3日目のあさ
途中で勇者様視点入ります。
勇者様、鶏小屋の悲劇の巻。
数ある魔境の難所の一つ、凶悪な魔獣の多いエサド森林。
その東口に程近い沼から見て、南に行ったところ。
そこにある一軒家が、私達が2日目の夜を過ごしたマルエル婆の家。
この家の朝は、けたたましい鶏の鳴き声…もとい叫び声、否、悲鳴から始まる。
マルエル婆が飼っている鶏、品種名コカトファザー。
凶暴種として名高く、飼育には困難を極めるにわとりさん。
だけどどんな苦労をしても惜しくないほど、その肉と卵は絶品の一言。
惜しむらくは、人間の肉体強度では長期的に相手をするのが難しい点。
マルエル婆ほどの猛者なら、労を惜しんで飼育するのも頷ける。
…鶏の執拗な攻撃を悉く、マルエル婆は弾いてしまうから。
そしてマルエル婆宅の朝食メニューはこの鶏の卵料理が定番で。
生みたて卵を凶暴鶏から強奪してくるのは、いつも客人のお仕事だった。
マルエル婆の豪快手料理は朝から胃もたれ必定なんで、私がフライパンを握ってます。
まぁちゃんはお手伝いを買って出てくれて、パン窯の様子を見てくれてます。
副団長さんはマルエル婆の朝のお勤めに付き合って、現在お留守。
そうなると必然的に、手が空いてるのは一人だよね?
「勇者様ー、ちょっと裏の鶏小屋から卵取ってきて。二人につき三個の計算で」
「わかった」
事情もコカトファザーの凶暴さも知らない勇者様(料理ができず手持ちぶさた)。
彼は私のお願いに素直に頷くと、気負い無く玄関から外に出て…
物凄い強烈な喧噪と、怒号と、悲鳴っぽい何かが聞こえてきました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝食の手伝いをしようとしても、何もできず。
一人だけ暇で気まずい思いをしていたら、リアンカが仕事をくれた。
口調は平然としていたが、何だか物凄く申し訳なさそうに卵を取ってきてくれと言う。
彼女は口だけは平然と、いつだって何でも無い風に話す。
だけど内心での心の動きは表情に良く表れていて…
常に飄々とした口調と、感情の動きに正直な表情。
その口と顔の裏腹さ、食い違う素直さが、見ている分に面白くて興味深い。
何だかんだ振り回され、酷い目に遭わされても憎めないと思うのは、その顔が正直だから。
口では何だかんだ言いつつも、案じる顔を向けてくるから。
だから、こっちもついつい付き合って、巻き込まれることが増えてきた。
…大人げなく部屋に閉じこもって以来、どうにも心配されてるみたいだって。
それが分かってるせいもあるんだけれど。
何を考えているのか、知らないけれど。
多分、これ以上考えすぎない様、気分転換に連れ出してくれたんだと思う。
こっちを気遣ってくれているのは、確かだと思う。
だから、今回の観光旅行?も付き合うことにしたんだが。
「予想以上に酷い目に遭うことが多いのは、ただの気のせいなんだろうか………」
多分、違うよな?
分かっていても付き合ってしまうのは、どうしたものか。
随分と絆されたものだと、自分で自分に苦笑してしまった。
鶏小屋へ向かおうと玄関を出れば、軒先の杉の木から吊されているナニか。
まあ、その正体は見当が付くし、昨日は俺達だって吊した相手だ。
蓑虫みたいなソレの隣を素通りして、家の裏手へと向かう。
するとそこに、思ったよりは立派な家畜小屋。
………鶏小屋というより、武器庫の様な物々しさを感じるんだが、気のせいか?
兎に角、頼まれた通り卵を取ってこよう。
鶏の卵を取ってくるくらい、簡単な仕事。
俺はそう、高をくくって小屋へと乗り込んだわけだが…
「ふっ!? う、うわっ!」
「わああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
知らず、叫び声を上げていた。
ナニこの鶏、いや、鶏!?
鶏って、こんな怖い生き物だったか!?
