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4日目のあさ


 カーラスティンの森、その小屋にて。

 私達の目覚めを突き破ったのは、騒々しくも激しく開け放たれた、ドアの音。

 つまり、何が言いたいかと言いますと。


 夜明け前の朝一で、何故かカーラスティン姉弟がドアを蹴破って現れました。


「なにごとぉおっ!?」

「敵襲か!?」

 私の叫びと、勇者様の叫びが同調しました。

 敵襲って…そんな発想が第一に来る様な、殺伐としたナニを経験してきたんですか。

 寝惚け眼の私達を前に、珍しく眉を寄せた顔のリク・レクが。

 おろおろ狼狽える私達に、言い放ちました。


「セトゥーラ姫が、誘拐された。」


 なんたることでしょう。

 無責任にまぁちゃんを煽るお言葉は、見事に私と副団長さんを凍り付かせたのです。

 私達は、まるで地獄の底でも覗き込む様な気持ちで、おそるおそると。

 ええ、これ以上ないくらいに、おそるおそる、まぁちゃんに目を向けました。


 そこには、表情というものが抜け落ちた、能面の様なまぁちゃんの顔が。


「ひっ」

 本気で恐怖を感じましたよ。

 ええ、まぁちゃんに可愛がられて育った17年。

 その短くも長い17年で、初めて見る顔がそこにあります。

 こんなにまぁちゃんのことを怖いと思うのは、生まれて初めてでした。


「下手人は?」


 感情の波など全く感じない、静かな声でした。

 その奥底に潜むモノが、びりびりと空気を鋭く尖らせる。

 私は怖さの余り、勇者様を盾にしました。

 勇者様はいきなり豹変したまぁちゃんに、完全に凍結しています。

 

 まぁちゃんの静かな殺意に晒され、リクが辛そうに顔を歪める。

「犯人は、光竜のナシェレット」

 一言だけ、告げる。

 でもその一言だけで、雄弁に何があったのか分かります。

 ええ、私やまぁちゃんにとっては、既に聞き飽きた名前でした。

「あの、クソ駄竜が…」

 まぁちゃんの声は、ぞわっとするくらい鋭い殺気にまみれていた。


 嗚呼、とうとうやっちゃったのね。ナシェレットさん。

 後先考えず、早まっちゃって…

 この後、どんな目に遭うか想像できないこともないでしょーに…。


 目元を歪め、まぁちゃんが口許を吊り上げる。

 なんたる妖艶な笑み。

 そこにまぁちゃんの、無言の死刑宣告が見える。

 止めて! これ以上こわい思いは沢山だから!!

 状況の飲み込めないでいる勇者様なんて、自己防衛本能から今にも抜剣しそうだから!!

 

 今この場には、まぁちゃんに対する恐怖が渦巻いています。

 心なしか焦りを滲ませ、リクが説明を続けようと頑張りました。

「誘拐されたのは昨日。村の家畜という家畜を暴走させて、陽動にした」

 ああ、それでリクは村中の家畜を診察に行ったの。

 お疲れ様です。

「今、まぁ坊に顔向けできないからって、リーヴィルが追跡してる。

城はまぁ坊に知らせるか迷ってたけど、私が会うって言ったら伝言頼まれた」

「伝言? 何を頼まれたのか、言ってみろ」

「…早まるな、って」

 

 ごくりと、リクの唾を飲み込む音が聞こえました。

 ああ、彼女も分かってるんだよね。

 その伝言、まるで意味がないってことを。

 確実に言っても無駄だって、この場で分からない人はきっといないよ。

 まぁちゃんのこの綺麗すぎる笑みに、誰が立ち向かえると言うの…?


 …と、思ったら。なんかこっちに意味ありげな目配せが来た。


 え。私にやれって?

 無理無理! 無理だってば!

 えええ? なんで誰も彼も、私に対して「やれ」って目を向けるの???

 そんな指令を下されても、ただの小娘には荷が勝ちすぎるって!

