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3日目 トリオンの武器工房4 ~剣の対価~




 不満そうな爺さんのマニア心を黙殺し、私は本題を切り出しました。

「今回お爺さんに用意して欲しいのは、この人の武器なの」

「………誰じゃあ? この小綺麗…んにゃ、えらく綺麗な若造は」

 こんなに目立つお顔なのに、今まで眼中に入ってなかったのか…。

 どうやら今初めて、トリオン爺さんは勇者様に気付いたらしい。

 この様子じゃ、多分まぁちゃんの腰にある剣に目が行って、客の顔ぶれも碌に見てなかったね?

 分かりやすいことにこのお爺さんは、基本ぶれないマニア魂をお持ちで。

 それで相手をするにも苦労すること、数知れず。

 でもそれ以上の恩恵をくれるので、ついつい黙認しちゃうんだよね。


 トリオン爺さんは勇者様の美貌に、眩しそうに目を細めていましたけれど。

 相手が『客』と判断した瞬間、その目は忙しなく勇者様の全身に巡らされた。

 そうして最後に、勇者様がお持ちの剣へと目が向かう。

 その目つき顔つきは、既にお仕事へと切り替わっていた。


 ぎらりとした職人の目が、勇者様を上から下まで吟味する。

 基本、トリオン爺さんは自分が認めるか気に入った相手の仕事しか受けない。

 もしくは、何らかの約束しちゃった場合。

 爺さんはとっても義理堅いから、約束するまでが大変だけど約束できたら後はチョロい。

 まんまと口約束でも取り結ぶのに成功したら、それを盾に仕事を迫ることができる。

 副団長さんなんかも、結構姑息な手段で爺さんを陥れて武器作ってもらったって言ってたし。

 まあ、爺さんも騙されすぎて、最近じゃ詐欺の常套手段ぐらいじゃ騙されないって聞くけど。


 トリオン爺さん、勇者様のこと気に入るかな? 剣つくってくれるかな?

 それとも嫌がるかな…?

