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3日目 カーラスティンの魔獣の森4 ~三匹の巨豚~

今回も勇者様視点でお送りします。




 表情一つピクリとも動かさず、双子のリクの方が言った。

「本日は私達の可愛い魔獣ちゃん達の運動不足解消に、貢献して下さるそうで…」

「何時の間にそうなったんだ…!?」

 俺は全然聞いてない。

 またもや、初耳情報きたー!


 

 この世界には、魔力を宿す凶悪な魔性は二つに区分される(魔族は除外)。

 それは魔物と魔獣。

 どちらも余り変わりはないモノとして、一緒くたにされる事の多い存在。

 だけど魔物と魔獣には明確な違いがある。

 それは魔物が異形であることに対し、魔獣は普通の獣を原型としている事。


 そしてリアンカの説明に寄れば、カーラスティンは積極的に魔獣を保護しているのだという。

 世界の常識として、魔獣は保護対象から外されている。

 むしろ溢れる魔力で何をするか分からない、害獣指定を受けている。

 ただの動物であったモノが突発的に存在として肉体が作り替えられ、いきなり魔性へと堕ちる。

 そんなものは、ただの厄災だ。

 だというのにカーラスティン姉弟は、魔獣を見つける側から保護する癖がある。

 生物として生まれたものを、その生物が悪いわけでもないのに変わってしまったからと狩る。

 そのことを哀れみ、しかし同情抜きに慈しんでいるのだという。

 本当に心の底から、愛おしい生き物として。

 

 その志から整備されたのが、このカーラスティンの森。湖の中の離れ小島。

 最初は村で魔獣牧場を作ろうとしたらしいが、人里は色々と問題が多く発生したとのこと。

 そこで問題を回避する為、双子の作る魔獣の楽園は此処へ場所を移したらしい。

 ああ、だろうな。場所を移したのは正解だと俺でも分かるよ。

 この外界からは隔離された森の中、魔獣が活き活きのびのび暮らせる環境を目指して。

 難点は離れ小島という環境が狭く区切られる為、魔獣達が慢性的な運動不足になること。

 それを解消する為、度々魔族など、猛者に訪問して貰って遊んで貰っているという。

 それは本当に、遊びなのだろうか………。

 

 何はともあれ、そうして移転以来30年、二人は魔獣を守り保護してきたという。


 ………30年。

 …って、アンタ等いくつだ!?


 外見は10代半ばにしか見えない二人の、深淵を覗いてしまった気がした。



 先程も述べたけれど、魔獣は魔物と明確に違う生き物だ。

 元々、存在の根本からして二つは違う。

 先天的に、生まれた時から魔性を宿す生粋の異形生物が魔物。

 後天的に、生まれた時はただの獣であったモノが何らかの要因で魔性に堕ちたのが魔獣。

 本来はただの獣であったモノを元とするだけあり、魔獣には獣の面影が残っている事も多い。


 でも今回みたいな、これは…

 ちょっと、本気で脱力してしまいそうになるから勘弁して欲しいと思った。


「そんな訳で、一番手は我等が魔獣(かわいこ)ちゃん達の中でも運動不足ナンバーワン! 深刻な肥満に早急の改善が求められるのは、太りすぎに健康が案じられるポーク三兄弟!!」

「それはつまり豚かーっ!?」

 豚か? 豚なんだな?


 豚だった。


「って…でかっ」

 ただし、やはり規格外の。

 規格外の大きさを除外すれば、どこからどう見てもただの豚だった。


 鳴き声も興奮気味に現れたのは、何とも傍目に縮尺が狂ってしまいそうな巨体。

 色白で、「ぴぎぃっ」とか「ぷぎーっ」とか鳴いているソレ。

 それぞれ全長役7m、5m、3mという、豚にしては大きすぎるナニか。

 ちなみに大きいのから順に兄だとか。


「おー! またでかくなったんじゃねぇのポーク三兄弟!」

「成長期だねー。豚っていつまで成長するのか知らないけど」

「随分食いでがありそうな豚だね、リアンカちゃん!」

「言っておくが、食う為に育ててる訳じゃないと思うぞ?」

「その割には「食う気満々」みたいな通称じゃん!?」


 外野はいい気なものだな。

 自分が相手をしないで良いからと。

 相手をするのは俺だからと、その呑気な野次はどうにかならないのか…?


