5日目 光竜討伐7 ~まぁちゃん降臨~
鬼が降臨しました。
………じゃないや、間違えました。
魔王が君臨しました。
私の顔面に迫る爪。
瞼をきつく閉じていても、身に迫るモノを感じます。
言い表すのも辛いほどの圧迫感。
ああ、もう届くなと。
感覚的に悟った私は、顔に傷の一つか二つ残ることを覚悟しました。
…が。
結果的に言ってしまうと、その覚悟は無駄になりました。
何故なら、私の最強の従兄様が。
絶対無敵の超絶美形様、魔王様が降臨したのですから。
バキャッて。
いい音がしたからね。
何がって?
りっちゃんの唸る拳が、です。
私に伸ばした手が届かんとした時。
「陛下…! 陛下の可愛いリアンカ様が…!!」
「…!!?」
覚醒するやいなや、目覚めの第一に見てしまった驚愕の光景。
従妹に攻撃が迫るのを見た、まぁちゃんは。
目覚めの衝撃も痛みも、頭から吹っ飛んで。
ただ、私を救うことだけを頭に。もうそれしか、頭になくて。
考えるよりも、身体を動かすよりも、何よりも早く。
素早く口を動かして呪文を唱え。
咄嗟の行動で。
まぁちゃんは私に、使える限りで最も威力の強い防御障壁を張ったのだそうです。
(後々、一連の出来事を目撃したりっちゃん談)。
そのまま酔いの残る身体をふらつかせながらも立ち上がると。
まぁちゃんは無意識に身体強化を行い、そのまま光竜に飛び掛かりました。
その時、ナシェレットさんは。
私に届くはずだった腕を、透明で強固な障壁に弾かれ…
……た、だけでなく。
食らったこともない位の電撃を、防御障壁からカウンターで食らい。
それから更に、
全身を覚悟もないまま受けた電撃で身動きできなくなった瞬間。
ほぼ、同時に。
ナシェレットさんは側頭部にまぁちゃん渾身の跳び蹴りを食らい、
ギリギリで間に合う計算だったらしいタイミングで、脇腹に勇者様の薙ぎ払いを受け、
目の前でぶわぁ…っと巻き上がる風を感じて、私が目を開けてみれば。
ナシェレットさんが、遠くに吹っ飛んだ。
もう、それはもう、☆になる様な勢いで。
ナシェレットさん、生きてるかな…。
一瞬前には自分が危なかったコトなんて忘れて、心配してしまうレベルでした。
目の前にいたものが一瞬で消え失せるという、ビックリ体験。
突如として襲いかかり、突如として消え失せた危機に、思考が追いつかない。
唖然として顔を上げると。
そこには幼い頃から見慣れたまぁちゃんの、秀麗な顔が…
………ちょっと、見慣れたモノと違いますね。
右頬に真っ赤な打撃痕(りっちゃんは左利き)を付けたまぁちゃん。
彼と、細く長く息をついて安堵の表情を浮かべる勇者様。
お顔の素晴らしすぎるお2人が、私に対してにっこりと微笑みました。
その笑顔が、何やらダブルでお綺麗すぎて…
私は何だか、寒気がするほど怖くなりました。
恐ろしくなるほどの2人の美顔に。
恐怖と同時に安心を覚えて、私に身体はへにょりと膝から砕けました。
もう全身の力が抜けて、崩れ落ちる勢いでへたんと座り込んでしまいます。
「大丈夫か!?」「おい、リアンカ!?」
顔と声を焦らせて、2人が私の側に慌てて膝をつきます。
私の顔を覗き込む顔は心配そうですが、何でもないと気付くと安堵に息をつきました。
「怖い思いしたんだな、無茶したから」
「というか、俺は何がどーなってこの状況か、全然分かんねーんだけど…?」
「…後で詳しい説明する。簡潔に言うなら、ナシェレットという竜が悪い」
「あ? 先の蜥蜴人モドキ、あのクズ竜か…?」
状況も何も理解していないけど、従妹の危機に全てを優先させたまぁちゃん。
助けて貰ってありがたや。
しかし助けてもらっておいて、何ですが。
今私達は、新たなピンチに見舞われようとしています…!