 なんで私が魔王に立ち向かわないといけないの。

 私とまぁちゃんは、謂わば兄妹みたいに協調した関係なのに!

 そういうのって普通、勇者様の仕事でしょ!?

 …え? 勇者様には荷が重い?

 それこそ私にだって荷が重すぎるって!!


 なんででしょーね。

 私に向けられる、この過度な期待は。

 そんなに求められても、ご期待には添えそうにないのに…


 でも放置してたら、流石にマズイし…。

 仕方がないなー………私は溜息を深くつく。

 それからさり気なく、まぁちゃんに気付かれない様に「あるもの」を皆に配布した。


 静かな怒りを滾らせて、まぁちゃんがゆらりと立ち上がる。

 まぁちゃんの手にかかれば、妹の追跡なんて容易いんだろうね。

 どの方向に逃げたのかも聞いていないのに、まぁちゃんの視線は一方向に固定済み。

 あ。ヤバイ。

 本当にこのまま放っておいたら、すぐにでも行っちゃう!


「まぁちゃん」

 内心でごめんなさいと、申し訳なく思いながらも。

 私は呼びかけに振り向いたまぁちゃんへ一直線に飛び込んだ。

 まぁちゃんが避けたら転ぶ、確実に受け止めてくれる結果を計算して。

 まぁちゃんは目を瞬かせながらも、狙い通り受け止めてくれた。

「覚悟ー!」

「は?」


 ぷつ、と。

 魔王の強靱な皮膚に、針が刺さる音がした。


 静まりかえる小屋の中。

 それは驚くくらいに、大きく聞こえました。



 それから、僅かばかりの沈黙を置いて。

 顔から突っ込むように、まぁちゃんが床に倒れ込んだ。


「な、なにをした!?」

 狼狽える、勇者様の声。

「流石だ。その気になれば暗殺もできそうだな」

 私を買いかぶる、副団長さんの声…って、何その物騒な例え!?

「すげぇね、リアンカちゃん」

 感心した様でいて、薄っぺらいサルファの声。

「「お見事」」

 ぱちぱちと、双子が拍手を贈ってくれた。


 まぁちゃん以外の全員が、私も含めて覆面姿になっていた。


「換気! 換気して!」

 バタバタ慌てて、私達は小屋の窓もドアも開け放つ。

「それより外出た方が早いだろ」

 その言葉にあわわと、私達は小屋から飛び出る。

「一体、何だって言うんだ!?」

 勇者様のお言葉です。

 うん、だろうね。

 事情を把握していなかったら全く意味不明の流れに、勇者様が困惑していました。

 だから、まあ。

 多分説明は私の仕事だと思ったので、勇者様に教えてあげます。

「あのね、勇者様。まぁちゃんは魔王なんだよ」

「それは……………もう、前に聞いた」

 その間はなんですか?

 え、もしかして忘れてました?

 気まずそうに、勇者様が先を促すので続けましょう。

「魔王って、色々と規格外なんだよ。それでさっき、私特製「魔王によく効く睡眠☆薬」を塗った針でぷすっとやった訳だけど」

「それでいきなり倒れたのか」

「うん。だけどね。魔王に効く様な強い薬って、他の生き物には劇薬なんだよー」

「…は?」

「具体的に言うと、ニオイを嗅いだだけで弱い生き物なら死ぬくらい」

「は!?」

「ちなみに人間は『弱い生き物』に入ります」

 あ。勇者様が頭抱えた。

 うわぁお。勇者様の眉間の皺が凄いことに!

「それはもう、睡眠薬じゃなくてただの毒だろうが!!」

 それは、ごもっとも。

 効きの過ぎる劇薬に、勇者様は嫌そうなお顔。

 それよりも更に、そんな薬を私が持ち歩いていることに、嫌なお顔になるのでした。


「さて、それじゃまぁちゃんが大人しくなっている内に行動しなきゃ!」

「劇薬で強制的に意識を落とすことを、大人しくと言うのか…?」

「まぁちゃんの場合は!」

「従兄の扱い酷いな!」

 勇者様がぶつぶつ言ってるけど、あまり構ってる暇はありません。

 何しろまぁちゃんが大人しくなっていると言っても、時間は限られます。

 是非とも暴走が抑えられている間に、私達の手で何とか解決しないと。

 じゃないと、血の雨が降るよ!

