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4日目 逆さ大瀑布2 ~水の大逆流~




「龍と戦うのは勇者様の役目だと思う」

 それが囚われのお姫様を助ける為となれば、なおのこと。

 王道、王道と心の中で連呼しました。

 そんな若干嬉しそうな私に、勇者様の顔が引きつっちゃった。

「そう言って、俺一人に戦いを押しつける気だな?」

 分かっていたがと、零しながら。

 勇者様は大変不本意そうに剣を構えた。


 私達の眼前に、魔境一の滝として知られる『逆さ大瀑布』。

 そして身をくゆらせ、滝壺から長い上半身を突き出しているのは…


 虹の鱗を煌めかせた、見上げても見上げても足りないほどの巨大な龍。


 水と虹の化身としてたゆたう龍族。

 真竜の下位眷属ながら、精霊の世界に足を半分突っ込んでいるので厄介な相手です。

 彼等『龍』は、自然の化身に近い存在…精霊界に半分ばかり属しています。

 数ある竜種の中でも、かなりの上位に位置しているのは確かです。

 龍という手強い強敵を前に、緊張からか勇者様が唾を飲み込む音がした。



 

 光の迷路で藻掻く羽目になりながらも試行錯誤の結果、移動のコツが掴めつつありました。

 とはいっても、ぐいぐい先に進めるわけでも光の迷路を脱出できるわけでもない。

 ただ、魔力の中心地…術の要か、若しくは術者の居場所に接近できる様になっただけ。


 それというのもリク・レクの蝶のお陰です。

 双子の使役である蝶が、嗅覚で魔力を感知する能力を備えていたから。

 視覚という視覚が光によって乱される、この空間。

 視力に頼らず嗅覚に頼り、魔力を探り。

 それでようやく進めるというのですから、私達だけじゃきっと迷子のままでした。

 これもカーラスティン姉弟が蝶を貸してくれたからだと、深く感謝を捧げました。


 しかし移動は遅々とした物で、中々思う様にはいきません。

 これはどうしようもないな、と皆で溜息大合唱。

 この場に術の行使どうこうに詳しい人間はいない、解決法も見つからない。

 諦めて惨劇を受け入れるべきかと、私達が本気で魔が差し掛けた時。

 意外な人物が、埃の積もった知識を発掘したのです。

 

 そう、サルファが。


 軽薄でナンパで遊び人ですが、サルファは仮にもマルエル婆の、えーと遠い孫?です。

 無駄に生きすぎた生き字引は、色んな事を知っています。

 そのマルエル婆経由で、以前拾った知識とやら。

 大分うろ覚えだと言いますが、この際、腐った藁でも縋ってやろうと。

 私達は言い渋るサルファを締め上げて吐かせました。

「こんなことしなくっても、喋るってーのにぃ…」

 気分です。気分。

 私達はサルファの不満そうな声など黙殺し、進むべき道を定めました。


 サルファ曰く。

 魔力を辿った先には術の要か術者がいるはず。

 その要を壊す、もしくは術者に解かせることができれば。

 そうすれば私達は自由だと、そう言うのです。

 

