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5日目 光竜討伐1 ~最強のアルコール~

※作中、大変危険な行為の描写があります。お酒的な意味で。

 本当に危険なので、真似はしないで下さい。



 私達が向かう先、打ち捨てられて放置されていた魔王家別邸が見える頃。

 高台の崖の上に作られた、あからさまな悪の城。

 ただしそこを根城にするのは、姫君を攫った悪い竜。

 攫われた姫君が実は魔王妹とか、ちょっと風変わりな点はあるけど。

 でも竜と攫われたお姫様なんて、なんとも王道な展開だよね。

 ここは一つ、王道は王道らしくいきましょーよ。

 お姫様を攫った悪い竜を倒すなんて、正しく『勇者様』のお仕事じゃないですか。

 特に勇者様は『王子様』でもあることだし、これ以上の適任はいないよね?

 間違っても、お姫様の実兄(魔王)の出番であってはいけないはず。

 …うん、凄まじいことになる未来しか、見えてこないし。

 あんなお城なんて、軽く消えるよ。


 おねがいです、ゆうしゃさま。

 どうかどうか、わたしのかわいい従妹姫をたすけて。

 まぁちゃんがめをさます、そのまえに。


 可愛らしく頼んでみたけど、どうにもわざとらしくて。

 胸の前で手を組み、上目遣いに見上げてみたら。

 ロロにぼそっと「あざとい」って言われた…!

 狙ってやったことだけど、弟分に言われると何げにショックだった。




 取り敢えず、様子を窺いましょう。

 近辺には、きっと後を追跡したというりっちゃんがいるはずです。

 それに奥の手『切り札』を取りに行って貰った副団長さんも待たないと。


 …と、思っていましたが。

 2人はあっさり見つかりました。

 だって2人とも、一緒にいたんだもん。


 竜の根城(無断侵入)を窺うことのできる場所で、ひっそりと身を隠していたりっちゃん。

 そのりっちゃんの傍らで、お昼ごはんの準備を着々と進める副団長さん。

 …お遣いに出したのを良いことに、ちゃっかり新しい食材を補充してきたみたい。

 空を飛んでくる巨鳥という、目立つマリエッタちゃん。

 それに気付いた副団長さんが、私達に向かって大きく手を振りました。

 うぅ…上空(ここ)まで、煙と一緒に食べ物の良い匂いが届いてくるよぅ。

 お腹、空いちゃった…。


「りっちゃん!」

「リアンカ様、お疲れ様です…陛下は」

「大丈夫! 暴走寸前で意識刈り取ったから!」

「それは、大丈夫と言って良いのかどうか…」

 視線の向かう先には、すよすよ眠っているまぁちゃん。

 そろそろ起きそうな頃合いだけど、中々目が覚めない。

 だけど眠りが浅くなってきている様で、時折意味不明の寝言を呟いている。

「う~………気をつけろ…それはヤンバルクイナじゃない……キウイフルーツだ…」

 意味が解らない。

「大丈夫のようですね…悪鬼と化していない様で安堵致しました」

 物凄い勢いで飛んでこない内は、大丈夫だと内心で唱え続けていたらしい。

 別邸の様子を窺いながら、何時来るか何時来るかと不安だったそうだ。


 最重要事項(まぁちゃんの様子)を確認しながら2人で頷いていると。

 剛速球の様な勢いでりっちゃんに突撃かける子竜達。

「リーママ! ママ、久しぶりです!」

「元気だったか、リー」

 …あ。りっちゃんが倒れた。

 

 普段魔王城から滅多なコトじゃ離れないりっちゃん。

 竜の谷で修行中の子竜達。

 勿論のこと、普段の交流は一切無い。

 私やせっちゃんは契約のお陰で微妙に繋がっている為、まだマシらしい。

 竜達には主の様子がちょいちょいわかるんだって。

 お陰で寂しくないとか、健気なこと言われたよ。

 まあ、私もちょくちょく様子を見に行ってたし。すれ違い多かったけど。

 

