5日目 光竜討伐2 ~謎多き御先祖の遺物~
酒瓶抱えて眠り込んだまぁちゃんは、放置して。
私達は今後の算段を付けるべく、本格的に作戦会議です。
「勇者様、はいこれ」
「…なんだこれ」
私がすいっと差し出した包みに、勇者様は裏を疑う顔。
ああ、嘆かわしいですね。
この数日で、すっかり疑い深くなっちゃって。
私のせいだと、自覚はありますが。
「危険物じゃありませんよ。剣です、剣。使い物にならなくなったヤツの代わり」
何しろ使い物にならなくしちゃったことには、私にも責任あるし。
責任を、自分の取れる範囲で取ろうという気持ちの表れです。
「これは、副団長殿に持ってきて貰った包みの、片方だよな」
「そうです。勇者様の手に相応しいかは分かりませんが…まぁちゃんに借り続けるにも、限界ですよね。勇者様、あの剣使いこなせてないし」
「俺の技量不足というより、アレは資質の問題だと思うんだ」
「…光属性の強い勇者様に、暗黒魔剣とも呼ばれるアレは荷が重かったんですね」
「その呼称、初耳なんだが」
「正式名じゃありませんよ。暗黒魔剣ってのは俗称です」
「そんな呪われそうな代物を、使わせないでくれ…」
勇者様はお疲れの様子。
あの剣使うの、大変そうでしたもんね。
「リアンカ様、聞き捨てならないんですが…陛下の剣が、何と?」
「あはははははっ 気にしたら負けだよ」
私は勢いよく、りっちゃんから目を逸らした。
その間に渡した剣を検分する勇者様。
袋包みを開き、出てきたのは………
「……………」
「勇者様、どうしたんですか」
「……何だか、予想以上に凄まじい業物が出てきたんだが」
理解不能と、彼の目が混乱混じりに言っていました。
勇者様に渡した剣。
それは我が家の倉に死蔵されていたもの。
うちの御先祖、始祖のフラン・アルディーク由来の逸品らしいです。
勇者様の仰る様に、物凄い業物で、何かの魔法もかかっているようです。
何百年ものこと、誰もが放置で一度も手入れなぞしてないんですけどね。
何しろ代々、剣には興味も関心も無い人ばっかりで。
見る目もないんで、剣の善し悪しも分からないんですけど…
誰も手を触れないまま、倉の一番奥に放置されているというのに。
それでもぴかぴかギラギラ…謎の剣です。
本人は、一度も使ったことがないそーですけど。
詳しい記述は全然残っていないんですけど、聞くところによるとこうです。
旅立ちの際、お国の偉い人から押しつけられて、渋々持っていったそーですが。
どこに置き忘れても、何度捨てても、人に売り渡してさえも。
何度手放しても、何度手放しても。
どうしたことか、なんでなのか。
何故か、御先祖の手元に戻ってきてしまうのだとか。
一度なんて、海に捨てたのに翌日には自分のベッド脇に戻ってきていたのだとか。
なにソレ、怖い。
我が家伝統の怪奇譚。
御先祖が死んだ後も、何故か我が家の倉から消えることなく。
誰かに譲っても、翌日には倉に戻っている不思議。
どこかに売ろう物なら、詐欺になってしまうので仕方なく倉に置いています。
その内、時間が経って誰も気にしなくなりました。
うん、私も子供の頃、この剣は『そういう物』だって教えられましたしね。
そんな物を渡すなと、呪われそうで嫌だと、勇者様は仰いそうですけど。
それでもまぁちゃんの剣にも匹敵できそうな、凄い剣の心当たりも他になく。
勇者様のお手前に応えられそうな、相応の物も他になく。
色々考えて心当たりを吟味した結果、やっぱりコレしかないなと。
「そう思って持ってきて貰った訳です」
「それらの情報を聞かされて、俺は複雑な心境で一杯なんだが」
お言葉通り、複雑そうな面持ちで。
それでも勇者様は剣を取りました。
現実問題、勇者様がお使いになれそうな剣が他にないですからね。
何しろ勇者様ご自身の剣は、もう使えないくらいにボロボロだし。
仕方なし、それでもあるだけ有難しと。
「…倉に戻ると言っても、使うのに問題はないのか?」
