4日目 逆さ大瀑布3 ~剣の交換~
勇者様が飛んだ。
空を飛んだ。
吹っ飛んだ。
ゆっくりと対峙する、全くサイズの違う1人と1頭。
彼等のぶつかる瞬間、大きな波飛沫が上がった。
その波飛沫に足を取られて。
勇者様が盛大にすっ転んだ。
1秒前まで彼の頭があった位置を、かぎ爪の生えた龍の右前腕が、一薙ぎ。
「ありゃ転んでなかったら首飛んでたんじゃね?」と、サルファが首を傾げる。
勇者様に起こった珍事を、幸運と称えるか災難と笑うか、迷った。
「幸運の神の御業か? 凄いな」
しみじみ感心した様に、副団長さんが噛み締めた言葉。
ああ、そうですか。
アレが神のご加護…うん、幸運に分類したんだね。副団長さん?
命に関わる『逆さ大瀑布』が舞台と言うこともあって、副団長さんは観戦に徹している。
でも武器の手入れをしながら見守るのは、勇者様にばれない様にした方が良いと思う。
あまりにも他人事すぎだって、勇者様に怒られるよ?
その後、勇者様がどんな目に見舞われるか、想像が付いたから…。
私は微妙な顔のまま、鞄を漁った。
まぁちゃんに接種させた眠り薬(?)の効果を無効にする、中和剤を探す為に。
私が目を逸らした間も、果たし合いの場では急展開。
勇者様のお命が、危急の事態に。
「ふっ!? わああぁぁぁぁぁっ…!」
転んだが最後、獲物を絡め取った水は、まるで生き物の様に。
怒濤の勢いで、滝を逆流していった。
勇者様を、水の流れに巻き込んだまま。
ちらっと見て、目算したところ。
勇者様が滝の勢いで上空まで打ち上げられるまで…ざっと5秒。
急いで惨劇製造器を起こさないと…。
起こした後、どうなるか…それを考えると血の気が引くけど。
それも今は勇者様の命には代えられないから。
未だ生きている内に、助けられる手段は全部尽くすよ。
未来なんて、選んでいられない。その猶予もないんだもの。
でも、私の心配など余所事に。
勇者様が空を飛ぶまでの猶予として計算した5秒の間にも、時は動いていて。
勇者様には自分の手足があって、身体能力もあって、決断力もある。
勇者様ご自身に、状況を打破する力があるってコト。
それを私は、初めてこの目に見ることになった。
「あ、勇者が」
サルファの声に、私は鞄から顔を上げた。
遠く、滝にて。
あぷあぷと水に翻弄されていた勇者様が、とぷんと。
水の中に、その姿を消した。
…え、溺れた?
まぁちゃんの目覚めを待たずして、私の顔から血の気が引いた。
「あの人、泳げねーの?」
「そんな話は聞いていないが…泳げないのなら、水場を戦地に選ばないだろう」
「じゃ、水の勢いに呑まれたってぇことか」
「そう見えるな」
「御臨終ってーの? ごしゅーしょーさまです」
サルファと副団長さんが、もう勇者様は死んだものとして話している…。
私は薬を探す暇も惜しくて。
リク・レクに預けられた蝶の手綱に手を伸ばし…
……た、その時。
滝の中程から、斜め上方…滝壺の上空へ向けて、水柱が上がった。
その先に、弾丸の様に跳ね進む、影。
何度も目にした、その姿。
勇者様だ。
「「ええええぇぇぇええっ!?」」
図らずも、私とサルファの度肝を抜かれた声が重なった。
どうやったのか滝の水流から逃れて、勇者様が飛び出してきた。
それはわかるけど、でも、どうやって?
私が疑問を起こすよりも早く、勇者様は動く。
滝から飛び出した勢いのまま、ほんの小さな隙も逃さず。
私達と同じように驚いた顔で顎を落としていた龍に、間髪入れない勇者様の攻撃。
滝の勢いを利用しての、速度と跳躍。
龍の首の後ろへと、上手い具合に空から回り込む。
そのまま振り上げた剣を、竜の首へと叩き落とし…
ぢゃりいいぃぃぃぃぃぃいいいんっっ
金属が軋み、硬質何かに弾かれる嫌な音がした。
うん。分かるよ。
ウロコだよね?
硬い何か(=鱗)に弾かれた勢いで、勇者様の身体が揺らぐ。
地に足がついていない、その弊害。
姿勢を制御するにも苦労の伴う空で、彼の上体が勢いに押されてバランスを崩した。
そのまま吹っ飛ぶ時に、狙ったのか此方へと飛んできて。
しかし着地に間に合わず、勇者様は肩から地面へと突っ込んでいた。
…あれ、身体壊したんじゃないかな。
確実に肩は骨が折れるか、脱臼するか…いや、それじゃ済まないよね。
もしかしたら強すぎる勢いで、もっと酷いことになっているかも。
地面を削って、10mくらい行ったところで、ようやっと勇者様の身体が止まる。
「えーと、タオルタオル。投げた方がいーんじゃね?」
「それは本人を確認した後で、だ」
悠長な会話を交わすサルファ達を尻目に。
私は噴煙撒き散らしながらもやっと止まった勇者様の元へ駆け出した。
「生きてるっ!?」
「第一声がそれか!」
あ。生きてた。
しかも結構ピンピンしてる。
近寄ってきた私が側に辿り着くより先に。
未だ巻き上がる土煙の中。
勇者様が元気な様子で飛び起きた。
その動きの何処にも、違和感はない。
「…凄いね。アレで怪我、してないんだ」
「してないことはないぞ。手首を捻った」
そう言って、ぷらぷらと手首を振る勇者様。
いや、全然平気そうだから。
捻ったっていっても、1分くらい放置してたら治るくらい、軽い頻度でしょ?
