4日目 逆さ大瀑布4 ~光の咆撃~
私がここ数日で酷使しさせすぎたせいですかね。
残念なことにいつの間にか勇者様の剣は御臨終間際。
正直、微妙に責任を感じています。
仕方がないので眠りっぱのまぁちゃんから、寝てるのを良いことに剣を無断拝借。
斯くして、勇者様は魔王の剣を装備することになったのですが。
なんとなく、絵的に問題がありそうなほど邪悪なオーラが迸ってます。
うん。どっからみても禍々しい。
「…問題なく装備できたのは何かの罠では?」
「それよりなんか呪われそーじゃね?」
「五月蠅いぞ、外野! 参戦するつもりがないんなら、黙って見てろ!」
勇者様が怒鳴っても、副団長さんもサルファも肩を竦めるだけ。
「この上は、一刻も早くあの龍を倒して剣をまぁ殿にお返しする!」
勇者様はやけっぱちになってました。
「副団長さんは参戦しないの?」
「あの大瀑布を見てみろ。人間の自分が、アレに介入できると思うか?」
「ちょっと命の無駄遣いだよね~。それってちょっと捻った入水自殺じゃん?」
「勇者様は人間だけど、戦う気充分だよ?」
「「アレと一緒にするな?」」
「サルファはともかく、副団長殿には言われたく無いんだが!?」
勇者様は今日も孤軍奮闘、孤立無援です。
そして、勇者様VS龍の第2ラウンド開始されました。
勇者様の戦意は少々ダウンしたものの、未だ充実。
戦闘の続行を知り、足止めを命じられた龍は鎌首を擡げ…
…どうやら、先ほどの滝からの脱出&攻撃に龍も驚いたんでしょーね。
勇者様を油断ならない相手だと認識した模様。
滝壺に足を踏み入れた勇者様に対して、龍は。
ぐぐっと身を逸らし、深く息を吸い込んで…って、あれはっ!
「退避! 退避ー!」
「わあ防災ずきんどこだ!?」
1人分かっていない勇者様を置いて、私達観客は緊急避難。
大慌てで急いで逃げるよ!
遠く、とばっちりを食らわず、でも戦局を見守れるベストポジションまで!
薄々そんな気はしていましたが。
勇者様はどうやら今まで竜種と戦ったことないみたいだね?
だって急いで逃げる私達に、きょとんとして振り向いて…
その僅かな時間が、命取り。
勇者様が物事を理解するより早く。
カッと大きく開かれた龍の口、その奧で何かが瞬く。
次いで、岩すらも焼き尽くさんばかりの勢いで、光が放たれた。
勇者様、直撃コースで。
竜種の特殊能力、必殺技、奥の手。
種によっては複数を使い分ける、油断できない攻撃。
ドラゴンブレスだ。
それもこの龍は、水と光の化身。
そのブレス攻撃は、光の属性が強い。
炎よりも熱く、激しく、鮮烈な。
収束された光の束。
閃光が、勇者様に襲いかかる。
そう、それは一直線に。
迫り来るナニかを感じとった勇者様は引かれる様に前を見て。
本能的な反射行動で、とっさにひらりと右に跳んだ。
彼の危機回避能力とか、防衛本能はどうなってるんだろ?
咄嗟の時、本当に洒落にならない攻撃は悉くかわしてしまう。
勇者様の地味に凄い危機回避能力に、息を呑んだ。
何故なら勇者様の回避した龍のブレス攻撃が、まっすぐこっちへ向かってきていたから。
「「ぎゃあぁぁあああっ!!」」
「…っ」
ああ、私達の馬鹿…!
なんで龍と勇者様の直線距離の延長線上にいちゃったの!?