 まあ、嫌がったら嫌がったで。

 私も幾つか切り札、用意してきてるんだけど。


「ん」


 勇者様を眺め回す爺さんを、固唾を呑んで見守る私達。

 その中で、私に対して爺さんが手を差し出してきた。

 上を向いたパー。

 そのまま、何を要求してるのかぐっぱーぐっぱーと握ったり開いたり。

「なに?」

「前払いじゃ。酒をよこせ」

 通貨がない訳じゃないけど、魔境じゃ物々交換も頻繁。

 でもここで、私に代価を求めてくるって事は…

「勇者様の武器、作ってくれるの?」

「リアンカの頼みでは、仕方なかろ。そんかわし、酒」

 一昨年に試飲した無花果の酒が、瓶で欲しいと爺さん。

 はいはい、用意してますよ。

 今まで飲ませた中で、爺さんの反応が一番良かったお酒だもん。

 いざというときのご機嫌とり用に、バッチリ持参してますよ。

 副団長さんに背負わせていた背嚢から瓶を一本取り出すと、私は焦らす様に振って見せた。

「欲しい? 爺さん、このお酒が欲しいの?」

「性格の悪い真似はよさんか! 折角の酒が…!」

「ふふふ…本音が透けて見えてるわ。上げても良いけど、どうしよっかな~?」

「後生じゃ! 後生じゃあ!」

 三文芝居じみた私達の遣り取りに、慌てた様子で勇者様が割り込んでくる。

「待ってくれ! なんでリアンカに代価を求める? 剣を作ってもらうのは俺だろう?」

 対価は自分が払うべきと、勇者様の顔はお酒を前にしたトリオン爺さんよりも焦っていた。

 そんな勇者様を尻目に、トリオン爺さんが鼻を鳴らした。

「そんなもん、決まっとるじゃろ。この仕事がリアンカの依頼だからじゃ」

「それでも作ってもらうのは、俺だ。俺が何か払うべきだろう!」

「そんなもんどうでも良いわ! 儂は何よりリアンカの酒が欲しい…!」

 だから仕事だって受けるんじゃあ!と、爺さんが叫んだ。

「「本音と欲望だだ漏れだ、この爺さん!」」

 対して私とまぁちゃんが、声を揃えて爺さんの素直さに吃驚したのでした。


 そうして釈然としない勇者様を置いてきぼりに、私と爺さんの取引は無事成立。

 トリオン爺さんは果実酒3種類各2本と引き替えに、お仕事を引き受けてくれたのでした。


 でもね。

 私はちゃんと知ってる、分かってるよ。

 トリオン爺さんが、決してお酒に釣られただけじゃないって。

 お酒の為だけに、お仕事受けたんじゃないって。


 だって爺さんの勇者様を見る目が、確かに一瞬光ったんだもの。

 ギラギラの目の置くに、職人としての欲望が見えた。

 それはまぁちゃんの剣を前にした時や、私の家にある剣を見た時と良く似ている。

 何度も目にしたけれど、トリオン爺さんがそんな目をするのは、本当は稀だって知ってる。

 本当に爺さんの職人としての欲求をそそる、上質の素材を前にした時。

 爺さんにとって喉から手が出るほど触ってみたい、伝説の剣を前にした時。

 無名であろうと、有名であろうと。

 そんなこと関係無しに、爺さんが本当に良いと思ったモノを前にした時の目だ。


 だから、きっと。

 きっと、私がいなくっても。

 お酒なんかなくっても、勇者様のお仕事、引き受けてくれたよね?


 それが分かったから。

 トリオン爺さんとの付き合いも長いまぁちゃんと副団長さんと私。

 私達は、目を見合わせて笑ってしまった。




「どんな仕様にするか、具体的な案はあるんじゃろうな?」

 じろっと、勇者様を睨め付ける爺さん。

 それを前に、戸惑う勇者様。

「案?」

「そうじゃ、どのような武器が欲しいのか、自分でわかっておらんのか?」

 いきなり答えは見つからないのか、勇者様の反応はあやふやだ。

 トリオン爺さんは溜息をついて、勇者様に手を差し出した。

「その剣を見せてみい。それから、ちょっと身体に触るぞい」

 戸惑う勇者様なんてお構いなしに、無骨な爺さんの手が勇者様をべたべたと触った。

 あれは…良く分かんないけど、筋肉の付き方でも確かめる様な、手。

 それから副団長さんやまぁちゃんにも、何か聞き取りを行っていた。

 勇者様にも質問をしていたけれど、最終的に一番受け答えしていたのは、まぁちゃん。

 うん。何故かまぁちゃん。

 何だかんだと何度も手合わせしていたからか、爺さんの疑問に結構的確に応えている様子。

 下手したら勇者様よりも、勇者様の戦い方に詳しそうな…

 ………うん。勇者様の戦い方の癖をまぁちゃんの方が解説している時点で、駄目な気がする。

 あああぁぁぁ…なんか、最終的にまぁちゃんが勇者様の武器に注文付けてるんだけど。

 えっと、なんでまぁちゃんが完成予想に付け加えとかしてるの?

 勇者様が、メッチャ所在なさそうにしてた。


「あ、爺さん! 勇者様の武器、魔法剣士仕様にしてね! 勇者様はこれから光属性中心で魔法をみっちり修行して、最終的には立派な魔法剣士になる予定なんだから」

 そして私も、口を出す。


「魔法剣士? いつ、そこまで話が発展したんだ!?」

 狼狽する様な勇者様のお言葉は、殊勝な態度で黙殺させて頂いた。



「オプションに魔石つけようぜ。どかんと爆発するヤツ」

「それ、まぁちゃんの趣味でしょ。魔石は魔力増幅用の付けるとして、他は?」

「小回復の魔力を込めた石をつけたら便利じゃないか?」

「それ、勇者様は使えるでしょ。それより使えない属性を一つでも付加するとか」

「待て待て! 使い勝手も考えてだなぁ…」


 それはそれは楽しそうに、私達はあれやこれやと案を上げる。

 ああでもない、こうでもないとそれぞれに知恵を振り絞る。

 私とまぁちゃんと副団長さんと、トリオン爺さん。そして何故かサルファも。

 私達は一所懸命、勇者様の新しい武器の性能をどうするか話し合っていました。


 勇者様、以外。


 もはや勇者様は諦め顔。

 話し合いに耳を傾けてはいるけれど、今一歩で参加していない。

 傍聴しているだけという体で、自分の武器の注文を聞いているだけ。

 本人とっても気まずそうと言うか…一応、話に参加はしようとしてるんだけどね。

 自分の武器のことなので、勇者様も自分で考えたいのでしょう。

 それでも勝手の分かっていない彼が戸惑っている隙に、私達がいいとこ取りです。

 

