1日目 檜武人の廟 ~崖っぷちだよ、山羊に負けるな~
話が前後しますが、リアンカ達が出発した日の出来事です。
まぁちゃんは合流前で、まだ時間も昼間。
第一の目的地、檜武人の廟へ向かっている間の出来事。
私と勇者様と、自警団副団長さん。
接点も微妙すぎる、内二人に至っては初対面。
そんな三人で実行しちゃいました。観光旅行。
地元民の私と副団長さんの二人で、勇者様にガンガン観光案内しますよ。
ただし案内先は地元に名立だる難所ばかりですが。
勇者様を鍛え直すという上から目線の観光が、今始まろうとしています。
1日目(出発日) → 『檜武人の廟』
さて、私達が第一の案内先に選んだのは、『檜武人の廟』と呼ばれる場所。
ぶっちゃけ墓です。
といっても、死体が収められている訳ではないけどね。
私にとっても縁深い場所なんで、張り切って案内しますよ!
崖っぷちを。
「り、リアンカ…。この目の前のコレ…曰く道とやらは、何かな?」
「崖です」
「いや、おかしくないか? って聞いたつもりなんだが」
「檜武人の廟に参る人は、この道を辿る決まりなんですよ」
「道じゃないだろ! これ、道じゃなくて、ただの崖だろ!!」
「この地方で最も健脚を誇る『斑白黒山羊』ですら転げ落ちることで有名な、崖道です」
「その説明を聞いても不安が煽られるだけなんだが! 何故、安心させる様な顔で言う!?」
「大丈夫。勇者様はそんじょそこらの山羊よりはお強いですよ! ふぁいと!」
「…それは、励ましのつもりなのかな?」
「まあ、激励しないと初見の方は登ろうとしないって、分かってますから」
「それは既に難所以前の問題じゃないか? 此処以外に順路は?」
「ないですよ?」
「なんでそんなケロッと当然の顔で言うかな!?」
「誰も他の道を今まで開拓しなかったから?」
「それで不便を感じたことは?」
「最初から他にないって知ってたら、それで当然だと刷り込まれるものですよね」
「そんな悟りを開いた顔で言われても!!」
垂直に切り立ったそれは、崖という他に表現する言葉も見当たりません。
私が順路として示した道(ただの峻厳すぎる崖)を見て、勇者様は取り乱していました。。
まあ、これをパッと見せられただけじゃ、誰も登ろうとか思いませんよね。
なんというか、「まあ! 獅子が我が子を突き落とすのにぴったりの崖!」って感じ。
実際に獅子が子供を突き落とすかどうかは置くとして、千尋という言葉を連想する場所。
何の理由も無しに登ろうと思う人がいたら、それはきっと自虐趣味の変態かな?
私だって自主的に登ろうとか、そんな発想はしませんよ。
普通なら。
そう、何の理由も無いならば。
でも此処の場合、理由があっちゃうんですよねー…。
「まあ、まあ」
私達の言い合いを見かねた副団長さんが、宥める様に割って入ります。
途端、大きな背中で遮られ、私と勇者様は互いの姿を見失いました。
頼れる男の包容感が半端無い。
そんな副団長さんが、勇者様にはっきりと言いました。
「これも修行だ。観念しろ」
「これは観光案内だったんじゃ…?」
「観光案内、兼、修行という趣旨だった筈だが」
「修行場を案内するとは聞いていたが、修行そのものを行うのは初耳」
「………リアンカ?」
「あ。説明忘れてた」
「「……………」」
「そんな冷たい目で見られても、反省はしないからね?」
「「いや、しろよ!!」」
勇者様と副団長さん、二人にユニゾンでツッコミを貰っちゃいました。
二人とも早速打ち解けてくれて、頼もしいですね。
勇者様は諦めて崖登りを始めました。
でもやっぱり慣れてないからか、とても苦労されてるみたい。
一方、私の方はと言えば。
「副団長さん、ありがと」
「…まあ、これも修行と思っておこう」
私は今、非常に楽をしております。
楽々、快適です。
だって私、副団長さんにおぶい紐で担がれてますから。
副団長さんとは背中を向け合う形なので、景色が良く見えます。眺め良すぎ。
せがんでせがんで、拝み倒したら背負ってくれました。
まあ、副団長さんはちょっぴり強い顔とは裏腹に紳士的な人だし。
多分私が何も言わずとも、崖登りを負担してくれた気はするけれど。
私から言いだしたことだけど、事前に紐を用意していたことがその証です。
若干傍目に赤ちゃんみたいで気恥ずかしくはありますが、見る人も此処には居ませんしね。
精々、勇者様くらい。
そして勇者様の方は命綱皆無のロッククライミングに必死で、見てません。
自力で登れないことはないし、実はそれなりに登り慣れていることは、勇者様には内緒です。
一人だけ楽してるって、抗議されるとは思っていません。
でも少しだけ、少しだけ悪い気はするので。
私は口を閉ざし、お喋りに付き合って二人の気を紛らわしますよ。
え? 崖登りの邪魔は止めた方が良い?
