、弾けたか、あるいは蒸発したか。

 その残滓めいた端布が、腕や足にちょっとだけ絡んでいたけれど。

 でも、そんな微々たる布は何の用途も成さない訳で。

 何が言いたいかと言うと。


 勇者様は、全裸(マッパ)だったのです。



 その場にいた、全乙女、騒然。

 不覚ながら、私も思わず悲鳴を上げる羽目になりました。



 咄嗟にまぁちゃんが私とせっちゃんの目をふさいでくれたんですが…

 あまりの予想外に、まぁちゃんも反応が遅れたみたいで。

 せっちゃんは平然としてたから、よく分からないけど。

 悲しいことに、私に関しては完全に手遅れでした。


 田舎育ちですからね。

 普通にその辺で上半身諸脱ぎの男性が水浴びしてたりするのはよく見ます。

 幼児が裸ん坊で遊んでることもあるし、上半身如きだったら私だってスルーです。


 でも、ね。

 でも、でも…それが、下半身となると……………。

 

 日常の中でも、越えちゃいけない一線ってあると思うの。

 得に、未婚の若い男女の場合。

 その、慎むべき恥じらいって、あるでしょう?

 私だって、年頃だし。

 見たくない物だって、あるんです。


 勇者様ご本人は光で眼が眩んでいるのか、視界が効いていないみたいで。

 未だご自身の状況を把握してないみたいで。

 しきりと咳き込み、苦しそうでしたが…

 理解していないが、故に。

 人間として当然の、『隠す』という行為に、手が届いていない。

 …ってか、誰か、着る物を渡してあげてくださいよ…!!

 


 ううぅ…見ちゃったよぅ。

 ………泣きたい。


 




勇者様…竜の谷でのアレコレ、大変ですが。

色々な意味で、無傷とはいかない。

そんな中でも、最大級の傷(社会的な意味で)ですよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の旅、リアンカへの被害も結構大きいですね
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