6日目 竜の谷2 ~宴の幕開け~
さて、謝り倒す竜達と、再犯防止を念入りに念押しながら、気にするなと声を掛ける魔王。
彼等の念の入った話し合いは、大体20分ほどで打ち切られ。
あっさりと戸棚の奧に大事に大事に仕舞い込まれて。
代わりに引き出されてきたもの。
それはこの辺で手に入る、ありとあらゆる山海の珍味。
それと。
酒 酒 酒 酒 酒 ……………酒。
「あ、すげぇ。あの酒、魔王城にもねぇぞ。今度、親父に自慢しよっと」
「流石にドラゴンスレイヤーは無いな。しかし一度は飲んでみたい酒が勢揃い…か」
「夢の様な光景だね。酒飲みには」
魔族と並び称される、酒好き呑兵衛代表種族…『竜』。
その本領発揮とばかりに、一族総出で溜め込みに溜め込まれ、秘蔵に秘蔵された、酒。
大事に大事に、丁寧に丁寧に保管され、金銀財宝と同列に手厚く扱われていた、酒。
魔境で一般的に手に入る種類から、滅多に見ない珍しい銘柄まで。
酒好き竜達が、大事に大事に心底大事に、本当に大事に。
取って置きの場に合わせ、盛大に振る舞われる輝く酒瓶。
気まずくも堅苦しく、小難しい問題も話もお終いとばかりに。
怒濤の如き勢いで、次々と山を成し、連なっていく、膨大な酒。
そしてソレに会わせて瞳の輝きを強めていく、酒好きまぁちゃんと仲間達。
お詫びの心も何処に置いてきたのか、竜達の瞳も無邪気な子供の様に輝きを増す。
言うまでもありませんね?
ええ、そうです。
私達の目の前で山を成す、ツマミとお酒。
それが示すモノは一つ。
そうですね、はい。
真竜達のもてなしの元。
宴会が、始まろうとしています。
接待を受ける立場の、私達。
ナシェレットをボコボコにした手前、良いのかなと気まずそうな顔をする勇者様。
はい、彼はとっても素直ですね?
でも周囲を見回してみて下さい。
他のみんなはどうですか?
ええ、彼等もとっても素直で正直ですね?
欲望と愉悦を愛する、『自分』というモノに。
彼等は本当にかつてなく、素晴らしく素直になっている様でした。
実は誰がボコボコにされたとか、誰をボコボコにしたとか。
そんな話題は魔境ではありふれにありふれたお話で。
うん、今日の夕飯はシチューだよってくらい、ありふれたお話で。
ボコボコがどうのって話題は、喉元過ぎれば皆さん切りかえ速攻。
勇者様以外の皆さんは、既に切りかえ終了済。
なので、気兼ねなく空気は宴会一直線!
夜を徹して行われる、問答無用の大宴会。
酔っぱらい達が王者と君臨する、アルコールの夜が始まろうとしています。
ちなみに現時点での時刻:正午前。
確実に明日まで余裕で続く酒盛りの中、お酒を飲まない私+他。
せっちゃんは王族の嗜みとしてお酒も飲むけど…(そもそも魔族に飲酒制限はない)。
私は未だ成人前。一応、村の掟で未成年は飲酒禁止。
竜もその成長を阻害する一因となりかねないので、建前上、子供はお酒が飲めない。
…こっそり飲むことも、実は多いらしいけど。
私と子竜達。
大っぴらにお酒を飲めない私達は、酔いどれ共のテンションについて行けるのかなぁ?
そんな危惧が、ぐるぐると頭の中を回転したので。
私は酔っ払いも素面も関係なく楽しめる、余興を一つ提案することにしました。
やっぱ酒のツマミも重要だけど、余興も大事だよね。特に宴会は!
だから私は、提案という形で勇者様を苦境へと突き落とすのです!
これも場の空気を華やげる為。と言う名目で。
私は宴会の責任者(真竜王)に元気に提案突きつけました。
「真竜王さん、真竜王さん!」
「どうした。グラスが行き渡っていないのか?」
「いや、酒じゃないよ! 手元にちゃんと果実水あるから、大丈夫!」
「酒じゃないなら、何か」
「一つ、余興で力試しを提案したいんだけど」
「ほほう、力試し。誰が?」
「勇者様が!!」
「って、おい!?」
お前の事じゃないよな、と首を傾げる真竜王さんに、私はばーんと勇者様を突き出しました。
渡されたグラスのお酒をちびちび飲んでいた勇者様が抗議の声を上げるけど、黙殺!