「今まで使った人がいないんで、何とも言えません」
勇者様のお顔が、更に物言いたげに。
でも無言で、四の五の言わずに勇者様は剣を納めました。
私は知らなかったんですけど、ね。
この剣は、主を選ぶ剣。
主となるのに足りる資質のない者には、握らせもしない。
相応しくない者には、認識することのできない剣。
御先祖フランを選んで以来、次の主となる資質の持ち主に会うこともできず。
それでずっとずっと我が家の倉にあったのだけど。
幸か不幸か、勇者様には資質があられたようで。
主云々は置いておいても、取り敢えず手に取り、使うことを許される位の資質が。
良かったね、勇者様。
だけど私は、本当に知らなかったんです。
この剣が、何百年と昔に勇者様の故郷から失われてしまった…伝説の剣。
代々の勇者に受け継がれる、魔王を滅する為の神剣だとは。
なんでそんなものが、我が家の倉に。
後々このことを知った時、ご先祖に対する謎がますます深まりました。
勇者様は具合を見る為に数回、剣を素振りして言いました。
「吃驚するくらい、手に良く馴染むな」
「使っても問題ないみたいで、ホッとしました」
剣の真価など知らない、私達は呑気でした。
「それでは、手順を説明致します」
「まぁちゃんなら酔っぱらって大丈夫だと思うけど…手早くチャッチャとやっちゃお」
「私達は少人数。諄い手を使っても良いのですが…」
りっちゃんが、私達を見回します。
…見事に、搦め手は不得手そうな人ばかり。
そんな中で、りっちゃんは顔を引きつらせながらも、穏やかな笑みを絶やさない。
その笑顔の下で、多分胃の痛い思いをしているんでしょーね…。
「まあ、良いでしょう。誰もいないよりはマシです」
「誰もいなかったら、りっちゃん1人でどうするつもりだったの」
「そうですねー…別邸の周りをすっぽり結界で覆って、逃げ場を無くしてから一気に結界を圧縮して、ぐしゃっと…」
「りっちゃん、りっちゃん! 彼処にはせっちゃんもいるんだよ!?」
「陛下が恐ろしい余り、手早い解決をと焦ってしまって…血迷った案しか出てこず困っていたんですよ。でもリアンカ様が陛下を前後不覚にして下さったので、大分余裕も生まれています」
「本当に!?」
可愛い従妹姫をぐっしゃにされたら困ります。
私はりっちゃんの両肩を掴み、本気で揺さぶりました。
「ですが、姫も曲がりなりにも陛下の妹君。竜の巨体ならば一溜まりもありませんが、姫君ならば私如きの力では潰せもしないでしょう。いえ、真竜の実力者を、どこまで潰せるのか私にも分かりはしませんけれど」
「りっちゃん…過度にかかったストレスと、突然の事件で実は結構混乱してるでしょ」
「実は、かなり」
「…自己分析はできてるみたいで、何よりだね」
今まで気付きませんでしたが。
どうやら、りっちゃんの精神状態は大分ヤバいことになっていそうです。
過度なストレス…この場合は、きっとまぁちゃんの存在から来るプレッシャーかな。
普段は頭の良いりっちゃんにこそ、こう言うことをお任せしたいんですが。
焦りと精神的圧力に屈して、今のりっちゃんは何を言い出すか謎なので。
仕方なし、私達は話し合いでどうするか決めることになりました。
「結界を張って逃げ場を無くすってのは、良いかも」
「姫という、人質もいますからね」
「叔父様が主様を質にとって逃亡でも計ろうものなら…その時は」
幼子リリが、うっすらと子供らしからぬ微笑みを浮かべます。
右拳を握り、左手へと打ち付けて………凄い音がしました。
コレで殴ったら、人間なんて挽肉だよね。
あまり刺激してはいけない幼子から目を逸らし、私は更なる案を求めます。
「竜の巨体と、攻撃力はかなりのものだ。暴れられると目も当てられん」
「副団長さん、随分としみじみ言うけど…まさか」
「……以前、修行のついでに、な」
「人知れず危ない橋を渡ってる男が此処に!」
この人、竜とまで戦ったりしてたんですか!? いつか死ぬよ!?
