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3日目 トリオンの武器工房2 ~赤いコートのお爺さん~





 木から落ちてきたのが、カブトムシだったらどんなに良かっただろう。

 だけど落ちてきたのは、昨日私の裸を覗いた軽い男。

 その現実が変わらない。それが何だか切なく感じました。


 現在、その覗き男の命は風前の灯火とばかり、生命の危機にさらされている訳ですが。



 そも、サルファと名乗るこの男は、監督責任を持つマルエル婆の家に置いてきたはずなので。

 それがついてきたとなっちゃ、もうまぁちゃんも容赦はしません。

 どんなに紳士なのか、何故か勇者様も覗き犯に天誅を、と最高潮に苛ついている様子。

 この場合、男の人って互いに庇ったり、情状酌量を求めたりするもんじゃないの?

 私の暫定保護者を自任するまぁちゃんならともかく、勇者様まで笑顔でお怒りだし…。

 何がそんなに気に障ったのか、それともか弱い女性を怯えさせた事実が許せないのか。

 勇者様は女性が苦手なのに、女性の味方なんですね。 

 それがちょっと嬉しく感じるあたり、私もサルファの命を軽く扱ってそうな感じです。


「待て、落ち着け」


 私が全く二人を制しないので、制止したのは副団長さんでした。

「リアンカ、お前も止めろ」

「だって副団長さん。被害者は私だよ? だったら私に止める権利ないでしょ」

「逆だ。被害者がお前だからこそ、お前が矛を収める様に制止するべきだ」

「なんで?」

「そうしたら二人が怒る意味も立つ瀬もなくなるからだ」

「…私も今回は、ちょっとあの二人を止める自信、ないんだけど」

「ああ…気持ちは分からんでもない」


 眼前。

 私達の目の前で、再び鎖巻きにされたサルファ。

 置いていったはずなのに、再び現れたという事態が余程気にくわない様で。

 まぁちゃんの手には、最終兵器『闇の聖剣』。

 …歴代魔王に代々伝わる、国宝兼魔王の正式武装が召喚されちゃってるんですけど。

 勇者様の手には、人間種族の近代魔導兵器「光爆魔導玉」

 …勇者様、ソレ最終兵器って言ってなかった? 超大型魔物も木っ端微塵って言ってなかった?

 ねえ、二人とも。

 それで何するつもり? 何するつもりなの?

 聞きたくても何だか聞けない。

 そんな不穏で近寄りがたい迫力が、二人の手にある物騒な代物から漂っておりました。

 え、木っ端微塵? 血の粛清? どっちにしても酷い事になりそうで、恐ろしくてならない。

 …流石に、目の前で虐殺とかは勘弁して欲しいんだけどなぁ。


 本気で殺意にまみれる二人を前に、副団長さんに取りなしを押しつけられまして。

 まあ、被害者の私が許せば惨劇も回避できるって意見はもっともだし。

 私もあえて残虐な光景とかは、ちょっと見たくないし。

 腹の底でどう思っているかはさておき。

 仕方がないので表面上だけでも、私はサルファを許さなきゃならなくなりました。


「まぁちゃん、今度から私の分まで怒らないで」

「だけどな、リアンカ…」

「良いから、怒らないで。制裁なら自分の手で下せるよ。リアンカはやればできる子だよ」

「女性のなよやかな手で、制裁を下すのは止めた方が良い。実行犯は他に任せるべきだ」

「勇者様も、なんでこの件に限ってそんな頑ななの? 私が自分で()るって言うのに」

「待て。いま「殺る」って言わなかったか?」

「…え?」

「そんな「気のせいじゃない?」って顔されても誤魔化されないぞ」

「リアンカー? 復讐・報復好きにやりゃ良ーけど、流石に自分で手を汚すのはどうなんだ」

「まぁ殿も、何だかんだで復讐・報復容認するのか…!?」


 まぁちゃんと勇者様がもっと穏当に、加減して怒ってくれてたら。

 そうしたら私も、もうちょっと怒っていられたのにな。

 当事者そっちのけで怒りを露わにされると、私の怒りの持って行きようがないんだけど。

 そのことが残念でならなかったので。

 今度思いっきり我が儘言って、甘え倒して、二人のことちょっと困らせてやらなきゃ。

 何のことないほんの小さな鬱憤は、まぁちゃんと勇者様に向かうことになりました。

 全然悪くも何ともないお二人さんですが、困らせても別に良いでしょ?

