5日目 二方真竜2 ~まぁちゃんへのねぎらい~
真竜の子、蒼を帯びた鱗のロロイと、金を帯びた鱗のリリフ。
男の子のロロイ…ロロは私の『使役』。
女の子のリリフ…リリはせっちゃんの『使役』。
だけど使役と言っても、私達の関係は家族の延長線上の様なもの。
感覚としては『仲良しさん』の証拠で、別に何かを強制したりしてる訳じゃない。
契約によって、ちょっとした繋がりはできるそうだけど。
私は鈍感だし、魔力は低いし。
はっきりいってその繋がりってヤツも、私にはあまりよく分からない。
ただ、繋がってるらしいよ。うん、そうらしい(伝聞)。で、終わる。
そんな関係だけど。
使役される側の子竜達にとっては、どうやらそれなりに意味があるみたい。
だって。
「こんなところで、2人とも、どうして?」
…と、尋ねた私にリリが迫力笑顔でこう答えたから。
「身の程知らずにも私の大事な主様を拐かした、ナシェレット叔父様をボコリに行くとこなの」
良い笑顔だった。
幼子の先行きがどうにも心配になってしまう、キラキラ笑顔だった。
「むしろギラギラだろ…」
私の側で、誰かがそう呟いた。
別にそのままでも困る訳じゃないけれど。
意思の疎通を図るなら、やっぱり相手の表情なんかが分かった方が良い。
でも爬虫類の姿じゃ、声の抑揚はあっても何を考えているのか、今ひとつ分からないから。
だからってこともあるんだろうけれど。
子竜2人は、マリエッタちゃんと速度を合わせて飛びながら、空中で姿を変えた。
人の中で育ったからこそ。
この年頃にしては、異常に上達してしまった2人の得意技。
人化の術だ。
まあ、切実な問題もあったわけですよ。
何しろ私達の村も、魔王城も人型生物が居住する前提で作られてるから。
でっかい蜥蜴の居住には基本向いていない。
いや、2人が住んでいた頃、この子達はまだ肩乗りできるサイズだったけど。
それでも生活していく中で、不便が目立った。
例えば扉。蜥蜴には開閉しにくい。
例えば階段。飛ぶのが上手くない幼少期は苦労の連続。
他にもアレやコレやと数え上げればきりがなく。
また2人とも、獣用の厩舎で寝起きするのは断固拒否の体勢だったから。
必要に迫られて、この子達は人に化ける方法を習得した。
問題の馬鹿竜、ナシェレットさんだってまだ習得できてないのに。
やっぱり必要に迫られて、切羽詰まってる方が上達は早いって言う、見本みたいだよね。
あと、教師も良かったのかも知れない。
何しろ2人に術を仕込んだのは、まぁちゃんとりっちゃんの2人なんだもん。
あの2人は面倒見も良いし、意外に物事を教えることには定評がある。
村でも良く、チビ達相手に簡単な読み書きや算盤とか教えてるしね。
人の姿を模しながらも。
それでも人とは決定的に違う部位。
皮膜の翼を大きく広げ、2人は悠々と空を飛ぶ。
ちょっと飛行が上手になったみたい。村にいた頃は、よろよろしてたのに。
今では蹌踉めくことも少なく、むしろ風と踊るみたい。本当に、悠々。
それに、外見も。
竜の姿をしている時は、おっきくなった、くらいしか分からなかったけど。
人の姿に化けた途端、どれだけ成長したかが知れる。
その姿もやっぱり、人の成長に合わせてあるから。
別れた時、3年前。
10歳にも満たない子供に…精々6歳か7歳くらいしか見えなかった、あの子達。
それが今は10代前半~半ばに見える。
これだけ成長したのかと思うと、ちょっと感慨深いものがあった。
竜の成長は、やっぱり人とは速度も違うけど。
それでも大きくなったと思えば、胸の奥が温かくなる。
竜の谷に遊びに行っても、修行が忙しいとあまり接する時間もなかった。
あまり見てあげる時間もなくすれ違ってたけど、いつの間にか大きくなってたんだね。
そう、私を背に乗せても平然と飛べそうな大きさにまで。
………今度、背に乗っけてくれないか交渉してみよっと。
まだまだ子供のリリ。
自分の主を誘拐した叔父を私刑にする為、里を飛び出した。
うん、行動力ありすぎるよ、このお子様。
「え、ロロ…あんたもその為に?」
だから一緒に行動しているロロもそうなのかと思えば、
「そんなわけ無いだろ。全然違うから」
苦り切った、しかめっ面でそう言った。
「此奴がさ、」
「私の主様のことですもの! それに、我が身内の恥は一族で雪ぐべし!」
「--って言うから、その付き添い」
その顔は、どことなくうんざりした様に見えたけれど。
それでも諦めた様に、割り切った様に肩を竦める姿は達観してた。
「まあ、でも。攫われたのがリャン姉なら、俺だって助けに行くのは吝かじゃないし」
リリの気持ちが分からなくはないしな、と。
どうやら共感する部分があってか、積極的に手伝う気になったらしい。
…でも。
そんな風に危ない時は助けに来てくれると宣言されて。
私は面映ゆいやら、照れくさいやら。ついでに言うと苦笑いが出てくるわ。
子供達の純粋な気持ちは有難いけれど。
真っ直ぐに向けられると隠れたくなるのはなんでだろう…?
