6日目 竜の谷5 ~華やかなばつげーむ~
8/24 誤字の訂正入りましたー。
「ひとまずこれを着用して踊って貰おうか」
真竜王さんが手に花輪とミニスカートを持って、そう言った。
勇者様の顔が、土気色になった。
第一試合という初っ端も初めから、自爆という凄まじい結果を出した勇者様。
顔を引きつらせ、額にはたんこぶ。
踏んだり蹴ったりとはこのことだけど。
彼に、副団長さんは第一声で問いかけた。
「何か持ち芸はあるか?」
罰ゲームの宴会芸披露は、既に決定事項。
不真面目な猛者なら言い逃れするところだけど、
(真竜王&魔王を前にできるかはさておき)
勇者様は、ほら、生真面目だから…。
真剣な面持ちで少し考え込んで、逆に副団長さんにこう尋ねた。
「そも、宴会芸ってどんなことをすれば良いんだろうか」
不吉な輝きが、副団長さんの目に閃いた。
勇者様の台詞を聞くや否や身を翻し、大仰な動作で高らかに叫ぶ。
「ルーレット…スタートッ!」
何時の間に用意されたのやら。
気付けば舞台に鎮座する、大きな円盤。
それが副団長さんの指示で、回転を始める。
色鮮やかな彩色も、こうなると目では追えない。
いや、動体視力化け物の皆さんなら、目で追えるのかもだけれど。
勢いよく回り続ける円盤に、副団長さんの合図で矢が射かけられる。
矢は真っ直ぐに飛んで、円盤に突き刺さった。
やがて円盤の動きが止まった時、露わになった結果。
矢は、デフォルメされて円盤に描かれていた似顔絵の内、真竜王さんの絵を。
…その眉間を、見事に寸分違わずぶち抜いていた。
結果を待っていた者全てに、静寂の恩恵が注がれた。
矢を射たのは、竜の谷一の弓取りと名高い、真竜王さんの3番目の息子さん。
その悪びれない笑顔が、眩しすぎる。
気まずい沈黙の後、気を取り直す様に副団長さんが声を張り上げた。
「さあ、勇者殿の披露する宴会芸、その指定権利は我等が判定委員会委員長の手に委ねられた。ということで委員長、指示をどうぞ!」
指名を受けて、判定委員会席と書き連ねられたテントの下、真竜王さんが立ち上がる。
その手にあるのは………
と言うわけで、冒頭に戻ってみましょー。
真竜王さんが勇者様の手に、妖しいミニスカートの衣装を渡す。
ってか、真竜王さん…そんな衣装、何処で用意して、どっから出したんですか。
その衣装、どう見ても男性用サイズなんですけど…。
勇者様の顔だって、土気色になっても仕方ないですよ。
色鮮やかにして、眩いばかりにキラキラで。
むしろ、どぎつい色とスパンコールはギラギラって感じで。
「リャン姉様ぁ…目がちかちかするのー」
ぐしぐしと目を擦りながら、せっちゃんが私の陰に隠れた。
うん、確かに。
色々な意味で、目が痛いよね…。
「なあ、真竜王…? その衣装、どうしたんだ。特注したのか?」
自身も口許を引きつらせつつ、まぁちゃんが真竜王さんに問いかける。
そのド直球な質問に、まぁちゃんは魔王だけど勇者かも知れないと思った。
「うむ。知らん」
「はあ? 知らんって、アンタが出したんじゃねーか」
「丁度良い間なので取り出してはみたが、コレは元々うちの長男の私物だ」
「長男って、アンタの息子の? あの放浪癖持ちか」
「あんまり帰ってこないので、先日強制的に長男の私室の家さg…掃除を敢行した」
「………そうしたら、出てきた、と?」
「左様。どう見ても男サイズ、むしろ息子のサイズのミニスカートに父親として困惑しきり。咄嗟に懐に隠してしまった。以来、思い出したくないので封じたままだった」
「隠すなよ。家族内の問題として家族会議で提議しろよ」
「長男が何のつもりでこんな物を用意したのか知らぬが…案外、何かの隠し芸に用いるつもりだったのかも知れぬ。というよりも、そう思わねば心情的に辛いモノがある。コレが親の知らぬ所での、長男の私服でないことを祈るばかりだ」
「ああ、そりゃ祈るな。俺も父親が妖しい女装服持ってたら頭抱えるわ」
「そうであろ、そうであろ。折しも宴会芸披露の場。ここであの若者がアレを着用して踊ってくれれば、父親としても「アレは宴会芸の衣装」と納得ができるというもの」
「それでそんなウキウキワクワク期待の顔で…嬉々として、アレを出したのか」
「うむ。超期待しておる」
そう言って重々しく頷く真竜王さんのお顔は、真剣。
ああ、これは罰ゲームの内容、絶対に撤回しないなーと。
周囲一同に、ソレが伝わる真剣さ。
本当にご愁傷様だね、勇者様。
どうやら貴方に逃げ道はないようです。
真竜王さんが期待にうずうずする中、勇者様はメチャメチャ楽しそうな笑顔の真竜のお姉様達に拉致られた。どうやら着付けをしてあげようと言う、お姉様方の親切のようです。
あはは………まるで売られていく仔牛の様だね…。
思う様、玩具にされる美貌の勇者様という、可哀想な構図しか思い浮かびません。
さぞかし麗しい出来上がりになることだろうと、私は哀れみの目で見送りました。
「勇者、がんばー」
「がんばれ~!」
私の隣で、やれやれ役目は終わったぜ、とばかりに寛ぐ子竜が2人。
ロロとリリは、暫しの休息とばかりに私達の元へ戻ってきていた。
何しろ、勇者様の芸が終わらないことには次の試合も始まらないし。
ちゃっかり屋台で買い込んできたお八つをはぐはぐ。
「…! ロロイ、その美味しそうなイカの串焼き何処にあったの!?」
「リャン姉も食う? 一本いる? 焼きジャガもあるけど」
「焼き林檎や鼈甲飴もあります! あ、あと菫の砂糖漬けも!」
「大量だねぇ。せっちゃんも既に食べてるし」
「リャン姉様、美味ですのよ?」
はぐはぐと、屋台の戦利品を食い漁る子供達。
そんな和やかな空気を粉砕されるのは、この5秒後。
そら、5…4…3…2…
「あら、こんなとこにいたの!? 探したのよ」
「「え」」
そう言って、ロロとリリの肩をガッチリ掴んで話さない、竜のお姉様。
華やかに頬を紅潮させた彼女は、先程、勇者様を連行した1人…?