そこには、「にわとり」という名の、俺の知らない未知の生き物がいた。
命からがらかなり必死に。
何しろ相手は、仮にも他人の家畜。
下手に手を出して怪我をさせたり、殺したりするわけにはいかない。
少なくとも、家主の許可が無い限りは。
…と、なると。
反撃手段の封じられた俺は、ひたすら鶏の猛攻を耐えるしかないんだが。
鶏が鶏とは思えない、非常識な攻撃をしてくる場合、俺はどうしたら良いんだろうか。
中には致死性の高そうな攻撃も交えて繰り出され、俺は必死にならざるを得ない。
死に物狂いで取り敢えずは課された仕事分の働きを、と。
命を守ることとそれだけを念頭に、俺は8個の卵を抱えて小屋を飛び出した。
何故か人知を越えた色合いの卵が多かったんだが…
視覚的に脅威を感じない、普通の色合いの卵を選んで掴み出す。
後は取り落とさない様に気をつけて、俺は説明してくれるだろうリアンカの元へ向かった。
「アレは本当に鶏か!? 酸を吐きだす鶏を鶏と呼んで良いのか!」
「あ、勇者様おかえり~。卵ありがとう」
取り乱して台所へ乗り込んだら、のんびり呑気な声に出迎えられた。
まるで予想してましたと言わんばかりに、俺の慌て振りはスルーされる。
…これじゃ、一人だけ慌てる俺が間抜けに見えるんだが。
「おお、勇者。運が良いな、流石幸運の神の加護持ち!」
「まぁ殿…運が良いって、何が?」
こっちは鶏に酸を吐き付けられたり蹴られたり、切り裂かれそうになった後なんだが。
それを運が良いと言うのか? そう考えた基準は、説明してくれるんだろうか。
「アシッドブレスしかしてこなかったんだろ? 勇者、鶏共に気に入られたんじゃねぇか」
「………あしっどぶれす」
俺の記憶違いじゃないなら、それは鶏の特技じゃない気がするんだが。
そんなものをされて、気に入られた?
なんだ、その歪んだ愛情表現は。
しかも今、「しか」って言ったか?
「ちなみに」
「ん?」
「気に入られなかった場合は、何をされるんだ?」
「目から怪光線か、石化攻撃」
「お前達の常識じゃ鶏ってどんな怪物なんだ!? それ絶対に鶏じゃないだろう!!」
目から怪光線を出す様な鶏、俺は絶対に鶏とは認めたくない。石化もおかしいだろ。
「いやぁ、コカトファザーって凶暴だし」
「あれを凶暴の一言で片付けないでくれ」
「まあ、でも可愛いもんだぜ。目の動きと口に気を払ってりゃ良ーんだから」
「魔族の基準で計ってるな? 計ってるだろ。人間なんだが、俺は」
「大丈夫、大丈夫。それでもアイツ等食えば気も変わるって」
「いや、駄目だろ。そこをうやむやにしちゃ駄目だろう」
「それでもあの味の前にはどうでも良くなる、些細なもんだって」
あの攻撃が、些細な問題?
そう思わせてしまうと言う、鶏の味はちょっと気になった。
だけどコカトファザーって、あの鶏の品種名か?
