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ここは人類最前線3 ~リアンカ嬢の観光案内~  作者: 小林晴幸
旅行も終わりに近づいたようです
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6日目 竜の谷3 ~不穏な判定委員会~

 大体の準備が整った後、余興の開始を告げる高らかな声。


「それでは、試合のルールを説明する!」


 わああぁぁぁぁっ!


 酔っ払い代表・副団長さんが壇上にて宣言すると、赤ら顔の竜達が盛大な歓声を上げた。

 流石、酔っ払い。何ともノリと勢いだけの行動が素晴らしい。

 ただ何となく楽しそうだからと、体を揺らしてはしゃぐ子供達。

 酒瓶突き上げて雄叫びを上げる中高年。

 宴会の席は、とても賑々しいお祭りムードに包まれた。


 ついて行きがたい顔で目を白黒させている勇者様。

 まぁちゃんは試合の予想を賭けて小金稼ぎに精を出してるよ。

 せっちゃんは状況が理解できていないながら、首を傾げつつも便乗して素敵な笑顔。

 それに見惚れる若い竜達の頭を長老衆が殴って正気に戻して大忙し。

 りっちゃんは被害の拡大を防ごうと、さり気なくバリケードの構築に余念がない。

 リリは興奮のあまり竜型に戻り、尻尾をびたんびたんっと地面に打ち付けて暴れているし。

 ロロは不穏なコレクション(危ない小道具)を数えて試合に備えているみたい。

 サルファは竜の若い衆と一緒になって何か話を弾ませているけれど…

 話題の内容はろくでもない気がしたから放置で良いでしょう。

 そして私は重篤な怪我人に備え、手持ちの薬を揃えて即席で薬を売る準備。

 ただで分けたりはしないよ。勿論有料だよ。

 だってこれが、私のお仕事だもん。

 たくさん立ち並ぶ屋台の一角に、小さな薬の屋台を出して。

 さあ、準備万全! いつでも来い、怪我人(カネヅル)共!


 皆が皆、楽しそうな顔。

 皆が皆、上機嫌。

 そんな中で1人だけ、顔を引きつらせている勇者様。

 その対比がなんとも明暗差を露骨に表していて、目立っちゃうよ?

 竜の若衆が「景気の悪い顔すんなっ」って背中を叩いて大笑い。

 先刻までの悲壮感漂う空気とは大違いで。

 みんな、明るい空気に呑まれていた。

 それは勿論、私自身も。


 お祭りの空気に身を浸し、私達は大いに楽しもうと青空の下、皆が笑顔で。

 壇上で拡声のアイテムを握る副団長さんの声。

 ゆったりと聞き入る…つもりが、いつの間にか気分高揚。

 場の空気って、人の精神を巻き込む効果高いよね。


「審判及び進行、解説その他を担うのは我々、即席実行委員の『判定委員会』! ルール説明は副委員長の俺が行う! 皆、今からする説明にちゃんと付いてくるように!」


 わあああぁぁぁぁぁっ!!


 ………副団長さん、すっごく楽しそう。

 この場で一番楽しそうなのは、副団長さんのような気がした。

 あ、ちなみに判定委員会の委員長席には真竜王さんがちょこんっと座ってますよ。


「まず、試合の勝敗決定について説明を行う!」

 ん? 勝敗決定…ああ、確かに一番大事だよね。

 でも何だろう。

 副団長さんの言葉には、なんか色々含みが感じられる…ような?

「普通の試合を普通にちんたらやられては、時間の都合上いくら何でもきりがないだろう。と、判定委員会の独断と偏見によ・り! 勝敗の判定はわかりやすくシンプルな物を用意した! 皆の衆、これを…見ろ!!」

 そう言って、副団長さんが高々と右手で掲げた物。

 手の平大の、薄くて平べったくて、こんがり狐色、の…?