 二人が怒った分、私が怒れなくなったんだから甘んじて受けて下さいね。



 置いてきたはずなのに、サルファがついて来ちゃったので。

 私達には一つの選択が出てきた訳ですが。

「ずばり、1・置いていくか、2・連れて行くか、3・送還するか」

 …下らない選択だよね。

 相談されるまでもなく、2の選択肢は自然と無かったことになり。

 私達はマルエル婆の家に送り返すか置いていくかを相談です。

「でもさ、今からマルエル婆の家に戻るって随分なタイムロスだよな」

「普通に考えて、今後の予定が大幅にずれ込むよ」

「今から戻るとなったら…面倒だな」

 誰も、サルファの為に敢えて面倒を被ろうとは思えないし。

 更に言ってしまえば、誰か一人が戻るという選択もなく。

 なんでかって?

 それは、どう考えても一人だけに面倒を押しつけることになって申し訳ないとかじゃなく。

 その押しつけられた一人が、どう考えても嫌がって放棄しそうだから。

 なので、行って戻るなら一人じゃなく全員で。

 そこは相談せずとも暗黙の了解なんだけど。

 でもねぇ。やっぱり手間だしねぇ。

「…という、訳で」

「置いていくか」

「うん。置いていこう」

「放したらまたついてきそうだしな」

「連れてくのは論外で、戻るのは面倒となりゃこれしかねーだろ」

 私達は薄情、そして世は無常。

 誰も身内に被害を及ぼした覗き犯の味方などしやしない。

「ここらへん、吸血系の魔物とか石化系の魔物多いけど、なんとかなるだろ」

「その内にマルエル婆が回収に来るだろうから…それまでなら、きっと生き延びられるよ!」

「ちょっと待って! 俺の命、それこそ風前の灯火じゃん!」

 いつの間にか目を覚ましたサルファが、キャンキャン吼えてますが。

 無責任って言わないでね?

 見ず知らずの他人よりも好感度マイナスの相手に情けを掛けるほど、私達は優しくないよ。

 メンバーに非情の代名詞「魔王」とかいるし。

 希望の代名詞「勇者」もいたけど、そこらへんは気付かなかったことにして。

 あ、ほら、立場上見逃しちゃ行けないはずの勇者様も、耳を塞いでよそ見してるし。

 と言うわけで。

「さよなら」

「って、本気で置いていく気!?」

 置いていく気です。

 場所が魔物・魔獣の多発地域だろうと、容赦なく置いていく気です。

「ついてきたのが運の尽き…だな」

 ボソッと副団長さんの言った言葉には、面白いくらいに感情がこもってませんでした。


 私達は本気でサルファのことを置いていくつもりでした。

 ですがどうやら、この時気まぐれな天はサルファに味方したようです。


 シャンシャンシャンと、特徴的な鈴音が近づいてくる。

 そんな、まさか寄りにも寄って、今この時に…!?

 聞き覚えのある鈴音に、私とまぁちゃんの身体は一瞬で硬直しました。

 マズイ! 善意と良識の権化が来る…っ!


 親切なその人は、目にした知り合いたる私達を前に、わざわざソリを止めて。

 どっからどう見ても緑深い森林の中、どう考えても不便そうなソリで移動する爺さん。

 そんな人、私達の知る限り、たった一人です。

「おやおや、魔王陛下にリアンカ嬢! この様な場所でどうなさったのかな?」

 そう言って、私達に挨拶してきたのは真っ赤なお鼻のお爺さん。

 春だというのに着込んだもこもこのコートが特徴的な、その人は。

 よゐこの絶対的な味方を自任する、この森の名物爺さんだった。


 にこにこ人の良い笑顔は、私達が悪いことをするなんて微塵も思っていない顔で。

 …って、まぁちゃんなんかは魔王なんだけど。何、その善良な眼差し。

 あの後光指す様な笑顔の前じゃ、まぁちゃんだって悪いことはし難いって言ってたよね。

 初めて目にする勇者様だって、あまりの善意オーラを前に硬直してますよ。

 あれですよね、自分が悪いことをしようとしていても、はっと我に返っちゃう感覚。

 このお爺さんを前にすると、悪いコトしようとしていた自分が信じられなくなるんです。


 だから、まあ、サルファに対して、お爺さんの前で悪いこととかし難くて。

 …ちっ 命拾いしやがった。




魔境に暮らす、魑魅魍魎。人外その他。

多くの皆々様が一様に、その眼前で悪行を躊躇うという。

幼い頃から親切な好々爺の前で、彼等は悪いことができない。


そう、それはよゐこの味方。

赤いコートのおじいさん………。



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