2日目 マルエル婆5 ~神様の贈り物(返品不可)~
「って、また魔族か!」
目的とする人物が600歳オーバーと知り、勇者様の第一声はソレでした。
「だって勇者様、此処、魔境ですよ?」
「それもそうだなと納得しそうだが、その割に人間の人口比率が高そうなんだが…!?」
「それでも魔境の人口、4分の3は魔族が占めてるんですよ。それを思えば当然ですよ」
我等が人類最前線ハテノ村にいると、人間が多すぎて感覚が麻痺するんでしょーか。
何しろ魔境の筈なのに、人間の生息地が魔王城の隣にあるんですもの。
その中にいたら、人間だらけ(半分くらいは魔族の拾い子)だし、変な錯覚しますよね。
勇者様も感覚が麻痺してるんでしょーね。恐る恐ると、窺ってきますよ。
「…残り、4分の1はハテノ村の住人か?」
「残念ながら外れですよー。魔境の人間が占める比率は、その更に3分の1くらいで」
「それでも意外に多いと思うべきか? それとも残りは何だと聞くべきなのか…?」
「残りは、まあ、獣人とか亜人とか」
「獣人に、亜人? 今まで、見た覚えは無いが…」
「人間に迫害された歴史のある種族は大体いますよ。迫害から逃れて、魔境に住み着いたとか」
「………そんなに良い笑顔で言われて、俺はどうしたら?」
気まずそうな顔で、勇者様が胸を押さえます。
まあ、人間は人間でもハテノ村の村民は気にしないんですけどねー。
人間の国出身の方は、何やら大概気まずそうな顔しますよ。
獣人や亜人の人達も思うところあるのか、人間の国からのお客さんを避けます。
まあ、獣人や亜人も様々なので、中には徹底的に隠れる人、敵対行動取る人といます。
獣人は血の気の多い人も沢山いるので、勇者様のお国に迫害された歴史のある部族の出身だったら大変な事になるだろーなー…それこそ、血気に逸った複数人から闇討ちされるかも。
私達ハテノ村の住人には、人当たり良く接してくれるんだけどね。
人間には怯え気味の獣人や亜人の皆さんですが。
そういった差別迫害の類とは無縁な私達ハテノ村とは友好関係を結んでいます。
まあ、うちの村は人外にも開かれた貴重な場所なので。
ほぼ唯一とも言える交易地で、揉め事起こして事を荒立てることも無いでしょう。
その意識が行き渡ってるのか、行商で村に来る獣人さんなんか、とっても愛想良いよ。
あー…狐人のメイちゃん、今年も手袋買いに来ないかなー?
あの黄金色のふわふわお耳とふさふさ尻尾、今年も触って堪能したいな。
「そんな訳で、勇者様。獣人さん達の前では気をつけてね? それはもう慎重に、慎重に」
「俺自身は迫害も差別もした覚えはないけど。でもそう言われると、胸に刺さるんだが」
「魔王やら魔族やら倒しに来たのは違うの?」
「アレは差別でも迫害でもなく、堂々と挑みに来たんだ! と、言っておく」
「勇者様ってばチャレンジ精神旺盛なんだね!」
ふいっと視線をそらせてしまう勇者様は、ちょっとだけ頬を膨らませてました。
ちなみに、余談ですが。
今回の観光、企画書の段階ではそういう獣人さんの集落も候補に上げていました。
うん、もう、メッチャ勇者様の故国に恨み辛みが半端無い部族さんの村。
冗談抜きの殺意が、修行には良いかなって。
手加減抜きに襲いかかる獣人(複数)相手とか、凄く鍛えられそうだし。
勿論、洒落にならない事態になる一歩直前で止めるつもりはありました。
半ば本気で予定地に上げてたんですけど、それはどうかと副団長さんに止められちゃった。
…副団長さんが止めてくれて、良かったね、勇者様☆ ←悪びれない私
勇者様の危機感を高めつつ、私達は目的地へ。
うっかり覗き犯に時間を掛けすぎたせいで、急がないと…
ああ、その覗き犯ですけど、ね。
覗き犯は現在、鉄の鎖でガッチガチに縛り上げられ、副団長さんに引き摺られています。
この人がマルエル婆の玄孫だと知ってしまいましたからね。
ここは覗き犯の断罪はマルエル婆に任せようと私達の意見は纏まりました。
そうと決まれば酷い目に遭わせるわけにもいかないので、私刑は取りやめです。
…え? 既に酷い目に遭わせた後じゃないかって?
