3日目 カーラスティンの魔獣の森3 ~払い忘れた村民会費~
今回も勇者さま視点です。
全身に浴びせかけられた液体は、ねっとりと甘い香りがした。
…と、思ったら、3秒後に鼻が腐れ落ちそうな酸味溢れる気色の悪い香りに変わった。
死ぬ! 俺の鼻が死んでしまう!
思わず悶絶。地面に崩れ落ち、泥に縋り付く勢いでのたうち回った。
黄色くて黒い液体は、空気に触れて何の反応を示したものか。
いつのまにかミツバチの様な配色から、青紫と果実の様な真紅に変じていた。
しつこい粘着力で、俺の服にこびり付いて離れない。
鼻が腐ってもげ落ちそうな苦しみの中、俺は逃げ場を求めて服を脱ぎ捨てた。
ズボン以外、液体に汚染された全ての服を。
俺の防御力は最低値まで下がった。
「なんだこれ…」
「私お手製、魔獣避け。持続効果は30分」
「リアンカ、正直に答えてくれ」
「なんですか、勇者様」
「俺にぶつける、その必要はあったのか…?」
「ありましたよーぅ? この薬、魔獣の血に反応させないと効果が出ないんです」
「つまり、この異常な変色か? だけど俺は、別に魔獣の血を浴びたりは…」
この森に入ってから、襲ってくる魔獣は全て切らずに叩き伏せている。
それというのも、全てリアンカ達から殺すなと注意されたからだ。
剣は鞘に入りっぱなしで、魔獣の血は一滴も流れていないはずなんだが…
「やだなぁ、勇者様。いまじゃありませんよ」
「ん?」
「勇者様が今まで魔獣とかの過去です。過去に付着した血に反応したんですよ」
「何だかまるで、俺が常時血にまみれている様な物言いだけど、ちゃんとこまめに手入れしてるんだが。血も拭き取っているし、できる範囲で研いだりもしているんだぞ」
「あはは。そんな拭いたくらいじゃとてもとても。染みついた怨念はそぎ落とせませんよ?」
「血に反応って、血液そのものじゃなくて宿した怨念に反応しているのか!?」
「そんな神がかった異常な薬は作れません。血の名残とか、痕跡に反応してます」
「お前が勘違いさせる様なことを言ったんじゃないか…!」
リアンカお手製の魔獣除けは、効果絶大だった…。
それはもう、悲しいくらいに。
持続効果は30分。
きっちり30分過ぎたら効果(=異臭)も消えるとの言葉を信じ、俺達は歩を進めた。
魔獣の妨害がなければ、足はさくさく進む。
そうして何とか30分以内に、俺達は島の中心へと辿り着いた。
そこに待ち受けていたのは…
副団長殿が叫んだ。
「出たな! ご近所のお騒がせハーメルン!」
ハーメルンてどういう意味だ。
見ただけで異常を感じる、2人組。
まるで人形の様に整い、人形の様に奇抜な姿。
聞かずとも分かった。
魔獣達の中心にいるあの2人組こそが、リアンカの言うカーラスティン姉弟なのだと。
その2人は魔獣達に囲まれた真ん中で、能面の様な無表情で俺達を睥睨していた。
年の頃は十代半ば。
細い身体に、長い手足。
赤みを帯びた黒い巻き毛を、肩で揃えた髪型。
トパーズを思わせる黄色い瞳は、何故か死んだ魚の目を連想させた。
双子と一目で分かる顔は、男女の差などどこにも見当たらないくらいに良く似ている。
同じ顔、という言葉以外で何と表現したものか。
どちらが姉で、どちらが弟か分からないくらいに同じ顔をしていた。
顔かたちで見分けることはできそうにない。
服装までも同じ揃いの服を着ている。
黒と白の、ツートンカラー。
すっきりと細身のデザインは、人形の様な双子の印象を引き立てる。
七分丈のズボンから覗く足は、二人とも同じくらい細かった。
編み上げのショートブーツが、大きく見えてしまうくらいに。
何から何まで同じに見える双子。
だけど違いがない訳じゃない。
「はーい、勇者様! 注目!!」
ぴりりっと可愛い音の笛を吹いて、リアンカが笑顔で2人を指し示した。
「左頬に赤い星をペイントしている方が双子のお姉さん。お喋りは得意じゃないけど頑張って日常会話に参加しようと努めるリク・カーラスティンさんです!」
そう言って、リアンカが黒い猫耳キャスケットに白衣を羽織った方を指差した。
成る程、あちらの方が女性…と。
「こんにちは、勇者様。ボクはリク。お近づきになれて光栄だよ」
リアンカの紹介に、双子の姉リクがひらひらと手を振ってきた。
無表情のままで。
だけど彼女の動かない顔面、表情筋よりも気にあるものがある。
「なんで、俺が勇者だと知っているんだ…!」
本気で驚愕してたら、リクがあっさりと種を明かしてきた。
「だって勇者様のこと、村長から村内回覧板で回ってきたし」
「って、村人か! ハテノ村の村人なのか!」
まさかこんな所に、人類最前線の住民がいようとは…!
というか、村からこんなに離れて、何をしているんだ!?
「そして右頬に青いハートマークをペイントしている方が、双子の弟さん。無口で必要最低限以外の会話には全く参加しようとしないレク・カーラスティンさんです!」
そう言って、リアンカが黒いうさ耳フード付きのケープを被った方を指差した。
あの、より一層根暗そうな方が男性…と。
………なんで、男のくせにうさ耳?
ケープのフードを被りっぱなしでいることよりも、存在感の大きいうさ耳が気になった。
レクの方も姉を倣ってか、こちらに気のない素振りで手を振ってくるが…
「…レク・カーラスティン。ヨロシクしないで下さい」
「よ、よろしく…」
何とも対応に困る自己紹介を受けてしまった。
此方とは全く目を合わせようともせず、言うことだけ言うとふいっと目を逸らしてしまう。
あまりの無愛想、その興味の無いと言わんばかりの反応に苦笑が漏れた。
「ああ、そうだ」
ふと、思い出したと呟きながら副団長殿が進み出た。
なんだ?
「リク・レク、先月と今月の村民会費を払い忘れているだろう」
「「あ」」
いきなり日常生活ど真ん中、所帯臭い言葉が飛び出した。
副団長殿は重々しく頷きながら、懐から袋を取り出す。
「村長についでに回収する様、頼まれている」
手に持った袋には、「集金袋」と書かれていた。
「滞納費込みで、2ヶ月分だ」
「えーと、一月が500デスだから…」
「…滞納費って、2%だったっけ…」
「さり気なく値下げするな。5%だ」
「……チッ」
いきなり親しみが持てるというか、非日常が異常な日常に切り替わったというか…
背後に犇めく魔獣を背負い、懐の財布からちまちま小銭を数える双子の姿。
それはなんとも、なんとも微妙な心地のする景色だった。
大人しく「まて」の姿勢で待機する、大型、巨躯の魔獣達。
それを背後に従え、素直に集金に応じる推定村人2人。
異常な景色を前に、俺は一体どう対応すべきか…。
ここに何をしに来たのか、薄々察しはついているものの。
あまりにも生活臭のする遣り取りに、自分のやる事を見失いそうだった。