万一、勇者様が回避したら、こっちが危ないって分かったはずなのに。
私達はあまりのことに身体が竦み、回避することすら思い浮かばず。
咄嗟に手近な所で盾を求めた。
龍の攻撃など、全て防いでくれる頑強なナニか。
まぁちゃんを。
「ちょっと待てええぇぇぇっ!!?」
遠くの方から、勇者様の声が聞こえた気がした。
でも唸り、接近する光の勢いが音さえも食らいつくし、消滅させる。
「助けて、まぁちゃん…!」
救いを求める者の態度とは思えませんが。
私は副団長さんが抱えていたまぁちゃんの身体を、ぐぐいっと前に押し出した。
副団長さんとサルファが、まぁちゃんの身体を支えるのを手伝ってくれる。
私は叫んだ。
「従兄ばりあー!!」
魔王バリアーは最強だった。
攻撃力に加え、防御力という意味でも最強の、盾だった。
何しろ龍の攻撃、全ての勢いを弾き飛ばした挙げ句、お肌は依然つるつるぴかぴか。
つまり、無傷だったんだから。
我ながら完璧です。
物質的にも精神的にも、これ以上の防備など思い浮かびません。
ええ、もう、本当にまぁちゃん以上の鉄壁の防御なんて思い浮かばないよ?
私は咄嗟に盾にしてしまった従兄の身体を抱え、それでも心配には至らなかった事実に。
どんな攻撃を受けても肌荒れすらしない、最強の卵肌に。
何とも微妙な心持ちで若干変な顔をしてしまったけれど。
それでも、自分でやっておいて何だけど。
「ありがとう、まぁちゃん。お陰で助かったよ!」
お礼の言葉を忘れちゃ駄目だよね。
聞こえないのは分かってるけど、これは自己満足。
私からの感謝の気持ちです。
「自分でやっておいて…リアンカちゃん、すげー」
遠くの方でボソッと何か聞こえたよ。
サルファが何か言ってるよーな。
でも遠すぎて聞こえないや。聞こえない、聞こえなーい!
理不尽だって、自分でも分かってるよ。
これでまぁちゃんに何か影響があったら、私も反省するけど。
でもだって、案の定、まぁちゃんったらノーダメージだったんだもん。
ちょっと強靱すぎでしょ、まぁちゃん!
なんだか心配することすら無意味に思える生物だよね。
ごめんね、まぁちゃん。
内心で謝るけど、多分面と向かっては謝らない。
目覚めた時には絶対、徹底的にこの場で起きた数々は内緒にして隠し通さなきゃ。
色々と話せないことが多すぎた。
あまりにもあんまりな、私の従兄に対する扱い。
いや、だってまぁちゃん寝てるし。
今なら何やったって、どんなコトしたって、ばれないし?
でもそれが傍目にはどんなに非道な行いに見えたことか。
勇者様と龍は、揃って同じ表情で顎を落としたまま、此方を見ていた。
まさに茫然自失。
戦いの空気は、完全に瞬間凍結していた。
だけどやっぱり勇者様、貴方、私達に慣れてきたでしょ。それも大分。
はっと、我先に正気を取り戻したのは勇者様で。
余程馴染んでしまったのか、優先順位を付けるのが上手くなったのか。
気を取り直した勇者様は、身を翻して龍の元へ。
持ち前の素早さを活かし、まるで跳ねる様な速さで。
彼は竜の首元へ迫り、跳躍一つ。
そのまま魔王の剣で狙うのは…
…って、龍の逆鱗?
ちょっ マズイでしょ、それは!!
ああ、こんな所でも。
勇者様の経験不足…竜種との戦闘経験が皆無であると。
彼の行動で私達は知ってしまったのです。
一般に龍の弱点は、その喉元にある逆鱗だとされています。
そしてその認識は間違いじゃありません。
広く知られている通り、確かに逆鱗は龍の弱点です。
ただし、一撃でたたき壊せるのなら。
逆鱗の下に隠された、軟らかい肉を一撃で貫けるのならば。
そういう、限定的な弱点なんですよ。龍の逆鱗は。
下手に手を出し、中途半端に打撃を与えることしかできないのなら。
それは全くの裏目、逆効果にしかならないのです。
その場合待ち受けているのは、先ず間違いなく弱点を狙われた痛みと怒りと恐怖で暴走し、我を忘れて取り乱し、問答無用容赦無しで暴れ狂う龍という嫌な結果だけなんですから。
取り乱して知性が働かなくなる分、理性を失った龍は手強いどころじゃなくて。
手こずること、下手すれば命を失うこと、間違い無しです。
そんな逆鱗に手を出しおった、あの男。
龍の恐ろしさをよく知っている私達の顔が自然と引きつりました。
このままじゃとばっちりは避けられません。
私達はどうするべきか?