 あれは、


「ビスケットだ!!」


 うん。見ればわかるよ。




 何でそんな物を持ち出したのか。

 困惑顔の私達の前で、それでも尚、堂々泰然自若。

 そんな副団長さんの強い心臓がちょっと羨ましい。

 私達の疑惑の視線に気づいているだろうに。

 僅かたりとも気にすることなく、副団長さんは自分のペースを崩さない。


 副団長さんは、試合の勝敗についてこう説明した。

 曰く、

「参加者には各自、このビスケットを額に装着してもらう。取り付け方法は各の自由。糊ではっ付けるなり、鉢巻で押さえるなり、好きにしろ! ただし、いい加減な付け方をすれば各自後悔すると知れ!」

 なんか、額にビスケット付けて、叩き割りあって勝負を決めるみたい。

 額のビスケットを割られた方が敗者、割った方が勝者、みたいな感じ。

 額以外の場所に付けたら反則負け。

 でも何か事情があるなら場合によっては許可制で他の場所も応相談。

 それで装着箇所から落としたら失格。

 自分で割っちゃったら自爆判定。

 そしてこの試合には、嫌なポイント制が導入されているらしい。


「普通に負けた場合は自爆ポイント3、反則はする度に自爆ポイント1、失格は自爆ポイント2、自爆判定が出た場合は自爆ポイント5が付く。自爆ポイントが4を超えた者には、罰としてペナルティが発生だ!」


 罰とかペナルティとか、不穏な響きだね…。

 いや、それよりも自爆って響き自体がなんか不吉。

 とっても楽しそうで嬉しそうだけど、副団長さんは何をさせる気?

 答えはすぐに、彼の口から。


「ペナルティ発生者には、試合後のインターバルにとっておきの宴会芸を披露してもらう!」


 あー…勇者様の顔が凄い勢いで青く…


 お城育ちの王子様に、宴会芸とか。

 そんな持ち芸、1つももってなさそうだよねー…。

 勇者様以外にも、宴会芸なんて持たない人っているんじゃないかな?

 そんな人には、何をさせる気だろ。

 いきなり何かしろって言っても、何すればいいかわからなくてフリーズするんじゃ…


 敗者への心配が胸をよぎったけど、私のそんな心配はどうやら無用だった。

 うん、副団長さんに抜かりはなかったみたいだよ。


「持ち芸が無い者、または乱発しすぎて今更面白味も見出せない者には、判定委員会(こちら)が指定した芸をしてもらう。ちなみに拒否権は、 な い !! 」


 わ、わああぁあぁぁぁあっ!?


 途惑いと、不吉な予感に震える絶叫。

 そう、敗者に容赦のない宣言をかました副団長さんが、さり気なく片腕に抱えていた、モノ。


 ………フリルとレースたっぷりの、ピンクのベビードール(フリーサイズ)。


 ちなみに試合の参加者、8割が男。


 副団長さんが手にしていた物体が、敗者の末路を予感させる。

 何をさせる気だ。何をやらせる気だ。

 不吉すぎるソレを目にして、見る見る血の気を失っていく参加者さん達。

 ファンシーピンク☆なフリルとレースに目は釘付け。

 皆、一様に酔いの覚めた顔をしていた。

 場の空気は得体の知れない熱狂と活力に満たされて。

 試合の参加者達がそれまでのぬるいお祭り気分を破り捨て、本気になった瞬間だった。

 みんなの顔が言っている。


 ――あんな罰則、冗談じゃねぇぇぇっ!!


 …と。


 その瞬間、私は悟りました。

 参加者達は、それこそ死に物狂いで奮戦するのだろう、と。

 勇者様は副団長さんの本気の目を見て、怯えを顔ににじませていました。

 ぎゅっと剣を握りしめ、悲愴なお顔をしています。

 ああ、うん。

 勇者様のお立場なら、こんな極端な悪ふざけの餌食になったこともないでしょーね。


 だけど私は見ました。見逃しませんでした。

 何人かの、麗しき竜のお姉様方が、意味ありげに勇者様を見てきらきら笑っていたのを。

 ………勇者様のお顔なら、女装、よく似合いそうだもんね。

 その出来上がりは、きっと。

 女性の尊厳を大いに傷つける出来映えになるだろうから。

 何が悲しくて、自分より綺麗なこと確実な男の女装姿を見ないといけないんでしょう。

 だから私は見たくないんだけど…

 

 どうやら世の中には、女性よりも綺麗になるのが分かり切っているって言うのに、そんな男性を女装させることに喜びを見出せる方が結構いるようでした。

 勇者様、がんばれ。勇者様、負けるな。

 ちょっと、こんなに本気で勇者様を応援するのも初めてな気がしました。



 

