5日目 光竜討伐5 ~鳥籠の鍵~
ナシェレットさんVS勇者様+子竜(×2)。
両者の力量差は、どんなものか。
其処の所は、戦闘素人の私には全く以て分かりませんが。
でもなんとなく、思いました。
終わったな…と。
あの怒れるお子様達と正義の執行者に任せておけば、気付いた時には片づいていそう。
それが偽るところのない、私の正直な感想でした。
それにほら、そこで。
虎視眈々と副団長さんが『ドラゴンスレイヤー』片手に機会を狙っているし。
哀れな実験体で、伝説の名酒がどれだけ燃えるのか…。
その、燃焼実験の機会を。
光竜戦は放っておいて良いな。
率直に申しまして、そう思いました。
だから私は、当初のお役目を果たすべく。
暴れる竜は勇者様達にきっっちり丸投げして。
黄金の鳥籠に囚われた、従妹(お休み中)を救い出しにいったのです。
…しかし、兄妹揃ってどっちも夢の世界なんて、とんだ奇遇ですね。
いや、まぁちゃんの意識を刈り取ったのは、私達の仕業ですけど。
広い広い大広間の中、でかい図体で暴れる竜達はとってもスペースを取っていて。
とばっちりを食らわない様、迂回するのも大変です。
それでも危険の内容、ちゃんと安全領域を保って、全速力。
走りに走って、息が切れて。
そうして辿り着いた黄金の鳥籠には、既に先客が居ました。
「サルファ、あんた…」
「や、リアンカちゃん。おっそいよー?」
抜け目のない男が、約1名。
女が絡むと、侮れない男だと私は認識を新たにしました。
加えて。
「あれ、りっちゃん。なんでいるの?」
その姿を見た時、結界は?と思いました。
此処にいるのがおかしいと、私の顔に全力で書いてあったんでしょ。
りっちゃんは苦笑混じりに淡く微笑みました。
「結界は、張るだけ張ったら、後は放っておいても大丈夫なので。私が死なない限りは」
「じゃ、逃げるか隠れるかしてればいいのに」
「私でもお役に立てることがあるかと思いまして。ですが、どうやら助太刀の必要はなさそうで。元々は我々魔族の問題なので、勇者さんに解決を任せるのも複雑ですが…」
「良いんじゃないかな。勇者様、なんだかんだでお人好しだし、張り切ってるし」
それに今更、水もさせない。
割り込みにくい熱い展開が、私達のぼうっと眺める先で繰り広げられていました。
なんか、激闘と書いてバトルと読みたい感じ?
謎の光を放つ剣を片手に、猛攻しかける勇者様。
そのサポートに徹しつつ、光竜を封じる子竜達。
そして酒瓶片手に時として襲いかかり、時として勇者様を補助する副団長さん。
…最後の1人だけ、ちょっとカオス。
「あの中に割り込むのも無粋か、と」
「だね」
「ですので、私は王妹殿下の救出を優先しようかと」
「寝てるけど、ね」
「見事に呑気に寝てますねー…」
あまりのせっちゃんらしさに、私達は再度脱力した。
すっぴすっぴ眠っちゃってるせっちゃんは、平和そうだった。
「それでどうする? 檻、壊す?」
「鍵を開ける、じゃなくて真っ先に壊す発想が出るんですね…」
「リアンカちゃんって、顔は大人しそうなのに色々過激だよね。過激派?」
「サルファ、つまんない」
「えー…」
「リアンカ様、檻を吹っ飛ばすとなると、大きな音が出ます。戦っているあっちの注意を引くことになりますので、もっと穏便な方法を採りましょう」
「いや、私は吹っ飛ばせまで言ってないよ?」
精々、格子を折るくらいのつもりだったんですけど。
この2人の中で、私はどれだけ破壊魔扱いされてるんでしょーか。
私が何か物を壊すことは少ないのに。
大体、物を壊す必要にかられた時だって、実行犯はまぁちゃんとかに一任です。
私自身は、物を大事にする良い子なんですよ。えっへん。
ん? 本当に物を大事にする子は簡単に壊すとは言わない?
