2日目 マルエル婆 オマケ
2日目の深夜。酒盛りの最中。
勇者様が潰れ、余った時間を待ったり過ごしていた、そんな時。
夜半も過ぎた頃。
素早いペースで杯を重ね、ぐだぐだ空気の中でまったり過ごす。
そんな酒盛りの中、当初勇者様個人を標的にしていたマルエル婆。
そしてマルエル婆につられて杯を過ごしていた勇者様。
これぞ自明の理ってヤツ?
勇者様はうっかり飲み過ぎ、完全に潰されていました。
だからこれは、勇者様の死体(←生きてる)を寝床に転がした後のこと。
勇者様を潰してけたけた笑っていたマルエル婆も、いつしか正気を取り戻し。
今はしっとりとした空気を醸しながら飲み直しています。
…マルエル婆って、誰か一人潰したら満足するんだよね。
哀れな犠牲者が出た後は途端に絡まなくなるんだから、変わった酒癖だと思う。
だけどお陰で私達は誰も絡まれることなく、落ち着いて過ごせます。
これも勇者様のお陰です。ありがたや。
「ところで一つアンタ等に質問しようと思ってたんだけど」
「なんか気になることあった?」
「ああ。なぁんでうちの馬鹿孫がアンタ等に鎖巻きで連行されてきたのか…」
「「「あ」」」
「説明する気があんなら、聞いても良いのかねぇ」
…そう言えば、存在を忘れて全く説明してなかった。
なーんとなく、後でいっかぁとか思って放置してた。
顔を赤くしながらも、飲みほす杯を納めることなく。
マルエル婆が婉然と微笑みます。
無言能流しを含む笑みに、まぁちゃんがずばっと言いました。
まあ、下手な誤魔化しはする意義もないしね。
「なあ、マルエル婆。コイツって婆の玄孫だったよな」
「まぁね。陛下に知ってて貰えたなんざ光栄だねぇ」
「うん。でな? そうとなったら婆に無断で処断するのも忍びねぁかなーと」
「…ん?」
処断という言葉が気になったのか、マルエル婆が首を傾げるんだけど…
まぁちゃん、どうやって暴露するの? 頑張って、まぁちゃん!
相手は破廉恥系犯罪者。
保護者に対し、これ程打ち明けるのが心苦しい罪状も少ない。
「お宅の玄孫さんがうちのリアンカの風呂を覗いた。肌を見た。現行犯逮捕した。
そんでボコろうと思ったんだけどよ。やっぱここは婆の顔を立てようかってことになってな」
まぁちゃんが、凄くあっさりと真顔で言い放った。
…マルエル婆の顔が、固まった気がした。
やっぱりまぁちゃんは魔王だね。
その思い切りの良さは、流石の一言。尊敬の眼差しを向けても良い。
「どうかね、婆。俺の従妹に覗きを働いた不埒な輩の、その処罰を任せてぇんだけど」
「それは…願ってもないね」
マルエル婆の目が、物騒な光を放ちました。
怖っ!
完全に酔っぱらってたマルエル婆ですが、玄孫の狼藉に頭が冷えちゃったみたいで。
彼女は酔いを感じさせない動きですっくと立ち上がると、暫し私達の前から姿を消し…
………やがて、何故か手に物騒なモノを持って戻ってきたよ。
え? 何を持ってきたかって?
えーと、何て言うんだろ。何て言うか…竹?
うん、竹の棒? 露骨に折檻の域を超えた…何て言うか拷問用っぽい。
持ち手には皮が巻かれてるんだけど、反対側が問題です。
そう、棒の先は…何故か、メッチャささくれてんの。ものすっごいバラバラに。
先端から半ばまで幾つも裂けた、竹の棒。
ちょっとちょっと、マルエル婆。その竹の棒で何するつもり?
っていうか、そんなもんどっから持ってきたの? そも、今まで何に使ったの?
