5日目 光竜討伐6 ~トカゲ~
視界を焼き尽くす光。
痛みを訴える目。
ボロボロと涙をこぼす副団長さん………目、庇うの遅れたんだね。
強烈な突き刺す痛みを堪えながら、私達は光が収まるのを待ち…
「おわぁ!?」
「きゃうん!!」
子竜達の慌てた声を聞いた。
何とか視界を取り戻し、私達は見ました。
大きな竜が姿を消し、質量の消えた空間の上に居た子竜達が、体勢崩して倒れる姿。
そして、人影が一つ、増えていたのです。
私達の目の前にいる、それ。
人………うん? ひと?
人…いや、人っぽいナニか???
ちょっとその辺では見ないような、得体の知れない何かが居ました。
大きな体は人と言うには大きすぎ。
獣人の人とかに、たまにいますよね。このサイズ。
目算で2m30…ってところかな。
見上げるほどの大きさです。
そしてその顔は、何というか独特というか、独創性溢れる造形というか…
すっごく、個性的でした。
不細工とか、そう言うコトじゃないんですよ?
むしろ、その美醜の善し悪しが分からない造形というか…
一言でぶっちゃけると、それは 蜥 蜴 の顔でした。
なんでしょーね。
身体の方は、人間っぽいフォルムをしています。縮尺を考えなければ。
でも、どことなく、不自然な違和感。
無理矢理、人の形に大きなトカゲを押し込めた様な。
一言で言うと、バランスがすっごく悪いんです。そう、不気味なくらい。
どうしても無理矢理感が全身に漂っていて、不自然という言葉が物凄くマッチしていました。
たっぷりした儀礼式の白いローブを着ているので、その服の下がどうなっているのか。
ちょっと、肌の質感とか、細かいところは窺い知れませんが。
でも幅広の筒袖から見える手は、おっきい爬虫類っぽい。爪とか、鱗とか。
なんかそれだけでも、私の頭をトマトの様にぶちっとやれそうなサイズです。
なのでもしかしたら、服の下も人型トカゲなのかもしれません。
でもやっぱり、どうしても目が行くのはその顔で。
皆は、生真面目な顔で唾を飲み込みました。
この人型トカゲは何なのか。
その答えは、聞かずとも誰もが分かっていました。
ええ、竜が消えて、出現した1人(?)とくれば、正体は明らかでしょう。
それでも考えたくなくて、頭は否定して。
半ば分かっていながらも、私は言いました。
「なんで、蜥蜴人が此処に…」
「貴様、失礼な!」
おっと、そのリザードマン当人からツッコミが。
「リアンカ様、リザードマンに竜角はありませんよ」
「ついでに言えば、耳にヒレもないし、あんなにトゲトゲもしてないな」
ついでに、りっちゃんと副団長さんからもツッコミが入った。
なんだよぅ、みんなだって現実逃避したいんでしょ、本当は。
や、本当はちゃんと分かってますよ。
何が起きたのか、貴方が誰なのか。
ついでにいえば、その姿が厳密には本物のリザードマンと異なることも。
本物のリザードさんたちは、結構のんびりと温厚穏やかな人達だしね。
あんな気取ったローブとか、着てないし。
この辺に集落を作っているリザードさん達の一般的な格好は野良着に麦藁帽子だし。
彼等の作る魚介の干物は絶品なんですよねー。
思わず現実逃避もかねて、人型蜥蜴モドキをリザード扱いしましたが。
でも、言わずには居られなかったんです。
その位、私の心中には微妙な気持ちが広がっていました。
最後の最後に、奥の手的に発動させた術が、それかよ………と。
その姿は中途半端に人型を保ちながらも、割合半分以上が爬虫類で。
どっからどう見ても、『人化の術:失敗版』でした。
ナシェレットさん、一応人化の術の練習、微妙な成果は出てたんだね…。
完成には、程遠い道程のようでしたが。
姿を変えることで質量を変更し、竜サイズに合わせられた拘束を抜け出すとか…
起死回生にしても、行き当たりばったりな。
さて、ここからどうするつもりですか、ナシェレットさん…?
無駄な、無駄すぎる最後の悪足掻き。
見苦しいその態度。大人しく、お縄に付けばこれ以上は無かったのに。
私は諦めの悪いナシェレットさんの態度に、気持ちを込めて微笑みました。
「それで、どうするの…?」
両の手には、見せつける様に火打ち石を握っていました。
さて皆さん、前回のおさらいです。思い出してみて下さい。
私、伝説の名酒『ドラゴンスレイヤー』の酒瓶、どうしました?
この目の前のドラゴニュートモドキが変身する前のことです。
答え:ナシェレットさんの鼻先に、叩きつけましたね?
さて、その時にナシェレットさんが被ってしまったお酒はどうなったでしょう。
答えは、トカゲ面から臭い漂ってくるアルコール臭が全てを物語っています。
ナシェレットさんの身体は、変身しても見える範囲のそこかしこがケロイド状態。
時間が経っても一向に修復の追いつかない、顔面の炎症。
それによって保証される物は何でしょーね?