 そんな訳で、子竜達にとって、本当はまぁちゃんもりっちゃんもご無沙汰な相手。

 竜の谷に帰るまでは、私達にべったりだったし。本当は凄く寂しいんだと思う。

 久方ぶりの再会に、飛びつきたい欲求がこみ上げるくらいには。

 何しろ2人とも、まだまだ幼い子供なんだから。

 でも私は人間で、突撃されても勢いを殺しきるなんて芸当、無理。

 まぁちゃんは眠ってるし、そもそれどころじゃない。

 飛びついた衝撃で目でも覚まそう物なら、目も当てられない。

 だから、2人とも自重してたんだと思う。

 其処に来て、りっちゃん。

 遠慮なんて一切しないで良い相手が目の前に現れた。

 私やまぁちゃんに対して我慢していた分も合わせて。

 子竜達は感情を抑えなかった。

 勢いよく、飛びつくというか…弾丸?


 受け止めきれず、子竜達の勢いで地面に引き倒されたりっちゃん。

 細身に見える身体で、それでも折れないのが凄い。

 あの2人の体当たりを食らったら、多分、300年物の大木でも折れると思うけど。

 どうやらりっちゃんは植物よりは頑丈なようです。 


「2人とも、落ち着きなさい。貴方達の大きさは、相手を顧みず、感情のままに振る舞って言い年頃ではありませんよ? もう大きいんじゃないんですか?」

「だって、リーママ!」

「それと、さり気なくママって呼ばないでください。ママって何ですか、ママって」

 びしっと言い切るりっちゃんを前に、リリが不満そうに頬を膨らませた。

 男の子のロロはまだ淡泊なのか、渋々とりっちゃんから離れたけれど。

 リリは頬を膨らませたまま、りっちゃんの服を握り締める。

「リリ、そのままじゃリーママが起きられない。一度離れれば?」

「ロロイ…貴方もですか…」

 がっくりと肩を落とす、りっちゃん。

 でも2人が影でりっちゃんをママと呼ぶのも分かるよ。

 母親として慕っている訳じゃない。

 小言の多さとか、心配性なところとか、まぁちゃんにお説教する姿とか。

 その振る舞いの端々が、なんか母親っぽい。

 だから2人は、裏でひっそり、りっちゃんをママと呼んでいるみたい。

 私やまぁちゃんは知ってたけど、なんか気持ちはわかるし、放任している。


「リアンカ、彼は誰だ?」

 いつの間にか私の隣に、勇者様。

 輝くご尊顔を、何やら険しく顰めておられますが。

 その剣の含められた目線は、どうやらりっちゃんに注がれている。

「勇者様、どうしたんですか? 彼が、何か」

「何かって…… 魔族、じゃないか」

 ………。

 ……………?

 え。それがなにか…

 不満そうな勇者様のお顔が、何を仰りたいのかわからない。

「勇者様? まぁちゃんなんて魔王ですよ?」

「…!」

 え、なにそのはっとした顔。

「………そう言えば、そうだった」

「…勇者様、また、まぁちゃんが魔王だって忘れてたんですか…」

 気まずそうに視線を逸らしておいでですが、勇者様。

 いくらまぁちゃんの外見が人間にしか見えなくても、ちゃんと分かっているはずなのに。

 どうやらまぁちゃんの外見があまりに人間っぽいので、今でも時々失念するようです。

 分かっているつもりでも、納得できてはいないんでしょーか。

 もしかしたら心の根底から『理解』している訳じゃないのかもしれません。


 一応、今回の事件は魔族の領分に入りますし。

 普段魔王城から出てこないで仕事三昧のりっちゃんとは、初遭遇ですが。

 …りっちゃんの方も、『勇者様』には思うところあるみたいですけどね。

 それでも、私が度々相談持ちかけていたお陰でしょーか。

 りっちゃんは勇者様を生温い眼差しで容認している。

 相手が大人になってくれたことだし。

 勇者様も、どうやら我慢して馴染むとはいかなくても協力する努力は決められたようです。

 人間、平和で波風たたない穏便さも大事だしね。



 さあ、腹が減っては戦はできぬ。

 副団長さんの手料理を遠慮無用でがっつきながら。

 取り敢えずは状況の確認と情報の摺り合わせ、させてもらいましょーか。

 ついでに、この後の手筈も確認した方が良いですよね?