再度、おさらいです。
まぁちゃんはナシェレットさんに、大激怒。
しかも今回、私を狙ったことで火に油を注ぎましたね?
その状況で、まぁちゃんが光竜を殺さないで済むでしょうか…。
はっきりいって、そんな自信はありません。
今は危ない目に遭った直後の私を気遣い、最優先にしていますが。
私に問題なしと判断したら、今にも首を刈りに行きそうな…。
…むしろ、末路は挽肉? ひぃ…!!
それは危ない。それは危険です。
魔族と竜の谷と、何よりハテノ村の為。
そんな危険事態は何が何でも、回避させなくては…!
その為に、どうやってまぁちゃんの気を反らせるか…課題は、最大急務です!
「リアンカ、立てるか?」
私に問題なしと判断してか、勇者様が手を差し伸べてきました。
立ってということですね? 意味するところは分かります。
ですが折角の勇者様のご厚意ですが。
その差し伸べられた手を見て、私は閃きました。
ついでに言うと、膝と腰が完全に抜けていて、お恥ずかしながら立てません。
そんな私の状況を、正確に読み取っている人が1人。
まぁちゃんは私が何か言うより早く、すいっと身を屈めて私に手を差し伸べます。
それは私を、抱き上げる動作で…
だけど無言で抱き上げようとするまぁちゃんに、後押しとばかり。
「まぁちゃん、だっこ」
私からも両手を差し出して、言ってしまいました。
内心では凄まじい羞恥心で焼き尽くされそうでしたが。
コツは童心に返ること。今の私は6歳の子供と自己暗示を掛けながら。
子供に戻ったつもりで、精一杯のおねだりです。
年齢的に痛い視線が、四方八方から突き刺さりました。
でも一番痛かったのは、内心で悶える自分の本音です。
だけどこのおねだりには、ちゃんと意味があります。
私がこうやって露骨におねだりらしい甘えたお強請りをするのは、久しぶりなので。
私を無下にはできないまぁちゃんは、私が満足するまで付き合ってくれる筈…!!
そうでなかったら、犠牲にした私の自尊心が泣く…! 嵐の様に号泣する…!!
遠く、私の意図するところを悟ったらしいのは、りっちゃん。
彼は涙ぐましいとばかりのジェスチャーを交えながら、口パクで
『リアンカ様、ご立派です…! そのまま、陛下の気を引いておいて下さい…』
…と、言ってきました。いや、りっちゃんも何か協力してよ。
私の甘えた言葉に、一瞬だけ動きを止めたまぁちゃん。
だけど承諾したという様に、私の頭を一回だけ優しく撫でて。
私の注文通り、まぁちゃんは私を抱き上げてくれました。
多分、怖い思いをした後なので、不安がっているとでも思ったんでしょーね。
その手つきはいつもよりも丁寧で、優しく慰められる様でした。
今は、その優しさが逆に私の自尊心を痛めつけてるんですけどね…。
ちなみに、お姫様抱っこじゃありませんよ?
身体の向きは横じゃなくて、縦です。
私はまぁちゃんの右腕(さり気なく、利き腕封印)の上に腰掛ける形です。
上半身は不安定なので、まぁちゃんの肩に手を置くか、首に抱きつく必要があります。
いつもなら、肩に手を置く選択をしているところですが。
ここは一層の動きを封じる意味を込めて。
私は内心を取り繕いながら、仕方ないのでまぁちゃんの首に抱きつきました。
まぁちゃんの左手が背に添えられるのを感じながら。
私はただひたすら、目撃者達の記憶を消し飛ばす方法を必死に考えておりました…。
もしもこれで容易く殺されようものなら…
死んでいたとしても、ただじゃ済まさないよ! ナシェレットさん!?
さーて、ひとまず私の捨て身でまぁちゃんの興味対象を修正できたかと。
そう、思ったんですけどね…?
まぁちゃんは私を両腕で抱き上げたまま、スタスタと歩き始めました。
その足の向かう先は、先ほど直線で吹っ飛んでいった物体の射出先。
…ナシェレットさんが、頭から突き刺さっている壁の方でした。
ひぃ…!!
どうか、まぁちゃん。
私を抱き上げたまま、グロくてエグい展開は止めて!?
私のこの服に、返り血が飛ぼうモノなら泣くからね!?