それは『ドラゴンスレイヤー』の威力の程だと、私は思うわけですが。
「貴方はどう思いますか、ナシェレットさん?」
分かりやすく、脅してみました。
私の突きつけた火打ち石に。
ナシェレットさんがトカゲ面を引きつらせて怯えたのが分かりました。
目の中に宿る恐怖心が、探るまでもなく露骨に示していましたから。
その大きな肩が、びくんって震えたしね。
私は眼前に火打ち石を突きつけていましたが…
狼狽えるナシェレットさんに突きつけられた物は、それだけではありませんでした。
よく見れば、再起を図るナシェレットさんへと警戒を高め、出方を窺う勇者様。
納めていた剣も再び抜いて、刃先を僅かにナシェレットさんへと向けています。
さり気なくじりじりと距離を詰めながら、瞳には冷徹な色が見えました。
りっちゃんは薄く薄く微笑みながらも、掲げた手の中には闇色に蠢く呪い的なナニか。
それも多分魔法なんだろうけれど、あまりの禍々しさに呪いとしか思えない。
副団長さんはまぁちゃんを負ぶったままでしたが、その手には伝説の名酒。
追い打ちを掛ける気満々ですね。これ以上やったら多分死にますが。
ああ、しかもソレ火炎瓶にする気ですね…? 本当に一溜まり無いよ、それ。
サルファは…笑顔で、遠くから手を振っていますね。やる気無しですか。お任せですか。
アイツ本当にぶれないなぁと思っていたら、さり気なくその手に投げナイフ握ってました。
竜鱗にソレが通用するのか疑問もありますが…火傷狙えば、イチコロでしょーかね。
ロロイとリリフは、言うまでもないですね。もう臨戦態勢充分です。
敵のサイズが違う今、あの巨体で飛び掛かったら他も巻き込むと思ってか、今は人型。
その術の完成度の高さは、ナシェレットさんとは雲泥の差。ちゃんと人間に見えます。
それでも侮ってはなりません。ちっこくなろうとでっかくなろうと、竜は竜です。
ああ、何と言うことでしょう(棒読み)。
いつの間にか、ナシェレットさんは勇者様ご一行によって見事に取り囲まれていたのです!
さあ、本当に、どうする…?
起死回生を計るつもりが、一歩踏み出せばそこは奈落の入り口。
私刑の未来しか見えてこない、絶体絶命の窮地ですよ!
私は、多分この時、獲物をいたぶる猫みたいな顔。
わぁお。私が直接手を出さなくても、破綻へのカウントダウン始まってますね!
勇者様が気まずそうに、見てはならないモノを見た!って顔で目を逸らしました。
勇者様は、何だかこの旅行で『目を逸らす』という技術が上達したようです。
私達に取り囲まれ、じりじりと追い込まれ。
絶体絶命の状況に焦ったのでしょーか。
自分の置かれた立場を理解した竜。
だけど追い込まれた時、生き物ってのは簡単にキレるんです。
それも命の危機を実感した後であれば、結構容易く。
特にナシェレットさん、大人げないし。
さて、人がキレた時、憤りの矛先ってのは大体3つに別れるんじゃないでしょーか。
1つ目は、自分。
自傷という方向性に向かった場合、自害や自滅に向かいます。
2つ目は、周囲。
自分の周りにいるモノを、手当たり次第無作為に傷つける。
それを人は八つ当たりと呼びます。
さて、3つ目です。
その矛先として向かうモノは、元凶。
自分を貶め、陥れた原因に当るモノを敵と見なし、直接的間接的に拘らず攻撃する。
元凶を攻撃しようと思っても、思い切れるかどうかは個人次第。
勇気の大きさ次第なのか、立ち向かう人と立ち向かえない人に別れます。
そして立ち向かえる人は、一矢報いるに足りるだけの実力を持つことが重要です。
立ち向かったは良いけど、返り討ちは様になりませんから。
さて、この場合。
追い込まれた竜はどのパターンに当てはまるんでしょーか。
答えは我が身を以て実感しました。
こんにゃろう…私を的にする道を選びやがった…。
突き詰めて考えれば、元凶とはコトを起こしたナシェレットさん自身。
ここはいっそ素直に降伏して欲しかった。
そうすれば、私達だってまだ容赦したでしょーに。多分。
だけどこの竜は。
この場で一番馬の合わない、気にくわない私を標的に定めたんです!
…まあ、一族期待の若子ロロ&リリに鉄槌を降すわけにもいかないでしょうし。
更に言えば、戦った相手である勇者様は一分の隙もないし。
りっちゃんや副団長さんも危険ですが。
戦闘に関してはずぶの素人たる私です。
恐らく、他の顔ぶれに比べて、私に圧倒的に隙があったんでしょうね…。
この場で最もチョロい相手と判断された結果かと思えば、腹立ちも一層でした。
しまった。私、非戦闘員だよ。
なんで後方に下がってなかったんだろう。
そうも思いましたが、全ては後の祭りで。
私には避けることも受けることもできない、竜のスピード。
私に火を起こす時間など、与えないつもりでしょう。
その速度に、私は本気を感じとりました。
身は竦み、逃げる素振りすらできない。
眼前に強烈に迫る、危機感。
真っ正面からの圧迫感から、反射で目を閉じた。
狭まる視界の、片隅で。
最後に、見えたモノ。
脳裏に焼き付き、瞬時に読み取った、ソレ。
私は自分で閉ざした視界の最後に。
酒瓶抱えて眠りこけるまぁちゃんを、殴って叩き起こすりっちゃんの姿。
主君を文字通り『叩き起こし』ながら、焦りに鬼気迫る顔を見ました。
そんな魔族からしたら顔面蒼白モノの光景を記憶に留めながら、私は思ったのです。
ああ、助かった………と。