 だから、休憩です。昼食タイムです。

 私は己の食欲に忠実に、休憩を宣言しました。


 副団長さんお手製の鍋をつつくこと、暫し。

「そう言えば副団長さん、頼んでいた物は?」

「ああ、これとこれのことか」

 お遣いの成果が気になったので、報告を待たずに問いかけてみました。

 すると副団長さんは、傍らに置いていた包みを、私の方までずずいっと寄せてくる。

 片方は細長い棒状の包みで、円筒形。

 私はひとまず、円筒形の包みを開けてみました。

 そこから出てきたのは…

「そ、それは…!」

「ひっ」

 子竜達が、顔を青ざめさせてずささっと私から距離を取った。

 わなわなと身体を震わせ、涙目になるくらい怯えながら。

 言わずには居られないという調子で、私の手にある物の名を言うのです。


「「ど、ドラゴンスレイヤー…!」」


 …と、言う名の 酒 です。


 恐ろしい恐ろしい。

 そう言いながら、子竜達は私を盾にでもしようとしてか、背に隠れてきます。

 ちょっとちょっと、おチビ達。

 そんなに怖がっているのに、なんでわざわざ近寄るの?

 私の背って、むしろ酒瓶に近づいてるからね?

 でも怖がりながらも、2人の目は興味津々。匂いに惹かれたかな?


「ふー…」

 勇者様が、溜息一つ。

 それから間を溜めて、決心でも固めたのでしょーか。

 私に、疑惑の目を向けてきました。

「ああ、と…その、リアンカ? それは?」

「ドラゴンスレイヤー」

「……それはまた、殺伐とした名前の酒だな」

 この流れで何故、酒が来る…!と呟いて、勇者様が項垂れました。

 

 さて、ここで魔境の予備知識をお一つ。

 竜はお酒が好きです。大好きです。

 ついでにもう一回、言います。

 一つの例外もなく、竜 種 は お 酒 が 大 好 き です。

 そう、真竜だって例外なく。


 私は果実酒を良く造るよ。

 でも、お酒を造るのって私だけじゃない。

 様々な人達が、代を重ねながら試行錯誤して研鑽続けた、様々なお酒。

 ハテノ村にだって、伝統の地酒は結構ある。

 その中に、伝統ではなく『伝説』と呼ばれるお酒があるの。

 

 何百年も昔。

 当時の魔王とハテノ村のマッドな薬師がタッグを組んだ。

 無類の酒好きであり、悪戯好きだったという2人。

 彼等が手を組み、協力して造りあげた、一つ究極的なお酒。

 

 その名も『ドラゴンスレイヤー』。

 武器の名前じゃない。お酒の名前だ。

 由来は竜にぶっかけて火を付けると、よく燃えるから。

 うん、鱗も肉も骨も、とろりとろりと、とろけちゃうくらい。

 なに、その物騒なお酒。

 っていうか、誰が試したの、それ。

 最初に逸話を聞いた時、真偽を疑うよりも酒の成分が気になった。

 

 物騒な副次的な効能は置いといて。

 何はともあれ、この過激なお酒の効能は劇的です。

 メッチャ強いです。

 どんな酒豪も、『一杯で潰してしまう』とか。

 されど『この酒ほど極上の味わいも魔境にはない』とか。

 強い上に酩酊感が強いお酒ですが、豊潤な味わいは悪酔いしてでも味わってみたいとか。

 私は酒の味も分からない小娘なんだけど、魔境の酒飲み垂涎の的ってやつ?

 むしろ、憧れ。

 だって実際に口に出来る人は、あんまりいないから。

 何しろ魔王城秘蔵のお酒なんですもの。

 ハテノ村の酒蔵にだって、ないんですよ。

 うちには、一樽隠してありますけど。勿論伝手の有効利用って大事ですよね?

