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3日目 トリオンの武器工房1 ~木の上のカブトムシ~




 昨夜は酔いどれていたマルエル婆も、朝になるとすっきり爽快。

 そんな婆に、勇者様は幾つかの助言を戴いたようです。

 でもなんかマルエル婆は私達に内容を教えてくれない。

 いつもだったら、他人の秘密でも平気で暴露する、あの豪快なマルエル婆が。


 なんでだろーと思ったら、婆が意味深にも面白可笑しそうな顔でまぁちゃんを見てた。

 ああ、成る程。分かりました。

 つまりはアレですね、退屈を紛らわすスパイスの一つとして。

 どんな結果を辿るにしろ、どれだけ強くなるか未知数だけど。

 どんな道を辿っても、最終的に勇者様の目標は、魔王のまぁちゃん。

 勇者様は、いつかまぁちゃんに挑み、勝負することになるのだから。

 その時への布石として、勇者様の克服すべき弱点がまぁちゃんに漏れない様に。

 何より、強敵と化した勇者様がまぁちゃんと良い勝負するところが見たいんだね。


 マルエル婆は魔族で、当然ながらまぁちゃんの臣民。

 だけど婆は面白いことが好きだし、いつも余裕で難なく何でもこなすまぁちゃんをつまんないと思ってる節があるから。特に今まで先代以外との戦いで苦戦らしい苦戦をしたことのないまぁちゃんの強さを、面白くないと思ってる節があるから。

 そんなまぁちゃんが好敵手との間で苦戦する姿を見てみたいんだね。

 うん、私も見てみたいかも知れない。

 どんな相手も瞬殺のまぁちゃんが、勇者様と良い勝負をするところ。

 それは副団長さんも同じみたいで、甘んじてマルエル婆に従うみたい。

 まぁちゃんだけが、自分も渦中にあるせいか、面白くなさそうな顔をしていた。

 

 でもまあ、完全秘密ってのも面白くないので。

 私と副団長さんはこっそり盗み聞きした訳です。

 途中でマルエル婆に気付いて蹴散らされたけど。


 でも漏れ聞こえた中で、アドバイスの内容を幾つか知ることができました。

 勇者様、やっぱ言われてたよ。

 魔法の才能無駄にしすぎって(笑)。

 光の神の加護のお陰で、光に属する魔法や光と親和関係にある魔法は高レベルで習得できる。

 それも通常よりもずっと短い時間、少ない労力で。

 だからそれを活用しろと、マルエル婆のお達しです。

 3ヶ月みっちり勉強するだけで魔族に対する強力な武器にできるって言うから、凄いよね。


 アドバイス2つめは、剣に関してでした。

 勇者様の剣、人間の国ではよっぽど良い物みたい。

 だけどそれでも、魔族と相対するにはスペック低すぎだって。

 しかも勇者様の適正としてはちょっと合わないって言われてる。

 勇者様の使う剣の流派では主流の剣らしいので、勇者様はちょっとがっかりしてた。

 まあ、その問題点に関しては、前にまぁちゃんも言ってたし。

 私達だって考えてましたよ。正に今日の目的地と大いに関係有りです。

 その辺は、後の楽しみって事で勇者様に言っておこうかな。


 アドバイス3つめは、剣技です。

 私の素人目線じゃ分からないんだけど、マルエル婆に言わせると単調だって。

 あっはは、言われてら(笑)。

 良い剣の先生についてたんだろうけど、ソレが災いしてちょっと優等生どおりすぎるって。

 勇者様、真面目だから…何がどう優等生なのか知らないけど。

 初見なら分からないけど、何度も戦ってたら癖を覚えられちゃうだろうって。

 うわぁ、勇者様ったら大変だね。これからやること一杯で!

 そこら辺は勇者様が自分で克服しないといけないから、私には何にもできないや。


 その後アドバイスは単純な身体能力の差や体力不足など、基礎的な話に移ったみたい。

 人外と戦うには、人間の身体は脆いから。

 そこを克服する為の幾つかの方法をマルエル婆は助言というカタチで授けたみたい。

 まあ、その頃には私達も蹴散らされてたので、詳しい話は耳にしてないけど。

 幾らかのアドバイスの内、知れたのはその位で。

 その後、マルエル婆が勇者様に何を言ったのか。どんな助言をしたのか。

 それは勇者様のみが知ることです。

 私達にできることなんて、基本的には何もありませんから。

 でもできることも幾つかはあると思うので。

 その中でも、手っ取り早くできること。

 武器に関係すること。

 これなら、魔境に何の伝手もない勇者様のお手伝いが、私達にだってできるんです。


「と、いうわけで」

「リアンカ、また話が飛んだぞ」

「お前、ちゃんと事前説明って癖付けろよー」

「これから今日の目的地を説明します」

「「………」」

 あ、2人とも黙った。

「そんなわけで今日の目的地は、『トリオンの武器工房』です!」

「鍛冶屋?」

「ああ、トリオン爺さんのとこな」

「…今度は爺さんか」

 婆さんに見えないマルエル婆が脳裏に浮かんだのか。

 どことなく、勇者様はうんざりした様な顔でした。

「大丈夫! 今度はちゃんと外見もお爺さんだから!」

「ソレの何が大丈夫なのか、他がおかしいんじゃないか。俺にはわからない」

 …なんでか分からないけれど、勇者様は朝っぱらから黄昏れてるみたいでした。


「最初からちょっとおかしかったが、観光旅行の概念からどんどん外れていくな」

 武器工房に行くと言われて、改めて勇者様の零した感想はソレでした。

「ただの武器工房じゃないよ。とっても腕の良い、名物武器工房さんだよ」

「…それは、こんな辺鄙な場所で商売が成り立ってるんなら、そうだろうけど」

 