聞こえない、聞こえなーい。何のことだか、さっぱり分かんないや!
覗き犯はマルエル婆に突き出されたくないのか、無駄な抵抗を続けていましたけど。
そんなこと知ったことでもないので。
最終的には副団長さんが鎖巻きにしたまま担ぎ上げ、さっさと運んでいきました。
森の奥のこぢんまりと小さなお家。
もくもく煙突から吹き上がる煙は何故か青緑。
それは一見して「魔女の家」と名付けたくなる外見です。
「あ、あ、あぁあ、あはははははははっはーはははははははは…ッッ」
私達を迎え入れてくれたのは、声高らかな大笑いでした。
正に息も絶え絶え、床の上をのたうつ様な、抱腹絶倒。
いつもは皮肉な感じにニヒルな笑みを絶やさない、ある意味クールビューティなのに。
いや、外見は肉感的な大迫力の、そう、肉食獣みたいな人だけど。
今はそんな普段も見る影なく。
床の上で転げ回り、ダンダンダンッと床を必死に叩いて悶えてるよ!
…何がこんなに、マルエル婆の笑いの琴線に触れたんだろ。
ようやく笑いの発作も引っ込んだ様で。
それでもひぃひぃ笑いを噛み殺しながら。
マルエル婆はぶるぶると震える手で私達にお茶を出してくれました。
口を開けば笑いしか出てこないので、未だにマルエル婆は何も喋ってませんが。
それでもお茶を出してくれる当たり、招いてくれるってことなんでしょーね。
戸惑う勇者様を置き去りに、私達はいそいそ椅子に腰掛けました。
覗き魔に至っては副団長さんが無造作に床へ投げ捨てました。
あはは。扱い悪っ(笑)!
覗き魔は放り出されたのを幸いに、芋虫の様に身を捩らせて逃げようとしました。
この期に及んで、何たる無駄な抵抗を…
鎖の端、副団長さんがテーブルの脚に繋いだから逃げられる訳ないのに。
マルエル婆が怖いのか、ビクビク怯える様に、その無言の視線を避けて丸まって…
本当に芋虫みたいな。枯葉の下に隠れるダンゴムシみたいな。
そんな行動を見せて、覗き魔はテーブルの下に身を寄せた。
………まあ、いいです。今は見逃して差し上げましょ。
後で鬼の様に追求するけどね!!
「と言うわけで勇者様! こちらがマルエル婆さんです!」
「って、どこが婆さんだ! お前達は妙齢の女性を婆さん呼ばわりするのか!?」
「いやいや、相手は600歳オーバーの自他とも認める紛う事なきお婆さんですよ」
「こんな老婦人がいるか!!」
力一杯叫ぶ勇者さんの目は、ぐるぐると思考の迷路で迷子になっているようでした。
まあ、勇者様がそう言うのも分かります。ええ。
だってマルエル婆は、一見お婆さんに何て見えませんから。
身長190㎝オーバー! 10代並の肌のツヤとハリ!
色香漂う褐色の肌は蜂蜜のように艶めき、長い手足は絶妙なバランス。
服の下から突き上げる大きな胸とお尻は羨ましいぐらいの豊かさで。
…女の私でも、ちょっと触ってみたくなります。実際10歳の時に触ってみたけど。
そのくせ、身体は全体的に絞られてて、すっごい引き締まってるんです。
腰なんて、蜂みたいにくびれてるんだよ! 何、あの細さ!
…いや、実際には私の方が細いけど。胸・尻との対比ですっごい細く見えるんだよ。
今日も赤と黒の衣装が良くお似合いで。
惜しげなく晒された肩とお腹とおみ足に、ついつい目が行っちゃうよ!