 サルファに従うのは癪でしたが。

 この際だから、他に道も見つからなかったから。

 だから私達は、蝶に魔力を辿って術者あるいは要を探す様、指示したのです。



 そして現在。

 私達の眼前には、馬鹿みたいに巨大な滝と、馬鹿みたいに巨大な龍がいます。

 言っちゃなんですが、壮観でした。

 滝壺からずばばーっと勢いよく飛沫を散らしながらの出現もそうだけど。

 何よりもやっぱり、虹色の蛇体が見事なり。


「………リアンカ」

「何ですか、勇者様」

「お前、アレと俺を戦わせるつもり…だったのか?」

「経緯は多少狂っちゃったけど、まさに」


 勇者様がそれはそれは深いふか~い溜息。

 それからガバッと顔を上げて、厳しい顔でビシッと『滝壺の主』を指差しました。


「どう考えてもおかしいだろう!? こんなのと対決させようとするな!」

 勇者様に怒られました。


「本人の承諾無いまま戦わせようとするな! あともうちょっと、容赦と手加減を覚えろ!!」

「私は企画しただけだから、手加減容赦の交渉は直接本人とお願いします」

 まあ、今回はそんな交渉、無意味でしょうけど。

 何しろこの戦いは、私がセッティングした訳じゃないので。

「だから私に言われても…」

「そもそも元から戦わせるつもりだったお前以外に、誰に言うんだ」

「でもだからって、実際に私が仕向けた訳じゃないし。本当の本当に、本気で偶然ですよ?」

「本当に偶然なのか、とても疑わしいんだけどな…?」

 口ではブツブツ言いながらも、前進する為には仕方ありません。

 ええ、仕方ないと、勇者様もご存知です。

 だからこそ。

 勇者様は龍に立ち向かう為、手に持つ剣を抜き放ちました。


 …とはいっても。

 この相手は真の敵というわけじゃなくて。


 ナシェレットさんに命じられた、ただの足止めですけどね。

 いかな『逆さ大瀑布』の主といえども、上位種の権力者には逆らえません。

 間違っていると知っていても、上司の意向には従わなければならない。

 上下関係がきっちりしている、竜種の世界も中々に厳しい御様子です。


 心持ち疲れた様子で、龍が深々と溜息をつきました。

 その様子が、何だか勇者様とダブって見えたのは内緒です。


「…あの龍も、苦労しているんだな」


 だけど魂が共鳴したのか。

 勇者様ご自身が、何やら龍に通ずるところを感じとっているようでした。




 勇者様と龍の戦いは、太陽が頂点に来るのと同時に始まりました。

 そしてそれは、この滝が『逆さ大瀑布』と呼ばれる所以となった時間帯でもあります。

 相対する勇者様と龍の背景で。

 魔境一の規模を誇る大滝が、逆さに逆流し始めました。

 正に天をつく、怒髪天。

 逆巻き逆流する反動で、空全体を『水』に染め上げながら。

 

 光を反射し、乱舞する『水模様』。

 空という空いっぱいに、乱舞する光が虹を描き出しました。


 水の柱と言うよりも。

 私達の視界を埋め尽くす、空へと昇る水の幕。


 怒濤の勢いで逆に流れる水に足を取られると、漏れなく死が待っている。

 空へと巻き上げられて、鳥が行けるよりももっと高く。もっと遠く。

 空の上へ上へと、吹っ飛ばされてしまう。

 あまりの勢いと、突然さに。

 大概の生き物は自己を立て直す前に気を失ってしまう。

 そうして遙か彼方に広がる大地へと、叩きつけられてしまうのだ。


 粉々の、粉微塵に。

 飛び散り弾け、原型が無くなるほど、バラバラになって。


 逆さ大瀑布に巻き上げられて、生き延びられる者は稀。

 気を失わずに自己を保てても、空でも飛べない限り先ず死んでしまう。

 この人外魔境に沢山の友人知人がいる私。

 そんな私でも、確信を以て生き延びると断言できる者は10人に満たない。

 (それでも確実に、5人はいる。)


 自然の化身である、精霊系の存在は原型を失っても死にはいないけれど。

 そんな反則的存在以外で、逆さ大瀑布の猛威に逆らえる者はいない。

 

 危険だけど見応えのある、逆さ大瀑布。

 毎日、正午からの1時間だけ、見られる脅威。

 その時間帯、水に足を浸す者はいない。何故なら当然、死ぬから。

 でも今、なんでだろう。

 逆巻く滝をバックに立ち会う一人と一頭。

 何故か私の目には、両者が滝壺に足を浸しているようにしか見えない。

 ちょっとちょっと、勇者様!? 死ぬよ!?


 いや、虹龍は良いよ? この滝の主だもん。

 間違っても巻き込まれることはないでしょーし、ずっとここに住んでるから慣れてそう。

 でも勇者様は、そうはいかないでしょ!?

 貴方、飛べないよね?! 此処、初体験だよね?!!


 …そういえば逆さ大瀑布の詳しい説明も、注意もしてなかったよーな。

 うん。していなかったことに思い当たる。

 私の顔が、青ざめるのが分かった。



 千年前の魔王が、時間を巻き戻す魔法の練習に失敗した。

 以来、練習場だったこの滝の水は、毎日きっちり同じ時間に水が巻戻る。

 彼の魔王の魔法は、未熟でも余程強力だったのでしょう。

 未だ、それに逆らえる者はいないと言います。

 

 そのせいで今、勇者様の命が脅威にさらされようとしていました。



 ………忠告するにも、今からじゃもう間に合わないな。

 うん。頑張れ、勇者様。死ぬな。


 いざという時は、惨劇製造器(まぁちゃん)を目覚めさせるべきでしょーか…。

 危なくなったら、まぁちゃんを叩き起こしてでも助けようと思いました。




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