6日目 竜の谷1 ~せっちゃんの氷の瞳~
目の前にずらりと並ぶ、竜の頂点。
一族郎党、皆勢揃い。
竜型のままのモノもいれば、人型に化けたモノも見える。
整列するのに、スペースを稼ぐ為でしょうか。
誠意を見せる為でしょーか。
恐らく、人化の術が使える竜はこぞって化けている。
その先頭に腰を据え、筆頭となって行動するモノ。
真竜の長や主立った実力者、代表者達。
彼等が私達の手の届きそうな目の前で。
真剣な顔のまま、全身に気力を漲らせて。
『うちの馬鹿が、本当に申し訳ありませんでしたっ!!』
真竜一族一同、一斉に。
私達に向けて、土下座した。
壮観だった。
魔族と真竜の全面戦争を望んでいなかったのは、真竜達もそうで。
怒り最高潮に達しているであろう(予想)魔王陛下。
彼に対する謝罪は、正に『誠意』という言葉を目に見える形として示したようで。
いきなり出会い頭の土下座スタートに、私達は戸惑いで半笑いになっていた。
特にまぁちゃんが、とっても気まずそうだった。
さて、私達が何処にいるのかというと。
此方、竜の谷。
竜の頂点『真竜』の皆様が暮らす本拠地、竜の王都とも呼べる里。
私達は今ここに、ナシェレットさんの強制送還に来ていました。
えらくボロボロにしてしまって、半殺し状態だったけど。
送還というより、収容という言葉が似合う扱いしかしてないけど。
ナシェレットさんは現在、縮小化の術をまぁちゃんにかけられまして。
現在、昆虫サイズにまで縮められ、惨めな姿で虫篭の中においでです。
無理をしてでも逃げ出せぬ様、抜け目のないお子様達…ロロ&リリに左右を挟まれ。
心なしかウキウキと、伝説の酒が入った酒瓶片手の副団長さんに、鎖を振り回されて。
この場で、真竜の長老さんたちに引き渡されました。
…「生き物を縮小化させるのは初めてだ」と、まぁちゃんがボソッと。
なんか、怖いこと言ってたけど………私は耳を塞いで、聞かなかったことにした。
どうか変な弊害とか、出ないことを胸の奥底で祈っておこーかな…。
命のあるまま帰ってきたことにホッとしつつも。
ボロ雑巾状態のナシェレットさんを受け渡されて、長老さん達は微妙な顔をしていました。
一応、死なない程度には加減されている筈だし。
私の方でも応急処置的なことはしてあるし。
だから早く、お医者様に見せてあげて下さい。
そして魔王を本気で怒らせておいて、命があったことを喜ぼう。
命あっての物種だって、昔から言うしね?
圧巻な竜達の土下座に取り囲まれて、まぁちゃんは大きな圧迫感に苛まれていた。
言葉にし難い気まずさがあるのか、その視線が泳いでいる。
どうやら怒髪天を衝く怒りが収まって冷静になっちゃったからだね。
私には分かるよ。まぁちゃんは、こう思っている。
--「やっちまった! やりすぎた!! ……とは、言いにくいなー……」と。
内心では気まずい汗をだ~らだ~ら流しているなど、露とも表に出さず、悟らせず。
まぁちゃんは寛大ぶって振る舞った。
片膝を付いて身を屈め、土下座に励む真竜王の肩に温かく手を置いた。
「よう、そんな気に病むなって」
「温かいお言葉、痛み入ります。ですが我が一族の者が罪を犯したのは事実。それも相手が魔王の妹御とあっては…我々も、けじめを付けねばなりません」
「そんな重く捉えなくても良いってのによー」
どうしたらいいのか。
迷う様な瞳をうろうろと彷徨わせ、参った様子でまぁちゃんがガシガシと頭を掻く。
あの様子を見るに、本当に完璧に頭が冷えているみたい。
まぁちゃんは、もう特段怒った所など無い様子で。
ただ頭を上げてくれない竜の長に、弱った顔を見せる。
「ナシェレットの野郎は何時かやらかすと思ってたけどよ。それがアンタのせいって訳じゃねぇだろ? まあ、できれば対策とか予防策用意してて欲しかったけどよ」
…あ。
真竜の長が更に深く頭を下げて、大地に激突。
ごつ………って、重々しくも硬そうな音が…。