顔を顰めて手首をさすっているけれど。
地面と大激突した挙げ句に土を削った肩の方は全く案じていない。
気にもならないのか、至って普通に動かしている。
どう考えても、肩の方が酷いことになりそうなものなのに。
やっぱり勇者様も、化け物の仲間じゃないかな?
私はつい、首を傾げて勇者様を観察してしまった。
「なんだ、あの硬さ。剣が全然通らなかった」
「うん。鱗だね」
竜種の鱗は、地上生物の中でも最高強度を誇る物質の一つだ。
そんな物を簡単に剣で膾にできる生き物、そうそういないと思うんだけど…
勇者様、そんな普通の人間国産の剣で切り裂くつもりだったんだ。
無茶だなぁ。
「勇者様の技量がどんなもので、どのくらいの硬さまで斬る自信があるのか知りませんけど」
「…なんだか、いやに回りくどいな。珍しい」
「ええ、うん、腕云々以前に、その剣じゃ無理だと思うよ」
ずばっと言ってやると、勇者様が御自分の剣に目を落としました。
「「……………」」
そこには連日の酷使によってボロボロとなり、刃こぼれしまくった剣が…
………なんだか、思ってたよりも酷い惨状だなぁ。
「…疲れ果てて、手入れ忘れて寝てましたよね。昨夜だけじゃなく、一昨日もその前も」
「………」
「自分の剣の状態、把握してました?」
「…これじゃあ、剣士を名乗れないな。俺」
勇者として情けないと、頭を抱えて蹲ってしまいました。
ああ、仕方ないなー…。
私は迷える子羊を救うべく、救済の道を示してあげることにしました。
無断拝借という名前の。
「り、リアンカ!? それは…っ」
「いいんです。本人はいま、ふか~い夢の中でぐっすりぐうだし。どうせ今は使わないし」
「だけどそれは、まぁ殿の…!!」
私は狼狽える勇者様に、まぁちゃんの腰からもぎ取った剣をぽいと投げ渡しました。
あたふた、慌てる余り手から取り落としそうになる勇者様。
「勇者様、それ魔族の国宝なんで扱いは丁重にね? 代々魔王に伝わる宝剣だから」
「それを今、この時、リアンカには言われたくないんだが!?」
そう言いつつも、今この場で、他に勇者様の扱えそうな武器はありませんよ?
サルファ→見た目、丸腰。
副団長さん→明らかに勇者様が使うには重量オーバー。
私→果物ナイフしか持ってない。
「さあ、この状況で他に誰から剣を借りる!?」
「開き直らないでくれ、頼むから!!」
そう言いつつも渋々剣を受け取る当たり、勇者様も大分私達に染まってきてます。
こうして、かなり場当たり的で異端のニオイが漂いますが。
勇者様の装備が一時的に変更されました。
→装備
勇者:魔王の宝剣
「「「あっはっはっはっは」」」
「わ、笑うな!!」
三人で声を合わせて笑ってしまいましたよ。
傍目にも邪悪で、禍々しい黒い剣。紛うことなき、魔王の剣。
それを仕方なしに装備する、職業:勇者様。
何の違和感もないとは言いません。
ええ、はっきり言いましょう。
違和感、ありまくりです。
それでも装備に問題がないあたりが、一番問題ある様に思えました。
というか、やっておいて何ですけどね?
魔王の剣って、装備制限ないんだ…。
初めて知ったということは、勇者様には絶対ヒミツです。
まあ、勇者様が魔王の剣を使いこなせるか否かは知りませんけど…
刃物が不足している現在、それが剣であると言うことこそが重要なんです。
斬れさえすればいいと、勇者様もお考えのようですし。
今まで使ってた勇者様の剣だって、特殊効果は一切付いていませんでしたしね?
本当に、全く、純粋に。
ただ斬れると言うだけの単なる刃物をお使いだった勇者様。
彼が魔王の剣に秘められた物騒な効果…その数々を行使する危険性は、まあないでしょう。
本当に危険になったら、その時こそまぁちゃんを起こすし。
今度は最初から、いつでもまぁちゃんを起こせる様に準備して待機しておくよ。
こうして、この場に色々と問題満載・異様さ抜群の勇者様が爆誕した(笑)。
それ行け! 勇者様!
律儀なことに、龍だって大人しく待っている!!
 




