5日目 光竜討伐4 ~子竜の怒り~
広間の奧に坐す竜は、成竜らしく巨大な体躯。
その身体は、馬車ほどの大きさもある竜姿のロロ達よりも3倍ほどはあるでしょーか。
あんなでっかさでどうやって別邸内に入り込んだのかと疑問にも思いますが。
そんな疑問は、壁に空いた大穴が即座に解消してくれました。
ああ、入り口から入れないから、壁に穴か………。
好き勝手してんな、あの竜と思いました。
大きいからこそ、こんな大広間でもないと寛げないんでしょーね。
ちょっとだけ、大きいということが不憫になります。
同情する気は、無いけどね。
竜の谷でも居住問題は頭が痛いらしく。
小回りと空間の節約は大きな課題らしーです。
無駄にスペース取りそーだしね。
なので最近、人間の小回りの良さに目を付けて人化の術の研究が盛んだそーですが。
そればっかりは向き不向きの適正があるので、何とも言えないそうで。
素質のある竜は、するっと覚えて使いこなすみたいだけど。
不器用なのか、向いていない人は中々できないそーで。
頑張って覚えても、どこか中途半端だったりとか。
そしてナシェレットさんは、そんな適正に疑問のある竜の1人なんだそーです。
元々あまり人姿になろうと真面目に取り組んではいなかったらしいけど。
この10年…つまり、せっちゃんを見初めてからの、10年。
彼なりに何とか人の姿を得ようと努力は積んだらしいです。
しかし悲しいかな、その努力は未だに実を結んでいないみたいですね。
そんな状態で、せっちゃん攫ってどうするんだか…
……いえ、良いです。性犯罪者(多分未遂)の思考とか、知りたくない。
あんな竜に好かれて、攫われて。
せっちゃんもとんだ災難です。
さて、そのせっちゃんはどこだろう?
私は可愛い従妹を捜そうと、大広間を見回します。
侵入者たる私達に威嚇の姿勢を見せるナシェレットさんは、総無視で。
だってナシェレットさんの相手するのも戦うのも、私の仕事じゃないし。
だから私は、竜の動向には全く注意を払っていませんでした。
「居た! 彼処だ!」
何故か私よりも真剣な、サルファの声。
目を皿の様にした彼は、一点に視線を集中させていて。
「うっわ、うっそ! 期待以上だし!」
次の瞬間には喜色を溢れさせるその声に、此奴の頭は覗きたくないなと思い。
何を探していたのかは明らかなので、其方に目を向けると。
目に入ったのは、巨大な黄金の鳥籠。
ちらちら視界に入ってはいたんですが、あまりにもあんまりなので。
目を逸らしたくて、見るのは最後にしようと避けていたモノ。
その中に、目に慣れた艶やかな黒髪が垣間見えました。
「せっちゃん! 無事………って、心配するのも馬鹿らしいくらい、大丈夫そーね」
虚しくなりました。
だって、一応、心配していたんです。
なのに。
せっちゃんってば。
なんで鳥籠の中のベッドですやすや眠っちゃってるんですか!?
いや、考えてみればお昼寝には丁度良い頃合いだし、せっちゃんらしいけど!!