更に畏まる竜に、まぁちゃんが今度こそ本当に、慌てた。
「でもやっちまった過去は、今更変えられねぇし。だから今度は、再犯防止とナシェレットの再教育に力を注いでくれよ。それでお互い、手打ちにしよーぜ。俺だってやりすぎてボコボコにしちまったし、それをチャラにしてくれんなら、助かる」
そう言って、明らかに己の方がやりすぎた悪行を不問にしようと画策する、まぁちゃん。
竜の皆さんは音が純粋なので、まぁちゃんの言葉を素直に信じちゃったよ。
何て寛大太っ腹って、感激してるけどさ…
誘拐犯を撲殺一歩直前までボコボコしたまぁちゃんは、普通にお怒り中は鬼だと思った。
「本当に、申し訳なかった。再犯防止・再教育は尤もな話。我等の方で対策を練りましょうぞ」
「素晴らしい手腕を期待している。真竜達の教育手腕は目を見張るモノがあるしな」
まぁちゃん、ソレ皮肉になってるよ。
「しかしナシェレットも、何故にこの様な無茶をしたのか…」
「俺の妹が美しすぎるかんな。トチ狂いやがって」
「美しさは罪というヤツですな」
「ま、でも悪さ実行するヤツが一番わりぃーんだけど」
「は、ははは…手厳しい、ですなあ…」
真竜王さん、冷たい滝汗。
まぁちゃんの荒んだ空気から逃れる為か、視線を彷徨わせる。
それはいつしかガッチリと、コトの元凶にぶち当たった。
真竜王さんが、ナシェレットさんの虫篭を乱暴に持ち上げる。
足場のバランスがいきなり崩れて、篭の中で光竜が無様に転んだ。
「どうぞお任せ下さい。この通り、ナシェレットも猛省していることですし、本人の矯正は滞りなく進むでしょう。完璧に躾け直して見せましょうぞ」
そう言う真竜王さんの手元で、篭の中のナシェレットさんが顔を背ける。
何となくやさぐれた調子で、真竜王に隠れてギラッとまぁちゃんを睨み上げる。
「「「……………」」」
「絶対に、懲りてないな」
「うん。絶対に懲りてないね」
「往生際の悪いヤツだ。せめて表面だけでも殊勝に振る舞えば良いものを」
ばっちりとナシェレットさんの悪態を目撃してしまった私や勇者様が、呆れの目を向ける。
まぁちゃんは、額に青筋浮かべて笑っていた。まぁちゃんって器用だよね。
「……反省は、見られないな」
まぁちゃんの言葉に、真竜王さんの身体が、ぎくりと強張る。
慌てて篭を揺らしてナシェレットさんを諫めるけど、今更だよね。
まぁちゃんはにっこりと、暴力とは違う手段で制裁を決めた模様。
「………最後に、引導でも渡しとくか」
ボソッと、不吉なことを言って。
彼はせっちゃんを手招いた。
我関せず状態でまったりと、お茶を飲みながら日向ぼっこしていたせっちゃんを。
せっちゃんの護衛として付けられたりっちゃんを引きつれて。
せっちゃんは満面の笑み。
「あにさまぁ? せっちゃんに何か御用なの?」
無邪気な愛らしさで、駆け寄ってきた。
正しその足は、深窓の令嬢らしく遅かった。
ぽふっ…と。
ナチュラルにまぁちゃんの胸に飛び込み、平然と抱きつきながら。
何か面白いモノでも見られるのかと、せっちゃんは目をキラキラさせていた。
そんな妹に、兄は目線を合わせて尋ねだす。
「せっちゃん、兄のこと、どう思う?」
「大好き!」
迷いのない返事が繰り出された。
「ありがと。じゃ、リアンカは?」
「リャン姉様も大好きなの!」
「んじゃ、リリとロロは?」
「可愛いの! 大好き!」
「ははは。せっちゃんは大好きな人が一杯だなぁ」
なんか、ほのぼのした。
見ていた皆で、安心平和のせっちゃんに和んでいるけれど。
でも、まぁちゃんの本題はどうやらここからだった。
だって。
変わらぬ調子で。
まぁちゃんが、せっちゃんに聞いたんだもの。
「じゃあ、アレは?」
どう思う?と。心底気になるという口調で。
そう言ってまぁちゃんの指差した先には、光竜の入った虫篭があった。
そしてせっちゃんは、躊躇いもせずにこう言った。
「トカゲさんなの!」