「ほう。ナシェレットを止めるのに尽力してくれたという男だな」
「うん、そう。人間の筈だけど人間とは思えない力量を隠し持ってるんだよ」
といっても、まぁちゃんには未だ勝てたことがないけどね。
でも、昨日一昨日の実力を見るに、頑張れば竜とも良い勝負ができそう。
だから私は、勇者様の背中をぐいぐい押し出す。
「しかし、おかしい。流れてきた情報では、その男は魔王と対立しているのではなかったか」
「あ、そこはご安心を。建前としては対立してるけど、勇者様に未だ対立できるほどの実力がなくって。実際には敵対も何もそれ以前の話として扱われてるから」
それに、実はまぁちゃん、結構勇者様のこと気に入ってるっぽいんだよね。
内心でちょっと言葉を付け加え、その見解にうんうんと1人で頷く。
そんな私を、背を押されながらの勇者様が、困った様な顔で見下ろしてくる。
「おい。事実かもしれないが、事実だからって傷つかないということはないんだからな。頼むから、リアンカはもっとオブラートに包んで発言することを考えてくれ」
「おぶらーと」
ソレって何だっけ。
ちょっと、本気で分からなかった。
それを見て取ってか、勇者様が諦めた様に苦く笑った。
酒の席での余興という形での提案になっちゃったけど。
元々ここは竜の谷。
私が、勇者様の修行兼観光旅行のシメとして予定していた場所で。
昨日の予定は大幅に狂っちゃったけど。
最後の最後で、一番の目的地に到達できた。
コネと伝手と、それから戦闘狂。
竜にも穏やかなのから好戦的なのまで幅広く存在するけど。
真竜は、魔境固有の強さ重視思考に染まっているので、強さを追求するのは好き。
戦争や大っぴらな戦いはしないけど、『戦い』に誇りを見出すのが好き。
つまり、程々の戦いと名誉が大好きな方々だ。
そんな彼等をのせるのは、案外簡単だし。
ロロイ&リリフという伝手もコネもあるわけで。
私は猛者との戦いに飢えた血の気の多い若竜達に、協力を求めるつもりだった。
ソレ即ち、若手の猛者竜30人との総当たり戦。
ぶち当たってブチ砕けて吹っ飛ぶような。
勢いと実力と生死の境が垣間見える様な。
そんな血湧き肉躍る、実力試しの大乱闘を実現させたくて。
中には魔境に置ける支配種族『魔族』と肩を並べ名を上げる様な実力者もいる。
これ以上はないというくらい、私は勇者様に期待していた。
「勇者様、ここで真竜達を喜ばせる実力を発揮して認められたら、真竜から助力かソレに類する様な御褒美を貰えるかも…。何にしろ、身にならないことはないから、頑張って!」
強さを尊ぶだけあって魔族も竜も、猛者に寛大というか、強者を好むというか。
実力を認めることがあれば、先行きに期待して構いたがる。
そこで頼もしいと思えば、それこそ大喜びで世話を焼こうとしたり。
真竜はそれが特に顕著で、あれやこれやとお宝やお役立ちアイテムを授けてくれます。
自分達でもやり過ぎるのを自覚しているので、自重するようにしているそーですが。
それでも尚、手を出したくなる相手には大番振る舞いだよ。
だからここは一つ、勇者様には大張り切りいただいて、竜の長老達を唸らせてもらいたい。
そんでたんまりお土産貰えたら、一気に勇者様の戦力増強できるはず!
…という内容を、人目も憚らず勇者様に力説してみました。
周りにいる真竜達にもばっちり聞こえる大きさの声で。
衆目を憚らず堂々の「お宝せしめろ!」発言に、勇者様が呆れ眼です。
「リアンカ。俺は時々お前が何をさせたいのか、面白がっているだけなのか分からなくなる」
「取り敢えず今は強くなればいいと思う。その為のしゅ…観光、旅行なんだし」
「もう、そこは武者修行でも良くないか」
ははは、と乾いた笑みの勇者様。
その瞳の奧には、「開き直り」という言葉が見える。
どうやらこの旅行を通して、勇者様も大分私達に…魔境に、慣れてきたみたいで。
それはとても結構なことですが、私の口からは良いとも悪いとも言い難いのが実のところ。
ただ魔境ではとっっても生き難そうだった勇者様だから。
ほんの少しでも、この魔境で勇者様が息をしやすくなればと。
ほんのちょっとだけ、そのことを案じていたので。
だから、私的には勇者様が魔境に馴染むのは大歓迎なのですよ? 本当に。
さてはて。
既に出来上がっている酔っ払いも多い中。
面白がった呑兵衛達は、盛大な野次を以て提案を甘受して下さりまして。
腕試しをしたくて堪らない、若手の竜達も腕を鳴らしてお待ちです。
そこで一端酒盛りを中断して、急遽会場設営を突貫しました。
竜は身体が大きいので、準備もさくさく進みましたよ。
適当な場所を地均しして、適当に決闘場所を整えて。
適当に聴衆の為の観客席を儲けて、とばっちりが飛ばない様、適当に結界を張る。
人に化けることのできない竜の為に、舞台はちょっと大きめに整えられました。
仕上げに真竜王さんが、竜同士でも勝負になる様に広さを見繕いまして。
その指先で空中にくるりと円を描くと。
その動きに合わせ、大地には大きな縁が刻まれました。
真竜王の魔力が流し込まれた為か、魔力の光を帯びて淡い輝きを放っています。
ただ地面に円を描いただけじゃ、踏み荒らされてすぐに分からなくなっちゃうしね。
アレならどれだけ暴れても、境界が分からなくなるってことはないよね。
こうして戦いの舞台は整えられた。
急拵えで、適当なルールも決められて。
対戦相手を死なせてしまったらペナルティ付で失格だとか。
身体の3分の2以上が境界をはみ出たまま、一定時間が過ぎたら失格とか。
竜は身体が大きいので、ちょっと不利だけど。
それでもこうして、竜の有志と勇者様の総当たり戦、その準備が終了して。
私達はそれぞれ自分のグラス片手に、おつまみ用意で。
試合準備に少し遅れて、観戦準備が整った。
酒の肴に、試合見物。良い御身分ですねー。
参加者は私の予定よりちょっと増えましたけど、名うての竜が50人。
何れも腕に覚えのある猛者ばかり。
またチャレンジ精神旺盛な、若いヤンチャ坊主達。
その中にロロイの姿も紛れているのは、ご愛敬。
あの子も中々、やり手らしいし。
どうも勇者様に対抗心を燃やしているみたいだから。
子供も大人も関係無しに、彼等は意気揚々と拳を突き上げ歓声を上げた。
大喜びの戦士や観衆を前に、勇者様はすらりと剣を抜き放ち。
先程まで漂わせていた諦め感など綺麗に払拭して。
肉体酷使もここに極まる、竜達との余興試合に、潔く身を投じようとしていた。




