3日目 カーラスティンの魔獣の森 オマケ
久々に、リアンカ視点。
「しみじみ思うけど、こうやって改めてみると、やっぱり勇者様って強いねー」
「人間にしてはな」
「いや、あれなら魔族が相手でも引けは取らないだろう。勇者殿の名は伊達ではないな」
私達の目の前、魔獣と戦う勇者様は、いつしか己も獣のような身のこなし。
ちょっと私の目には追えません。なんか残像見えます。
おおぅ…勇者様が6人くらいに見える…!
あれ、どうやってんだろ。
あんな動きが果たして人間に可能なのか…。
まあ、まぁちゃんが本気なら20人くらいに見えるのを思えば、まだ人類の範疇…?
本当に、あれを人類の範疇内に分類しても宜しいんでしょうか。
今更改めて、勇者様に疑問を抱く瞬間でした。
現在勇者様は、お一人で8頭の魔獣を相手に戦っておられます。
大型の獣ばかりだともたつく為でしょうね、中小の魔獣も交えて飛び掛かる猛追。猛攻撃。
魔獣達が複数で一斉にかかって同士討ちもせず、動きに澱みもなく連携の凄まじさ。
まさに息もつかせぬとは、こういう感じなんでしょうね。
仲間の動きに阻害されることもなく、互いを援護しながらの連携は凄いですね。
その動きを、操作しているリク・レク姉弟が。
二人の音色に乗せた指令に、忠実に従う魔獣達。
確立された命令系統。
あそこまで徹底的に仕込み、数多の魔獣を従えた二人。
進んで従う魔獣達の姿は、偶にゾッとするくらい規律が整っています。
あの二人、怖いんだよなー…
ハテノ村、逆らってはいけない人トップ10にもう20年も食い込んでいる二人ですから。
うっすら魔族の血を引いてるんでご長寿&謎の若々しさ。
お陰で見た目からは分かり難いですけど、実はさり気なく、正真正銘の猛者ですよ。
付いた渾名は『ご近所のお騒がせハーメルン』。
でも一部の魔族にはこう呼ばれています。
『魔獣の玉座』…と。
そこは王とか女王じゃないのかと、前にまぁちゃんがツッコミ入れてました。
名付け親は、そこは断固『玉座』だと言い張ってましたけど。
なんか、変な拘りがあるらしいです。
戦闘も続き、いつしか主旨は魔獣の運動不足ではなく、別のモノへと。
勇者様が一度に何頭相手にできるかに移行しようとしています。
勇者様も不平不満を欠片も零さず、突っ込んでくる魔獣を律儀に相手にするから。
だから、こんなことに。
現在勇者様は、1対15という無茶なカードをこなしておられます。
よくやるよ。本当に。
見ている方はいつ勇者様が膝をつくかと、見応えあって面白いけど。手に汗握るよ!
不謹慎ですが、ただいまこちら即席観客席にて。
勇者様が一度にお相手何頭まで耐えられるか、賭が発生しております。
参加者はリク・レク、まぁちゃん、副団長さん、サルファ。
そして親が私。
ええ、発端です。発起人です。私が言い出しました。
お願い勇者様、30頭まで頑張って! そして私に臨時収入稼がせて!
いつしか応援には、それぞれ私達の邪念が入り交じり始めておりました。
「そろそろ、やばいか…?」
「いや、まだいけるだろう」
「危なくなったら、まぁちゃん、助けてあげてね」
「おう。任せとけ?」
「勇者って渾名だと思ってたよ、俺。もしかしてアレってマジ?」
「気付くのおせぇな」
「いや、よく考えたら此方の素性は一切説明していない」
「自己紹介すら曖昧だよね、私達」
「そういえば、確かに」
「そうだよ! 俺一人がコジンジョーホー開示してる状態なんだってば」
不公平とぶうぶう言うサルファの首に、ぐいっと副団長さんの腕が回る。
「そう言う主張は、個人情報くらい正しい発音で言える様になってからしろ」
「何コレ、俺の扱い酷すぎ!」
あの出会い、第一印象の悪さじゃ仕方がないと諦めろ。
勇者様が孤軍奮闘していると、やがて空からひらりと蝶一匹。
その大きさは桁違いで、明らかに異常。むしろ異形。
ふよふよと空を舞うのは、馬より大きな黒揚羽。
リク・レクの使役です。
あれでも魔獣に分類されるんですが、どう見ても獣じゃなくて昆虫。
急ぎの仕事が入った時や、伝達事項がある時。
そんな時の連絡手段の為として、リク・レクが森にいる間は村に待機している蝶です。
それが此処にいると言うことは…
村の方から、リクかレクにお知らせがあるということで。
「…ああ」
ふよんと舞い降りた蝶が囁いたのは、リクの方。
リラを掻き鳴らしながら、リクが蝶へと注意を向けます。