そんなもんで殴ったら、どう考えても痛いじゃ済まないよ。恐ろしい。
少なくとも、家族の折檻で済むレベルじゃない。
…マルエル婆のお仕置きって、予想以上に厳しそう。
マルエル婆は竹の棒改め拷問具をしっかと手に握り、ぐわっと口を開けて叫んだ。
「こんっの馬鹿孫がぁ!! か弱い女性に大して、何たる暴挙を! うら若き乙女の柔肌を許し無く盗み見ようとは! 恥を知らないその性根に、恥とは何か教えてやろうかい!?」
…その姿は、今にも鬼の首でも取りに行きそうな程いきり立ってて。
そうして急遽、根性を叩き直そうとマルエル婆が張り切りまして。
逃げ場も無く、その手段もなく。
食卓の下で鎖に巻かれたまま怯えた瞳の覗き魔一匹。
ビクビク縮こまり、マルエル婆に恐怖の眼差しを注いでいます。
覗き魔なんぞどうなっても良いというのが本音なんだけど…
今ばかり、ちょっとだけは同情してしまいそうな気がするよ。
「ったく! 約束の日付を過ぎても一向に来ないと思ってみれば、情けない!」
「なんか約束してたの?」
「ああ、サルファの母親に叩き直す様に頼まれてね」
「………なにを?」
「なにって、根性をさ」
当然の様に、根性とな。
それはつまり、その竹の棒で叩き直すんですか? 物理的に。
「この馬鹿はなまじ顔がちょっと整ってるだけ、ちっさい頃からちやほやちやほや若い女の子達に可愛がられてたお陰でねぇ。どうしたもんか生粋の女好きに育っちまった」
「…そんなに整ってたっけ」
「陛下の顔を見慣れたお嬢にとっちゃ大したこと無い顔だろうさ」
「あー…まぁちゃんの顔に慣れちゃってる自覚は、まあ、あるよ」
「陛下に比べりゃ些細なレベルさ。だけどあの馬鹿は調子に乗ったまま育っちまってねぇ。おまけに惚れっぽくていけないよ。旅の踊り子に惚れたとなりゃあっちふらふら、流しの歌姫に惚れたとなっちゃこっちふらふら。おまけに相手に合わせた時々で職まで変えちまってねぇ」
「職まで!? え、そこまで相手に合わせるの。徹底しすぎてない?」
「引き出しが多いのかそれなりにそつなくこなしてはいるようだけど、どうにもいい加減でふらふらしてばっかりさ」
「ふらふら~? つまり、根なし草なんだね。あの覗き犯は」
「そうそう。一つ所に落ち着くこともないし、母親からも嘆願書が届いてねぇ」
「嘆願書って、普通自分の祖母に当てて書くかな? 何を嘆願されたの」
「だからさっき言った、根性叩き直しだよ。流石にそこまで頼まれちゃ、ねぇ?」
そこで、重い溜息。
マルエル婆の顔が、すごい深刻だ。
「お嬢の珠のお肌を侵害させた責任もあるし、みっちり記憶が吹っ飛ぶまで鍛えてやるかねぇ」
「是非そうしてやったが良いと思う」
私にとっては所詮他人事。
しかも相手は覗き犯。
と言うわけで私は微塵も躊躇なく遠慮もなく。
マルエル婆が獰猛に笑うのへ、右に倣って追従しておいた。
うん。覗きなんて堂々やらかすお馬鹿さんは、是非マルエル婆に叩き潰されると良いよ。
…とうに、叩き潰されてるのかも、しれないけどね。
お仕置きという言葉の元、何処かへ連れて行かれた覗き犯。
以来、その姿を見てないけれど…明日になれば、また見るかも知れないけれど。
でも今は、その行方を追及することは止めておこうと思った、そんな夜。
私達はやけ酒を始めたマルエル婆にお付き合いして、大いに夜更かししたのでした。




