1日目 檜武人の廟2 ~魔族式プロポーズの理想論~
目的地前で、三人は二の足を踏んでおります。
今回は休憩中。
勇者様の疲労具合があまりに凄まじいので。
体力の回復を図るべく、私達は急遽、崖っぷちの上で休憩を始めました。
…全く苦労していない私の、居たたまれ無さが半端ない。
いや、精神的な疲労は募ってたけどね。
主に足下に地面がないことと、姿勢の不安定さと、広すぎる視界に!!
崖登りで体力は消耗し、お腹はぺこぺこ、喉はカラカラ。
丁度お日様はお空の天辺。昼時です。
そこで私達は、ちょっと遅めのお昼御飯にすることにしました。
私は勇者様に、水筒に入れて持ってきたクラムチャウダーを渡します。
ちなみにすっかり冷えていました。
はっきり言って、美味しくありませんでした。
一口啜って、お城の美食で舌の肥えていた勇者様も微妙な顔をなさいます。
水筒の中身を覗き込んでも、温かくはならない。
私の料理の腕がもっと高ければ、冷めていても美味しく作れたでしょうか。
私と勇者様は、冷たいクラムチャウダーに切なくなりました。
見かねた副団長さんが、私達から水筒を取り上げます。
そうして、どこに持っていたのか。
懐から取り出した鍋に水筒の中身をぶちまけ、即席の竈で温め始めたじゃないですか。
でも、ちょっと待て。
一体その鍋、どっから出した…!?
明らかに懐には入らないサイズの鍋の出現に、私達は固唾を呑んで鍋を凝視しました。
村から持ち寄ったお弁当を広げ、眺めの良すぎる崖の上。
副団長さんのお陰でクラムチャウダーは温かく、ほっとします。
勇者様の体力は少々の時間じゃ回復しそうになかったので。
私達は、中断していた『檜武人の廟』に関する説明を再開することにしました。
地面の上で胡座をかいて、ぐったりしていた勇者様もすっかり聞く姿勢です。
「どこまで説明したっけ」
確か、武闘大会の概要くらいだったかな?
「魔族が三年に一回、一年かけて戦闘狂の祭典を行っていること。その成績が魔族の階級制度に反映されること、後は?」
「そうそう、それで魔族の大将軍と四天王が決まるって話したよね」
焚き火でお肉を軽く焙りながら、副団長さんは頷きます。
…えーと。そのお肉、持ってきた覚えないんだけど……何の肉?
謎の肉は見たことがないくらい、エネルギッシュな色をしていた。
肉を凝視する私の前、スープを啜りながら勇者様が首を傾げました。
あどけない仕草は、勇者様の整った顔を若干幼く見せます。
「ちょっと、よく分からないんだが」
そう、前置いて勇者様が手を挙げました。
多分ですが、崖を登っていた時から質問したかったのでしょう。
その時、質問するだけの余裕がなかっただけで。
「魔族は幼い者と隠居した者以外、全員参加が基本なんだよな?」
「そうだよ? 参加しない=隠居表明と取られるのが普通みたい」
「実際に、現役の間は大人から子供まで無差別に参加している。壮観だぞ」
頷く私達に、勇者様は微妙な顔です。
そうして徐に、指を二本立てました。
「質問が二つある」
「二つですか。絞ってきましたね」
「崖にしがみつきながら気になったのは、その位だ」
崖に張り付いていた時の自分の精神状態を思い出したのか、勇者様はふて腐れた顔。
そんな自分を誤魔化す様に、勇者様は疑問点を告げました。
「まず、魔王に関してだ」
「まぁちゃん?」
「あ、ああ………そう、そうだな。まぁ殿…うん、まぁ殿……魔王について」
多分、私の顔はきょとんとしてました。
そうですよね。つい先日まで、酷い葛藤で引き籠もっていた勇者様です。
まぁちゃんを話題に、ケロッとはできないようで。
どんな蟠りがあるのかは知りません。
『魔王』という呼称は平然と口にするのに、きっとその脳内ではまだ納得できてない。
でも、どうやらまだ勇者様の中で「まぁちゃん=魔王」という情報は消化できていない。
そう窺い知れる歯切れの悪さ。
勇者様は気まずそうに目線を逸らし、改めて「魔王」と口にした。
「試合の優勝者が大将軍、他が順次四天王になるとして、魔王は? 魔王こそ魔族で最も強いと聞くが、魔王の順位はどう扱われるんだ…。その、魔族は実力主義、なんだろう?」
「あ。勇者様、前提が間違ってます」
「は?」
ああ、そう言えばそこを話していなかった。
釈然としない顔の勇者様は、魔王が武闘大会でどう扱われるか知らない。
だからこそ、その質問ですか。
「まぁちゃんは大会の本戦に参加しないよ?」
「え。魔族は全員参加…そう言っていなかったか」
「まぁちゃんは、というか『魔王』は例外むしろ特例ってヤツで」
「なんでまた」
「ゲームバランスが崩れるからだ」
ズビッと副団長さんが言い放ったのは、取っても簡潔な一言。
ああでも、まあ。
理由を説明するなら、その一言だよねぇ?
