4日目 逆さ大瀑布1 ~光に迷子~
「永遠の迷子と、惨劇の目撃者。どっちがいい?」
「それは所謂、究極の選択というものでは…」
私の出した質問に、酷い顔で、勇者様は…
生ける惨劇製造器と化すまで秒読み切ったまぁちゃんを昏倒させて、事なきを得て。
置いていくのはリク・レクに対する嫌がらせにしかならないし。
副団長さんの荷物が、張り切って追加されました。
「リアンカ、これを使うと良い」
カーラスティン姉弟もまた、穏便な解決(竜の半殺し)を望んでいるのでしょう。
私達へのせめてもの助力だと言って、足を化してくれました。
ええ、双子の使役。巨大な黒揚羽の魔獣を。
これに乗っていったら、大分時間も距離も稼げます。
同じ空を飛ぶにも、マリエッタちゃんでは重量オーバー。
私達の可愛いお鳥様には、残念なことに4人までしか乗れないんです。
しかも4人以上乗る場合は、荷物に制限が発生します。
だから、正直どうしようかと思ってたんですよね。
大助かりで私達は、黒揚羽の頼りなさげに見えて安定感抜群の蝶の背に乗りました。
「モ●ラー…!」
「ん? サルファ?」
何故か謎の感動を噛み締めている遊び人は放置の方向で。
私達は、空の彼方を目指して逃亡竜の追跡に入りました。
でも、直ぐに私達は無視できない問題にぶち当たってしまったのです。
これがもうちょっと易しい問題だったら、さらっと無視したのにー。
蝶の羽ばたく空の最中。
私はうっかり重い溜息をつきました。
私の背後にいた勇者様は気付いたみたいで、心配そうに私を見てきます。
「どうした。何か案じることがまだあるのか?」
「いえ、折角せっかく、勇者様のしごき計k…じゃなくて、観光計画を立てたのに、と」
「おい。今うっかり本音が見えたぞ」
心持ち嫌そうな顔で、「やっぱりしごくつもりだったのか」とか呟いています。
何やら身の危険を感じていたみたいですね。
計画が頓挫したこと自体は、むしろ喜ばしいと思っていることがバレバレですよ?
でも勇者様が安心した通り、計画は破棄せざる得ません。
本当に折角考えたのに。
これじゃ台無しです。
「参考までに聞くが、何をさせるつもりだったんだ」
不満そうな私に、勇者様は空気で気付きました。
そして、少しでも私の感情を晴らす為か、質問してきたのです。
嫌そうながらも確認してくる勇者様は、微妙に眉を寄せていて。
難しそうなお顔が、じっとりと私を問い詰めます。
…この騒動を考えたら、もう計画を無事遂行とはいきそうにないしなー。
予定が大幅に狂ってしまったので、話すのもアリかと思いました。
だから、まあ。
企画書を読み上げるが如く、滑らかに教えて差し上げました。
「まず今日は、本来なら『逆さ大瀑布』まで行って、精神修養ついでに『滝壺の主』と死闘を繰り広げてもらうつもりでした」
「さらっと死闘という言葉が出てきて、やっぱりかと思った自分が嫌だ」
「魔境一の水量・落差を誇る滝の滝壺ですから、主も規格外ですよー。ズバリ龍族です」
「ある意味、タイムリーな話題だと言ってほしいのか?」
「いえいえ、ただの偶然ですよ。ナシェレットさんとは別種族ですし」
別種族ですが…ナシェレットさんたち『真竜』の下位種族なんですよねー?