 そうこうしながら、そうして始まった余興試合。

 私もちょっと運営に口を出したけど、やっぱり物珍しいお客人は注目されるからね。

 そんな訳で、勇者様にとって過酷で厳しい対戦表が完成した。


 対戦表

  →勇者様VS真竜50人の総当たり戦。


「なんでだぁぁっ」

 納得のいかない顔した勇者様の、絶叫が耳に刺さった。

「落ち着いて、落ち着いて勇者様!」

「落ち着く!? この凄まじく俺に不利な状況で!?」

 宥めすかすも、効果はない。 

 自分の敗北がもしかしたら恥辱の扉に通じているかも知れないというおぞましい恐怖から、勇者様はいつも以上に自分の不遇に過敏になっているようで。

 判定委員会にくってかかろうとするのを必死に押しとどめながら、私は私の知るところの情報を勇者様に吹き込んでいく。

「だって勇者様、竜の人達はみんなこの谷の住人で、今更時間に追われなくてもいつだって対戦できるし。でも勇者様は限られた時間しか滞在しないお客さんでしょ。だから真竜総意で、勇者様との対戦を優先することにしたんだって」

「だからって、総当たりの連戦はふざけているだろう! 俺のことを消耗させて殺す気か!?」

「ああ、確かに連戦はきついよねー…後になればなるほど、疲れが蓄積されて負けやすくなるだろーし。でも安心して、そこは真竜の長老方も考慮に入れて、ハンデつけてくれるって言ってたよ!」

「ハンデ? 総当たりでハンデ付けられても、30連戦だからな…。どんなに有利なハンデを付けられても、俺にだって限界があるんだ」

「悪い話じゃないってば。だから聞こう? 聞こうよ、勇者様」

 まだ納得いかなさそうな勇者様を座らせて、私は勇者様達に利する得点の解説に入った。

「まず、勇者様は単独参加じゃなくて、チーム参加が認められました。勇者様だけが、チーム登録者としての参加です」

「チーム? 他の参加者達は個人参加なのに、俺だけが?」

「不公平とは思わないでくださいね。他の人、全部竜なんですから。チーム参加で都合丁度良いくらいですよ」

「だが、」

「ちなみにチームメイトも既に決定・通知済みですよ。ここは初見の相手と組ませて調子が出ないなんてことになったら台無しなので、少しでも気心の知れた相手を…との配慮で勇者様との共闘経験者ロロとリリが抜擢されました。2人は子供だし、単独で試合参加するよりチーム参加で丁度良いって思いもあったみたい」

 ロロはちょっと不服そうだったけど。

 なんか勇者様と闘いたそうだったしねー。

 でも、どうせ戦うなら万全の状態で闘いたいでしょう?と、囁いてみましたところ。

 なんと! 快い承諾のお返事をいただくことができました。

 これはやっぱりあれかな?

 囁きながら渡した賄賂(ケーキ)が効いたのかな?

 ずんずん大きくなるけど、どうやらロロの味覚はまだまだお子様のよーでした。


 そんな裏事情など露知らず。

 自分が子竜と3人チームを組んで行動することが既に決定していると聞かされ、勇者様は微妙なお顔。何だか不服そうなお顔で眉間に皺が寄っています。

「俺は、子守か…?」

「そんな言い方したら、子守に失礼ですよ」

「う……すまない」

 勇者様って、こういうところ素直だよね。

 年上なのにしょんぼりしてると、なんだか可愛いなぁ。

「まあまあ、勇者様。元気だそうよ。試合はビスケットの叩き合いなんだから。叩きのめす・ぶちのめすより、ずっとやりようもあるでしょ?」

 工夫次第で、小回りのきく勇者様や子竜達にずっと有利に働きそうだし。

 それに失格にする方法は場外や反則、取れる手段も方策も様々だよ。

 チームって言うのも良いよね。

 誰か1人を囮にするだけでも、有用な試合運びができるんじゃないかな?

 今はまだ突然だし、そこまで気は回ってないようだったけど。

 チーム戦でも良いって承諾した子竜2人は既にやる気も十分、気合いばっちりで。

「勇者のお守りくらい、ちゃんと見てやるよ」

 な~んて、ロロなんか生意気言っちゃって。

 中々に楽しい試合になりそうだって、私は楽しみに思う気持ちが膨らんで。


 精々滑稽に振る舞うことになるだろう、未来のペナルティ者達。

 その発生を心待ちに胸躍らせながら(イロモノなら、女装も大歓迎)。

 私は一番の特等席で、いそいそと観戦態勢を整えたのです。




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