 現在、私達はマルエル婆の家からずっとずっと森林の奧へと入って行ってるところ。

 舗装された道もなく、私達は大型の獣が自然に作った道を歩いているわけで。

 どう考えても、この辺は人類の生息可能域から大きく外れてそうですよ。

 まあ、そんな場所でも住んでる人はいるんで、人類の生息地域に入ってますけど。

 人間には不快な環境だけど、異種族の方にはそこまででもないんでしょ。

 実際にこれから訪ねていくトリオン爺さんも、人間じゃないし。

 そのことはまだ、勇者様に言ってないけどね。


「それでトリオンという爺さんの所にはあとどれくらいで?」

「大丈夫、昼までにはつくでしょ。マルエル婆の家と近いし」

「近くても、「昼まで」かかる場所なんだな」

 勇者様、目が遠いよ。

 早朝からマルエル婆の家を出発した私達。

 昼までにはまだちょっと時間的に開きがあります。

「昼まで、あと3~4時間というところか」

 眩しそうに太陽を確認して、勇者様がそう言いました。




 私達はてくてくてくてく歩きます。

 獣道はちょっと歩き難いけど、先頭に立った副団長さんが道をならしてくれて。

 うん、副団長さんの手間がとっても増えてるね。

 でも本人気に留めてないみたいだから、いっか。

 足下慣らして、枝を払って歩くのは、副団長さんにとっては慣れた道行きっぽいし。

 魔王のまぁちゃんだって大人しくのんびり歩いているので、私も不平は言いません。

 ちょっと疲れるけどね。


「リアンカ、大丈夫か? 疲れてないか?」

「大丈夫だよ、まぁちゃん。私の持久力を舐めないで」

「お前は確かに丈夫で健脚だけどな」

「だけど、リアンカ」

「なんですか、勇者様」

「男の足についてくるのは大変だろう? 今は大丈夫でも、疲れたらちゃんと言うんだ」

「疲れたって言ったら何かしてくれるんですか?」

「その時は俺が背負………いや、喜んで背負ってくれるだろう。まぁ殿が」

「勇者様、なんで言い直したの?」

「いや、うら若い婦女子を軽々しく背負うなんて言って良いのか分からなくて」

「それでまぁちゃん?」

「ああ。従兄という観点から考えて、まぁ殿に任せるべきかと思って」

「って、俺かよ。でもま、そうなった時はやっぱり俺が背負うだろーさ」

「そんな時はむしろ、まぁ坊が譲らないだろう」

「体格から考えたら、一番適任なのはお前だろーがな」

「まぁちゃん、副団長さんは先頭歩いてくれてるんだから。これ以上荷物増やしちゃまずいよ」

 ただでさえ、無駄な荷物をあれやこれや押しつけてるので。

 お陰で副団長さんの背中は、背負った荷物の多さで大変なことに。

 あの背中に負ぶって貰うのは…その、して貰う側としてはとっても心苦しくて遠慮したい。

「副団長さんに頼むくらいなら、気心知れたまぁちゃんに頼むよ。頼まないけど」


 包容力も頼りがいも半端ない副団長さんですが、やっぱり背負って貰うのは勘弁です。

 一昨日、崖登りの時に背負って貰って充分に怖い思いをしたし。

 もう切羽詰まった状況で、更に他に誰もいないなんて事にならない限り頼るものですか。




 てぇくてく、てくてくてく。

 先頭を副団長さん、二番手を勇者様、それから私で最後尾にまぁちゃん。

 てってこてってこ歩いていたら、まぁちゃんがピタリと足を止めた。


「其所だ…っ!」


 と思ったら、いきなりなにごと…!?

 まぁちゃんは目にも留まらぬ手さばきで何かを取り出すと、いきなりソレを投擲した。

 え、懐から何を出したの、なんで投げたの…? 

「ま、まぁちゃん!?」

「しっ 動くな、リアンカ」

「曲者か…っ?」

 背後でどっしり構えた副団長さんは動じなさすぎだよ。

 勇者様はまぁちゃんの行動に警戒心を高め、剣に手を掛ける。

 まぁちゃんと勇者様は二人、まぁちゃんが何かを投げた方向へ警戒を向けて。

 何事も見逃すまいと、鋭い視線で異変を見定めようとしている。

 一体、何事なんですか…!


 動勢静かな森の中、異変らしい異変も見当たらず。

 何事も動きが見えないかと緊張感の高まる中。

 まぁちゃんが懐へ再び手を伸ばし、掴み取ったのは…


  にんじん?


 なんでそんなもん持ってんの?

 私がそう聞くより先に、それはまぁちゃんの睨み付ける先へと投じられた。


「あうちっ」


「「「あ」」」

 ぼとっと。

 まるでカブトムシか何かの様に、ぼとっと。

 まぁちゃんの投げつけた人参が、見事命中したようで。

 木の上に潜んでいた何者か…というか、某覗き魔が。

 マルエル婆の家に置いてきたはずのサルファが、頭を押さえて木から落ちてきました。


 …え? なんでいんの?


 どうやらついてきてしまったらしい、マルエル婆の玄孫。

 思わず顔を顰めてしまう、私。

 頭の痛そうな顔をする、勇者様。

 憎々しげに舌打ちする、まぁちゃん。

 一人だけ面白そうな顔の、副団長さん。

 木から落ちて目を回した青年を取り囲み、私達は何とも言えない顔をするのでした。

 



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