 今回副団長さんには、魔王城からお酒を取ってきてもらった訳で。

 まぁちゃんの暴走と天秤に掛けさせたら、酒蔵の管理人が快く分けてくれたそーです。


 希少性も抜群。味は他の追随を許さない。

 だけど魔境で一番強いお酒という評判にも偽りはなく。

 ドラゴンスレイヤーは魔境最強のアルコールと呼ばれている。

 どのくらい強いかっていうと、ウワバミ種族代表の魔族や真竜でさえ、


 猪口一杯でタウンした挙げ句、強烈な二日酔いに見舞われるくらい。


 ちなみにマルエル婆はショットグラス一杯で潰れました。

 それから3日間、かつて無い苦しみに見舞われたそうです。

 二日酔いで。


「マジか…!? 嘘だろ、どんな最終兵器!!?」

 それを知ったサルファは、恐怖の眼差しで酒瓶から距離を取りました。

 

 それからこれも言っておきます。

 まぁちゃんは、大ジョッキ1杯で夢の国に旅立ちました。

 他のお酒なら、樽単位でも余裕なのに。


「まぁ殿…そんなに酒を飲んで、大丈夫なのか?」

 勇者様が、顔を引きつらせて言いました。

 多分、大丈夫だよ。勇者様。

 魔族の肝機能は、人間の比じゃないみたいだから。

 吃驚要素満載の魔族を、人間が心配するだけ無駄だと私は知っていました。


 だからこそ、こんな無茶もできる訳で。


 私は受け取った酒瓶の中身を確かめます。

 瓶の蓋を開けた瞬間に、ちびっ子達が私から避難とばかりに逃げ出しました。

 調子の良い子達です。

 さて、中身。

 ちょっとでも口を付けようものなら、誰もが使い物にならなくなる魔性のお酒。

 飲む訳にはいかないので、匂いを嗅いでみるけど…それだけでも、酔いそう。

 でも、間違いなくドラゴンスレイヤーです。


 私は、にっこりと満面の笑みを浮かべます。

 我ながら、とっても晴れやかな会心の笑み。

 その笑みを見て、りっちゃんが先を見越した様な苦笑を浮かべました。

 そんなりっちゃんに、私は合図を送ります。

「やって?」

「…承知」

 阿吽の呼吸ってヤツだね。

 私が指をパッチンさせると、りっちゃんがまぁちゃんの上半身を抱き起こし…

 脳天にチョップを入れました。

 見ていた皆が、ぎょっと目を真ん丸にして距離を取ってきます。

 まぁちゃんが起きたら大変だって、散々脅してたしね。


 りっちゃんは外見は(やさ)いけど、こう見えてもかなり強いです。

 そりゃもう、まぁちゃんの側近やってるくらいだし。

 家系だって、代々魔王に使える忠臣という由緒正しさ。

 幼少期から魔王の側に仕える為、研鑽を積んできたという生真面目さ。

 そんな彼の、脳天チョップ。

 

 元々眠りの浅くなってきていて、お目覚め間近だったまぁちゃん。

 酷い音がするチョップを食らって、目を覚ましました。

 それも、痛くて起きたと言うより衝撃で起きたって感じだったけど…

 ソレでも兎に角、目を覚ました様です。

 何が起こったのか、分かっていない様子で。

 薬は抜けているはずなのに、まだ引き摺る何かがあるのか。

 よろ…と頭をふらつかせて。

 その手で頭を抑え、状況を掴もうと目と耳は周囲を探り。


 そんなまぁちゃんの僅かに上向いた口に、私は手元の酒瓶を突っ込みました。


 嗚呼、魔境最強のアルコール『ドラゴンスレイヤー』。

 その威力は正しく劇的で。

 目覚めに食らったいきなりの攻撃に、まぁちゃんは驚き藻掻くけど。 

 彼の身体は背後からりっちゃんに羽交い締めにされ、

 更に途中から、お手伝い精神を発揮したチビ竜達に左右を抑え込まれ。

 目覚めで身体が上手く動かなかったこともあり。

 抵抗虚しく、まぁちゃんは酒瓶の中身を飲み乾す羽目になったのです。


 コレは大変危険な行為なので、よゐこは真似しないでください。

 よゐこじゃなくても、真似しないでください。

 

 私は内心でまぁちゃんご免と思いながらも。

 酒瓶の中身は最後の一滴まで、まぁちゃんの口に注ぎ込んだ。


 そして、まぁちゃんは………

 

 また寝た。


 

 

おやすみ、まぁちゃん。

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