そんな、邪魔何てしませんよ。
ただ勇者様が、黙々と登るのは逆にきつそうで。
黙ったまま、上を見上げて眩暈を感じているみたいだし。
何だかんだ、勇者様も標準以上に強いので、このくらいで気が逸れることもないでしょ。
不安定な視界、無防備な背負われ方のせいで、私自身が恐怖を感じていること。
足が浮いている上に広すぎる視界が、怖くてなりません。
そして恐怖から意識を逸らす為、気を紛らわせたかったことは内緒です。
そのことを知ったら、副団長さんが落ち込みそうな気がしますから。
と言うわけで、観光案内(解説)スタート☆
「勇者様ー、今回の目的地『檜武人の廟』に関する説明、聞きたい?」
「…そう、だな。聞いているから、説明頼めるか?」
あ。勇者様も乗り気だ。
ただ喋る余力は少なめなのか、口を開くのは辛そう。
これは本当に拝聴するだけに留めるつもりっぽい。
でもまあ、聞いているというのなら、説明するとしましょう。
「それじゃ、由来について説明を始めるけど、前情報から聞いてね」
勇者様が微かに頷くのが、足下近くに見えました。
…って、下見ちゃったよ。冷や汗が、冷や汗が滝の様に…!
「え、えっと! それじゃ前知識として説明するけど、例えばこの副団長さん!」
恐怖に押され、勢いで私の説明は、一見関係なさそうな所から始まった。
「副団長さんは村で一番修行に詳しいんですけど、それは趣味が修行だから…じゃなくて」
うっかり素直に喋っていたら、「趣味」のところで背後から物言いたげな空気を感じました。
副団長さんです。
どうやら彼は「趣味=修行」という認識にもの申したいようです。
副団長さんを見る全村人共通の認識なんだけどなー…
仕方ありません。
流石に命を握られている現状で、ご機嫌を損ねる命知らずにはなれないし。
ここは副団長さんの主張に従っておきましょう。
「私達のお隣さん、魔族に関してなんですけど。前に言いましたよね。魔族は自分より強い相手には喧嘩を売りたくて仕方のない戦闘狂揃いですけど、一転して自分より圧倒的に小さくてか弱い相手には「なんか死にそう」って理由で保護せずにいられないって」
私がそれを勇者様に教えたのは、彼が引き籠もる直前のことです。
その後に衝撃的な爆弾を投下した手前、覚えているのか微妙に思えました。
でも、覚えていたみたいです。
勇者様の遠い目が、失った日々を…真実を知らずにいられた日々を懐かしんでいます。
「まあ、そんな魔族の性質上、どうしても強さが重要視されまして。…互いの実力差を明確にしたがる習性があるんですよ。3年に一度ですけど、強さの順位を格付けすべく、種族を上げて大々的に武闘大会を開くのが昔からの習わしなんです」
「リアンカ、習性って言い方は野生動物的に聞こえるんだが」
「副団長さんだって、前に言ってた癖にー」
「何処で聞いていたんだ…」
「………その、話、が…っ これから、行く、廟…と……どん…な、関係…が………」
「…勇者殿、喋るのが辛いのならば黙っていた方が良いのでは」
「これから話繋げていきますからー。もちょっと先ですけど、今は聞いていて下さい」
「わ、か…っ …た……」
私達の言葉に言い返す…というより、ツッコミを入れる気力も崖登りの力に変えて。
勇者様は偶に相槌を打つばかり。喋ったとしても、いつもの勢いがありません。
その僅かな反応を窺いながら、私は話を続けました。
「副団長さんはその大会に出る為に一所懸命身体を鍛えているんですよ」
「リアンカ、その話よりも先に、大会の具体的な説明をしてはどうだ」
「ああ、大会の概要ですね」
…といっても、私も数回しか見たことないんですが…。
まあ、大雑把なところは知っているし、語るに不足は無いかな?
「赤ん坊と隠居老人以外の魔族総出で強さの格付けをする武闘大会は、一年をかけて行われる大掛かりな大会です。先ず地区事に予選を行い、選出された魔族が魔王城に集い、魔王城周辺に設置された幾つもの闘技会場を使って互いの武を競います」
「強さと言っても、一義的な強さだけを見る大会ではない。あらゆる角度で強さを競い合い、能力別に幾つかの部門を設けて行われる。集団戦や盤上遊技を使った戦術部門、大規模戦闘等があるが、一番の花形と言えるのはやはり個人戦部門だろう」
「そうですね。個人戦部門は一番の人気ですから。公営トトカルチョも盛況ですよ」
私を背負って運びながらも、副団長さんは結構余裕がありそうですね。
勇者様は慣れない崖登りに息も絶え絶えだっていうのに。
比べて副団長さんは、私の解説に付き合って補足までしてくれるという余裕ぶり。
………副団長さん、人間だったかな。
いや、村人だから人間の筈だよね? その筈だよね?
「個人戦も「武器ナシ」「魔法ナシ」「武器魔法アリ」の3つのトーナメントがあるんだけどね。中でも「武器魔法アリ」が特に盛大で、これの成績で四天王と将軍が決まるんだよー」
「し、してん…の……?」
興味が引かれたのか、だらだら汗を流しながら勇者様が私を見上げます。
ああ、いきなり顔を上げるから、汗が目に入って…!