大迫力な美人さんで、ええ、どっからどう見ても老婆には見えません。
というかむしろ、20~30代にしか見えません。
でも、マルエル婆本人が言うんです。
「実際にババアなんだから、婆と呼べばいーだろ。お前さんもそう呼びゃいいさ」
「本人もこう言ってるので、どうぞ勇者様もご遠慮なく」
「いや、気持ちは有難くても、物凄く見た目からして呼びづらいんだが!」
勇者様のお気持ちはよく分かります。
でも、まあ、慣れますよ。そのうち。多分。
「なあ、魔族って皆こうなのか!? 皆、こんな、老けないのか!?」
「そんな訳ねーだろ。普通に老いるっての。ま、人間に比べりゃゆっくりだけどな」
「な!? 魔族は一体何年生きるんだ!?」
「長く生きっけど…600歳は魔族でも異常に近いご長寿だかんな?」
まぁちゃんが呉々もこれが標準と思うなって念押しします。
そうだよね。600歳オーバーの魔族って、あんまいないしね。
「マルエル婆は若い頃に不老長寿の妙薬飲んだんだよね、確か」
私の確認に、マルエル婆はニカッと笑って肯定しました。
私も詳しく知ってる訳じゃないんだけどね?
なんか聞いた話じゃ、マルエル婆って若い頃はちょっとヤンチャだったんだって。
マルエル婆は現役時代まぁちゃんの曾お婆ちゃんに当る女王様に仕えてたとか。
そんである日、親愛なる女王様に永遠の若さプレゼント!とか考えた。
有言実行即行動思い立った今日が吉日!とマルエル婆はドラゴンを狩りに出かけたそーな。
そして嬉々と勇んでドラゴンの生き血を献上したマルエル婆。
それに対する女王様の反応は
「妾に対する嫌味か!? 言っとくがな、妾には未だ成長の余地があるんじゃからな!!」
超怒られたらしい。
凄まじい剣幕の女王様は、大人になっても見事な妖艶ロリ系美少女だったとか。
そして行き場を失い、放置されるドラゴンの生き血。
勿体なかったので、結局マルエル婆が飲んだんだって。
以来老けずに今に至る。
「それでお前さん達、此処にどんな用で来たんだい?」
「あ、そうそう」
マルエル婆の不思議そうな言葉に、私はぽんと手を打ち合わせました。
「マルエル婆にね、こちらの勇者様を是非とも見てほしいの!」
そう言って、私は若干引け腰の勇者様をずずいっとマルエル婆の前へ突き出しました。
「何度見ても、す、凄いな!!」
そうしたら、何故かマルエル婆が再び噴き出した。
…って、あれ?
その、マルエル婆の笑いのツボをついたのって、もしかして勇者様?
何もしていないのに顔を突き合わせただけで爆笑されて。
今まで一度もそんな反応を貰ったことが無い為でしょーか。
勇者様は呆然と、呆気にとられて佇んでいました。
「マルエル婆…勇者様に何か面白いとこあった? 何がそんな笑えるの?」
そこに尋常ならざる笑いがあるのなら、是非とも共有させて貰いたいんだけど。
マルエル婆は呼吸困難寸前の様相で、こくこくと頷いてる。
それでも二度目だった為か、今度は短時間で笑いを納めて説明に入ってくれました。
「いや、あんまりにも凄まじいんで」
「なにが?」
「そんな有様で、よく五体満足に今まで生きながらえたもんだ! 精神に異常を来してもいないようだし。凄いぞ、大した精神力と幸運だ!」
「え、なんだいきなりその不穏な発言!?」
あ、勇者様が食いついた。
でもマルエル婆の言葉は、確かに不穏だし。
私は急遽湧き上がった疑惑を、口に出して確かめた。
「え、勇者様ってなんか呪われてる?」
「いやいや、呪われては…いや、やっぱ呪われてるのと変わらんか?」
「つまり、どっち?」
「あー………とんでもなく好かれてるのさ。呪いレベルで」
「何に!?」
自分に降りかかる呪い疑惑に、勇者様は泣きそうでした。
最早土下座せんばかりの勢いで、今にもマルエル婆に縋り付きそうです。
呪われてるなんて言われたら、怒濤の勢いで不安になったんでしょーか。
何だかんだ、やっぱり勇者様のメンタル面は弱いねー。
さて、マルエル婆は私達人間には通常見えないモノが見えます。
何もそれはマルエル婆だけじゃないんですけど、マルエル婆が一番凄いそうです。