そんな意見は、問題なく黙殺しました。
「じゃあ、檻を破るのはりっちゃんとサルファに任せる」
そう言って、私は引き下がりました。
りっちゃんもサルファも、黙って頷きます。
元より、今回の任務での私の真価は、牢破りとは別の部分にあります。
いうなれば、それはせっちゃんの為。
万一、攫われたショックでせっちゃんが取り乱していた時の為。
まぁちゃんに次いで、最もせっちゃんにとって身近で安心できる存在。
それが私です。
せっちゃんが生まれた時から、ずっと仲良くしてきたんだもの。
今回、私の最も重要なお役目は、せっちゃんを宥めて安心させること。
だからこその、保護役です。
それを分かっているからでしょう。
りっちゃんは私を少し鳥籠から離すと、任せろと頷いてくれました。
「ええ、任せていただきます。リアンカ様は姫の為にも、心安らかにお待ち下さい」
りっちゃんって結構マメだね。
「それでは、どんな方法でこの変態臭い檻を無効化いたしましょうか」
「ここは普通に鍵開けりゃいーんじゃね?」
「ふむ。しかし鍵はあの変態が後生大事に持っているでしょうし」
「…リアンカちゃーん、この魔族の兄さん、言葉の端々に棘があって怖ーんだけど!」
「あー…りっちゃん、今回の一見でお腹立ちなんだよ。大目にみたら良いと思う」
何しろ、この騒動の為に魔王城のお仕事ぶっちぎってきちゃったわけだし。
魔王も魔王お目付もいないで、魔王城どーなってんだろ。
残された宰相さんや重臣の皆さん、決裁が滞って大変だろーなー…。
多分、そのこともりっちゃんにストレスとして過重かけてんだろーね。
「まあ、このお兄さんのことは、いーけど」
そう言いつつも、微妙な顔は釈然としない様子で。
それでもにへらっと笑うと。
サルファは鳥籠の扉前で膝をついた。
「そんじゃ、ここは一つ。俺に任せちゃっても良いよ?」
そう言って、くるくると楽しそうに回しながら、サルファが懐から取り出したのは。
細長く先端それぞれが曲がった、3本の針金でした。
「「……………」」
キラン☆と示す、その様に。
私とりっちゃんは、サルファ以上に微妙な顔をしていたと思います。
私の声も、つい冷たく響きました。
「………サルファ?」
「やっだ、リアンカちゃん! そーんな氷みたいな微笑みしちゃって! 素敵だよ☆」
「アンタ、女が絡むとホント空恐ろしいわ…」
「誉められても今の俺、鍵くらいしか開けられねーよ?」
「いや、ソレで充分だよ!!」
この男は、一体どこでそんな技術を習得してきたのか…
よく考えれば、サルファのことはまだ知り合って数日で、よく知りません。
だけど色々と引き出しの多そうな男だと、この一件で実感しました…。
サルファが、鍵穴に針金突っ込んで弄ること、暫し。
「…あれ?」
間抜けな声がしました。
しきりと首を傾げる、サルファ。
その様子に任せっきりだった私達は、何があったかと此方も首を傾げる。
「どうしたの?」
「んー…?」
サルファは立ち上がり、膝を伸ばすと手を前へと差し出し…
扉に手を掛け、動かすと。
軽く「きぃ」という音を立てて。
扉が開いた。
おお、と。
感心に目を丸くして。
私とりっちゃんは見事な腕前に思わず拍手。
「凄い、もう開けたの?」
「まだ1分も立っていないのに、見事な物ですね」
素直な私達の称賛に、首の後ろを掻くサルファ。
その顔は、とても…
気まずそう?
今度は、意味を変えて尋ねてしまいました。
「…どうしたの?」
「あー、うん。…鍵、最初っから開いてた」
なんですと。
まさか誘拐されて監禁されているだろう筈が、元から鍵も開いていたなんて。
無駄に過ごした時間。
何故、私達は最初に開いていないか確認しなかったのでしょう。
そう、鍵は閉まっているはずだ、と。
そんな固定観念に縛られていた私達。
何をするにも、事前に確認するって大事なんだね。
先程までの、真剣に鍵開けに挑んでいたサルファ。
彼は今、とっても恥ずかしそう。
うん、確認不足と固定概念に囚われた考えの、見事な犠牲者。
取り敢えず、放っておいてやりましょう。
私達は鳥籠へと入り込み、ひとまずせっちゃんを回収することにしました。
ここに放置しておいて、人質にでもされたら大変ですからね。
まぁちゃんの目が覚めた後の、ナシェレットさんが。
俺が俺がと主張するサルファは無視して。
りっちゃんに眠ったままのせっちゃんを抱っこしてもらい、鳥籠を出る。
少し警戒したけれど、特に変な罠も無かった様で。
私達はあっさりと、せっちゃんを奪還してしまったのです。
…こんなに簡単に助け出せて、良いのかな?