「それじゃ勇者様、ポーク共がガリガリになるまで絞ってやって!」

「豚って絞って良いのか…?」

 豚をガリガリになるまで痩せさせろという謎の指令に、俺は大いに戸惑った。


 こちらの心の準備もまだだというのに。

 臨戦態勢なのか、カーラスティン姉弟がすちゃっと構えた。

 …楽器を。


 うん、どこからどう見ても楽器だ。武器には見えない。

 リクの方がリラを構え、レクの方が葦笛を口に付ける。

 この流れで、何故に楽器…。

 この2人、薄々そうじゃないかと思ってはいたが…

 もしや、魔獣使いなのか?


 今では伝説となってしまった名称だが。 

 遙か昔は楽の音を用いて魔獣を操る『魔獣使い』という集団がいたらしい。

 もう伝説になってしまった、技も名も廃れてしまった存在だけど。


 大量の魔獣を保護し、支配下に置く姉弟。

 その手には、楽器にしか見えない道具。

 それを手にする2人は、本当に魔獣使いなのか…?


 俺の疑問が解消されたのは、ポーク三兄弟が突撃してきた後だった。



「さあ、まずはそれ行け長男! 巨体で潰せ、トンカツ君!」

 凛々しい声の号令の下、一番大きな豚が突進してきた。

 凄まじい勢いで駆けてくる豚の巨体に気圧されそうになりながら、俺は叫んだ。

「って、やっぱり食うつもりだろその名前っ!!」

 一番気になったのはそこだったんだ。


 長男豚は巨体の分、小回りは利かないが迫り来る重量が迫力だった。

 ぶよっとした身体に押し潰されたら、俺なんて窒息してしまうだろう。

 いや、潰れる。うん、潰れるな。

 体重任せの重量攻撃が怖い相手だ。

「勇者ぁー気ぃつけろよ。そいつテンパったらすーぐ圧殺(プレス)攻撃してくっからなー?」

 まぁ殿の、投げやりな助言が聞こえた。


「続いて突進! 頑丈(タフ)さで勝負だ次男坊! お行きなさいトンチキ君!」

 巨大な豚を攻めあぐねていたら、追加がきた。

 今度は次男ですか、そうですか。

 だけどそれよりも気になることが一つ。

「可愛いペットじゃなかったのか!? もっと名前に愛を込めてやれよ!!」

 やっぱり豚そのものより、その名前が気にかかった。


「リアンカちゃーん、トンチキって何?」

頓痴気(とんちき):とんま、間抜けって意味。アンタの事みたいよね、トンチキ君」

「あはははははっ リアンカちゃん、豚はあっちだぞぅ☆」

「いっそサルファからトンチキ2号に改名すればいーんじゃねーか?」

「やっだなぁ、まぁ君ってば! ヤダよ」

「最後だけ真顔になったな」


 なんで、いつの間にかサルファが馴染んでいるんだろう。

 あの平和な奴ら、吹っ飛べばいいのに。

 でも吹っ飛んだのは、この後の俺だった。


「さあ! それではいよいよお待ちかねの末っ子三男! 豚の癖にスピード勝負で頑張りますのは、凛々しく体躯も引き締まり、小柄ながらも努力家なチキンカツ君! 通称チキン!」