昨日、勇者様を龍に嗾けた私の言うことじゃないと、副団長さんに冷めた目を向けられた。
勇者様の方は昨日の戦いで色々得る物もあったらしく。
あまり気にした素振りを見せない辺り、器が大きいなと有難く思った。
「それじゃ、抑え込む役は俺とリリでやる」
「本当は、私が叔父様を殺りたいところなんですけれど…」
「…リリ、試練の達成条件はナシェレットの生け捕りだ」
「残念です」
しょんぼりと肩を落とすリリの、恐ろしい主張に若干引きつつ。
それでも彼等以上の適任などいませんから。
今回、ロロイが主張することには。
リリはナシェレットさんと同じ『光竜』。
同じ属性だからこそ、リリはナシェレットさんの無力化に向いているのだそうです。
何しろ、ナシェレットさんの攻撃、その7割を防げる算段だそうで。
属性攻撃は、同じ属性なら全部ほぼ無効化できると断言してるし。
どの程度無効にできるかは、彼我の実力差で決まるそうだけど。
その辺りは、ロロの補助を受けるので問題なしだと言い切りました。
実力に差があっても、ロロの助けで底上げしてみせると。
…大人の竜を相手に、恐ろしくも頼もしく、無謀な御子様方です。
竜の谷でも、もしかして、始終こんな調子じゃないよね…?
ちょっとだけ。
ええ、本当にちょっとだけ。
育て方に問題があったかも知れないと、不安になりました。
同時に、頭の片隅で。
同じ属性であれば属性攻撃を弾くことができると聞いて。
光の神から熱烈な加護を受けている勇者様にも、それは言えるんじゃ?
そんなことを、うっすら思いました。
昨日の虹龍との戦いでは、その攻撃を全部避けてたので、確たることは言えないけれど。
私がぼうっとしている間にも、優秀なお仲間さん達は淡々と算段を組み立てていきます。
「あの愚竜を結界にて別邸に押し込める役は、お任せ下さい」
「にっこり笑ってるけど…りっちゃん、溜まった鬱憤晴らす気満々だね」
「ええ。滅多にないほど肝を冷やさせて貰いましたから。このお礼は存分に…ね」
言外に何かを含ませながら、りっちゃんはにぃーっこりと…
笑顔が怖すぎる。
どうしよう。今、私の周り、笑顔が怖い人しかいない。
唯一の心のオアシスと化した、人畜無害にして裏表のない方々の背に隠れたいよ。
勇者様とか、ロロとか、サルファとか。
その後、話し合いの結果。
りっちゃんが光竜を閉じ込め、チビ竜達が抑え込み。
その間に、私がせっちゃんを保護・回収して。
そうした上でボコる重要なお役目が、勇者様の双肩にかけられました。
決定打となる攻撃役です。超重要です。頑張って!
サルファと副団長さんは、一応勇者様の補佐ということになったんだけど…
副団長さんは隙を見て、余分に持ってきたドラゴンスレイヤーを使うと言っています。
ええ、隙を見て光竜にぶっかけて、火を付けてみると。
物騒ですね。
なんでも、名前の由来が本当かどうか、今までずっと気になってたそうです。
丁度良い機会だから実験してみるって…それで死んじゃったらどうするの。
「燃えた位じゃ、死にませんよ」
「皆…その自信と根拠は、どこから?」
「リャン姉さん、竜って、生命力の強さも化け物級なんですよ?」
「可愛らしく首を傾げて言うけど…リリはナシェレットさんが憎いだけでしょ」
「叔父様には丁度良いお灸です」
「お灸で済まねーって、絶対」
残念なことに、意見が合うのは勇者様とサルファだけでした。
サルファも、意外に常識人なんだよね…。
最終的にボコボコにして生け捕りにすべく。
若干の不安(最大の敵は味方)を感じつつ、私達は。
ええ、非戦闘員の私も一緒に。
私達は人攫い竜の巣くう魔王家別邸を目指し、行動を開始することにしました。
放置すると怖いので、一応、まぁちゃんも連れて。
いざというときは、まぁちゃんを突きつけてナシェレットさんを脅迫できないかな…
物騒で物々しい空気の中。
穏便で平和的な解決は見込めないと、勇者様が肩を落としておいででした。
本当は、副団長さんには檜武人の廟から檜の棒取ってこさせようかと思っていたんですが…
勇者様が激しく抵抗しそうだったので、無難に剣となりました。