更に言うなら、水龍の癖に光の眷属だった気がしなくもありません。
誘拐竜の行方を追って向かう先、遠くから囂々と滝の音が微かに響く。
本当に、なんてタイムリー…。
今から先の展開が読めてしまいました。
『逆さ大瀑布』の場所を知らない、勇者様とサルファ。
だけど知っている私と副団長さんは、今後の成り行きが見えて微妙な気持ちになりました。
ふわっと軽く、全身になにかがまとわりつく感覚がしました。
此処は未だ空の上。
あと30分くらいで逆さ大瀑布に着くかなという頃合い。
ゆっくりとからみ、鈍く微かな重い感触。
「うわ、これは…」
正直、「きたな」と思いました。
周りの景色は何も変わっていない様に、そう思えるのに。
緩い感覚に気付いた後で、空気しかないはずの其処に目をこらす。
ぐにゃっと、空気が歪んだ気がした。
「なんだ、これは」
勇者様も異変に気付いてか、慎重に、用心深く周囲に目を走らせる。
だけど異変なんて、何処にもない様に見えて。
その実、何処にでも…私達を取り囲む全方位全てに、異変はあって。
まとわりつく光の綾織り。
細く線の様に伸ばした、虹の糸に絡め取られる。
私達は今、異変を感じると同時に、何者かの術に取り込まれていました。
そう、虹の色を帯びた、光に関わる術に。
ぐにゃっと歪む視界の端々に、光を弾く虹の帯。
七色の光を、私達の目に見える全てが…空までが。
纏っている。覆われている。包まれている。
私達は目には捉えることのできない、光の迷路にすっかり取り込まれていました。
これがなんなのか、厳密なところを私は知りません。
でもどういった性質を持つのか、容易く想像できてしまいました。
そしてその想像は、きっと外れていないのです。
この光の迷路は、私達に…まぁちゃんに対する、足止め。
術から解放されない限り、私達はどこにも進めません。
それこそ後にも、先にも。目に見える遠くへは行けなくなってしまったのです。
人間含め、生き物は視覚に頼って位置を把握し、進む方向を定めます。
だというのに、私達は今、その視覚にまやかしをかけられている。
まやかしだと分かっているのに、対処できないまやかしに。
きっとがむしゃらにどれだけ進もうとも、実際には現在の地点から離れることもできない。
目に見える遠くには、行けない。
私達は迷い込まされ、錯覚を与えられ、自覚を奪われて。
そうしてきっと、進めば進むほど、元の場所に戻ってきてしまうのでしょう。
こんな複雑な光の術を、こんなに大規模に。
しかも対象者に術をかけられる瞬間さえ悟らせないなんて。
相手は余程の手練れ。もしくは光に高い親和性を持つ。
この光に纏わる術を使ったのは………。
私が溜息をつくと、副団長さんも溜息をつきました。
ああ、うん。溜息もしたくなるよね。
疲れという嫌な感覚を、副団長さんと共有してしまいました。
蝶もすっかり空で立ち往生してしまい、どうしたらいいのか分からずに混迷しています。
なんとか有効な指示を出してやれれば良いんですけど。
残念なことに、私も副団長さんも魔法初心者です。
勇者様も魔法は使えるものの、自分の魔力量と適正を理解していない当たり、初心者です。
どうしよう。術を破ろうにも、素人しかいない。
そのことに気付いて、ちょっと愕然としてしまいました。
こうなってしまったら…ここは、最終兵器を目覚めさせるべきなのでしょうか。
いやでも、そんなことをしたら、怒りで森が焦土と化しそうな…。
そんな究極の選択、私一人で選びたくはありません。
この選択を共有してくれる誰かが、生贄的な誰かが、早急に欲しくなりました。
そしてこの場合、生贄と言ったら連想するのはこの人です。
「勇者様、究極の選択の行方…委ねて良ーかな?」
そうして話は、冒頭に戻ります。
私の言わんとするところを察し、勇者様が困った様な顔になりました。
「他に方法は?」
「思いついていたら、この質問も無かったんですけどねー」
「そうか…」
勇者様が、頭を抱えました。
ええ、そうです。
私達の言う「究極の選択」
それはまあ、ずばりまぁちゃんを起こすか否かです。
なんでそんな質問を?といいますと
私達の力では、この光の術を打ち破ることなどできそうにないからです。
でもそれだけなら迷子になってれば済む話。
間の悪いことに、私達の元には一つの選択が与えられていました。
術を破れないのなら、破れる人に破って貰えばいいという、ナイス他力本願な選択が。
ですが問題は、その「破れる人」が現在第一級危険物指定入っちゃってることです。
今起こしたら、術が破られるのと同時に、血の雨が降ります。惨劇です。
行く手を阻む物は全て焼き尽くしそうなくらい、今のまぁちゃんは怒っているはずです。
それがわかりますし、まだナシェレットさんも調伏していません。
全てをまぁちゃんに任せてしまえば、とんでもないことになるのが分かっているのです。
だからこそ、私は聞きました。
「永遠の迷子と、惨劇の目撃者」のどちらが良いのかと…!
中々の極論で、暴論でした。