「勇者様、魔王の何より大事な義務って知ってる? 絶対守んなきゃいけない義務」
「いや…そも人間の国と魔族の領土とは、詳しい魔族の内部事情を知れる様な距離感じゃない。魔族の生態も、どんな政治形態を取っているかも、俺はよく知らないんだ」
そりゃそーだ。
完全なる余所者の勇者様が、これで研究者並みに魔族に詳しかったら、それはそれで引く。
魔王討伐の為にそこまで調べてきたのかと、暗い熱意に絶対に引く。戦く。
…勇者様の研究不足は、その健全な精神の賜物だと思う。
そう思った方が、私の精神衛生上はとっても心優しい気がする。
私はふふふと小さく笑い、魔族に詳しくないと仰る勇者様に答えを教えてあげた。
「魔族が魔王に求める、絶対的な三つの義務があるの」
魔王が遵守しなければならない、三つの掟。
それは…
強くあること。
負けないこと。
勝ち続けること。
単純明快すぎるけど、強さこそが支配の根拠となる魔族の、一番大事な資質。
絶対的な存在として、魔王に体現して欲しいと切望され続ける重要な義務。
それが全てだそうです。
弱かったり負けたりしたら、支持率だだ下がりらしいよ。世知辛いね。
特に重要なのが、強くあることと負けないこと。
強いことを王族の義務と堂々言い放つ彼等にとって、負けは全ての終わり。
だけど逆に言えば、負けさえしなければ延々とチャンスがあるとか考えるので。
彼等にとって、勝てなくても負けなければ次回で挽回できる分、考慮されるらしい。
そこら辺の融通が利くところは、ちょっと柔軟だと思う。
まあ、それもこれもかつて数百年前の魔王さんが宣った一言のお陰でしょうか。
むかぁしの魔王は言ったらしい。
強くあり続けるには、好敵手の存在が重要であると…!
切磋琢磨し、互いに武を磨き合う相手がいてこそ、強い肉体と精神を維持できるのだと。
だから魔族的に、引き分けは「アリ」なんだそーだ。
それを聞いた時、私はふかぁぁく思ったものです。
ああ、流石は一族全員戦闘狂の戦闘民族!