魔族の人って、生まれつき魔眼だとか邪眼だとか呼ばれる目を持って生まれるんだって。
多くは状態異常付与能力を持つ目で、まぁちゃんもそーなんだよ。ちょっと桁外れだけど。
それ以外の人は、それぞれ特殊な目を持ってるんだって。
取り敢えず、魔族は生まれつき目に不思議な力があると。
そんでその目が持つ副次的なお力が、肉眼で見えないはずのモノを見る力。
どの程度見えるかは、目が持つ能力の強さに比例するみたい。
そしてマルエル婆の目が持つお力は、恐るべき事に魔王に匹敵するんだよ。
だから、マルエル婆が見えるモノはまぁちゃんだって見える筈なんだけど…
「まぁちゃん、マルエル婆が笑いすぎで使い物になんないよ」
「仕方ねぇな。説明してやっから、服引っ張るのは止めろ?」
「あ、やっぱりまぁちゃんはマルエル婆と同じモノが見えるんだ」
「まーな」
そう言って、まぁちゃんがマルエル婆に変わって教えてくれました。
勇者様に、これから教える事実に覚悟しろよ、と言い置いて。
「えーと、まずな? 勇者、メッチャすっごい加護が複数かかってる。しかも使徒付でしつこく頑固にしがみついてる。陽光と、美と、愛と、それから幸運の神から一方的に」
多分、生まれつき。
今まで自分の知らなかった神のご加護を教えられて、勇者様がポカーンってしてます。
私達も、反応に困りました。
なんだ、呪いじゃないじゃん。
「それで、なんで生存が危ぶまれるみたいな感想が出るの?」
「ああ、それな。美の神と愛の神の加護が相乗効果でやばいことになってるから」
「詳しく言うと?」
「愛憎渦巻く人生を歩むことになるでしょう。女運が酷いのは十中八九このせいだな」
「今物凄く聞き捨てならないことを聞いた気がするんだが…!!」
「あ、勇者様が涙目だ」
「厄払いでもした方がいいんじゃねぇの? 相手、神だけど」
「そんなことより、詳しい話を聞きたいんだが!」
「聞かねぇ方が良いかもしんねーぞ?」
「そこを押して頼みたい」
「しょーがねぇな」
そう言ってまぁちゃんが語ったのは、勇者様にはあまり嬉しくない事実でした。
つまり、勇者様の美貌は人並み外れてますが、彼が女難に遭遇するのは神のせいでもあると。
愛と美の神々が過剰に勇者様を愛するせいで、無尽蔵に女を惹きつけ、魅了してしまう。
その、質を問わずに。
そして勇者様の身近な環境(社交界)で勇者様に接近できる女性は、悉く難あり物件。
難がなくとも、強烈すぎる魅了効果のせいで悪質な方向へ走ってしまうとか。
勇者様に今までの忌まわしい思い出の一部を教えて頂きましたが…
…幼児の頃に誘拐されかけたり、薬を使われたり、無理心中させかけられたり?
え、勇者様…それ、大丈夫?
「な? だから凄ぇんだよ。精神にも肉体にも異常を残してないのが逆に異常だ」
「まぁちゃんだって、そんな酷い目には遭ってないよね? 魅了付与の能力あるのに」
「俺の場合は、身分で守られてるのと、自分で能力制御できるしな」
「勇者様は制御できないの?」
「だってありゃ、自己の能力に由来するもんじゃなくて、完全外付けの能力だし」
「…つまり、制御できないと」
「しかも対象は魔境の住民より魅了に耐性のない人間だろ? 一溜まりもねぇって」
「うわあ…」
私には分からないけど、勇者様の魅了効果はまぁちゃんを凌ぐ…って、まぁちゃんが。
え、凌ぐの? 凌いじゃうの? そりゃ凄い。
凄い、災難だね。勇者様が物凄く可哀想な生き物に見えてきたよ。
「幸運の神に感謝しとけよー? その加護のお陰で生きながらえたようなもんだ」
「たった今この時から、俺の信仰心の全ては幸運の神に捧げると誓う…!」
勇者様の過去のあれやこれやに纏わる怨嗟が、美の神と愛の神に矛先を向けた瞬間でした。
ちなみにマルエル婆現役時代
→ 魔王から大将軍、四天王まで全て女で占められる一大女傑時代。
次の魔王が即位するまで、何に付けても女性が強かったらしい。
魔王:妖艶なロリ系美少女。
本当は中身も甘くて子供っぽいのを必死で隠し、魔王だからと強がる。
でも結構傍目には虚勢がバレバレ。皆に愛された。