聞き慣れないその名前が、何故かちょっと気にかかった。
俺とまぁ殿が言葉を交わす隣、卵を吟味していたリアンカが顔を上げた。
その顔には、困り顔の苦笑が浮かんでいる。
「もう、勇者様ったら。ちゃんと注意してなかった私が悪いんだけど…」
「なんだ? もしかして、何か失敗しただろうか」
「あんなに目立つんだから、派手な卵の方を取ってくれれば良かったのに」
「いや、目立つってそんな。あんな卵、平然とは手にできないだろ」
「でもここは、そのド派手な卵を取ってきてくれた方が有難かったの」
「そんな、なんでまた…」
卵を取って来るという単純な仕事。
例え相手が俺の認識範疇外の奇怪な鶏だとしても。
ただ卵を取ってくる仕事で、何を失敗したと言うんだろう。
目の前には、咄嗟でも大きくて常識範囲内の色を選んで取ってきた卵。
だけどまぁ殿までもが、その卵に注意を向けた途端に顔を顰めた。
「なんだよ、白い卵しかねぇのか」
「困ったね。卵料理が作れないよ」
「こりゃ取り直しだなー」
「ちょっと待て。白いと何が駄目なんだ?」
はっきり言うと、それ以外は紫に青の水玉とか、緑に橙色のストライプとか。
どうにも自然物とは思いたくない卵ばかりだったんだが…。
だけど目の前の二人は、そのおかしい色の卵でなければ駄目だという。
何故に。
俺の疑問はあからさまだったらしく、リアンカが説明してくれた
「言い忘れちゃってたけど」
「ああ」
「コカトファザーの卵で白と茶色は、雄鶏が産んだ卵なの」
「は? 雄鶏が卵………って…」
他の種では考えられないくらい頻繁に、雄鶏が卵を産むコカトファザー。
そして魔物のコカトリスは、雄鶏の産んだ卵から生まれるという。
何故か種族全体でコカトリスを量産する鶏。
なので名前がコカトファザー。
「コカトファザーってそう言う意味か! コカトリスの親父って意味か!!」
「いや、むしろ先に雄鶏が普通に卵産んでる件についてツッコミ入れろよ」
「…まぁ殿も向こう側の住人でしょう。そんなまぁ殿には言われたくない」
「おいおい、認めろ? 何となく段々魔境に馴染んできたんだろ」
「何のことだか…」
「雄が卵産む程度のことだったら流しちまうくらい、魔境に馴染んだんだよな?」
「まぁ殿の気のせいだろう」
実際、雄が卵を産むことより、品種名の方が気になった訳だが…
俺はまだ、魔境には馴染んでいない。馴染んだ訳じゃないぞ。
例え実のところはどうであろうと。
それを認めてしまえば、認めた瞬間に自分が変わってしまいそうな気がした。
それも、切実に。
だから俺は、自分が魔境の住人に感化されつつあることを肯定できない。
何が何でも否定するつもりだ。
だけど、事実として。
俺はいつまで変わらない自分のままでいられるんだろうか………。
「コカトリスの入った卵は食べられないので、慣習的に森に投げ捨てるのがお約束です」
そう言って、リアンカが卵をまぁ殿に渡す。
そのまま、まぁ殿は台所から去っていったが…多分、森に捨てに行ったんだろうな。
コカトリスの入った卵はかなり頑丈なので、投げ捨てたくらいでは壊れない。
そして投げ捨てられた卵は、コカトリスやバジリスクといった魔物が自主的に回収するとか。
その後どうなるのか、確かめた人間はいないらしい。
…が、幾ら倒してもコカトリスが減らない点を見れば、考えるまでもないかも知れない。
言うまでもないことだが。
コカトリスを多産する非常識な鶏は、絶対におかしい。
アシッドブレスと石化、及び怪光線を操る時点でどう考えてもおかしいのだが。
「勇者様が取ってきた卵は美味しくない卵です」
「…ああ」
「と言う訳なので、取ってきなおしてくれませんか」
「……………ああ」
俺の返事はどうしても遅く、ついでに重くなってしまう。
どうしたもんかと思うけれど。
仕方がないし、あんな凶悪な鶏の巣窟に、か弱いリアンカを差し向けるわけにもいかない。
何の説明も無しに俺は差し向かわせられた訳だが、それは忘れて。
危険なことは、男の仕事。
どうしようもない不条理が滲む言葉。
その言葉を噛み締めながら、俺は再び家禽小屋へと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
魔王と勇者が共にいる時点で色々と常識では考えられない観光旅行。
その3日目の朝。
色々と揺らぎつつある自意識の中。
崩壊しそうになるアイデンティティと、開けてしまいそうな未知への扉の一歩手前。
勇者様は深い苦悩に陥りそうな現実から、必死に目を逸らしていました。
そんなこんなの3日目で。
今日も今日とて、何が待ち受けるのか。
勇者様は最後まで、巫山戯た現実に抵抗できるのか。
その幸先に不安を感じながら。
勇者様はコカトファザーの鶏小屋への再突入を余儀なくされていました。
「がんばって、勇者様! コツは相手の目と口の動きに気をつけることだよ!」
「目潰しでもしろって言うのか!?」
その後、無事に勇者様は8個のド派手な卵を持って凱旋しました。
濃紺どピンク斑の卵は、勇者様が言葉を失って放心するくらい美味でした。
皆の朝ご飯の計算に、普通にサルファは入っていません。