私の勘弁してよと言う内心。
そんなことは知らぬとばかり、ゆったり歩くまぁちゃん。
やがて辿り着いた、壁の下。
じっと見上げる先には、頭から壁に突っ込んでぴくりとも動かない光竜。
………死んでたりしないよね?
微かにも動かない姿に、不安がこみ上げた。
どうか、虫の息で良いので生きていてと、私は神にも祈る思いでした。
まぁちゃんが、片足を上げる。
ひどくゆっくりに見える、その動作。
まぁちゃんが蹴り一つで壁を崩すと、元から入っていたひび割れに従って。
ナシェレットさんが、瓦礫の上に降ってきた。
うわぁ。さあ、今から…鬼神と化した魔王様の、残虐ショーが始まるのでしょうか…。
祈る思いも込めて、私はぎゅっとまぁちゃんの首を抱きしめた。
もう、絞まれと言う勢いで。
「……くく。リアンカ、大丈夫だから」
喉の奥から響く、微かな笑い声。
宥める様に、私の髪をすくまぁちゃん。
耳に擽ったい苦笑を含んだ、その声は。
まるで私の懸念も全て解っていると言うな。
私を宥めようと言う様な、そんな声でした。
なんだか、全部見透かされている様な気がした。
「大丈夫、だいじょーぶ。お前等に機先を制されたからな。情けねぇ」
「…まぁちゃん、私にされたこと、覚えてるの?」
「まあな」
チッ。
あのタイミングなら、確実に自覚を与えずに意識も刈れたと思ったのに。
どうやら、魔王様は御自分の受けた所業の全てを覚えておいでのよーでした。
…後で、お仕置きされないで済むかな…。
「結果的に、あれで頭冷えたわ。冷静になる時間貰ったみてーなもんだ」
…あ。大丈夫みたいですね。良かった、良かった。
それでも多分、私は不安そうな顔でまぁちゃんを見ていたんでしょう。
安心させようとしてか、まぁちゃんはとびきり温かい顔で。
魔王らしからぬ、私の見慣れた気さくな顔で笑みました。
「だから、ありがとな」
そんな、ちゃんと感謝の気持ちのこもった、嬉しいお言葉付で。
その様子に。
恐れていた事態は全部回避できたのだと、そう思って。
私は正真正銘、心の奥底からホッとして。
力の抜けた笑みを浮かべてしまったわけですが。
私の頭を撫でた後、まぁちゃんが足下に視線を転ずる。
そうして、瓦礫の上にひっくりかえったナシェレットさんを見た視線は…
………畑の作物に付いた害虫を見る様に、冷たく忌々しそうで。
一瞬前に得た安堵も安心も全てを吹っ飛ばす威力があり。
私の笑顔は、瞬間的に凍結してしまったのでした。
そして。
「テメェ、おいこら…」
まぁちゃんはナシェレットさんの顔を硬い靴底でグリグリと踏みにじり。
「俺の愛らしい妹攫っただけじゃ厭きたらず、お前、何した。何するつもりだった…?」
まるで破落戸の様なドスの利いた声で、耳からいたぶろうというのか。
「可愛い従妹にまで爪向けるたぁ、どういう了簡だ…?」
まぁちゃんは一転して、それはそれは素晴らしい美声と、微笑で言ったのです。
「命だけは取っといてやるよ。精々、感謝しろ」
そんなに麗しいお顔は、滅多に見られるモノではありませんでした。
だからこそ、恐ろしい。
目を覚ましたナシェレットさんの顔が、恐怖に引きつるのがはっきりと分かりました。
そして、大広間どころか別邸中に。
哀れな竜の絶叫が響きわたったのです。
悲しいことに、まぁちゃんに抱きかかえられた私は逃げ場もなく。
最も至近距離で、惨劇の一部始終を目撃する羽目になってしまいました。
いや、途中からはまぁちゃんの肩に顔を埋めて耳塞いでたけど。
私を抱きかかえたまま、足だけで竜を虐めるまぁちゃんのお顔は………
………見なかったことにしたいくらい、活き活きとしていた。
ナシェレットさんは全治10ヶ月の怪我を負った。
…人間より優れた自己治癒能力があるのに。