それは「どう思う?」という質問の返答としては、どうかと思った。
だけどせっちゃんは、本当にあの光竜を「トカゲ」としか思っていない。
そうとしか、認識していないみたいだった。
「ははは。せっちゃん、本気でどうとも思ってないみてぇだな」
まぁちゃんは、上機嫌だ。
好きか嫌いかなど、判断するまでもなく。
せっちゃんがナシェレットさんのことを「トカゲ」と言った。
彼女が彼を、「何とも思っていない」のが明らかになったんだから。
遠目に、虫篭の中で膝をつくナシェレットさんが見えた。
なんだか、とても哀れっぽい姿だった。
だけど。まぁちゃんの引導はまだまだ完璧には渡されていない。
その真骨頂は、これからこれから。
まぁちゃんが、せっちゃんに笑いを消した顔で、言った。
「せっちゃんは、リアンカが大好きだよな」
「勿論のことなのー」
「リアンカが人間で、人間は魔族よりも全然弱くて、ちょっとしたことで直ぐ死ぬ」
「…あに様?」
「そのこと、せっちゃんも勿論知ってるよな?」
ゆっくりと語るまぁちゃんの顔は、静謐で。
空気に飲まれた様に、いつしかせっちゃんは言葉を発せず。
ただ、まぁちゃんの言葉にこっくりと頷いた。
その瞬間に、変わる。
まぁちゃんの顔が、人の悪い笑みへと変わる。
魔王は、悪いことを企む様な顔で、せっちゃんの視線を虫篭へと誘導して。
「だってのに、あのトカゲのヤツ。リアンカに足止めとか称して龍を嗾け、自身も鋭いかぎ爪でリアンカの顔に消えない傷刻むとこだったんだぜ? まあ、俺が阻止したけど?」
言った。言っちゃった。言いやがったよ、この人。
一応空気というモノの存在を慮って、せっちゃんには黙っていたのに。
それをこの従兄は、あっさりと。
此方に何の承諾も求めずに、言っちゃいやがった。
そして。
せっちゃんの笑顔が、消えた。
その瞳の奧に、凍えるナニかを見た。
「リャン姉様、に…? か弱く儚い、リャン姉様、に………?」
「あ、ああ。せっちゃんの反応が予想以上で、俺、超戸惑ってんだけど」
いつもにこにこと微笑んでいる美少女の顔から、笑顔が消えて。
そこには、作り物めいた絶世の美貌。
その凄まじさが、表情を失ったことで浮き彫りになる。
「せ、せっちゃん? 確かに私は弱いけど、儚くはない、わよー……?」
種族的には、儚いかも知れないけど。特にこの魔境では。
だけどそれでも、自分を儚いと称せるほど、私は太々しくないよ?
私も戸惑いそのままに横まで近寄り、顔を覗き込むけど…
せっちゃんの目は完全に、ナシェレットさんにロックオンされていた。
わあ☆ 良かったね、ナシェレットさん!
せっちゃんからの一途な熱い視線だよ! 念願叶っておめでとう☆
ただし、絶対にナシェレットさんの望んでいた形とは違うだろーけどね!
心胆寒からしむ様子で、サルファがボソッと言った。
「この世に、こんな羨ましくも何ともない美少女からの注目も珍しー…」
同感だった。
虫篭の中で、ナシェレットさんもガタガタと震えている様だ。
その震動が伝わって、虫篭自体もこれまたガタガタ震えている。
そして。
とうとうせっちゃんの口から、とどめの一言が放たれた。
「リャン姉様に悪さするなんて、悪いトカゲさんなの! 大っ嫌い!!」
ナシェレットさんは、灰になった(心情的に)。
その後、更にせっちゃんがガチで呪いの言葉を放とうとしたりして、大変なことに。
危うくナシェレットさんにヤバイ呪いがかけられるところだったよー…
何とかせっちゃんを宥め賺し、交渉に交渉を重ね。
値切りに競り勝ち、粘り勝ち。
せっちゃんの洒落にならない要求を遠ざけることに成功はした。
だけどそもそも呪いをかけないという選択肢は通用せず。
ナシェレットさんに、せっちゃんの(私への)愛が込められた呪いが送られた。
それは3年間、目覚める度に足がつるという、地味にきつい呪いだった。
ナシェレットさん、どんまい。