私がそのことを笑い混じりに教えたら、勇者様はなんだか盛大に呆れた顔をしていた。
いや、もしかしたら頭抱えてたかも。
その何とも言いがたい顔で、あうあう呻いている。
「リアンカにすれば面白いのかもしれない。だけど向き合う側に立つと、厄介な…」
魔王討伐の名目でやって来た勇者様。
彼の実力は、未だまぁちゃんに及びも付かない。
まだライバルと名乗り上げるにも実力不足で、土俵にすら上がれていない状況で。
そんな身として聞かされると、どうやら身につまされる話だったようです。
ま、細かい勇者様の心情なんて、私には分からないんですけど。
相変わらず、何とも面倒そうな思考回路をしているらしいです。
都会育ちの賢いお兄さんは、色々と考えることが多くて大変そうに見えました。
もっと辺境ならではのスローライフ、この機会に満喫すれば良いのに。
「そんな感じで魔王ってのは一番強いことが求められ続けてきた一族の集大成なんだよね」
「つまり、その言いたいところは?」
「反則的にべらぼうに強いよ。むしろ存在そのものが反則レベル? 並の魔族が束になっても敵わないのがデフォルトっていう、実に厄介で強靱なイキモノなんだよ? 何度も言うけどメチャメチャ強いよ。私未だ、まぁちゃんより強いイキモノ見たことないもん」
「それをさも当然の様な顔で語られて、そのイキモノに立ち向かわなきゃいけない使命を背負った俺は、一体どんな反応を示せば良いんだろうな…!」
くっと口を噛み締め、勇者様が何とも言いがたい顔をしています。
あー…村じゃあんまり見ないな、あんな顔。
何て言ったら良いんだろ。苦悶? なんかそんな感じ。
「そーんな感じで、まぁちゃんが試合に出ても勝負になんないんだよ。出る意味無いよね」
「じゃあ、魔王だけは大会に出場できないのか…」
「存在するだけで出場停止処分とか世知辛いよね」
「だが、完全に参加できないという訳じゃない」
「え?」
私に説明を任せて黙々と食卓を整えていた副団長さんが、またもやズバッと言いました。
勇者様は思わず存在が薄くなっていた副団長さんに顔を向け、まじまじと眺めます。
だけど副団長さんは無言で熱く熱されたソーセージを渡して来るのみ。
後は焚き火の具合を確かめるばかりで、またもや説明は私に一任されたようです。
良いでしょう、私が引き続き説明しますよ。
「武闘大会各部門の優勝者には色々特典が付くんだけど、その一つが『魔王への挑戦権』なの。格上には喧嘩を売りたい魔族らしい特典だよね。何しろ絶対勝てなくても辞退した人は今まで一人も居ないっていう伝統的な特典なんだから!」
「魔王への挑戦権ということは、つまり、魔王と戦うのか? 魔族が?」
「魔族でも、魔王と戦うことは一つの憧れ、一つの夢なんだよ? 一対一の殴り合いで一発でも入れることができた魔族は、その後死ぬまでそれを誇りに思って自慢するんだもん」
「王族の立場からすると凄まじく嫌な国民性だな!」
いや、人間国家の普通の国民と一緒にするのはどうかと思う。
戦闘好き過ぎて、魔族は一種の変態だってうちの父も言ってたし。
自分の立場に置き換えて考え込んでしまった勇者様の難しい顔に、苦笑が浮かびます。
「みんなが命がけで魔王に挑戦するのも当然ってくらい、魔王に勝てた時の特典もあるよ」
「魔王に勝てたら?」
「うん。勝てないと貰えないんだけどね。史上、3回くらいしか例がないらしいけどね」
「それでも3回もあるのか!?」
3回もって…勇者様? 私、史上って言いましたよ?
魔族のうんざり腐るくらい長い長~い歴史の中で、たったの3回なんですよ?
3年に1度の大会が、次で何回目だと思ってんでしょ。
私も何回目か忘れましたけど。それでも確か5000回は突破してましたよ。
充分すぎるくらい、めっちゃ少ないと思うんだけど。
「まあ魔王っていっても、必ずしも最強とは限んないよね。魔王だって生物だし」
「ナマモノ言った!?」
勇者様の顔が言っていました。
魔王の扱いひでぇって。
ですがこれはまあ、私にとっては通常運転。普段からこんなものです。
ま、余所者の勇者様には目ん玉飛び出る扱いってヤツですかね。
魔王に勝てた時、与えられる特典。
中には誰もが欲しがる様なモノもあれば、喜ぶ人を選ぶ様なモノもありまして。
そんな中に一つ、『魔王公認プロポーズ権』と呼ばれる異色の特典があります。
それは魔王に許諾無く、相手が誰であろうとプロポーズできるという権利。
ちなみにあくまでプロポーズできるというだけで、受け入れられるかは当人次第。
ですが相手に頷いて貰えれば、魔王の意思に関わりなく結婚できるという権利です。
そんな権利に意味はあるのかって? ありますよ。
つまり、相手が魔王だろうと魔王の子供だろうと、問答無用で求婚できるんですから。
元々は何百年だか何千年だか昔、魔王とその娘の親子喧嘩に端を発するらしいです。
魔王に結婚を反対された娘さんの恋人が、魔王を殴り倒して結婚をもぎ取ったとか。
娘が欲しければ自分を倒せと煽った魔王も魔王ですが、殴った恋人も大概だと思います。
それは数ある故事の中でも名高い一つとして今日まで伝えられ、魔族の歴史の中でもロマンティックな伝説として若い娘さんに人気です。私はロマンティック?と首を傾げましたが。
以来、倒せないまでもせめて魔王の顔に一発入れてからプロポーズ、というのが若い魔族に人気の求婚シチュエーション…だ、そうです。まぁちゃん大変。凄く大変。
そんな伝統ができて以来、恋人への情熱溢れる野郎共の、殺伐とした目が怖いらしいよ。
まぁちゃんも結婚適齢期の兄ちゃん達の血走った目が怖いって言ってたし。
それでも権威だの威厳だのを維持しないといけないので、勝負は容赦しないそうですが。
まぁちゃんが魔王になってからも、手加減無しな試合内容に参加者達が血の涙です。
決死の覚悟で死力を尽くす大将軍が相手でも、かすりもさせないまぁちゃん。
アレは絶対に、内心楽しんでると私は睨んでいます。まぁちゃんは否定してたけど。
「…という、特典があるわけで」
毎回好きなあの子に求婚したい魔族で大盛況だよ☆
プロポーズ権に関する私の話を聞き終えた勇者様は、がっくりと肩を落とした。
え? 失望? これは…まだなんか、魔族に余計なユメ見てた?