寝言が微かに聞こえました。
「まみゅ~………青いキリンさん、待って……フラダンスがお上手なの………」
至極平和そうでした。
一気に脱力する私達。
特に心配していただろう、子竜達も項垂れて…って、
どうやら子竜達の視点は、別のポイントみたいです。
暗い顔で、彼等は哀れむような目。
ソレは真っ直ぐナシェレットさんに注がれて。
「攫ってきた女、鳥籠に入れるとか…」
「叔父様…我が叔父ながら、何と趣味の悪い」
「ドン引きだよな」
「ドン引きですね」
その目には、大いなる失望と嫌悪が込められていました。
無邪気な子供の顔で言うだけに、傍目にもダメージがでかい。
だけど人の姿で、竜から認識するとちっさいせいか。
ナシェレットさんは幼い同族がいることにも、その目にも。
全く一切気付いていない様でした。
竜のことを無視して、せっちゃんにばかり注目する私。
でもそれは、私が全く戦闘とは縁遠いポジションだからです。
戦うのは勇者様達の役目と、最初から丸投げしているからです。
サルファは、よく分からないけど…
ちびっ子竜の2人だって、目の前にいるのは親戚。
それよりも攫われた主の安否を気にするのは、当然ともいえます。
そんな訳で、私達はナシェレットさんに全く注意を払っていませんでした。
その態度が、ナシェレットさんに余裕と取られるとは思いもせずに。
そう、竜は自分を無視して好き勝手に騒ぐ私達に腹を立てたのです。
隙を窺い、機会を計り、意識を鋭くしていた勇者様達には申し訳ありません。
でも竜は、騒いでいる私達をこそ、注目してしまったようで。
随分余裕だな、と、そう呟いて。
竜が、かっと大きく口を開きました。
「あ、やべ」
ブレス攻撃が、くる。
此処は室内、障害物無し。
いや、竜のブレスは障害物も焼き払うけど。
要は、逃げ場がありません。
私達はとっさに、開け放ったままだった扉をばたんと閉めました。
でも、コレでも無駄だって分かってるから。
竜の咆吼の威力は、鉄製の扉だって消滅させる。
だから。
「副団長さん!!」
「ああ!」
私達は、阿吽の呼吸で。
「 魔 王 バ リ ア ー 第 二 弾!! 」
やらかしました。
ええ、躊躇い皆無。後悔は無し。
ごめん、まぁちゃん。今度『魔王城名物・魔王饅頭』奢る。
酒瓶抱えてすぴすぴ眠るまぁちゃん。眠ってるせいか全然気付かねぇ。
そんなまぁちゃんを支える副団長さん。珍しく口許が緩んでいます。
心なしか…否、露骨に楽しそうな副団長さんに、私は遠いところでぽつっと思いました。
副団長さん、表情筋退化してなかったんだ…。
さりげなく、とっても失礼な感想でした。
まぁちゃんに申し訳ないな、とちらっと思いつつ。
それでも私達(勇者様を除く)は、まぁちゃんがブレスを弾くのを疑っていませんでした。
むしろワクワクドキドキしながら、その瞬間を待ってたんだけど…
………。
「……あれ?」
何故か、幾ら待っても待っても、その瞬間は来ませんでした。
なんでだ?
疑問に思いつつ、私達は今度こそ慎重に、大扉を開けました…。
そこで、見たものは。
「ロロ? リリ?」
「リャン姉たち、なにやってんの」
呆れ眼を向けてくるのは、ロロイとリリフの2人。
だけど、その姿が。大きさが。
ちょっと見てなかっただけで、忘れてしまったのか。
忘れたはずは、なかったのに。
それでも見慣れぬ大きさに、私は目の錯覚を疑ってしまう。
大扉の前、後方に逃げた私達を庇い、守る様に。
そこには、竜の姿に戻った子竜達が居ました。
見上げるほどの大きさに育った、子竜達が。
私達に被さるよう、すっぽり覆って光のブレスを全部弾いていたのです。
私は、リリなら光属性の攻撃をほぼ無効できると、今になって思い出していました。
「り、リリフ…!? どこから!」
「今、この場に。この人達と扉からですよ、叔父様…?」
竜が、せっちゃんを攫った竜が、狼狽しています。
その目は竜の姿に戻った子竜達へと。
人の姿だった時には気付かなかったもの。
どうやらあの光竜は、今になって親族の存在に気付いた模様。
狼狽え、戸惑う瞳は。
子竜の発する大きな怒りへのたじろぎを見せていました。
元々怒り狂っていたリリに加えて。
ロロにとっては曲がりなりにも主に当る、私への攻撃もあり。
完全に、怒りは頂点へ達したようで。
ただの獣だったら、ガルガルガルと唸りを上げて威嚇をしていたでしょう。
ゆったりとした身のこなしながらも。
底光りする瞳には、しっかりと殺気が漲っている。
「ねえ、叔父様。覚悟はできていらっしゃる?」
「この目の前で、わざわざリャン姉の命を狙うとは…」
「「私達の主に手を出しておいて、無事で済むとは思わないで」」
重なる子竜達の声は、まぁちゃんに学んだドスの低さで。
まるで虫をいたぶる子猫の様な、剣呑にして愉快そうな目をしていました。
ああ、アレは完全にブチ切れたな…。
それでもこの状態でどうやら理性を無くしていないことが、唯一の救いでした。
誰にとっての救いかって?