喜ぶべきか、がっかりするべきか。
そんなことを真剣に吟味している自分に気付き、愕然。
そこは喜べば良いだろうと、自分で自分にツッコミを入れました。
「………」
「…サルファ、なんでそんなせっちゃん凝視して。不作法だし、失礼」
女の子の寝顔を、身内でもないのに眺め回すなんて!
せっちゃんの姉代わりとして、ここは憤慨するところです。
腰元の袋を漁り、不穏な粉末の入った小袋をちょいちょい手に取りながら。
私はサルファの視界を遮りました。
「……あ、ごめん。あんまキレーだから、さ。つい」
「ついで、うら若き乙女を凝視しないでよ。目玉抉って貰うよ?」
「誰に!?」
一瞬、びくっとサルファの身が震える。
だけど次の瞬間、満面の笑顔に………え、なんで?
「なに、リアンカちゃん? 気にくわないの? 嫉妬?」
「サルファ、貴方って本当に頭が可哀想ね…」
「そんなしみじみ言わないでよ…でも、嫉妬だったらリアンカちゃんに抉られてもいーよ?」
「言ったわね? よし、言質取ったわよ?」
だけど私は荒事も流血沙汰も、グロも苦手なので。
ここは代行という形で、代理を立てたいと思います。
例えばまぁちゃんとか。
「異議あり! 本人じゃないと、俺は認めねーから!」
「…チッ」
「リアンカ様、舌打ちしないで下さい。はしたないですよ?」
せっちゃんを抱えたまま、りっちゃんが呆れた様に私を窘めた。
さて、私達は無事にミッションを達成しましたが…
その間、勇者様達はどうなってるのかなーと。
すっかり意識の外に放り出していた後方を見てみれば。
戦闘音や絶叫がしなくなった時点で、見当は付いていたんですけどね?
其処には子竜達によって地に伏せさせられ、完全に自由を奪われた光竜がいた。
所々溶けたよう…いや、溶けた姿と、全身を覆う大火傷。
そして酒瓶抱えた姿でご満悦にも満足そうな副団長さんの姿。
何となく、何があったのかは察しました。
鍵に気を取られていたせいでもありますけど。
戦闘の成り行きを、見ていなくて正解だったかも知れない。
まあ、グロは好きじゃありませんが。むしろ苦手ですが。
職業柄、接しないわけでもないので。
平気じゃないとは言いません。はっきり言っちゃって平気です。
ガリバーよろしく、頑丈な魔力の縄…水色なんで、恐らくロロの魔力です。
それで床へと縫い止められて、惨めながらも無惨なナシェレットさん。
だけど放置しておくのも痛々しいし。
私も薬師の端くれ。
治療するのは、吝かじゃありませんよ…?
この巨体に対しては、明らかに手持ちの薬は量が足りませんけどね。
でも、応急処置くらいは。
「…というわけで、幾ら出す?」
ちなみにお値段によって対応と治療の質が変わります。
頑張って私が笑顔で快諾できるぐらいの見返り用意しよーね?
「貴様…どこの誰かは知らぬが、不躾に何という物の言い方だ」
「……………」
おいこら、何て言った。この駄竜。
「知・ら・な・い…? 私のことを、知らない………?」
「なんだ、貴様は有名な人間なのか?」
「いや、そんな訳じゃない、けど…」
「それでは、知らなくても構わないだろう。人間の知人など、居た試しもない」
この野郎…。
「…リアンカは『魔王の逆鱗』として、魔境でも有名な人間だが」
「え、それマジ? リアンカちゃんってやっぱすげーの?」
「俺は、何となくそんな気がしていた。まぁ殿は本当に可愛がっているみたいだしな」
「誰の目から見ても、陛下の過保護はあからさまなんですね…」
外野が何か言っていますが、今は私とナシェレットさんの話し合いです。
私はひくひくと顔を引きつらせ、光竜の眼前にドラゴンスレイヤーを突きつけました。
うっかりじゃありません。立派な脅しです。
「な、なんのつもりだ…!?」
竜の声が、動揺に掠れています。
でも、そんなことはどうでも良いのです。
「こ の 1 0 年!!」
「な、なんだ!」
「この10年、アンタが魔王の妹姫と会った時は、いつもその隣に居たんだけど! しかもこの会話、これが初めてじゃないよ! これで247回目だからね!?」
「わ、わざわざ数えているのか…!?」
「せっちゃんしか眼中に無いのは分かった。でも、せっちゃんの親しい身内とか、ロロイの主とか、微妙に接点のある相手なんだから覚えておくもんじゃないかなあ!!?」
私は言い切り、酒瓶で思いっきりナシェレットさんの鼻先を殴りつけました。
強靱な鱗を前に、呆気なく粉々になる酒瓶。
飛び散るアルコール(伝説級)。
豊潤な酒の臭いが、一気に広がった。
弁明しますけど。
私だって、いつもはこんなに手荒じゃないつもりです。
ううん、こんなことで激昂するつもりじゃなかったんだけど。
でも、流石に10年も同じ遣り取りを繰り返させられて…
しかも、毎回会う度、その会話がリセットされてるんだよ?