「ほら、貴方達も着替えなきゃでしょ。もうっ」
「え、なんのこと」
「なんのこと、じゃないわ。みんな待ってるんだから!」
「え、え、え…っ?」
いや、子竜達。
そんな救いを求める様な目で私を見られても、困るよ。
真竜さんの間での出来事を、私にどう仲裁せよと。
そもそも、私だって何の話か分かってないし。
「む。なんだ、自分達は蚊帳の外だとでも思っていたのか」
首を傾げる私達に目敏く気付いて、寄ってくるミスター司会。
副団長さんは、戸惑う子竜達に爆弾を落とした。
「何を自分は無関係、みたいな顔して。加勢として共に戦ったんだから、お前達も勇者殿と運命を共にするに決まっているだろう。連帯責任というヤツで」
「「 え 」」
びしっと。
子竜達が、固まった。
悲壮感たっぷりに、連行されていく仔牛(笑)が2人増えた。
そうして暫し、待った後。
舞台に押し出された3人の姿を、私は一生忘れない。
腹筋崩壊的な意味で。
勇者様はカラフルさの中に、どことなく繊細な少女めいた色合いで飾られて。
だけどなんで背中に、そんなわっさわっさと極彩色の鳥の尾羽を背負ってるの?
なんか、羽根を広げた孔雀みたいだよ?
細部細部は可愛いのに、全体を見ると総合意見は…うん、けばけばしい。
そんな状態で首にはでっかい花輪。どう見ても薔薇ですね、それ。
更に頭にはお揃いの花冠。やっぱりどう見ても薔薇ですね、それ。
目にも鮮やかにグラデーション。誰が作ったの、その花冠。
どう見ても着色しただろ、という不自然な色合いが、何故か衣装に妙にマッチしている。
どこからどう見ても、大道芸人にしか見えない…。
清廉な美貌は、派手なけばけばしさなんて欠片も似合わないと思っていたんだけど…
………こうなると、もう顔の美醜も関係ない、ね。
私の近くで、芸人一座に身を置いていた経験のあるサルファが、良い笑顔をしている。
そう、良い仕事をしたと、そんな笑顔で。
…どうやら、勇者様のお顔の化粧はサルファがしたらしい。
それはとてもとても、芸人らしいというか。
イロモノという言葉の相応しい、分厚い白塗り顔の厚化粧。
アイシャドーと頬のチークが凄まじく濃い。唇なんて真っ赤っかだ。
それはそう、滑稽さを前面に押し出す為の厚化粧。
輪郭以外は最早、勇者様の美貌の名残は微塵も見当たらないほど改造されていた。
そしてそれは、勇者様の道連れとなった2人の子竜も同様に。
衣装こそ同じモノではないけれど、同じ雰囲気になる様に工夫を凝らされた派手具合。
あり合わせでよくぞここまでと、見当違いの感心をしてしまう。
花飾りの用意は間に合わなかったのか、花輪はそこにないけれど。
その代わりの様に、頭上でその存在を誇示するモノ。
子竜達の頭にはそれぞれ、犬耳と猫耳のカチューシャが着けられていた。
ちなみにロロイが犬耳で、リリフが猫耳だ。
だけど決定的な違いはよく分からない。なんか形状、似てて違いが微妙。
それでも両者が犬と猫で違うのだと、そう思わせるのは。
多分、ロロの首に首輪が嵌っていて、リリの首に鈴が付けられているから、かな。
お尻にも尻尾が着けられていて、2人の動きに合わせて弾む様に揺れた。
そしてやっぱり、大道芸人じみた厚化粧。
あんなに厚塗りして、皮膚呼吸でき無くならないかな…。
あんな惨状を前に、実のご両親は如何に思っているのかと…
ちょっと怖くなって、そろっと判定委員会席に視線を投げた。
判定委員長は、腹を抱えて笑いに呼吸困難を起こし、悶絶していた。
…どうやら問題は、なさそうだった。
相変わらず、外見や雰囲気にそぐわず、楽しげな真竜王さんで何より…かな。
何だか少し、先刻よりも、真竜王さんの指定に振り回される3人が哀れになった。
この罰ゲームの後、悲壮な決意を持って。
ようやっと本気になった子竜達が、二度と罰ゲームを背負うまいと躍起になり。
第一試合とは打って変わった真剣さで試合に取り組む様になったのは…
まあ、当然の成り行きだった…と、言えるかも知れない。