多分、ナシェレットさんにとっての…。
子竜達は、抑えず怒りを露わにしながらも。
勇者様に目配せ一つ向けて、ナシェレットさんに向けて飛び掛かっていったのです。
翼ある生き物特有の、速度と軽やかさがそこにはありました。
だけど軽やかさとは反対に。
かかる加重と、威力は果てしない。
あれだけ大きく育った子供達。
その全力の、飛び掛かり。
いくら子竜達の3倍近い大きさのナシェレットさんでも。
容易く裁ききれるとは、どうしても思えぬ勢いでした。
飛び掛かられた一瞬、ナシェレットさんの身体が硬直するのが分かりました。
どの程度の力で対応すべきか、計りかねたように。
リリは実姪であり、一族の王の娘。ロロもまた、王族の1人。
子供とはいえ、いや子供だからこそ。
成竜のナシェレットさんには手加減が求められる。
ここで取り返しの付かない怪我を負わせたものなら、彼の社会的な死は確定です。
だけど、子供達は。
子供がどれだけ暴れても、本気で目くじら建てて怒鳴るのは、大人気のない行為。
子供がどんなに本気を出しても、大人は受け止めるしかない。
それを充分に分かっているのでしょう。
一瞬固まったナシェレットさんに対しても、子竜達は容赦ありませんでした。
そこに宿る殺気を、無視できなかったからか。
一瞬の硬直の後、光竜もまた。
子竜達を迎え撃つべく、吹っ切れた様子で身構える。
だけど身軽な子竜達は、その時にはもう、すぐ側に接近していて…。
ロロが、ナシェレットさんの背中に飛び掛かる。
背にある翼と、首を後ろから押さえ込もうという様に。
器用に尾を光竜の翼に絡め、動きを阻害する。
びっしりと獰猛な牙の生えそろう口は、成竜の長い首に深く深く食い込んだ。
爪を立てて、光竜の背中に自分を食い込ませる。
どれだけ暴れられようと、どれだけ振り落とそうとされようと。
それでも振り落とされるつもりはないのだと。
全身で主張する、その姿。
牙で、爪で、尾で。
全身でナシェレットさんを痛めつけながら、動きを抑えようとする。
背中という、一番安定して振り落とされにくい、そこで。
痛みに狂いそうな声を上げながら。
それでもナシェレットさんだって、ただやられているつもりはない。
その手足を振り乱し、尾を暴れさせて。
何とか背中のロロに一矢くれてやろうとするけれど。
彼の敵は、ロロだけじゃない。
竜の長い爪を避けて、リリが背後に回り込む。
そのままナシェレットさんの意識がロロに向いているのを良いことに。
リリは、爪と牙に次いで大きな攻撃力を持つ部位へ…
尻尾へと、がっちり組み付いて抑えこむ。
信じられない力を持つ、尾だからこそ。
それこそ全身全霊、全体重を掛けて。
腕力も握力も、全部使って光竜の尾を、床へと叩き伏せた。
動きを封じようとしてか、ロロを見習ってか。
太く長い尾に抱きつく様な形で、
リリは牙をたて、肉を裂き、爪を押し込み、食らいついた。
自分のそれより長い尾に、首を絡め、尾を巻き付けて。
意地でも放すまいと、暴れる尾に突き立てた牙を、深く深く噛み締める。
噴き出した血を全身に浴びても、暴れる動きで壁や床に叩きつけられ、押し潰されても。
鱗を砕き、肉を食い締め、引き裂きながら。
自分という身体を一つの杭とし、深く強く、突き刺して。
食い込む牙に、爪に、締め付けてくる尾に。
光竜の絶叫は、別邸全体の壁を揺るがし、私達の鼓膜に突き刺さる。
それでも、痛みに暴れる光竜の狂乱に晒され、逆に痛めつけられても。
子竜達の身体を、光竜が引き離すことは敵わなかった。
痛みに途切れがちな理性。
狂いそうな、苦しみ。
怒りに身を震わせる光竜は、子竜達への遠慮もなくし。
最早、暴れ狂う暴走の一歩手前まで迫っていた。
身体の自由を奪うことにだけ専念した、2人の捨て身。
その好機は、誰の為に用意されたものなのか。
「ここでキメなきゃ、恨まれるよー?」
「分かっている」
私に言われるまでもないと、示すかの様に。
勇者様が行動でもって、2人の作った機会に応えました。
光り輝く剣を握り、駆け抜ける勇者様。
剣が光っているのか、勇者様が光っているのか。
その姿は、まるで夜空の流星みたいに、竜へと向かっていきました。