…こうなれば、勇者様が死なない為にも。
できることを、やるしかないんでしょーね…。
もう、汚い手だと躊躇うことも。
勇者様の戦いに手出しする後ろめたさも。
龍に対して酷いことをしてしまうと気まずく思うことも。
それら全て、酷いからと己に禁じている段じゃ、ないんでしょ。
私はがっくり肩を落として、溜息一つ。
恨めしい気持ちで、まぁちゃんの額を小突いて気を紛らわせました。
起こしてもまぁちゃんの理性が期待できる状況だったら、どんなに良かったら。
躊躇いなく起こせたらと思っても、そんなわけにはいかないし。
やっぱりまぁちゃんに頼らず何とかしなきゃ、という状況はストレス凄いよ。厳しいよ。
それでも勇者様を死亡させるわけにはいかないから。
私は副団長さんにお頼みしました。
「副団長さん! おつかいに行ってきて」
「どこまで、何しに?」
副団長さんは話が早くて助かります。
お遣いメモを速攻で作って押しつけて、蝶の背に追いやりました。
光の迷路は足止めの為の迷路。
前進はできないけれど、逃亡の為に引き返すのなら、解放されるはず。多分!
それでも迷子になった時はなった時で、ごめんね!
…という内容を笑顔で言ったら押し黙られた。
それでも大人しく飛び立ってくれたから、副団長さんはいい人だ。
「リアンカちゃん、俺は? 俺も早く逃げたいんだけど」
「サルファはこれ」
この場を離れたくてうずうずしていたサルファの手に、押しつけた紙一枚。
書かれているのは数種類の植物の名前。
「何コレ」
「マルエル婆に仕込まれたんなら、サルファだって薬草くらい分かるでしょ」
「分かるっちゃ分かるけど。でもさぁ、これって…超稀少な草ばっかじゃん」
「この近くには生えてるはずだから、取ってこい」
「リアンカちゃんって…俺の扱いだけ、酷いよね。ぞくぞくする」
うわ…なんか恍惚とした顔で言われた。
なんで「酷い扱い」で、そんな嬉しそうなの…?
「変態め」
私の呟きは、サルファの耳には入ってないみたい。
ヤツは至って気楽に、全く気負いのない様子で笑った。
「んじゃ探してくっけど、俺も実物見たのは数回なんでね。真贋鑑定はヨロシクね~?」
ひらひらと手を振って、サルファが森に消える。
…この辺、結構強い魔物が出るけど、放っといても大丈夫かな。
サルファがあまり遠くまで行かないことを願っておくべきかな。
でもサルファの逃げ足は中々だし、何とかなるかも。
余計な心配っぽいし、大丈夫だよね。
寝たきりまぁちゃんと残された私。
さあ、指図する相手ももういないし。
後は私がするべきコトをやるのみ。
そうなってから、私は笑顔を強張らせつつ、恐る恐る滝の方へと視線をやると…
………案の定、酷いことになっている。
いやね、さっきから爆音凄いし、暴れる音凄いし、謎の音はするし。怒号凄まじいし。
うん。絶対に見たら後悔する様な酷い状況だろうと思った。
それでもやっぱり、実際に目にすると凄い衝撃が襲ってきます。
迫力の逆さ大瀑布。
それを背に挑みかかる勇者様と暴走のままに暴れまくる虹龍。
勇者様と龍の争いが、いつしか本気の殺し合いへと発展しつつありました。