 勇者様が口を挟む隙も与えず、私達はわやわやと次々に首を突っ込む。

 そして勇者様の武器のグレイト案を編み出していく。

 でもこれは、勇者様の武器。

 なので最終的には勇者様が全てを決めることになるんですけど…

 それでもこの一時、私達は勇者様の戸惑いを良いことに悪ノリし放題でした。


 案を詰める最後の方には、遊び半分のネタ…謎機能を付けようとか言いだしていました。

 誰がって? 私とまぁちゃんですよ。あと、副団長さん。

 鞘から鼠が飛び出すとか、剣から水が出るとか。装飾にダイレクトに鹿の角をつけようとか。

 ええ、おふざけが過ぎますよね。

 自覚はあります。

 自覚だけでなく、我が身を振り返って反省しろと、遠い昔に誰かが言っていました。

 しまいには顔を引きつらせていた勇者様が強硬手段に出ましたよ。

 流石に好き放題に言われまくったことで、何かが吹っ切れたって言ってた。

 遠慮も悩む素振りもなく、計画書を私達から取り上げる。

 そうして結局、勇者様がどんな武器を頼むのかは、勇者様次第。


 だから勇者様は、トリオン爺さんと二人で、今度こそ自分の意見を話して決めたのでした。




 ……………。

 ………勇者様とトリオン爺さんの話し合いは、どうやら上手くいきそう。

 良かった。


 この様子じゃ、私の切り札、出す必要ありませんでしたね。

 小さな頃に爺さんと交わした、他愛もない約束。


「怖いのはいや。いつか私が必要とした時に、爺さんの武器が欲しいの。だからつくって」

「そりゃあ…そうじゃな、その時、リアンカが必要とした時にの」

「うんっ」


 そう言って、確かに爺さんは小さな頃の私と約束した。

 いつか、私が必要だといった時に、私の為に武器を作るって。

 どんな状況で交わした約束か忘れちゃったけど、約束したのは確か。

 そしてその時、爺さんは『私()武器』を作るとは言明しなかった。

 話の流れからも、爺さんは私の武器を作るつもりだったんだろうけど。

 した約束は、武器を作ると言うことだけ。

 なら私の為に、他の人の武器を作ってもらうことも有りだよね?


 …と、爺さんに詰め寄るつもりだったんだけどなー。

 そんな心配、要らなかったみたい。

 杞憂に終わった爺さんの制作拒否。

 そうはならなかった事が嬉しかったので、私は満面の笑顔を浮かべた。





おまけ



「爺さんが作るの拒否したら、もう一つ切り札用意してたのにな」

「…って、どんなだよ」

「うん。うちの御先祖…初代様が残した剣を引き合いに出そうかと」

「剣? 檜武人の武器はひのきのぼうだろ?」

「全然全く微塵も使わなかったらしいけど、剣を持ってないって事はなかったらしいよ。なんでも、故郷を出る時にお偉いさんから押しつけられたんだって」

「全く使わなかったら、持ってる意味ねぇだろ」

「私もそう思うんだけど、初代が何度手放しても、何度でも戻ってきたんだって」

「呪いの剣かよ!?」

「似た様な何かじゃないかな? 兎に角、古いのは確かだし、何か特殊らしいし。

特別な魔剣?だって話。トリオン爺さんも前からずっと、一度で良いから見たいって言っててね?」

「で、その剣を見せてやろうと」

「うん。爺さんに見せるのと引き替えに…って頼むつもりだった」

「一応、その剣って家宝じゃねぇか…?」


 下手に爺さんの手に渡したら、改造される怖れが…

 そう呟く口も歯切れ悪く、まぁちゃんが口籠もる。

 自分が口出すことじゃないって思ったのかな?

 檜武人はまぁちゃんにとっても先祖だけど、剣はうちの家宝だしね。



「うん。だから本当に見せる『だけ』」

「って目の前で見せびらかすだけか! 性格悪いな、お前!?」

 まぁちゃん、私の言葉に吃驚。

 えーと、良い案だと思ったんだけど、なあ…



5/30 誤字を訂正しました。

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