勇者様の様子に気付いた副団長さんが、遅れ気味だった勇者様の横に並びます。
両手自由な私が、フリーズしちゃった勇者様の汗を拭ってあげます。
私が勇者様の世話を焼いている間に、副団長さんが解説を続けてくれました。
「魔族の軍の編成や階級制度は、武闘大会の成績に基づいている。「武器魔法アリ」の部門優勝者が、魔王に次ぐ軍の最高責任者「大将軍」となり、2~4位が四天王の座を授かる」
「四天王と言うには…一人、足りないんじゃ」
少しの間、崖に張り付いているとはいえ休息を得て、勇者様も少し回復したみたいです。
今まで息も絶え絶えだったのに、副団長さんに返した言葉は、ぶつ切りじゃありません。
…回復力強いな。流石、勇者。
「四天王、最後の一人は参謀職だ。戦闘馬鹿には荷が重い」
「うわぁ副団長さん、言葉が直接的すぎません?」
「事実だ。四天王の最後の一席は、戦術部門の優勝者に与えられる」
「魔族も、まるきり考え無しではない…ということか」
「むしろ実力や能力に即した人事が成される分、的確な配置が行われる。コネや縁故は全く通用しない。能力に見合った者が正統に評価される、良い制度だと自分は思う」
「副団長さんの意見も偏ってそうだし、別の側面もありそうだけどね」
「その辺の事情は…」
「私は魔族の人事に関与してないから分からないよ?」
「自分も知らないな」
私達はただ、自分の知っていることを喋っているだけ。
でも勇者様は色々と裏を勘繰って考えすぎているようです。
あー…混乱してきてるね。
引き籠もってた間も、一人で勝手に色々ぐるぐる考えてたんだろうなー…。
魔族の人達が行う、盛大な喧嘩祭り…もとい、武闘大会。
人間の間でも裏の一部、知る人ぞ知る大会として有名らしいです。
毎回、大会目的に沢山のお客さんが来ますから。
私達の村もとっても潤いますよ。三年に一度の稼ぎ時です。
即席宿屋や宿舎、土産屋の準備も三年がかりで行い、私達はうはうはです。
更には魔王公認の公営トトカルチョが行われ、一部で美味しい思いを味わえます。
私も、前回の大会ではまぁちゃんにアドバイス貰って沢山儲けました。
あれって四天王戦あたりになると誰が勝ってもおかしくないから、予想も大変なんだよね。
まぁちゃんに丸秘資料をこっそり見せて貰った、私が言うことじゃないけどね。
魔族だって、地方から沢山の人がやって来ます。
そして大会を観覧している内に影響されます。
血の気の多いのが揃ってますからね。そこかしこで喧嘩や決闘が始まるので、他に被害が及ばない様に、「ご自由にお遣い下さい」という看板付で闘技場が乱立するんですよ。
正に喧嘩祭り。晴れ時々血の雨模様で傘も手放せません。
それでも皆、良い笑顔で殴り合っているので、それはそれで充実しているみたいですけど。
必死にひたすらひいこらと。
崖登りを再開した後、勇者様は既に会話を楽しむどころか、話に耳を傾ける力もなく。
何も見えず、聞こえない程の集中でひたすら、身体を上へ上へと押し上げる。
多分、集中しないと転落しそうだったんだと思う。
勇者様のペースに合わせてひょいひょい登っていく副団長さん。
最後は先に登った副団長さんが手を貸して、勇者様を崖の上へと引き上げました。
私を背中におぶったまま。
…おい、こら。
それはね、分かるよ。
勇者様はもう息も絶え絶えだし、一刻も早く引き上げた方が良いには違いないでしょう。
でもさ、副団長さん。
ちょっとよく考えてみようよ。
私を先に下ろした方が、身体も軽くなるし、力も出せるんじゃ…?
というか、私を背負ったまま前傾姿勢になったら、重心が傾きすぎて危ないと思う。
いや、副団長さんはびくともしないし、体幹だってちっとも揺らがなかったけど。
でもさ、うん。
私が物凄く怖かったんで、善良な村娘を脅かすのは止めて下さい…。
副団長さんが私を背負ったまま、ぐいっと片手で勇者様を引き上げたのは凄いよ?
腕一本で勇者様を悠々持ち上げるのは、とってもとっても凄いよ?
でも勇者様だって、人間二人を持ち上げた副団長さんにビックリしてたよ!
特に、汗一つ浮かんでいない上、ちっとも変わらない表情の鉄面皮具合に!
今日何度目かで思うけど、副団長さんって本当に人間かなぁ…。
私と勇者様の疑いの眼を前に、副団長さんは黙々と休憩の準備を整えていました。
…私を背負ったまま。
………いい加減に、下ろして下さい。
人間かどうか疑ったことは謝るので、一刻も早く下ろして欲しい私です。
まだまだ道の途中。
廟まで辿り着きませんでした。