3日目 カーラスティンの魔獣の森1 ~魔境式動物園~
※今回は勇者さま視点でお送りします。
自分の武器なのに、年下の少女に対価肩代わりをさせるのは、気分が良くない。
自分の気が済まないので、俺は根気強くリアンカと交渉した。
意地にでもなったのか、何故かリアンカは頑として自分が払うと主張する。
俺は知ってるよ。
ハテノ村の真実を教えて貰った後、俺が自分でも吃驚するくらい気落ちした時。
部屋から出てこなくなった俺のことを、リアンカが気に病んでいたこと。
心配されていると分かっていても、あの時は誰とも会うことができなかった。
その位、自分のことで一杯一杯で余裕がなかったんだ。
だけどそのことで、リアンカが罪悪感を引き摺る必要なんてないのに。
俺が落ち込みを引き摺っているのと同じように。
どうやら彼女は俺への申し訳なさを引き摺って、居たたまれないと思っているらしい。
本当に、リアンカがそんなことを思う必要なんてなかったのに。
そんな彼女にとっては、俺の為に何かすることで、償いに代えたいんだろう。
それで気が済むというのなら、付き合うのは吝かじゃあないんだが…。
流石にうら若き乙女の負担で買い物をするのは、男として矜持がボロボロになりそうなんだ。
だから断固として、俺は自分で代償をあがなうと言っているんだけど。
リアンカもリアンカで頑なで。
最終的に、代替案で俺達は妥協することにした。
折を見て、「お礼」として俺がリアンカに何か贈り物をするという、そんな形で。
武器の制作を請け負ってくれたトリオン爺の話では、完成まで一月を要するらしい。
あんなに色々とオプションを付加して、それでも一月しかかからないのか。
故郷で同じくらい高機能・高性能な武器を注文したら、軽く数年かかるだろう。
いや、そもそも人間の職人では作れない筈だ。
そんな品が、一ヶ月。
そのことに俺は驚いていたんだが、周囲は誰も驚かない。
いや、サルファだけは驚いていたか。
どうやら魔境では、この異常な制作スピードとクオリティは常識らしい。
魔境の異常が如実に表れた常識だ。
コレに慣れたら、人間の世界ではまともに生きていけなくなる気がする。
何が何でも、魔境の常識には慣れるまいと改めて決意を固めた。
………そうは言いつつも、徐々に慣れつつある自分を、認めたくないだけかもしれないが。
今までのパターンから、何となく今日の目的地はトリオン爺の工房だけだと思っていた。
だけどどうやら違うらしい。
寝耳に水だと言ったら、まだ昼前なのに此処で足を止めるのは勿体ないと返された。
それもそうだと思ったし、元々この旅行はリアンカ主導だ。
次の目的地に関しては、「それに次の目的地、近いしすぐに到着するよ」とのこと。
距離などは元から問題にしていない。
それよりも目的地に何があるのかが気になる。
観光旅行だと聞いていたが、その言葉を俺は既に信用していない。
どうにも行く先々で受ける驚愕は観光による感動ではなく、度胸試しに近い感覚がする。
伝説の武人の廟、占い師っぽい人の家、武器工房と来て次に何がくるのか…。
全く先が読めなさすぎて、何に注意すべきかも曖昧だ。
この旅行の日程がどうなっているのか、未だに聞いていない。
聞こうともしたが、その時のお楽しみだと返され、何故か寒気がした。
そして今。
トリオンさん宅でお昼ごはんをいただいた後、俺達は出発したわけだが。
そろそろ、次の目的地についてもう少し突っ込んで聞いても良いだろうか?
「そろそろ、次の目的地に何があるのか教えてくれないか?」
俺の心の準備の為にも。
我ながら、気を張りつめた顔をしていると思う。
リアンカは俺から視線を外し、他の面子と何やら相談を交わしていたが…
やがて顔を上げ、話を切り出したのはまぁ殿だった。
「そうだな。一言で言えと言われるとちょっと悩む」
「まぁ殿の歯切れが悪いと、悪い予感しかしないんだが」
「特に、どう悪い印象を与えずに説明するかで悩むんだよ」
「つまり、普通に説明すれば悪い印象しか受けない様な場所なんだな?」
「いやいや、そんなことねぇよ? 善良な場所でも安全でもねぇけど」
「いま、まぁ殿は物凄く不穏な事を言った自覚は…?」
「まあまあ、色々言いたいことはあるだろーけど、俺から言えるのは一つかな」
「その、一つとは?」
「これから行く先は「カーラスティンの森」って呼ばれてる。まあ、動物園みたいな感じだ」
それも魔境式の。
付け足された言葉に、顔が引きつりそうになった。
「まぁちゃん、動物園ってなに? 新種の牧場?」
どうやら動物園という言葉を知らないらしいリアンカが、首を傾げる。
小動物の様な仕草に、ほんの少し気持ちが和んだ。
「ああ、リアンカは知らないか。動物園ってのはな…」
「珍しい動物を沢山飼育しててー、それを一般公開して見料取ってる施設のことかな~」
リアンカの疑問に、答えを出したのはまぁ殿ではなかった。
いや、まぁ殿の言葉を遮って、説明を奪った者がいる。
それは何故かサルファだった。
…というか、コイツは動物園を知ってるんだな。意外に物知りだ。
うんちくでも語る様な顔で、軽い口調はそのままにサルファの説明は続く。
「大陸南部のとある国のー、王様が大の動物好きでさぁ。元々はその王様が趣味で集めて飼育してた動物が洒落にならない数になったんで、お国の宰相さんがぶちギレてぇ、王様が建てた動物用の離宮を一般に解放したヤツのこと。今じゃその国の名物」
「サルファ、お前、やけに詳しいな?」
「だって俺、その国の出身だもん。今でも実家、そこにあっし」
「…あんた、マルエル婆の孫じゃなかったっけ」
「って言っても、俺、人間よ? 曾じいちゃんだか曾ばあちゃんだかが、マルエル婆ちゃんの拾いっ子だったってだけで。俺自身は人間だし、人間の国生まれの人間の国育ちなわけ」
「あー、それで全くもってこれっぽちもマルエル婆に似てないのね」
「あはは。力一杯言い切ったね、リアンカちゃん」
からからと笑うサルファの声を、リアンカは黙殺した。
それから、自分なりに説明を噛み砕いたのか結論に入る。
「動物園が何かは分かったけど、カーラスティンの動物たちとはちょっと違うね」
「動物的なナニかが大量に犇めいてるのは同じだろ」
「同じなのはそれだけじゃない。動物園ってつまり見せ物小屋的なものなんでしょ?」
「まあ、見せ物と言えば見せ物か…」
「カーラスティンの動物たちは…その、見せ物とはまた違うし」
「………ある意味で、触れあい重視。むしろ触れあい専用、だしな」
歯切れの悪い言葉の羅列に、聞き捨てならない単語を拾う。
…触れあい?
何故だか平和なはずのその言葉に、背筋がぞくっと震えた。
ソレは何だか、旅の中で培った防衛本能を擽るような…。
「それに彼処の動物は魔獣オンリー」
さり気なくボソッと呟かれたリアンカの言葉に、一瞬だけ身体が硬直した。
どうか今聞いた言葉は、ただの空耳である様に。
胸の内でひっそり願うんだが…
………きっと、あれは空耳なんかじゃないんだろうな。
分かっていて、現実から逃避したい気持ちの高まりを感じた。