 それも種族単位で!!

「…え。なんで?」

 サルファが、焦る私達に首を傾げました。

 ああ、事情を知らないって幸せだね…。

 私は頭に?マークを乱舞させる勇者様やサルファの為に、事件の概要を説明します。


「まぁちゃんには溺愛している妹がいるんだけど、実妹だけに絶世の美少女でね」

「え、美少女?」

 サルファが食いついた。

 本当に軽いな、コイツ。

「初耳だ」

「勇者様には意図的に隠してたから。まぁちゃんが」

「なんでまた…」

 まぁちゃんの兄心故だよ、超絶美形勇者様。

「その妹のセトゥーラちゃんが、昨日誘拐されちゃったの。光竜に」

「ああ、それでさっき、あんなにあの旦那怖くなっちまってたの?」

「うん。それで下手人のナシェレットっていうのは、前々から妹ちゃんに懸想しててね」

「………竜だよな?」

「種族の壁も蹴破るほどの美少女なんだよ」

「おおぉ…そりゃすげー。ちょっと楽しみになってきた」

「…その言葉、まぁちゃんに聞かれたら死ぬよ?」

「真顔で言わないで、リアンカちゃん!」

「しかし、竜の求愛か…」

 勇者様が、難しい顔で考え込む。

 多分、予想できないんだろうな…。


 光竜のナシェレットさんは、本当に前からせっちゃんに思いを寄せていました。

 そしてまぁちゃんに交際を願い出て、その度に蹴散らされています。

 …ざっと、10年位前から。


 当時、せっちゃん5歳。


 私は間近で見物してきた、まぁちゃんと竜の遣り取りを思い出しました。


 10年前。

「魔王子殿下! 是非、妹姫を我が嫁に…!」

「失せろ ロリコン」

 薔薇に付くアブラムシを見る様な、冷たい目でまぁちゃんは竜を見下した。

 きょとんと、幼いせっちゃんが首を傾げる。

「あに、あに、ろりこんってなぁに? めずらしいこんにゃく?」

「ああ、せっちゃん。せっちゃんは知らなくて良いことだ」

「それ、おいしい?」

「多分、苦くて酸っぱいと思う。せっちゃんには美味しくないから忘れような?」

「にがいのやぁー!」

 ぼろぼろに蹴り飛ばされた竜を尻目に、平和な遣り取りをしていたまぁちゃん。

 ナシェレットさんも、この時に懲りれば良かったのに…


 5年前。

「魔王陛下! 何卒、何卒…!!」

「また来たのか変質竜! せめて人化できるようになってから出直してきやがれ!」

「…人化できるようになれば、セトゥーラ姫を嫁に下さると?」

「誰がンなこと言ったぁっ!? 大体、年齢差どんぐらいだと思ってやがる! 犯罪だ!!」

「そんな、たかが112歳差で…」

「うちの妹はまだ10歳だっってんだよ!!」

 でっかい巨体をまぁちゃんに蹴り飛ばされて、竜が空を飛ぶ。

 完全なる、他力で。

 そのまま地面に激突して下半身から埋まっちゃった所に、せっちゃんが通りかかった。

「姫! ああ、麗しの姫! 我が愛を受け取ってはくれまいか…!」

「こんにちはー」

「あ、ああ、ご機嫌麗しゅう」

「なにか御用ですの?」

「いや、だから我が愛を…」

「知らない人から物を貰っちゃ駄目って、あに様が仰るの」

「それは素晴らしい教訓だが、姫よ、我々はもう5年越しの顔見知りで…」

 顔見知りと言うところに、竜の正直さが現れていたと思う。

「そうなんですの?」

「そうなのだ。よって、我々は全く知らぬ仲ではない。だからこそ、我が愛を…」

「それって、このカゴに入りますの?」

 せっちゃんが、綺麗に花で飾られたカゴを掲げた。

 この日、村の寄り合い所でご婦人方に教えて貰い、作ったばかりのカゴ。