無かったことにされるって、会ったことさえ記憶に留めておかれないなんて。
自己紹介だって、最初の頃は律儀にしてたのに。
だってのに、あまりにも無下にされるから。
会ったことを覚えておこうって、努力の欠片も払ってくれないから。
だから私は、ナシェレットさんのこと、嫌いなんです。
だって私の存在、全否定された様な気持ちになるんだもん。
10年間、247回も会った相手です。
そんな相手なら、幼子だって覚えるよ?
だってのに会う度に同じ遣り取りをさせられて、私も怒るというものです。
ナシェレットさんの上にのし掛かる、子竜達も心なしか呆れ顔です。
「我が叔父ながら、何と情けない…」
「リャン姉に失礼だ」
ほら、子供だって、こう言うんです。
だから私が怒っても、無理ない話ですよね。
「………勇者様」
「な、なんだ…!?」
自分でも吃驚するくらい、おどろおどろしい声が出ました。
これは恨みの声ですね、自分で分かりますよ。
声を掛けられた勇者様は、すっかり傍観体勢だったのでビクッと。
驚きながらも、素直に私の側に寄ってきます。
「ちょっとこの竜、やっちゃってください」
「…は?」
「うん。この駄竜、学習能力ないみたいなんで」
「もう少し、主語も交えて話してくれないか?」
「ええ、ですから」
私はなるべく自分でもにこやかな顔になる様、努めて顔を作り。
ナシェレットさんの目の前で。
勇者様に頼み事をしました。
「この駄竜の失礼さがそろそろ我慢できそうにないので、懲らしめちゃってください」
丁寧に丁寧に頼み込んで。
私は深々頭を下げました。
勇者様も微妙な顔ながら、私の頼みに一つだけ頷いて。
「首を落として良いのか?」
すんごいナチュラルに、とんでもないことを言いました。
「勇者の兄さん、真顔で何言っちゃってんの!?」
何度も何度も私達が問題の説明を行ったので、この場の皆が状況を分かっています。
それに真っ向から立ち向かう様な案と、それに親指を立てた私。
とんでもない遣り取りに対して、意外にもサルファからツッコミが入ったのでした。
冗談さておき、現状、勇者様はそれをやろうと思えば殺れる体勢で。
早々と、勝負の決着は付くかに思われました。
そう、ナシェレットさんが、最期の悪あがきを始めるまでは…
「くっ…この、中途半端な姿だけは、晒したくなかったが…」
駄竜が、なんかほざきました。
子竜達の全力によって、とうとう完全に抑え込まれた光竜。
床へと伏せられたその身体。
全く身動きできないはずの巨体。
それが、私達の見る前で。
視界を奪う閃光を、真っ白な光を放ち。
部屋一杯に、光が広がった。
その光が何を意味するのか。
それを知らないところの私達は。
光竜が何をしたのか、推測すらもできず。
不意をつかれた閃光の中。
不覚にも、目を瞑って光に耐えることしかできませんでした。
せっちゃんを見た、サルファの感想。
「う~ん…5年、いや3年後に期待、かな」
「何の話だ?」
「あ、勇者の兄さん。何でもないよ。魔王の妹ちゃんのこと」
「何かに期待、と言っていた様だが…」
「あ、それね」
「何てこと無いって。ただ、薄っぺらくて平べったくてさ」
「薄? 平? ますますもって何の話だ」
「だから、妹ちゃんの体つき。もちょっと育ってた方が好みってこと。俺、巨乳派って訳じゃないけど、貧乳好きでもないんだよね」
爽やかに、笑顔付で宣ったサルファ。
それに、勇者は。
「おーい、リアンカ! サルファが何か不埒なことを…!」
リアンカを呼んだ。
この後、サルファは…
冷たい瞳のリアンカに、口汚く罵られたのだが…。
傍目に見ると、何故かサルファは嬉しそうに見えたとか。