私の内心の微妙な気持ちなんて気付きもせずに。
リリフもロロイも無言で頷き合っている。
「付け加えて言うなら、リリ1人で行かせたら目的果たすどころか、帰って来れないだろ」
目的地にも辿り着けないから、永遠に彷徨うこと請け合うぞ、と。
そう呟いたロロの、妙に空虚な瞳。
ああ、納得しました。
「………リリ、まだ方向音痴克服してないんだ…」
この子竜の女の子は、物心付いた頃から救いようのない方向音痴でした。
どれくらいかというと、1人で放り出した途端に住み慣れた家の中でも迷い込むくらい。
住み慣れた塒でも迷う、本能に疑問の生じる生き物。
しかしそれでも全ての障害を薙ぎ倒してでも進もうとする猛者です。
放っておくと家の壁をぶち抜こうとするから、周囲は大変。私は他人事扱い。
そう言えば幼少期から、この2人はワンセット扱いだったけど。
そもそもの始まりは、放置できないリリを迷わせない為の改善策として、常にロロと手を繋いでいる様に指示したのが始まりだった様な…。
ロロの年齢に見合わぬ付き合いの良さと面倒見は、リリによって築かれました。
この子はもっと、ロロに感謝するべきじゃないかな…。
「ところでさ、リャン姉」
うっすら哀れみの視線をリリに注いでしまっていたら。
そわそわ、子竜達が不自然な態度でこっちをじっと見つめてきます。
…心なしか、ちょっとロロが不安そう。
竜だけあって、普段は剛毅な2人が、こんなそわそわするのは珍しい。
「どうしたの?」
安心させる様に微笑みながら促せば、子竜達はこっちをじっと上目に見つめてきて…。
そして、率直な疑問をぶつけてきた。
「そっちの男の人達、誰? 綺麗な顔してるけど…リャン姉の彼氏?」
「いっぺんに2人も3人も侍らして…リャン姉さんって凄いのね!」
「……………」
この、マセガキどもめ。
律儀に紹介を待っていた、お行儀の良い勇者様。
相手が子供と見るや興味を無くし、羽毛に埋まって遊んでいたサルファ。
私は顔面に薄っぺらい笑顔を貼り付け、改めて彼等を引き合わせた。
「勇者様、この子達は真竜のロロイとリリフ。私達の村で育ったの」
私の促しを受けて、子竜達は空中で器用に居住まいを正した。
…ここら辺は、りっちゃんの教育の賜物だなー。
「真竜の仔、魔王バトゥーリの温もりを分け与えられた者。水のロロイだ」
「真竜の仔、魔王バトゥーリの温もりを分け与えられた光のリリフ、です」
ペコリと頭を下げる2人。
2人とも、自己紹介の名乗り、そうなったんだ?
既に良く見知った相手、滅多に聞く機会もない名乗りに、苦笑が漏れた。
「はぁーい! しっつもーん!」
緩く手を挙げるサルファ。
その後頭部をベシッと叩いて、勇者様が困惑顔で問いかけてきた。
「竜種の頂点に立つ種族が真竜、だったよな。それが何故、ハテノ村に?」
ああ、うん。普通にそこ、気になるよね。
聞かれたならば答えましょう。隠す意味もないし、ええ、正直に。
「それは幼少期の私(当時5歳)がまぁちゃんの妹と一緒に竜卵かっぱらってきたからだよ」
あ。勇者様が頭抱えた。
何やら酷い葛藤でもあるのか、小さな声がブツブツ何かを言っている。
「何という…」という言葉が耳に付いたけど、ソレに続く言葉はなんですかー?
内なる嵐が静まってから顔を上げた勇者様は、私を真っ直ぐに見て仰った。
「よく、命があったな…」
まさしく。
「よく憶えてないけど、まぁちゃんが奔走してくれたらしいよ?」
「まぁ殿…苦労、なされたんだな………」
勇者様は未だ眠りこけるまぁちゃんに同情の眼差しを送り、惜しみない称賛を口にした。
その後、2人がそれぞれ『使役』であることや何かを話しました。
眠りこけるまぁちゃんを見る勇者様の瞳が、どんどん優しくなったよ。哀れみで。
まぁちゃんには普段からとてもお世話になってるけど。
確かに大問題に発展しかけた事件なんだって、今なら私にだって分かる。
遠い昔、12年前のまぁちゃんへの労う気持ちが、自然と私達に生まれる。
私達はそっとまぁちゃんの頭の下に柔らかい枕を敷き、額に滲んだ汗を拭う。
それから軽く扇いで風を渡し、皆で子守唄も付け足した。
子供の身で従妹と幼馴染みを庇い、守り通した少年へ、12年越しの御褒美だった。
※勇者様に遮られた、サルファの疑問。
「ところで、さあ」
サルファが言った。
「ちびっ子共の名乗りにあった『魔王云々~』って、ナニ?」
普通に気になる様子で、サルファは首を傾げていた。
中空で、リリフも首を傾げて、ぽんと手を打ち納得を示す。
「ああ、それは私達の生まれに由来します」
「俺達、生まれる前夜、まぁ兄に抱えられて一緒の寝台で寝てたんだ」
言葉を継いで、ロロイが補足説明。
リリフもうんうんと頷いた。
「そのことで魔王の膨大な魔力が卵の私達に影響しまして。お陰で私達の孵化が促され、予定よりもずっと早く産まれちゃったんです」
「その後も、まぁ兄には数々世話になった」
つまり、どういうコトかというと。
「私達の名乗りに魔王の名を口にするのは、つまり、私達が魔王の庇護を受けているのだと証すもの。私達はまぁ兄さんの後見を受けているんです」
それは、他種族だけでなく、同種族の魔族から見ても破格の扱い。
魔王の後見を受けられる者など、そうは多くない。
目の前の子竜達がとんでもない破格の存在と知り…
…その生まれの奇特さを、知り。
サルファはさり気なく、子竜達から距離を取った。