 その大きさは、せっちゃん10歳が片手で持てるくらいで。

 苦笑を漏らし、竜がゆったりと首を左右に振った。

「いいや。我が愛は、そのように小さく収まる様なサイズでは…」

「じゃあ、いらないのー」

「なんと!?」

「だって、荷物になるんですもの」

「に、荷物…」

「重い物だと、持って帰るのも大変ですもの」

「重い………」

 竜がせっちゃんにトドメをさされて、ぐったりと項垂れました。

 見ていて思ったものです。

 全く味方をする気はないけど、不憫だなぁ…と。


 あの竜が、とうとう暴走しちゃったわけですよ。

 まぁちゃんが城を開けてること、どこからか知ったんでしょーね。

 突然のことだったから、せっちゃんの守りも充分に用意してなかったんだと思う。

 その結果、せっちゃんが攫われたわけだけど…


 十中八九、せっちゃん自身は事態を把握していないことに、全財産賭けても良い。

 

 頭の中は春の花畑みたいに平和なせっちゃんだもの。

 今頃きっと、誘拐された自覚もなく悠長にお茶でも飲んでいると思う。

 そんなせっちゃんのぽややんとした態度に、竜も二の足踏んでいることでしょう。

 強引な態度に出るに出られず、今頃は困り果てているはず。

 その様子がはっきりと、想像できて笑いそうだよ。

 でも、笑い事じゃないんだよね…。

 竜が何か明確な悪さをする前に、せっちゃんを救わないと…。

 じゃないと、まぁちゃんがキレる。

 世界を滅ぼす勢いで、まぁちゃんがぶちキレる。

 でもこの場合、滅ぼすのは世界じゃない。


 光竜だ。


 しかも困ったことに、あの光竜はちょっとした大物です。

 竜の最上位に位置する支配種、真竜。

 竜の谷に集落を作る彼等は、8の氏族と1の王族で構成されます。

 あの光竜ナシェレットさんは、次代の光の氏族長なんです…。

 あんなのに一族の未来を託したら、遠からず魔王とぶつかる気はしていたんですが…。

 思った以上に早く、その事態が訪れそうで私達は焦ってしまいます。

 あんなのでも跡取りです。

 ナシェレットさんがまぁちゃんに殺されたら、光の氏族も黙っていないでしょう。

 結果として巻き起こるのは、一族全体を巻き込んだ竜と魔族の大戦争。むしろ怪獣大合戦。

 そんなものをされた日には、私達の村も被害甚大なんですけど…!

 何しろ竜は、空を飛べます。

 空から攻撃でもしたら、私達の村もとばっちりが酷いことに!

 まず、家畜は全滅でしょう。畑も台無し間違い無しです。

 私達の村には、百害あって一利なし。

 何としても、そんな最悪な未来を実現させるわけには…!!


 穏便に事を済ますには、ナシェレットさんを程々にボコボコにしたところで止めることです。

 殺しちゃまずいんで、寸止めの半殺しでまぁちゃんには我慢して貰う必要があります。

 まぁちゃんだって、普段はそこの所分かってるはずなんです。

 でも今は、大事な妹誘拐されて、頭に血が上ってますからねー。

 これで竜がせっちゃんに何か悪さをしようものなら………


 ………大虐殺、確定です。


 馬鹿竜がどっちへ向かったのか、リク・レクに詳しく聞いて。

 赤黒く染まった未来を阻止する為にも、私達は先を急ぎました。

 魔境の未来が、私達の肩にずっしりとのしかかっていました。


 重たすぎるよ、魔境の未来。

 悲惨なことにならない為にも、勇者様、超頑張ってね! ←他力本願


 


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