「魔族って…」
「基本的にお祭り騒ぎ大好きだけど、なにか?」
「いや、別に。でもなんか、なんかさぁ…!」
勇者様が頭抱えてるよ、なんでだろうね?
分かってるけど、私はははんと鼻で笑って黙殺するよ?
「勇者様、なんか「信じられない!」って言いたげな顔してるけど、このプロポーズ権目当てで優勝目指す若者、多いんだよ? 実はそこにいる副団長もその口だし」
「ええっ!?」
おっと! 勇者様の今日一番の驚きポイント、そこ?
でもまあ、確かに、見えないよね…。
強面なのか柔和なのかどっちつかずの硬い顔、しかも無表情がデフォルトの副団長。
無駄に頼れるオーラにまみれつつ、仄かに裏世界の住人っぽいお兄さん。
その実体はただの村の自警団副団長だけど、見た目からして怖いしね。
まさかこのお兄さんが、好きなあの子にプロポーズ☆なんてシチュエーションを掴む為、日夜自分の身体を虐める勢いで身体作りと修行に励み続ける情熱的努力家とは。
最早「趣味=修行」と勘違いされる勢いで、魔王の顔に一発入れる為に頑張ってるとか。
全っっ然、見えないよねぇ?
だけどこのお兄さん、こう見えて10年越しだから。いや、10年越えたか。
最初に挑戦した15の年から、ずっとずっと諦めずにしつこく挑戦してるんだよ?
凄いよねー…とっととプロポーズすりゃ良いのに。恋人待ってるよ。待ち疲れてるよ。
最近では、村の大人達で副団長さんがいつまで挑戦するか、いつ折れるか賭けてるらしいよ。
みんな暇人だね☆
「じゅ、10年以上挑戦して、その戦績は…」
「最高記録でベスト32だが?」
「ベスト32…」
その成績が凄いのかどうか、判断が付かないのかな。
勇者様の顔は複雑そうで、釈然としないみたい。
だけど充分凄いよ。人間では久々の快挙だって、村の長老も惚れ惚れしてたよ。
稀に見る好成績を打ち立てた副団長さんは大樹の如く泰然としていて、言い知れぬ迫力がひしひしと前にいると伝わってくる。強者のオーラは時としてその辺の狼だってビビらせる。
副団長さんが言葉で何か言うことはないけど、まぁちゃん曰く戦士の気迫は本物らしいよ?
…今まで深く考えてなかったけど、魔王が認めるってどんだけですか。
本気でこの人、人間離れしてないかな…。
なーんてこと考えてると、何故か副団長さんの視線がこっちに来た。
おっと怖い。ないない、変な事なんて考えてないですよ~。
………偶に、この人、読心術使えんじゃないかと思うけど、気のせいかなぁ?
ちなみに試合で魔王が負けたら、冗談にならないくらい支持率がだだ下がりするらしい。魔王大変。
なので一度試合に負けると、退位して跡継ぎに魔王位を譲るという。
魔族の子供が一度は見る野望
→ 魔王を試合で殴り倒し、魔王位を簒奪すること。
まぁちゃんは王子時代に一回、王手寸前までいったとか。