「既に豚ですらないのか!? もうちょっとペットの名前は考えろ!!」


 食欲全開! 罵倒の言葉! そこにきて見ればちゃんと豚なのに、鶏肉宣言。

 あまりにも愛の感じられない名前の数々に、俺は全力で反応していた。

 そう、それまでは叫びながらも豚たちから視線を外さなかったというのに、つい、思わず。

 戦いの最中、ぐりっとカーラスティン姉弟の方へ視線を向けてしまうくらいに。


「「「「あー!」」」」


 リアンカ達の、綺麗な重なった声が聞こえた。

 それとほぼ同時に、俺は急接近した豚の癖に素早い三男が繰り出した前足に弾かれ。

 それはそれは見事に、綺麗な放物線を描いていた。


 今はっきり分かった。

 カーラスティン姉弟、お前等ネーミングセンス酷すぎだ。

 三匹の巨体に吹っ飛ばされ、空を飛ぶ中、俺はそれだけを思っていた。


 空中で姿勢を制御して、宙返り。

 何とか足から着地することに成功するが、勢いが強すぎる。

 それでも止まることはできない。

 無様という以前に、もうすぐそこまで豚が迫っている。

 すぐに身構え、迎撃の為に負荷に蹌踉めきそうになる足を叱咤し、走り出す。

 リラの音と、葦笛の音が聞こえた。


 あ、これ必殺技の指令だ。


 それが聞いていて分かるのは、特徴的な音の高まりに合わせて、三匹が動くから。

 見事なコンビネーションで、横並びに走っていた豚が、俺から見て一つに重なる。

 でかい長男から順に、縦に並んで向かってくる。

 そこに豚の本気を感じ、お遊びとはいえ、ここで手を抜いたら死ぬと思った。

  


 その後は何を考えるとか関係なく、ガリガリにすべく戦闘に集中していたので。

 ああ、むしろ殺す勢いで。

 豚が危うくなったら、まぁ殿か誰かが止めるだろう。

 そこらへんは頼って良いはずだと、観光旅行の同行者達に丸投げした。


 戦っていた間、考える猶予などなく。

 何を思い、何を考えていたのか…思い返しても、殆ど覚えていない。

 特に何も考えず、本能と癖で身体を動かしてしまう。

 それは俺の自覚している、悪癖の一つだった。

 マルエル殿にも注意されたことだし、そろそろ本気で改善しないと。

 そう分かっていたのに、俺は楽に流され、自制心も放り出し。


 結果、気付いた時には豚が洒落にならないくらいガリガリになっていた。

 何やった、俺。




 そのままその日は、俺の働きを大絶賛したリク・レクの求めにより、体中を酷使した。

 もう何匹の魔獣を相手にしたのか、まるで覚えていない。

 日暮れどころか夜まで戦わせられ、食事の後まで戦闘の連続。

 それはリク・レクが村に帰るまで続いた。

 あの二人、日中は此処に入り浸りだというのに、村に家も仕事もあるという。

 …あんな濃い連中を普通に受け入れているハテノ村の、度量の深さに今日も驚く。

 

 俺達はカーラスティンの森にある、双子の休憩用の小屋を借りて夜を過ごした。

 宿泊に耐える設備はあるが、二人の為の小屋は5人で使うには手狭だ。

 一応、念のため。

 サルファが何かリアンカに悪さをしないか警戒し、まぁ殿がピリピリしている。

 多分、それは俺も同じで。

 これは一晩中、リアンカとサルファの両方を見張る必要がありそうだ。

 俺達は3日目にして初めて積極的に雑魚寝に賛同した。


 サルファは小屋の柱に鎖で繋ぎ、リアンカは一番安全な場所…

 俺と、まぁ殿の間で眠らせて。

 俺達は魔獣を相手にするよりも、人間の獣を警戒して緊張を高めたまま、眠りについた。




双子のお仕事

 リク →獣医。主に馬、牛などの大型動物専門。

 レク →吟遊詩人。ただし笛専門なので歌わない。


日常会話は得意じゃないが、頑張って喋るリク。

ただし「がんばって」いるのでテンションがおかしい。

外見は喋っている時も、普通に無表情です。

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