その間も指は超絶技巧。指示一つ間違えないので、ちょっと化け物入ってると思う。
「残念。村の方で急患が出た。診察に行かないと」
「馬? 羊? 牛? それとも山羊?」
獣医という職に就いているリクが急患というのです。
村人として気にならない訳もなく、私と副団長さん、まぁちゃんは答えを待ちます。
「ふふふ…その全部だよ」
「何があったハテノ村…」
思いも寄らぬ情報に、うぐっと詰まりますよ。
我が村で一体何が起きているのか…。無性に気になります。
でも動物のことで私達が行っても、何にもなりませんよね。
いや、私ならちょっとは役立つかもだけど。
まあ、でも。
動物のことならその道のプロ、リクにお任せしましょう。
彼女には意図的に獣を魔性に落としているのでは、という疑惑の噂があるけれど。
それでも頼りにせずにはいられないくらい、彼女は腕の良い獣医なのですから。
「途中で抜けるのは残念だけど、仕方ないや。賭の行方はレクに託すから、頼んだ」
お姉さんの言葉にレクが頷くのを確認してから、リクはリラをしまいます。
それからひらりと、蝶の背に飛び乗りました。
昆虫の分際で人の体重を支えられるのか、墜落するのではと誰もが一度は思います。
でも、あの蝶一匹で毎日リク・レクの二人を乗せて村と往復してるんですよ。
多分、その変は蝶が魔力を使って補助しているのでしょう。
まるで滑る様についっと空へと舞い上がり、ひらりと揺らめく。
あれで馬より速度が出るらしいです。
「リアンカ、貴女の薬棚を漁っても良い?」
「構いませんよー。毎度あり!」
求めに応じて、私はお空のリクへと鍵を投げ渡します。
「在庫確認はしてあるし、村に帰ったら減ってる分だけ料金請求するね」
「それ、怖い。関係ない料金まで請求されない様、施錠の確認はしっかりする」
「お願いしまーす。明日の朝までここにいる予定だから、使い終わったら鍵返してね」
「明日の朝までには、必ず」
そう言い残して、リクは空の果てを村の方へと消えていきました。
そして、レクが残されたわけですが。
…この双子で、理性の利きが良いのは、間違いなくリクの方です。
レクは、ずばり言って姉以上の社会不適合者。
歪んでいるというか…理性とか良識というものはゼロ。むしろマイナス。
普段は分別も付くんですが、己の欲求に忠実なんですよね。
そんな彼が一人、残されて。
はい、私達は今、賭の最中。
そして比較的自制と理性の働く姉が消えたとなれば。
…うん。こうなるよね。
姉が消えた途端、レクがギラッと目を光らせた。
そうして彼の指示を忠実に、魔獣達は厳守して…。
「うわぁ…」
「えげつねぇな」
「あの人、今度こそ死んだかな、これは」
「いや、まだ行けるはず…!」
いきなりのことですが。
欲に眼が眩んだのか、それとも純粋にそうしたかっただけか。魔獣可愛さなのか。
レクが、うん。
うん、レクが…その、ざっと目算で約50頭の魔獣を殺到させちゃったよ!
ええ、勿論、勇者様1人に対して。
あんなに大量すぎる魔獣でも、それでも統制の取れた動きで連携できるんだね。
そこにレクの飼い主としての手腕が見えました。純粋にすげぇ。
今度こそ、勇者様死ぬかな。
いきなり3倍に激増した敵の数に一瞬だけ、ぎょっと目を見開いて。
でも次には、勇者様の眼はそれまで以上に強く、鋭く変わっていて。
あ。あの人まだやる気だ。
本当に、程々にしないと死ぬよ?
だけど勇者様は迸る殺気を漲らせ、魔獣の群れに自ら突っ込んだ。
自殺行為に近い行動に、私ぽかーんと。
サルファもぽかーんと。
まぁちゃんと副団長さんだけ、ふむふむと頷いていて。
多すぎる敵を相手に、勇者様が小回りを活かして立ち回っておられる。
獣の腹の下を潜り、背後に回って蹴り上げて。
返す動きで、手近な魔獣を殴りつけて。
そうして………って、こなしちゃってるよ!
え、続行ですか? このまま戦いは続行なんですか!?
あの人、今まで知らなかったけど立派な化け物だよ!!
汗を流し、息を乱しながらも強く、鋭く、切り裂く様に。
50に上る魔獣を相手に、明確なダメージを避けて戦いを続行する、その姿。
凄い、と言う以前に。
うん、寒気がした。
副団長さんのこと言えないって言うか…副団長さんより凄いよ!
まさか彼を越える化け物ぶりを、あんな人畜無害そうな好青年が発揮するなんて。
今まで知らなかった勇者様の強者っぷりに、肝の冷える思いがしました。




