5日目 光竜討伐 オマケ
ほぅっと安堵の溜息をついて、ようやっと。
本当にようやっと、まぁちゃんの顔がゆるんで溶けた。
「せっちゃん…無事で良かった」
そこには、本来の気さくなまぁちゃんが居ました。
兄妹の、感動のご対面です…!
………と、思ったんだけど、ねえ?
せっちゃんは、兄に抱き起こされても未だ強固に眠りの底を漂っておりました。
要は、しつこく寝てた。
そんな彼女がようやく起きたのは、ナシェレットさんがボロクズになってから2時間後。
「あに様、おはよぅなの~…」
そんな呑気な、何事もなかったかの様な目覚めの挨拶が付いてきた。
眠っている淑女の顔を、許しなく見るわけにはいかないと。
何とも紳士なことに、わざわざ目を逸らしていた勇者様。
彼は目覚めたせっちゃんの顔を初めて見て…
あからさまに固まりました。
顔面にあるのは驚愕か、単純に見とれたか。
御自分のお顔を毎日鏡で見ているでしょうし、まぁちゃんの顔には無反応だったのに。
自分と同等レベルの女性を見たのは、初めてなんでしょーか。
口を半開きにしたまま固まる勇者様は、茫然自失状態でした。
「勇者様、ゆーぅしゃーさまー?」
顔の前で手を振ってみる。
反応、無し。
「ふむ」
副団長さんが、後頭部を酒瓶で殴った。
おおう、ばいおれんす。
「なんっ……い、いきなり何を…!」
あ。勇者様が正気に戻った。
後頭部を押さえて呻く勇者様。
彼を高みから見下ろす、副団長さん(身長的な意味で)。
じろりと勇者様を半眼で睨み、副団長さんはハテノ村伝統の諸注意を行いました。
「気をつけろ。あまり魅入っていると、目を付けられ…いや、警戒されるぞ」
それは、ハテノ村に限らず魔境に住まう若い男達に共通する、要注意事項でした。
せっちゃんの美貌は凄まじいし、女の子だけあって威力抜群ですからね。
若い男の人は、10人居たら10人ともが見惚れて身動きできなくなります。
だけどそんな若い娘さんには危うい状況を、苦々しく思って当然の方が1人居るわけで。
それは誰か?
ええ、まぁちゃんです。
元はと言えば今回の騒動の発端も、せっちゃんの美貌に撃墜された竜が元凶ですから。
その美貌故に、何かの問題に巻き込まれないかと過保護兄が心配せずに居られる訳もなく。
せっちゃんの美貌の虜となった人は、大体まぁちゃんに目を付けられます。
いざという時の、要粛正候補として。
そしてそれは、そう、今も…
ほら、見て下さい?
せっちゃんの魅了食らって硬直していた勇者様。
そんな彼を、まぁちゃんがさり気なく疑念の瞳で見ています。めっちゃ疑っています。
新たな厄介事の、忌々しい火種になりはしないかと………
こう言う時は、意外にサルファよりも勇者様の方が厄介なパターンなんですよね。
勇者様、生真面目で思い詰める性質ですから…。
それに比べると、サルファみたいに軽い人の方は、興味が冷めると呆気ないし。
そんな人が万一に本気になったら、それはそれでとっても面倒くさいんだけどね。
今回は幸いにも、サルファの食指は動き方が緩かったみたいで。
ヤツ曰く、3年後に期待とのこと。
どうやら、発育具合が微妙に興味の対象範囲から外れていたようです。
今は大丈夫。でも、3年後は容赦しない。
まぁちゃんがボソッと呟いていました。
綺麗な妹を持つと、お兄ちゃんは大変だねと。
苦労しながらも妹を世話せずにいられないまぁちゃん。
そんな彼を見て、私は遠くから心の中で労りました。
近寄ったら巻き添え食いそうだから、遠巻きにしている訳じゃないですよ?
…でも、せっちゃんが居たらまぁちゃんの過保護対象が分散するので。
ちょっとだけ。
ええ、ちょっとだけですよ?
ちょっとだけ、私は肩の荷が下りた様な、開放感を味わっていました。
もしかしたらせっちゃんを助けだせたことで、
そのことで私の気持ちもふわふわしていたのかもしれないけどね。




